眼に映りしものRe
「ジャンヌちゃん今、LV122だったよね?」
「ああ、お前にこないだ見てもらった時、確かそうだったな」
まだ血の気が無い、青い顔をしたユーステティアの問いに、ジャンヌが答える。
「世界で一番LVが高いのは誰だと思う?」
「…くやしいが、ダレウスの野郎だろうな」
ダレウスの名前を出すと、ジャンヌはいつも下を向く…。
「そうだね、彼多分160近いんじゃ無いかな?それでも『天剣』のアストレイアには勝てなかった。彼女は雲の様に奔放な人だったみたいで、真偽官が見る機会なんて無かったらしいけど、恐らく200前後だったんじゃないかと思うの」
「そんな!200なんて…」
「でもね、『真偽院』の古い書類に、魔剣騒ぎがあった村の記述があったんだけど、その関係者の簡易真偽会でLV200以上の者を見たって書いてあるの。ただ、その時の真偽官が、対象者を見た途端倒れてしまった事とその対象者が魔剣ごと消息を絶った事から事の詳細は不明。意識を取り戻した真偽官は『天使を見た』なんて言ってたらしいけどね」
「確かに、人間では考えにくいな…」
何の話をしているのか全く解らない様子のジャンヌだったが、話すユーステティアの高まる緊張と額に増える汗の粒が横槍を許さない。
「例えば、例えばだよ?今目の前にLV250の人が現れたとして、ジャンヌちゃんは私を護れる?」
「いや無理だな。だがこの身を犠牲にしてでも、お前を逃がす様努めるつもりだ」
勝てないまでも何とかお前は助けたいとジャンヌの目は語っていた。だがその気持ちに今だけは、冷ややかな笑みさえ作れない。
「じゃあ、相手がLV300以上だったら貴女はどうするの?」
そう聞いて来たユーステティアからは、とても悪い冗談だと笑い飛ばす事の出来ない冷ややかで高圧的な、これまで感じた事の無い強い圧迫感があった。
しばらく真剣に答えを考えていたジャンヌだったが、真面目な顔で答える。
「そんな者は『神』以外の何者でも無い。私は例え誰に罵られようと、地に這いつくばり彼の者の足を舐めてでも、お前だけは見逃して貰えるように請い願うだろう」
その結論に安堵したのか、やや表情を緩めるユーステティア。
「だよねー。まさか抵抗するとか言われちゃったら、どうしようかと思っちゃった」
「するか!そんな者に勝てる道理が無いだろう」
続く会話に大分落ち着いてきたのでは?と思ったジャンヌが見ていると、ユーステティアが再び小刻みに震え出した。その様子に驚くジャンヌに、震える声でユーステティアが言う。
「LV303…」
「はっ?」
言い間違い。いや、ふざけてる雰囲気では無い。唖然としているともう一度彼女が言った。
「だからLV303!目の前の…貴女がさっき散々『ゴミ虫』だの何だの言ったあの御方は、LV303の、それこそ『神』の域に在る方なんだよ!!」
怒気を含んだその言葉に、ジャンヌはたじろいだ。そして今の言葉を頭で反芻して、彼女も血の気を徐々に失っていく。血の気が引くと同時に頭に上った血も落ち着いた彼女は、驚く程冷静に周囲を見回している自分が居る事に気付く。その視線の先には未だ下を向き震えるユーステティアの姿。
ジャンヌは彼女に対して憧れにも似た感情を持っていた。彼女はこの不条理がまかり通る世界に於いて、それらの善悪を見極める事が出来る絶対的な存在。誰もが彼女の前では偽る事が出来ずにその本質の『正義』と『悪』を見抜かれる。
そんな崇拝にも似た感情を抱く彼女が『悪』かも知れない者に恐れ慄いている。だがそれはすなわち護衛としての己の未熟。例えいかな強者と言えどもそれすらも凌駕する力が自分にあれば、彼女はいつもの様に凛として胸を張り事の真偽を測れるのだ。
『自分は何て弱いんだ』そう自身を責めても状況が変わる訳も無い。冷え切った彼女の頭が後悔の念を押し退け、今自分がすべき事を選び出した。
意を決した彼女はユーステティアの前に立ち、その頬を力強く引っ叩いた。
「しっかりしろユーステティア!お前の眼は相手が何者であっても真偽を見抜ける筈だ!」
それはまるで不甲斐無い自分自身に向けての叱責の様であり、叩いた彼女自身の心に自分が叩かれた以上の痛みを与えている。
「ジャンヌちゃん…」
これまで、ジャンヌがユーステティアに対して手をあげた事等一度も無い。それだけにジャンヌの想いもその痛みも彼女には十分過ぎる程伝わった。
彼女はいつの間にか人の『ステータス』を見る事に固執してしまい、そのLVのみで人を判断する様になってしまっていた。その結果、今あまりに高いLVを見せつけられて、本質を見失っていた事に気付く。
LVを見るのでは無い。自分は『真偽』を見る為にここに来たのだと言う事を、ジャンヌの張り手が思い出させてくれた。
『真偽官』ユーステティア・ミカヅキとしての誇りと使命が、委縮した心を無理矢理奮い立たせていく。
背筋を伸ばして、再びシンリの方を向くと『印』の付いた目隠しを再び外す。
「お待たせして申し訳ありません。これより真偽会を始めさせていただきます」
僅かに震えが混じるものの、いつもの様にユーステティアは質問を始めた。
「貴方のお名前はなんでしょう?」
「シンリだ」
彼女の眼に映るシンリの『ステータス』の色は黒色。名前もそこに刻まれている者で間違い無い。
「ありがとうございます。ではこれからの質問に全て『はい』とお答え下さい」
そして彼女は真偽が混じる様に様々な質問を続けていった。その最中、「あなたは女性ですか?」等の明らかに嘘と分かる質問にシンリが「はい」と答えると、『ステータス』は青色に変化する。これによりシンリの言葉の真偽の確認の準備が整うと、いよいよ質問は核心へと迫っていくのだった。