転
「疲れるなあ。さすがに」
センカは森の塔まで戻ってきていた。
高く聳える塔の先端に、この部屋は位置している。
変わり映えのしない階段をひたすらに昇って、ようやく辿りつく円形の無窓の部屋。
じゃりじゃりと音を鳴らして、センカは部屋の中心に近づく。
「帰ってきたけれど、異常は特に無いね」
ざっと部屋を見回したところ、不自然な点はなかった。
出かける前と寸分違わない。
だが、それでも確認と調整を行う。
「やっぱり、もし何か不都合があったら大変だからね。取り返しのつかないことには、したくないから」
部屋の中央を陣取る巨大クリスタルに手をかざす。
すると半透明の膜が浮き上がった。
大量の数字と特殊な記号が書かれたそれを、センカは触れずに操作する。こちらの意思を汲み取り、要求に速やかに答えてくれる、そういうものだ。
クリスタルのシステムを確認して、改善できる点や修正すべき点を探していく。とはいえ、常日頃からそんな作業ばかりしているから、いくらシステムが複雑で、データが大量であろうと、調整する場所はあまりない。時間劣化による修正が時々あるくらいである。
どれだけそうしていただろうか。
あまりに膨大な情報量を集中を切らすことなく見つめていたセンカは、けたたましい警報の音で我に返った。
「この音は、侵入者だよね?」
半透明の膜に視線を戻して再び操作し始める。
ただしそれは先程までの、システムを確認するためのものではなく、警報の原因を探るためのものだ。
詳細を見れば、案の定、警報は敷地内に何者かが侵入して鳴ったようだった。
監視システムに素早く飛び、侵入のあった地点を細かく調べる。
「人数は五。男が四で、女が一、か。結構な大所帯のようだね」
さらに時間を遡り記録を辿る。
それは、侵入者が森に入ったところからだ。
そう、センカは森全体に監視の目を行き届かせている。王立研究所が届かない距離を、完全に把握しきっていた。
センカならば、それなりの設備はいるが、森の外からこの塔を探知することなど容易だ。
だから、森とその外との境界に立っている騎士達の位置もわかる。つまり、少し時間をかければ、交代の時間や巡回路、真面目な騎士不真面目な騎士、そんなことを調べることも出来た。
そうしてわかったことを活かして今日、森を騎士達に気づかれぬように抜け出したのだ。
しかも、その記録はクリスタルに自動でとってもらい、解析してもらっている。センカはここ数日で一番簡単に抜け出せる道と時間をクリスタルに聞いただけだ。
センカはたった一人、真実はともかく、本来なら設備も資金も資料もあるはずのない個人で、そこまでの技量を誇る。
クリスタル板だって、この操作に用いている膜がベースで、性能を落とす代わりに構造を単純且つ効率の良いものにして、板に照射するという形に改造したものだ。
十年より前、センカは頻繁にクリスタル店を訪れていた。
それよりさらに前はかなりのクリスタルが備えてあり、その必要はなかったのだが、それが尽きかけ、個人所有としてはおかしな大金を持っていたこともあり、王都のクリスタル店の売り上げに貢献していたのだ。
下々のクリスタル店も王立研究所に繋がっているといえば繋がっているので、複数の店を回り、回数を増やして一度に買う量を減らし、クリスタルの元締めたる研究所に不審がられないようにした。
そして今より十年前に、遂にその大金も消えた。まあ、かなりのクリスタルを買い込んでいたので仕方ない。分けて買える量に限界があり、後ろ暗い仕事をしている人たちを通して、無茶な金額で買ったこともあったので必然でもある。
だから、王立研究所に目をつけられるということを受け入れ、だがその分一回でまとまったお金とクリスタルを手に入れることをセンカは決心した。
それがクリスタル板と、その後の曖昧な研究用途によるクリスタルの大量購入だ。
クリスタル板はあらゆる場面で使いやすい。公共で使用するのに実に勝手がいい上、既に技術的に非常に高められていたものなので爆発的に広まった。そして一過性の物ではなく長期的な物だ。
