交錯
翌日、昼前になってのんびり目覚めた俺達は『どんぐり亭』で買い物を済ませ、昨夜聞いたイブスキーさんの畜産農家に立ち寄った。人の良さそうなご夫婦は、俺達が食べた感想を話すのをとても嬉しそうに聞き、少し購入させて欲しいと頼むと快く了承してくれた。
こうして沢山の食材を手に入れた俺達は、ミッセ村を後にする。
通常、こんな時間になっては村から出ないのが常識なのだが俺達はその夜間に現れる危険な魔物にも是非遭ってみたいのだ。だが、スーさんほどの神獣が引く馬車をそうそう襲える魔物はおらず、夜間の道程も退屈そのもの。
「何も出ませんねシンリ様」
「ああ、なんだか拍子抜けだ。この辺で野営するかな」
魔物が出るかもと張り切っていた隣のアイリも、すっかり気が抜けてしまったみたいだ。馬車を止め食事を済ませた俺達はそこで眠る事にした。念の為数体の[骸骨霊体]を召喚し警戒させておくとしよう。
翌日も何のテンプレも発生せず、夕方には次の『ベアリバー村』に到着した。
皆随分嬉しそうにしている。まあ無理もないかもな、アレは久しぶりだし。
俺は村人に聞きながら、エレナに教わったある宿を目指している。暫く歩くと村の中ほどの小高い丘の上に、目的の『松林亭』があった。受付を済ませると優しそうなお婆さんに、部屋へと案内される。
「お兄様早く行きましょう」
「シンリ様楽しみですね」
コクコク!
「ささ我が君よ、身も心も解放的になってよいのじゃぞ。ほほほ」
「ダンナ様、早く……なの」
「ちゃっちゃと準備するじゃんよ」
「主君がご所望とあらば脱衣のお手伝いを……」
「ガブリエラ……それは必要ない。よし行くか」
装備を外し薄着に着替えた俺達は、宿の廊下を奥へと進む。廊下の丁度突き当たりの扉を開けるとそこは屋外で、飛び石が七つ並んでおりその先には竹で組まれた引き戸がある。引き戸を開けて中に入ると……。
「これは凄いな」
ゴツゴツとした岩で囲われ、もうもうと湯気をたてる湯をたたえた『露天風呂』がそこにあった。
久々の入浴、それもこの風情ある露天風呂という事もあって仲間達は我先にと服を脱いでいく。彼女達の裸を見るのが初めてではないとはいっても、こんな状況に慣れる筈もない。皆に背中を向けていた俺が服を脱ぎ終わる頃には、彼女達は全員、掛かり湯を済ませ湯の中だった。
エレノア、アイリ、ガブリエラのその豊かな膨らみが浮いているのがもろに視界に入る。指示しなかった俺も悪いが君達、少しは隠そうとしてくれないか。
掛かり湯を済ませ俺も湯に浸かる。やや熱めに感じたが慣れてくればいい湯加減だな。気持ちがいい。
風呂上がりには地元の特産品を使った料理の数々を堪能し、まるで旅番組のような俺達の夜は更けていく。
再びここは、同時刻の帝都。
何処かの屋敷の地下に作られた石造りの牢の中に、椅子に縛られた男がいる。昨日、ガルデンに跪いていた男のようだ。
その前に二つの人影が立ち、鍵を使って牢の格子を開け中に入って行く。
「おい、起きろ」
二つの人影の内、背の高い方がそう話しかける。声からして男性である。
「……うぅ、あっ、貴方様は!何故です?何故こんな事を、ガウェイン将ぐ、グブォッ!」
目を覚ました男は、目の前の人物が主人ガルデンの弟で、現将軍の『ガウェイン・シュトラウス』である事に驚き声を上げたが、ガウェインの同行者により腹を蹴られてそれ以上声を出せなくなる。
「無駄口を叩くな!お前はただガウェイン様のご質問にのみ答えていればいい」
「まあ、そう熱くなるなキサラギ」
今にも二撃目を入れそうだったキサラギと呼ばれた女性が、椅子の男の襟首から手を放す。
「さて、兄貴も愚弟も馬鹿ばっかりするから『シュトラウス家』を護る者としては最近本当に忙しいんだ。素直に洗いざらい喋ってくれないか?兄貴はいったい何を企んでいる?」
彼の懸念材料は、御前試合に敗れ将軍職を退いた後にガルデンが中心となって作った『緑』という制度。
名目は、市民の代表たる冒険者による帝都の治安維持。その理念に賛同したA級冒険者で組織され、『犯罪者』に対する暴力の行使を許されている。賛同者はその権威を見せつけるようにパーティ名に『緑』を冠し、装備や衣装も『緑』で統一した物を着用していた。
最初はその制度を好意的に受け止めていた帝都の民衆だったが、偽物の横行や権力を盾にした脅しや暴力、酷い場合は死者まで出ており、現在では『緑』は恐怖の象徴でしかない。
しかも最近工作員を潜入させて得た情報によると、彼等『緑』の冒険者は大半が元B級以下の者達で、帝国政府高官の推薦によってA級に昇級されている。しかもその条件としてガルデンに忠誠を誓い、有事の際には必ず彼の下で戦争に参加する事、戦争に参加出来なくなるS級には絶対昇級しない事等を義務付けられていた。
そんな甘い餌に群がる者は多く、その組織の拡大は更なる構成員の増長を招いている。
「ガウェイン様直々にお尋ねなんだぞ!何とか言わないか!」
俯いて全く話す気配の無い男の髪を掴んで、キサラギが無理矢理顔を上げさせる。
「チッ、毒か……」
顔を上げた男の口元から血が流れている。既に絶命している事を知り舌打ちするガウェイン。
「せっかく捕獲してくれたのにすまないなキサラギ」
「いえ、対応が不十分でした。申し訳ありません」
既に屍となった男を放置し牢を出て階段を上がる二人。
「ガイウスはガイウスで、方々手を尽くしてS級冒険者にしてやって家から追い出したのに問題ばかり持ち帰るし、いっそそのシンリ君とやらに殺されればよかったのに……」
「ガウェイン様、どこに間者が居るか分かりませんので、そのような発言はご自重ください」
「おっと、そうだったな。しかしガイウスを手玉に取り、あのジャンヌを心酔させる男か……いつか会ってみたいものだ」
「確か彼は、S級昇格試験の御前試合でこちらに向かって来ている筈。いずれお目にかかる機会もありましょう」
「それは、楽しみが増えたねえ」
そう言うガウェインの口元には怪しげな笑みが浮かんでいた。




