マコトとクマおじさん
友人との企画で書いた、【夏祭り】をテーマにした作品です。
マコトはふらっと外に出た。外の灯りと賑やかさに我慢ができなかったからだ。今晩は夏祭り。たくさんの人が集まって賑やかに過ごす特別な夜だ。それが家のすぐ近くでやってるとなれば、お母さんの「夜は外に出ちゃダメ」なんて言いつけを守ってなんていられなかった。
階段を駆け上がるとそこは夢の世界。眩しい茜色の中でみんなが笑っていた。五歳のマコトもぱあっと顔を明るくしたけれど、それはすぐに暗くなった。自分と同じぐらいの男の子が、綿あめを頬張ってお父さんと一緒に歩いていたからだ。
じーっと見つめていると、「おい坊主」と声を掛けられた。ずんぐりとしたクマみたいなおじさんがいた。
「お父ちゃんやお母ちゃんはどうした? 一人なんか?」
マコトはじっとクマおじさんを見つめると、コクリト頷いた。
「そうか、楽しそうで来てしもうたんか」
変わった言葉だけれど、大体分かったのでもう一度頷いた。
「そっか……子供一人じゃつまらんやろ。どや、おじさんが一緒に回ったろか?」
知らない人にはついていっちゃいけない。お母さんから毎日のように効かされている言葉だ。けどマコトはクマおじさんについていくことにした。なんだか安心できたから。
たくさんの人がでたらめに動き回る中、クマおじさんはしっかりと手を繋いでくれた。マコトはおじさんのクマのような体の後ろをついて歩いていくだけだから、とても楽だった。
「なんでも好きなの言いや」
クマおじさんがそう言ったので、マコトはグイッと手を引っ張った。とても小さな力だったかもしれないけれど、おじさんはすぐに気づいて足を止めてくれた。
「輪投げか?」
頷くと、おじさんは屋台の前まで行ってチャリンとお金を払った。輪っかを貰うと、マコトは口を堅く結んで、かっこいいヒーロー人形目掛けてポーンと投げてみた。輪っかは見当違いのところでコロンと転がった。失敗だ。持っていた輪っか全部を投げてみても、結局取れなかった。
「むずそうやのう。どれ、おっちゃんが取ったろか?」
半泣きになって居るマコトをみておじさんが肩に手を置いてくれた。マコトも頷いた。
おじさんが輪っかを手に取って前かがみになる。
そのとき、マコトの興味を引く物がちらりと目に映った。真っ赤な風船だ。フワフワと上下に揺れるそれにマコトはすっかり夢中になって駆け出した。タタタと風船を見上げて駆け出す。
それがダメだった。ドンと柱みたいな物にぶつかって、しりもちをついた。見上げると髪を金色に染めて、耳や鼻に小さな輪っかをつけたお兄さんがいた。
「なんだおい!?」
その一言でマコトの体がキュッと縮まった。
「ガキじゃねえか」
「ちょうどいいや、こいつの親から小遣いもらおうぜ」
お兄さんの手がマコトの肩を掴んで無理やり立たせた。マコトは足がスッと冷たくなった気がした。
「坊や~、パパとママはどこかな~?」
お兄さんの笑った顔が近くにくる。息がかかる。マコトは顎をカチカチと鳴らせながら、浅く息を吸った。ヒューヒューと声が漏れる。
「おい、なんか言えよ!」
肩が大きく前後に揺れた。マコトの呼吸が荒くなる。目頭が熱くなってくる。
お兄さんが大きく口を開こうとする。その顔が曲がって、赤い液体を鼻から噴き出して横に飛んだ。マコトの体を大きな腕が抱えて抱きしめてくれる。見上げるとクマおじさんの顔があった。
「ワレェ、ワシの子に何しとんじゃ!!」
クマなのに、ライオンのような声だった。お兄さんたちは「ごめんなさい」みたいな声を上げて徒競走でもするかのように走っていった。
もうあの人たちは居ない。分かると引っ込んでいた涙がブワッと目から溢れ出た。
体が下に降りていく。土くれに足を置いたとき、ガシッと両肩を掴まれた。
「泣くな!! 男やったらあんな奴ら睨み返すぐらいつようならんかい!!」
さっきの大声が今度は自分に向けられた。マコトはびくっと首をすくめるとそのまま下を俯いた。
ヒリヒリする喉を冷たいジュースが流れていく。
「どや、落ち着いたか?」
涙目を擦りながら頷いた。
「なんや自分泣き虫やな。お父ちゃんが悲しいって言うで」
「お父さんは……」