センカにとってそれは重要である。放っておけば、勝手に技術料が入るのだ。無論、手渡しではなく、振込みという形なので、使う際には引き出さねばならないのだが。
それでも、クリスタルが廃れるか、クリスタル研究が極端に進まない限りは安定した資金源となる。
誤算だったのは無名の研究者が驚くべきものを作り上げたとして、有名になりすぎてしまったことだ。
クリスタルを購入する際には、無名でここまで来るのは本当に苦労したんだという話をでっちあげて、上手く切り抜けることができて都合がよかったのだが、あそこまで注目をされるとその後がやりづらい。
それは、センカの技量が振り切れていて、当時のクリスタル技術を本来より上に推測してしまっていたからおこった誤算だった。研究所に顔を出さず、王都に長居もしないセンカは、何が作られたかはわかっても、その中身の技術力を知ることが出来ていなかった。
王立研究所に非所属で、どこの勢力の傘下にもなかったわけだが、故にそのままでは権力争いにも巻き込まれそうだったので、早々に王都滞在を切り上げ、帰還することにした。それから、とにかく周囲を振り切って塔まで戻って来たものの、王宮に居場所を嗅ぎつけられ、騎士を置かれてしまった。
さすがに敷地内には入ってこなかったので、まあいいかと判断し、今日まで放置していたが、
「これは、ひょっとして初めからその気だったのかな」
侵入者が、騎士と接触している。
クリスタルのとった記録には侵入者達と騎士達がそう長くはないが、同じ場所に固まっていたことが記されている。それもその騎士達の中に、今までの記録からここの責任者だろうと予想されていた騎士の反応がある。
「つまり侵入者御一行は騎士の皆様の同僚か、王宮か研究所かが雇った人間ってところだね。あ、青クリスタルの記録再生ができたみたいだ」
センカが十年前に発表したクリスタル板は黄クリスタルの『照射』をそれは見事に引き出し、異様な完成度ではあったが、考えられないぐらいのレベルの高さのものであって、それ自体が考えられないようなものではなかったのだ。
だから、周囲はセンカの能力をこれでもまだ、過小評価している。
「映像、音声ともに良好。ああ、この雰囲気は騎士が変装しているということはなさそうだね。きちんと雇われたみたいだよ」
王立研究所や王宮、さらには騎士の面々は塔からこの森全体を探知できるなんて考えてすらいない。
いや、それは確かに考える必要すらない。
探知というのは、一度きりであるが、青クリスタルの『吸収』エネルギーをばらまき、辺りのエネルギーを微弱に巻き込むこんで『吸収』することで、そこから生命反応を見つけるというものだ。青クリスタルのエネルギーは拡散しにくいため精々家一件分か、その隣の家ぐらいまでが限界だ。それでも暗殺や急襲の防御にはかなり役に立つし、潜伏した罪人や盗賊の隠れ家などを暴くことにも利用価値がある。
そんなわけで、塔から森全体を探知なんて、どの色のクリスタルを使っても出来るようなことではないと考えられている。正しくは考えるまでもなくそうであり、態々考える必要のないことだ。
それがまさか探知、どころか映像や音声まで記録して後から完全に再生できるようなことがあると思うだろうか。
「どうしようか。このままだと塔の入り口で、攻撃システムが自動で彼らを始末してしまうけれど」
相手は五。クリスタルに任せてしまえば何もせずにことは終わる。
しかしそれはそれで後始末をしなければならない。
細いばかりでまるで住宅らしくない塔だが、それでも一応はセンカの家だ。
家の前に死体が転がっているのはよろしくない。
「攻撃はしないようにしておこうかな。大体わかるけど、それでも何をするつもりでここに入って来たのかぐらいは聞いておくべきだよね」
騎士と侵入者との会話は塔がそこからどの方向にあるかと、悟られないようにという念押しだけだった。事前に細かく取り決めているのだろう。
それでも、そこまで見せてもらえれば思惑もわかろうというものだ。
「じゃあ、あの研究所の管理人の言葉は………」
センカに無理をしたいわけではない。
背中に放たれた、その、言葉の意味。
