港町にて
この小説はかなり読者(特にヲタク)の気分を害する可能性があります。
読書のさいにはご注意ください。
長い船旅が終わり、船の外に出た私は、思い切り深呼吸をした。
私は、本を書きながら旅をして暮らしている旅人だ。具体的に何をしているかと言えば、旅先での出来事を紀行文として書き、それをまとめて祖国で出版し、それで得た金で別の土地へ旅に出る、という感じだ。
今日私は、ある港町にやってきた。友人の勧めによってこの島を訪れることにしたのだが、船が着いた港町は妙な雰囲気があった。
第一に、髪の色がおかしい。港町にいるのは若者だらけだが、何かで染め上げたように色が変化していた。それに、服装も変だ。平和な町だと聞いたのに、戦闘服に身を包んで銃らしきものを持っていたり、男性か女性かが服装で判断できなかったりする。
さらに言えば、今私のいる港町はかなり発展した都市であるにもかかわらず、食品店が少ない。友人によれば、この港町では食品店は一か所にまとまって、大規模に売られているという。その販売方法は以前聞いたことがあるから不思議に思わなかったが、この港町は店だけはやたらとあるのだ。もし食品店が一か所に集まっていなかったら店が多いのにもうなずけたが、この港町ではそんなに何を売っているのだろうか。看板を見ても、色々な店名があって
まとまりがまるでない。
そんなことを考えていたら、突然おなかが鳴った。腕時計を見るとすでに十二時になっていた。そこで私は食事をとろうと、近場のカフェによってみることにした。カフェで昼食を取れない場合もあるが、私のよることにしたカフェは、昼食が食べられることが分かるくらい、人が出入りしていた。
店の中に入ると、別の国での奉公人の服を着た女性がやってきて、
「いらっしゃいませ、ご主人様♪」と言ってきた。それを聞いた瞬間、入る店を間違えたと感じたが、紀行文のいい話題になると割り切って奥に進むことにした。店の客はほとんどが男性、それもとてもいい容姿とは言えない人ばかりだ。私も人のことを言える立場ではないのだが、それにしても客が偏ってはいる。
「注文はどうしますか?」店員の声を聞いてはっと我に返った。そして私が昼食を取りに来ていることを思い出し、メニューを開いた。だが、メニューはひどいものだった。メニューほとんどが甘いものだった。しかも、カフェだというのにコーヒーも紅茶もパンもない。まともなメニューと言えばオムライスくらいだった。オムライスは以前にも食べたことがあったが、ケチャップのしつこい味のせいであまり好きではない。私は仕方なく、オムライスを注文した。そして料理が出るまでのあいだ、店内を眺めていた。だが、店内も異質な雰囲気だった。色欲は理性を奪うと言って、極端に恐れる人々もいるというのに、この店内には数多くの女性の絵が飾られていて、色欲を肯定しているような、いや、色欲で支配しようとしているような雰囲気があった。しばらくすると、オムライスが出てきた。さっそく食べようとしたら、奉公人の服を着た店員が「お待ちください!」と言ってきた。なぜだろうか・・・私が戸惑っているのをよそに、
店員はケチャップを取り出した。そして、卵の中にもケチャップの味が詰まっているにもかかわらず、ドロドロと、ケチャップでハートの形を書いていった。ハートを書き上げると店員は笑顔で、「はい、どうぞ!」と言い放った。私は気を保っているのがやっとだった。
異質な店内で、異質な店員と、最高に味の濃い料理。味はもはやいうまでもない。
食事も終わり、私は逃げるように店から出た。そして思い切り深呼吸をした。
そして港町を再びうろつくことにした。しばらく歩いていると、模型店が見つかった。
他に面白そうな店もなかったから、そこに入ってみることにした。
模型店の中は、どこにでもありそうな店の雰囲気があった。私はようやく安心し、この店の商品を眺めてみることにした。店の商品は、人間の像だったり、機械のような物体の模型だったり、つなげると蛇に見える乗り物の模型だったりした。欲しいものは無かったので、何かを見る訳でもなく、適当に店内を歩いていた。そしてレジの近くを通った時、ある一人の客が商品の代金を支払おうとしていた。その客が買おうとしていたのは、
先ほどのつなげると蛇に見える乗り物の模型だった。しかも一つや二つではなく、大量の種類の模型を買っていた。そして値段を聞いた私は、恐ろしくなった。はっきりとは聞き取れなかったが、とんでもない額だったのは間違いなかった。そこまでその模型に思い入れがあるのだろうか・・・すると今度は別の客がやってきて、またしても大量の模型を店員の前にだした。今度は機械類の模型だった。いろいろあったが、機械類くらいしか見えなかった。そして店員は再び恐ろしいほどの額を言い放ち、客はそれに平然と金を払って
いった。この島の人々は皆何かの中毒になっているのだろうか・・・私は例のカフェのことも思い出し、身震いした。そしてまたしても逃げるように店内から出て行った。
店の外に出ると、すでに夕方だった。予定ではもう少しいるつもりだったが、
早く帰りたくなり、港に向かうことにした。港への道の途中、一人の男が壁のそばでしゃがみこんでいるのを見かけた。あまりに暗い雰囲気をその人が発していたから、
私は思わず声をかけた。「どうかしましたか?」「お前こそどうかしたのか?」「私は旅人です。あなたがひどく落ち込んでいるようなので・・・」「旅か・・・そんなことをしてなんになる」男はそういうとため息を一つつき、続けた。「生きていることさえしんどいのに何で旅なんかするかな・・・」「旅をするのが楽しいからですよ。ほら、小説だって、平坦な展開の
小説は面白くないでしょう?」「人生を面白くする必要がどこにある?俺には何事も悪く感じられる・・・いいものなんて一つもないのさ・・・」「では、あなたみたいに落ち込む意味があるでしょうか?私も、あなたも、人間は誰一人としてこの世界を知り尽くしている訳じゃない。それなのに、なんでこの世界にいいものが無いなんて言い切れるのでしょうか。」
「黙れ!」男は突然いきり立ち、私をにらんで叫んだ。「黙れっ、だまれっ、能天気な奴はそうやって現実は素晴らしいといいはる。だけどな、あんたもこの島の、この港町のやつらを見ただろう?人は何かのとりこになって、自分を見失う。俺はそれが怖いんだ。幸せと言っても、
しょせんは洗脳にすぎないだろ、なあ、なあ!」「あなたこそ洗脳されてますよ。不幸、怒り、無知に。何事もその時々の感情に任せていたら不幸が不幸を生み、怒りが怒りを増幅し、無知が無知を加速させる。もっと真剣に、現実を見据えてはいかがですか?」「言うのは簡単だ!言うのは!だが、残念なことに、俺の脳はこうなっていやがる。生まれが良かったら、
俺だって・・・うああああああ!!」そう男は叫ぶと、港とは逆方向に走っていった。
男との話から数分後、私は港に着いた。ちょうど祖国への今日最後の船が出るところだった。
私は船に乗って、遠ざかる島を眺めていた。あの港町はもとは美しかったのかもしれない。
あらゆる人がのびのびと自由に、明るく暮らしていたのかもしれない。いや、もとからあんな感じ・・・何かに毒された感じだったのかもしれない。だが、あの港町には恐ろしい何かが蔓延している・・・そんな感じが私にはするのだ。
もっとも、あの生き方も悪くないのかもしれないが・・・。
島の反対方向に目をやると、美しい夕日が沈もうとしていた。