唐突にマコトが口を開いた。
「お父さんは……いないの」
「……おらんのか」
「うん……」
「なんでや?」
マコトは紙コップを見つめながら下唇を噛んだ。
「分かんない」
「……分からんのか?」
「うん、お母さんに聞いても怒られるの」
「……そっか……お母ちゃん怖いんか?」
「うん、時々家におまわりさんが来て……お母さんいっつも怒ってるの」
「……そうか……」
それっきりクマおじさんは何も言わなくなった。マコトもじっと黙ってジュースに映った自分を見つめた。
「よっしゃ!!」
急におじさんが立ち上がった。
「坊主、はようそれ飲んでしまわんかい! おもろいことやらしたるぞ!!」
連れてきて貰ったのは的当てだった。ボールを投げて的に当てるゲームだ。
クマおじさんはお金を払ってボールを貰った。渡してくれるのかと思って手を出したが、違った。
「ええか坊主。このゲームをするときはな、こうするんじゃ!!」
おじさんはちっちゃなボールを鷲掴みにすると、大きく振りかぶった。そして……
「おらあっ!!」
ライオン顔負けの大声を出して投げた。ボールはびゅんと飛んで、的の横でバシリと音を立てて跳ね返ってきた。
「こうするんじゃ」
大きな胸を張ってみせた。
「当たってないよ」
「ええんじゃんなもん。思いっきり声出して投げるんじゃ。ほれやってみい。気持ちええぞ」
余ったボールを渡してくれた。マコトはそれとクマおじさんの顔を交互に見比べる。
「ほれ、おっちゃんの真似してみい」
マコトはボールを握ると思いっきり投げた。的の手前で落ちた。
「違う。大きな声出すんじゃ」
マコトは戸惑った顔でおじさんを見上げた。それを吹き飛ばしてくれるような笑顔でマコトを見ていた。
「……えい!」
ボールは見当違いのところに飛んでいった。
「もっと腹から声出すんじゃ」
「……えい!!」
今度は半分も届いていなかった。
「ええぞ。でももっとや!!」
「えいっ!!」
思いっきり投げた。今までで一番いい感じだった。的のすぐ下に落ちた。
「その意気や!!」
クマおじさんが新しいボールを渡してくれた。マコトはお腹が痛くなるくらい、口が痛くなるくらい開いてボールを投げた。
屋台を後にしてマコトはクマおじさんと歩いていた。結局、ボールは一回も的に当たらなかった。でもそんなことはどうでも良かった。マコトは買ってもらった綿あめを頬張りながら、おじさんの手を握っていた。
「楽しかったか、坊主?」
「うん」
「そうかそうか」
クマおじさんは子供のように笑ってマコトの頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれた。力強くって、頭が潰れそうだったけれど、それよりもくすぐったかった。
「……あ……マコト、お母ちゃんやぞ」
おじさんが声をあげた。見ると、前方にお母さんがいた。不安そうな顔を右に左にと向けている。
「お母さん……」
マコトはおじさんの手をギュっと握った。だがクマおじさんがその手を優しく押しのけた。
「行ったらんかい」
おじさんの目を見る。お母さんを見る。まだ辺り見まわしている。
マコトは決意した。
「おじさん、ありがとう」
「ああ」
駆け出した。お母さんのもとへ。
数歩手前でお母さんが気づいた。目が合う。とたんに目が大きくなり、口が裂けるように開いた。
「マコト!!」
大きな声がマコトに振ってかかってきた。
「どこに行っていたの!!?」
顎がピクピクと痙攣する。それでも、マコトはお母さんの目を見つめると、頭を下げた。
「ごめんなさい」
ちょっと震えた声でそう言った。お母さんは何も言わない。何の返事も返ってこない。嫌われたのかなと思ったとき、ポンと頭に手が置かれた。
「ちゃんと反省するのよ」
そして手が握られた。
「さあ、帰りましょ」
「……うん!!」
お母さんに手を引かれて歩き出す。振り返ると、もうクマおじさんはいなかった。
階段を下りてお祭り会場から離れていく。降り切ったとき、道の端っこにパトカーが止まっているのが見えた。そこに大きな影が入っていく。おまわりさんがドアを閉めると、走り出した。
角を曲がって消えていくその車を、マコトはずっと見送っていた。