「僕が今日ここを出る前からこの侵入は決まっていたこと………いや、ひょっとすると十年前から決まってた、とか」
十年前。
センカが塔に篭ったことを知った研究所と王宮が下した判断。
貴族に取り込まれるわけにも、他国に流れられるわけにもいかない。だが本人には研究所入りの意志は無く、名誉や権力にも興味が無さそうと来た。
「つまり、あれは最後通告ってことだね」
再び王都に現れたセンカに、研究所の管理人は最後の勧誘として声をかけてきた。
それをはねのければ、こうすることが決定していた。
センカが塔に篭った直後にはもう決めていたのではないだろうか。
次に出てきたときに、最後通告、そして襲撃、と。
私有地だからと、あれだけ騎士を配置しておいて森の中に入ってこなかったのも、そのつもりだったからと考えれば納得しやすい。
「だけど、予想に反して僕がなかなか出てこなくて十年延びたってことかな」
普通、誰の庇護もなく引き篭もるのにはそれなりに限界がある。
特にセンカはこの十年間は配達すら利用していない。
庇護者はおらず、配達がないことを見て、数週間か長くても数ヶ月程度とよんでいたのだろう。
それが数年経っても出てこないものだから、密かに出てきていることを疑って、デメリットのほとんどない紫クリスタルの規制に踏み切ったといったところか。
今日、外に出ていることがばれたのはおそらく、お金の引き出しに因る。
十年間、センカのお金が引き出されたら報告するように根回しし続けたのだと思うと、彼らが滑稽だった。
「侵入者達がここに辿り着くまでには、まだ時間があるよね………なら、元の作業に戻ろうか」
記録システムをすっぱり閉じて、センカは再び最重要システムのチェックに戻る。
この円い部屋には家具の類が一切無い。
クリスタルを除く生活用品は見渡す限り一つもな無い。
窓も無く、明かりとなるのはエネルギーを放出して光るクリスタルだけ。
無論、時計も無いのでこの中で時間を正確に知る術はない。
だから、センカにも経過時間はわからない。
ただ、森を通り、塔を登って来たにしては早かった。
センカが運動不足なだけかもしれないが、身体を動かすことが生業なだけはあるのだろう。
「ここかぁっ!」
扉を蹴破る音と、野太い声が、自身の身長を超える巨大紫クリスタルの前に立っていたセンカの背後から響いた。
続いて、幾つかの足音がじゃりじゃりと音を鳴らしながら、部屋に入ってきた。
センカはそれでも振り向かなかった。
彼らが騎士と接触している時点で、殺す気がないことなどわかりきっている。
本当にセンカを始末したいのなら、こんな回りくどいことをせず、騎士に殺させればいい話だからだ。
「まあ、どっちでもいいけどね」
全員が部屋に入ったようなので、用意しておいたシステムを起動する。
即席だが問題ないだろう。
くるりと体を返せば、驚愕の表情で停止している侵入者五人。
「ようこそ、と声をかけておくべきかな。侵入を受け入れたわけだから歓迎と言えなくもないだろうしね」
こんなところだろうかと、穏やかに話しかけてみたのだが、五人はぴくりとも動かない。
センカはゆっくりと首を傾げた。
「ん?まだシステムは起動させただけで効果は抑えてあるはずなんだけど………」
棒立ちのままの侵入者達を不思議そうに観察する。
五人はそれぞれ刃物を握っており、中には橙クリスタルを嵌め込んでいるものもある。『活性』の性質を斬りあいに活かすのは有効かもしれないが、柄の部分にそのエネルギーを引き出す機械が入っているようで、あの大きさでは一般人は満足に『活性』させられないだろう。
「というか、君達のその首筋に入れている模様、今日クリスタル板で見たような………………あ。えっと、ちょっと前まで隣国にいた盗賊団、だったよね?」
返事がない。
クリスタル板に載って噂されていた盗賊団のトレードマークは、間違いなくそれであるはずなのだが。
「え、あってるよね?何でそんなに無反応なのかな」
即席だったからシステムの設定にミスがあったのだろうか。
そんなことを考えるセンカに、ようやく盗賊団の男が答えた。
「なんだよ………この部屋」
