最初の村
翌朝、俺達は『冥府の森』を出発した。
シズカはいつものメイド服姿だ。彼女がスキルで作る衣装は、汚れが自動で無かったことになるので常に清潔らしい。無駄なトコが高性能だ。
小さな身体で大きなハンマーを担ぐ姿はなんとも違和感があり人目を引きそうである。魔眼に収納すると言ってみたのだが、このギャップこそがキャラとしての重要なポイントなのだと断られた。
アイリは膝丈のズボンに半袖の上着、魔物の皮で作ったベストを着ている。腰には短剣、右手に槍を持ち、魔眼収納を隠す意味でダミーとして大きなリュックを担いでもらっている。
俺はまあ、アイリと出会った頃と変わり映えしないが、顔半分を隠していた布が普通の眼帯になっている。この布は師匠が俺の魔眼の能力を妨げずに目を隠せるよう特別な術を施してくれたもので、いわゆるマジックミラー的な効果があったのだが『お兄様のお顔を常に半分しか見れないなんて納得できませんわ!』と言うシズカが、器用に裁縫して仕立て直してくれたのだ。
手際良く裁縫するシズカを見ながら、スキルに頼らずもっと自分で服を作ってみればと提案してみたのだが『隠れた才能は小出しにしなきゃ!』と、よく解らない理由で却下された。まあ、そのうち作るつもりなんだろう。
森を出てしばらく進むと、前方に複数の人影があるのを見つけた。そのすぐ近くには、倒され燃え盛る馬車に繋がれたままの馬が暴れている。誰かが盗賊に襲撃されているのか……。
「お兄様、テンプレです!行きましょう!」
「テンプレって……。だが見捨てるのもなんだな。とりあえず俺一人で行くから二人は待っていてくれ」
旅立ち早々の戦闘で彼女達がやり過ぎないとも限らない。それに普通の人の戦闘能力の程度を知るいい機会だ。二人を残し、俺は一気にその場まで駆けた。途中、燃え盛る馬車の火をミスティに消してもらい、暴れる馬がこれ以上自らを傷付けないように眠らせる。
「いやぁっ!パパぁ、助けてパパぁ!」
「む、娘を、娘を返してくれぇ!」
「ったく、積荷にろくな物積んでないお前達が悪いんだ!ガキでも売らなきゃオレ達無駄骨になっちまうんだよ!」
「…………」
小さな女の子を小脇に抱えたガラの悪い男。別の男に足蹴にされながらその女の子に必死に手を伸ばすのは父親だろう。
シズカ……すまん。間違いなくテンプレだ、これは。
「さっさと引き上げるぞ。そいつはいらん、さっさと殺せ!」
「いやぁパパ、パパぁ!」
父親を足蹴にしていた男が、剣を振りかぶる。泣き叫びながら必死に暴れる女の子。だが次の瞬間、剣を振りかぶっていた男が消えた……。
「あ、やり過ぎた……」
俺はその男の背後に回り込み、とりあえずそこからどかせようと軽く蹴っただけなのだが、蹴られた男は二十メートルほど先の地面にくの字に折れた状態で倒れ絶命している。
「な、なんだテメェ!」
異変に気付いた仲間の男達が、一斉に俺を見る。その数は八人。女の子を抱えた男がリーダーなのだろう。
「相手は一人だ、殺せぇ!」
リーダーの男の指示で彼等は俺を取り囲む。手に手に武器を持った男達のジョブは皆盗賊で、LVは平均で40台後半。
初めて会った時のアイリが十三歳でLV11だった事を考えれば、この世界で普通に暮らす者はほぼ年齢イコールLVであると考えられ、鍛錬や生活状況により多少上下するようだ。年齢が平均三十そこそこの彼等がこのLVだという事は、それなりの戦闘を経験してきたという事か……。
彼等全員からの攻撃を全て余裕で躱しながらそんな事を考えていると、そんな状況がやや不利と見たのか、リーダーの男が女の子を連れたまま、近くに繋いであった馬に乗り込もうとしているのが見えた。
「逃さないよ……」
「ひゃぁっ!」
仲間と交戦中だったはずの俺に、突然背後から声をかけられ、驚いた男は女の子を抱えていた手を思わず放す。そのまま地面に落ちるかと思われた女の子は、今度はいつの間にか男の正面に立った俺の手に優しく抱かれていた。
「テメェ、いつの間に!返しやがれ!」
何が起こっているのか理解が追いつかないリーダーの男は、とりあえず女の子を抱く俺に掴みかかろうと迫った。それを軽く躱して、よく映画なんかであるように足をちょんとかけて転ばそうとしたのだが……。
「ひぎゃぁぁっ!足が、足がぁ……」
引っ掛けた男の足は、膝からあり得ない方向へと曲がってしまった。
……どんだけ加減が必要なんだ。
