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 それは遠い日の記憶。


「センカ、センカ」

「クリス?どうしたの?」


 塔を駆け上がってきたのは、薄紫の髪と瞳の少女。

 少女――クリスを迎えたのは今より数年若い姿、十代後半程度の見た目のセンカだ。

 クリスも同じぐらいの年齢に見える。


「ここの調整機やら何やらの買い手が見つかったわ。いい値段で買い取ってくれるの」

「………また賭場に出入りしたんだね」


 白いドレスを翻してやって来たクリスは息を切らしていた。

 センカは山積みになっているクリスタルから視線を切って、向き直る。


「………ばれたか」

「元々クリスが賭場で巻き上げてきた物だからね。正規の手段で売り捌けるはずもないよね」

「いいじゃない。その時はこの塔を建設したばかりだったんだもの。さすがにお小遣いを渋ってきたのよ、あの親」

「だからって、クリスの年齢で賭場に出入りしてお金儲けしてくるってどうなのかな」

「儲かるんだからいいのいいの。それに、賄賂とか払って上手に立ち回ってるんだから」


 それにしても、とクリスは部屋の機械を見回す。

 吹き抜けの上の天井からの照明で、円形の部屋は明るく照らされていた。


「本当に機械無しでクリスタルの調整できるの?」

「できるよ。今は機械を操作してクリスタルを調整しているけど、その昔は機械はクリスタルのエネルギーの通り道を拡大させてやって、調整しやすくするだけの物だったんだよ。その頃は補助があるとはいえ、人が直接クリスタルを調整していてね」

「だけどセンカはその拡大のための機械すら無しなんでしょ?」

「この塔の環境がいいからね。クリスタルのエネルギーを感じて、同化することが以前に比べて格段に上手くなったんだよ。だから、機械が無くても大丈夫。それより換金してしまって、クリスタルを買い込んだほうがいいよ」

「それならいいんだけど」


 この塔にはセンカが住んでおり、かなりの頻度でクリスがやってくる。

 塔の真相を言えば、クリスのために建てられた別荘であり、そこにセンカが居ついているのだが。


「だって、クリスタルが無いと、肝心の計画が進められないよ?」

「それはダメ」

「なら、これでいいじゃないか。これも、あそこまで苦労して盗んできたんだから、しっかり役立てないと」


 センカの視線の先には。

 見上げる程の大きさの紫クリスタル。

 クリスもそれを改めて見て、ため息を漏らした。


「でも、本当に成功するとは思ってなかったの」

「………国宝のクリスタルを盗もうって言い出したのはクリスだよ?」

「回路に巻き込めば、あそこまで簡単に起動できて、盗めるなんてね」

「あれはね………だけど、これみたいにそれ自身がエネルギーを多量に含んでいる物ならともかく、国宝のダミーみたいにエネルギーの無い物はもう転移出来ないよ。あんなにクリスタルを消費するとは思ってもみなかったね」

「大丈夫。もう急にダミーを転移させようとか言わないし、計画も終盤じゃないの。センカの研究所として塔を建てたせいで、あいつらからしてみれば予想以上の出費だったみたいだけど、そろそろ、その言い訳も時効よ。病弱設定を活かして、足りない資金は親から集めるまで」

「設定ってね………」

「何よ、初めに私を病弱扱いしたのはあの父親よ?それに、レッカーディン伯爵家にはお金はたんまりあるから問題ありません」

「そこじゃないんだよ。病弱設定はだね」


 クリスは、美人と名高かった母親に似て、美しい少女だ。

 しかし政略結婚の挙句、一人娘を産んですぐに亡くなったクリスの母親は、レッカーディン伯爵家当主たる父親に嫌われていたようだった。

 爵位の低い家の出だが、愛する妾の娘をたてようと、クリスは勝手に病弱であることにされてしまっていた。

 そこでクリスは、辻褄を合わせる為に、気の病に陥らせようと嫌がらせをする妾一味と、それを黙認する父親を、逆に気が病んでしまった振りをすることで利用してのけた。


「病弱設定は私の人生に於ける最大とも言っていい僥倖よ。お陰で資金を無心できるし、伯爵家が代々受け継いできたこの森に、療養のための別荘としてセンカの研究所も建てれらたもの」

「だから、そうじゃなくてね」


 センカは頭を抱えたい気分だった。

 クリスは、ここ以外の場所では、伯爵家の屋敷などでも、たおやかで大人しく弱々しい令嬢を演じきっている、らしい。

 だが、その正体はしょっちゅう屋敷を抜け出して情報を集め、資金を貯める、強かな少女であり、センカに出会ってからはその類稀なるクリスタル技能を磨かせるために、可能な限りの支援をしていた。