それは答えた、というより漏れでたという方がより近かったが。
「この部屋?」
センカは周囲を見回す。
これといって不審な点は見られない。
先も確認したとおり、出かける前と変わらない、いつもの部屋だ。
「この床はなんだよっ」
盗賊団の男が叫ぶ。怯え混じりの声音だった。
一番に入ってきたこと、今も男を先頭に立っていることから、この中ではリーダーにあたるのだろう。
そんなに怯えていてはリーダーなんか務まらないだろうと、センカは思う。
もしこの場に第三者がいれば、無理もないと言ったに違いないが。
「床?これはただのクリスタルだよ。研究者以外の人は皆この大きさを通常サイズと呼ぶね」
床。
その部屋の床は。
クリスタル。
一面の、クリスタル。
クリスタルが、部屋の床全体を覆っている。いや、この分であれば覆っているどころか、多少掘り起こしても、本来の床は見えないであろう。
七色の小さなクリスタルが全てごちゃまぜになって、あちこちで輝きをみせる。仄暗い部屋の中でそれは夜空に瞬く星々のようで、美しくはあるが、自分がどこか間違った場所に迷い込んだかのような錯覚を起こさせ、なぜだか足を竦ませる。
「昔、僕が使ってた部屋は吹き抜けだったんだよね。でも、クリスタルがたくさんあったほうが便利だったから、山にしてたら、吹き抜けの上と繋がってね。仕方がないから上の部分の足場を全てのけて、扉をそのまま使用してるよ。無理だとは思うけど、下に潜っていけば昔使っていた家具とか見つけられるんだろうね」
盗賊団の一人が思わず下を見た。自らの立つ場所が床から遥か上空だと聞かされ、思わず不安になってのことだ。この状況では致し方ない。
だが、それ以外の四人は真っ直ぐ前を見つめている。
床のそれは勿論異様だが、それ以上にあってはならないものがあったからだ。
前。
センカ、ではなくその向こうの、
「じゃっ、じゃあ、その後ろのでかいクリスタルは何だよ!」
「後ろ?」
センカの背後には、僅かに浮いて、円形の部屋の中央に鎮座する、巨大な紫クリスタル。
クリスタルだらけの部屋のなかでも、妖しく光るそれは見る者を惑わせる雰囲気を持っている。
「これのこと?綺麗だよね。今となってはこの塔と森の根幹を為すクリスタルだよ」
クリスタルを見てどこか嬉しそうに、恍惚と話すセンカだったが、盗賊団はそうもいかないようだった。
「お前、おかしいだろ。なんで、なんで、なんで」
センカが緩慢にクリスタルに手を伸ばす。
リーダーの男の絶叫が轟いた。
「クリスタルに人間が入ってるんだよ!」
クリスタルは大人一人がすっぽり中に入れそうなぐらい――大人一人がすっぽり中に入ってしまっている大きさで、それに外から反射して映る灰色の髪のセンカと、クリスタルの内側から映る薄紫の女性の姿が重なって見えていた。
中にいる女性は外見からすると十代と二十代の境目あたりだろうか。シンプルで品の良いドレスを纏ったその女性は、色白で、瞼をおろしたまま、儚げに微笑んでいた。クリスタルと同じ髪色も相まって、閉じ込められたその姿は実に、幻想的だ。
息を呑むその光景を、今まで一人、見続けていたセンカは、
「だから、綺麗だよね、って言ってるよね」
どこまでもその異常を理解していないのだ。
しばらく、絶句したまま言葉を発さなくなった盗賊をつまらなさそうに眺めていたが、ふと、楽しそうに笑ったものだから、傍から見れば不気味極まりなかっただろう。
そして、じゃり、とクリスタル同士が押しあう床を踏んで、センカは数歩盗賊達に近づく。
足音に盗賊団の顔がにわかに引き締まる。
「君達がここに来た理由は大方想像がついてるよ。王宮か王立研究所だかに雇われたんだよね?ああ、でも形は騎士団の下っ端が雇ったことにでもなっているのかな。依頼内容は強盗をしに来た振りをして、塔に住むクリスタル研究者一人を昏倒させて拉致。そして、そのまま騎士団に引渡し?」
「………………」
「図星だね。だけど、君達にはそこまでの落ち度はないよ。作戦がここまで露見しているのは研究所が原因だよ。あそこの連中がいつまで経っても成長しないからね。そもそもは誰かに密会現場を見られることを嫌って、森に少し入ったところで話し出したことかな。疑われる可能性が増すとしても、どこかに密会場所を用意すべきだったんだよ。まあ、どれだけ対策しても、森に入ってしまえば、もう僕の支配下も同然だけどね」