「そこまでだぁ!おい、これを見なっ!」
逃げずに次の手を出してくるあたりは、彼等の経験が豊富な証拠だろう。盗賊達は倒れたままの父親に短剣を押し当てている。
ま、他人だから脅しにもならないけどね。
「いい加減面倒になってきたな……」
そう呟いて苛立ちを込めた気を彼等に向けると……。
「あれ?」
故意に発したわけでもない程度の『威圧』だけで、その場の全員が気を失ってバタバタと倒れてしまった。
「こ、ここまで加減しなきゃダメなのか……」
盗賊と一緒に気を失ってしまっている父親と、俺の腕の中でぐったりとした女の子を見ていると、自分にもLV表記が付いている事が楽しくて、かつてのゲーム感覚でついつい上げ過ぎてしまった事を、今更ながら少し後悔した。
「お兄様……」
「シンリ様……」
いや、別に全員を殺したわけじゃないんだから……二人とも、そんな冷めた目で見るのは止めようか。
「ゴホン!ま、まあ、これ位の加減が必要だって事だ。村に着く前にわかって良かったな。うん、おかげで貴重な情報が得られた」
未だ冷ややかな視線を送ってくる二人をよそに、俺は気絶している親娘を両肩に担ぎ上げる。馬車の荷は粗方燃えてしまっていたので放置し、馬は起こしてアイリが手綱を引いていく。盗賊は、まあこのまま捨てておこう。あれだけの目に遭ったんだから、とりあえずこの近辺には近付かなくなるに違いない。
初っ端から波乱の旅路を予感させる出来事に遭遇したが、とりあえず気を取り直して俺達は目的の村を目指した。
親娘を起こさぬようゆっくり走ったつもりだったのだが、あれから僅か十五分足らずで木の塀に囲われた村が見えてくる。
「あそこだな……この二人どうする?」
いきなりこれでは目立ってしまう。村が見える場所にでも二人を置いていこうと思ったのだが……。
「当然!このまま行くに決まっているじゃありませんの。これで助けたお兄様の名声が世に広まるんですわ!」
「だから、広めたくないんだって……。ん、どうしたアイリ?」
後ろから引かれる感覚がして振り返ると、アイリが泣きそうな顔で俺のコートの袖をつまんでいる。
「シンリ様、こんな場所に置いていってもしまたあんな連中が来たら……また女の子が……」
彼女にはさっき連れ去られようとしていた女の子の姿が、なんとなく自らの境遇と重なって見えたのだろう。
「わかった。二人も村まできちんと送るよ」
目立ちたくはないのだが、そうまで言われれば仕方ない。だが、別に大男でもないこの俺が両肩に人を二人も担いでいるのはそれこそ目立つので、女の子をシズカに背負わせ、俺は父親をおぶって村の入り口らしい木戸のある門を目指した。
「おいおい何があった?こりゃあエバンスにマリエじゃねえか!」
門に近づくと門番をしていた軽鎧を纏った男が俺達に駆け寄ってくる。どうやら連れてきた二人もこの村の住人らしい。自慢気に話そうとするシズカを制し、二人が盗賊に襲われていたので咄嗟に助け出し、身を隠しながら命からがら逃げてきたのだと説明した。
「そうか……エバンスは近くに野草を採りに行ったはず。奴らめ、ついに村のすぐ近くまで来やがったって事か……」
「奴ら?」
「ああ、盗賊団が近づいているって情報があってな。ん、お前さん達も見ない顔だな。旅人かい?その割に身軽なようだが……」
「はい。実は…………」
確かに、馬も連れず、大した荷物もない俺達はどう見ても怪しすぎる。俺は咄嗟に先ほどの話に乗っかる事にして、冒険者になる為山村を旅立ち、道中盗賊に襲われたので馬と荷物を囮にして逃げおおせたのだと説明した。そのため同じ状況にあったエバンス親娘を見捨てる事が出来ず、策を弄して助けたのだとすれば全てつじつまが合う。我ながら良い言い訳を考えたものだ。
「そりゃあ大変だったなぁ。冒険者になるなら、この村にギルドの出張所がある。場所を教えるから行くといい。身分証も無いんじゃこっから先の街なんかにゃ入る事も出来んからな」
「ありがとうございます。……と、この村には入らせてもらっていいんですか?」
今の話しの流れだと融通を利かせてくれるようだが、一応確認しておかなきゃな。すると彼は白い歯を見せながら爽やかに笑いサムズアップして答えてくれた。
「大切な村人の恩人に、野暮なことは言いっこなしだぜ!」
「……ありがとうございます」
うん。シズカ、そんなに俺を見なくても言いたい事はわかってる。この展開、何から何までどテンプレだ……。