 逆境に負けず、家族を騙して、人生を謳歌しているように見えるクリスだが、問題があるとすれば、一つだけ。


「設定じゃなくて、クリスは実際に病気じゃないか」


 クリスが嘘でもなんでもなく病気だったことだ。

 密かに庶民の病院に通い、騙し騙しなんとかやっているが、そう、長くはない。


「本当に病気だということを伝えても喜ぶだけだからって、気の病設定のままにした結果、治療費と称してお金を融通してもらえなかったのに、なんでまだ設定に拘ってるの?」

「この森の所有権を移し変えるのに使うからよ」

「賭場の常連を中心に、所有権がころころと移っていることにするように頼んだんだよね?」


 市井を歩き回って、クリスが広げた伝手である。

 報酬と引き換えに、架空の取引を行い、森を買い取り、そしてまた売ったかのように見せかけることになっている。オークションも間に挟んであり、まず辿ることは不可能だ。 


「そう。でも、そのまま売ってしまうと伯爵家はまだ手元にあると勘違いしたままで、国が調べでもした時に、私が特に理由が無いにも関わらず売ったとでも見做されたら、更に調査が入って、いろいろと露見してしまうかもしれないじゃない」

「………最期の最後にばらすってこと」

「ご名答。手紙にでも書いておけばいいのよ。実は私は死に至る病をも、この身に宿しておりました。父上を心配させまいと黙っておりました。治療費の為に森は買い取ってくれると言った人に売り払いました。ごめんなさい………こんなところよ」

「伯爵家も証明書を娘に一時的に盗まれていたことを晒すよりは、庶民のものとはいえ、病院に通っていた記録もあることだし、治療費が不足して売ったことにする………かな?」

「もし国が森のことを聞いたら、連中が進んで虚偽報告を国にしてくれるのよ。常日頃から病気だなんだ、娘に先立たれてしまうとか言ってるから、そこまで不信に思われないでしょ」

「利用しきるね」

「じゃなきゃやってられないわ」


 苦い表情のセンカを、クリスは悪い笑みで受け止めた。

 とても、重病に侵されているような様子ではなかった。

 

「ま、それで晴れてこの森はセンカのもの。伯爵家は勿論、使用人一人としてセンカのことを知らないのだから、誰に邪魔をされることも無く、ずっとここにいられるのよ」

「クリスも一緒に、だね」

「その為の計画よ。当然じゃない」


 断言すると、クリスは足取りも軽く簡易キッチンへ向かった。

 察したセンカは、壁に立てかけられていた、折りたたみのテーブルとイスを準備する。


「そういえば………食糧とか、日用品とかは蓄えておかなくていいの?王都に出入りする頻度が高すぎると目をつけられるかもしれないし、まとめ買いしておいたほうがいいわよね?」

「いざって時は姿を消すか偽るシステムでも構築するよ」

「………さすがね」

「酔狂で拾われたわけじゃないからね、出来ることはアピールしておかないと」

「あら、センカを拾ったのは酔狂よ?」

「え」


 動きの止まったセンカの前のテーブルに、クリスは二つのカップを並べ、小皿にのったお菓子を置いた。洗練された動作でイスに腰掛けると、カップに口をつける。

 そこまでやって、ちらりと相手を見やる。 

 えも言われぬ複雑な表情をしていたセンカに、なんとか笑いを噛み殺した。


「クリスタル技能がそこらの研究者よりあるような十歳を、その能力を見込んで将来の為に拾うことは、酔狂のようなものでしょう」

「ああ………そう、なの?」


 それが同じ十歳の子供なら尚更ね、とクリス。

 そして、カップの飲み物の香りを楽しむように、瞳を閉じて、喜色を滲ませて言った。


「でもね、今も養っているのはそれはそれで、酔狂じゃないのよ」

「………なんだかな」


 脱力して、センカがイスに腰を下ろした。

 しばらく互いに無言でお菓子を食べていたが、最低限の家具しかない円形のこの部屋では、やはりその存在は目についたのか、


「『固定』の性質の巨大クリスタル、ね」


 センカが他人事のように口に出した。


「全くの別種のクリスタルだろうって話だったのに、ただの大きいだけの紫クリスタルなのよね。自分で自分を『固定』してしまうなんて、なんだか欠陥品だわ」

「大きくなり過ぎるってことは、それもまた欠陥だよ。あれをこれから利用するには、再び固定させない為に過剰なエネルギーは回路の中を流さなくてはならないし、エネルギーを尽かすわけにもいかないから、別の紫クリスタルを相当用意しないとね」