「………やっぱ、やっぱだなあ」
リーダーが嫌そうに頬を引きつらせながらぼやいた。
片手には橙クリスタルの嵌った剣。
荒事を仕事としてきた証拠に、ところどころ刃こぼれしており、あまり丁寧に扱われている様子は無い。鈍く光るそれをセンカに突きつけて言い放つ。
「お偉い様方からの依頼なんでどんな無茶振りかと思えば、頭でっかちの研究者一人を捕らえろだと言うんだよ。そんなことの為になんでこんなやって来たばかりの俺達を使うのかと首を捻ったもんだが、なんだよ、研究者って皆こんなにおかしいのか」
「君達を使ったのは単純に君達に罪を擦り付けて、僕に恩を売る気だからだと思うよ?」
簡単なことだ。
依頼した盗賊団にセンカを襲わせて、気絶させる。意識が無い間にセンカを引き取り、報酬を支払う。その後、その盗賊を始末するかどうかは国の判断次第だが、始末すればそいつらを、そうでなければ適当に見繕って犯人として、王立研究所か王宮かで目を覚ましたセンカに、連れ去られるところを助けたのだと教える。それを理由に研究所に入ってもらうというシナリオだろう。
「そういうことじゃねえ。かなりの高額報酬をふっかけてもあっさり頷くんだよ。クリスタル研究者をそこら中の国が競うようにして集めるもんだから、前々からそこまで研究者は価値があんのかと考えてたんだ。だけど、なるほどな。こんな奴らじゃあ、例え金を費やしても一箇所にまとめておきたいわけだよ」
「僕を研究所の連中と一緒にしないでくれるかな」
「お前は研究所のとは違うのか?」
「当たり前だよ」
リーダーは鼻で笑った。
剣に宿るクリスタルが徐々に光り出す。
「だとしても、クリスタル研究員なんて他に見たことないからな、んなもんわかんねえ、なっ」
台詞と共に大きく踏み込んで、リーダーは剣を振りかぶった。残りの四人も後に続く。
武装も無く、引き篭もり生活が長いセンカに避けられるはずもない。
「………………」
王立研究所では変人を一箇所に集める、という目的も全く無いといえば嘘になるが、なんといってもクリスタル研究は国益に繋がるし、優れた技術は他国への牽制にもなるのだ。研究員を集める最大の目的はそこにある。
だが、盗賊団のリーダーが誤解したのも当然というもの。
もし、クリスタルにある程度の知識を持つ国の上層の人間がこの部屋を訪れれば、その場で騎士団を動員してセンカを捕らえることを決断することだろう。
それぐらい、センカのやっていることは現在のクリスタル技術から飛びぬけているし、発想も歪んだものだ。
こんな風に手間をとる手段を選んだのも、国がそのことを未だに認知していないからである。普通、クリスタル研究員は研究がとにかく第一で、クリスタルに妄信する者ばかりだから、センカもそうだろうと思っているのだ。
センカのような研究員しかいなければ、確かに研究所はリーダーの言うような施設になっていただろうし、センカのような研究員がいないから、今日この日、盗賊団はセンカを襲撃することになったのだ。
だから、この結果は盗賊団には変えられなかったのかもしれない。
「はあ………彼女の前で剣とか振らないでもらえるかな」
瞬間、五人は大きな音をたてて、同時に床に倒れた。
つまずいたという様子ではない、急に全身の力が抜けたとでもいうような崩れ落ち方だった。
クリスタルの床に落ちたのはそれなりに痛みがあったはずだが、苦悶の声をあげた者はいない。
足元に倒れる盗賊を見て、センカは嘆息する。
「解せなさそうな顔をしてるね。でもまあ、少しだけ懐かしいし、説明してもいいよ?」
五人は一切の体の自由が利かなくなっていた。
時折ぴくぴくと動くが、何かの行動と呼べるほどの動きにはならず、喋ることすらできない。
表情だけが辛うじて動く。
「君達が入ってきてすぐ、システムの一つを起動しておいたんだよ。いつでも効果を発揮できるようにね。その効果は君たちの行動の『吸収』と『沈静』と『固定』。だけど、内臓や表情は動くよう制御してあるから安心してよね」