 国宝のクリスタルは眠っていた時、その状態のまま回路に無理に組み込んで、それを動かすことで強制的に目覚めさせたのだ。

 現在もその性質によって活動をやめてしまわないように、山積みになっている小さなクリスタルと、多色回路を形成し、国宝のエネルギーを無くさせない為に、回路に繋がれた他の紫クリスタルがエネルギーを供給している。

 

「クリスタル、とにかく資金を集めてクリスタルを買い込まなくてはね。それから、後々の買出しにもお金がいるから、センカに一財産渡せるぐらいにはいるのよ」

「金策を急いだほうがいいかな」

「そうね。後、あまり残ってないのだもの」


 クリスがカップをあおった。

 置かれたカップとテーブルが、乾いた音を出す。


「私があの中に入って、生きるようになるその日まで」


 センカのカップも空になる。


「もう少し、エネルギーとの接続が手際よくならないとね」

「頑張ってるもの」

「接続がきちんと出来ていないと、僕がどれだけ上手くクリスを取り込ませても、生きているその時のクリスが『固定』されない可能性があるよ」

「わかってる、わかってるの。センカはクリスタルについてわかり過ぎているから、かえって教えるのが下手なのよ」


 常日頃から、センカによるクリスタル講座を受けていたクリスは、ちょっぴり不貞腐れて抗議する。

 先と立場が逆転したようで、センカはひっそりと相好を崩した。


「じゃあ、練習しようか?」

「………確実に成功させる為、だものね」

「それ以外に理由なんてないよ」


 立ち上がったセンカが、反対側に回り込んで、クリスに手を差し出した。

 クリスが座ったまま出した手は、センカの手のやや上で止まった。


「計画が成功すれば、ここに、ずっと私といてくれるよね?」

「命続く限り、絶対に」


 クリスの手がセンカの手に、落ちた。









「命続く限り、か」


 センカは照明が外され、吹き抜けの上までクリスタルが溜まったそこで、思い出していた。

 かれこれ三十年近く前のことだ。


「毎日回路を調整してエネルギーと同化してたけど………まさかクリスタルの外の僕に『固定』の性質が加わるとは、ね」


 センカの容姿はあの三十年前の時より、数年歳をとっただけのものだ。

 計画を最後まで実行し切ってから、数年後に、『固定』してしまった。

 生きてはいるが、人としての時は完全に止まっている。

 疲労は感じるが、溜まることは無く、食事も睡眠も必要なくなり、家具は無用の長物に、食糧も日用品も不要なので、買出しはクリスタルを求めるだけとなった。

 服の時間すら無くなっており、かつてクリスに貰った服が、新品に近い状態でずっと着られている。

 そして重要なのが、国宝の紫クリスタルの側にいる間、『固定』の性質を帯びる、というのではなく、センカという存在の根本的な部分に『固定』の性質が加えられた、という事実。

 それは今から、紫クリスタルの影響を身体に与えないようにする回路やシステムに組み替えたところで、意味がないということだ。


「ずっと、このまま、命が続く」


 センカがそうなった。

 ならば。


「クリスも、そう、なっているのかな」


 クリスタルから出ても、時間が動き出して死ぬということが無い、徹底的に『固定』された存在に。

 ひょっとしたらクリスも、なっているのかもしれない。

 しかし、それを調べるためにはクリスを中から出さねばならず。

 もし、そうでなければ、『固定』されきっていなければ――


「僕には、まだ。それを調べる勇気がない………」


 紫のクリスタルに触れれば、そこにはクリスタルのエネルギーではない、生命の持つエネルギーが確かにある。

 ゆっくりと、しっかりと、それを感じ取る。

 そうしている内に、クリスは生きているんだと感じる内に、気分が明るくなってきた。


「どうせ、長い時間があるんだから、勇気がでるまで、或いは確信が持てるまで、こうして一緒にいればいいことだよね」


 子供っぽく、無邪気に、無知であるかのように、笑う。


「じゃあ、今日の話をしようか。今日はね………ああ、そういえば、王立研究所の研究員と何度か一緒くたにされたんだよ」


 そして、紫クリスタルに――クリスに向き合って、センカは今日も話す。


「あんな独り言ばかりの連中とどうして一緒にされるんだろうね?僕、独り言なんか言ったことないのに」









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