答えは返ってこない。
否、彼らは返すことができない。
「まだ、意味がわからないって表情だね。えっと、外じゃあ単色回路すら実用化してないんだよね?なら、わかりにくいかもしれないけれど、今なお君達を縛っているシステムには青、藍、紫の三つのクリスタルの効果が組み合わさっているんだよ。複数の異なるの色のクリスタル同士を同じ回路で繋ぐんだね。多色回路ってこと」
多色回路。
王立研究所で赤クリスタルの単色回路の初期実験が成功したと騒いでいる中、とうの昔に七色のクリスタルを結ぶことに成功し、実用化まで成し遂げている。
センカには、時代を先取りしすぎたセンカには、未だに単色回路の理論ができたかできないか程度にしか世間が達していないことが、理解は出来るが、想像出来ない。
「この森の中にある全てのクリスタル、勿論今、君達が触れている足元のクリスタルを含めて一つの回路で繋がっているんだ。そこからいくつものシステムを平行して作動させているんだよ。君達を縛るシステムはこの回路の中でも青、藍、紫のクリスタルの割合を多めで処理しているね。効果を対象にあてる時に『放出』や『照射』も必要になるから、その三つだけではないけれど」
当然、体の自由を奪われ、平静でいるつもりでもやはりどこか焦燥のある彼らには、その意味を正しく受け取れているはずもない。
そもそもクリスタルに造詣が深くない彼らは冷静であっても、センカの技量を正当に評価できなかったであろうが。
「森の中にはあらゆる場所にクリスタルが埋めてあるんだよ。映像や音声だって、回路の一部を割いてあげればいいだけだし、探知なんて容易だね。森の中ならば支配化も同然というのはそういう理由だよ」
センカは体を曲げて、リーダーが握っていた剣を拾う。
嵌まっていた橙クリスタルをカツン、と爪で叩けば、光が明滅して、剣から落ちた。
剣を投げ捨てて、手に納まったクリスタルに、センカは調整を施す。
しかしそれは、盗賊達からしてみれば、クリスタルを見つめているようにしか見えなかった。
「はい、これでこのクリスタルも回路の一部だよ」
その言葉と共にクリスタルを下へ落とす。
無数の、クリスタルの中へと。
「さてと、そろそろ君達の処遇について話しておくべきかな。ここのクリスタルの説明をするのは久しぶりで、つい話し込んでしまったけれど」
立ち上がり、センカは再び半透明の膜を、森全体の回路全てを動かす、そのクリスタル板を出現させた。
「実を言うと、君達が侵入してきた時点で処遇はまだ白紙だったんだよ。塔の中ならどれだけ君達が素早かろうが、怪力だろうが関係ないからね。ゆっくり対処すればいいと思ってたから」
くすくす、と笑う。
そう、さっきまでは全くの無計画だった。
だが、彼らが巨大クリスタルに呆けている時に、処遇についていいことを思いついた。
「この塔はね、特別製なんだよ。建築材に大量のクリスタルから取り出したエネルギーが混ぜ込んである上、壁の中にもクリスタルそのものが相当数埋め込まれてるよ。塔そのものも回路に取り込んであるようなものでね、塔の中は僕の世界だ」
半透明のクリスタル板が目を見張る速さで数字と記号を流す。
それは、新たなシステムをセンカが構築しているということ。
クリスタルに直接干渉しながら、回路制御を司るクリスタル板にも同時に指令を入れていき、効率化している。
「塔の中なら、あれだけ構築と管理が大変だった北の道に仕掛けたシステムもすぐに仕上がるよ。北の道のあれは、騎士が徘徊するようになって、もういい加減やりにくいから、廃棄するか迷ってたんだけどね。森の外だから調整の度に騎士をすり抜ける必要があるし、ここの回路と繋がってないからエネルギー供給に手間取って、クリスタルが少ない分出力も劣るんだよ」
クリスタル板の画面が急に変わった。
それは、システムの完成を意味する。
「では、また懐かしい、クリスタルの勉強の時間だよ」
センカは膝をついて、リーダーと視線を合わす。
リーダーの顔が明らかに強張っている。
それは今更ながら自分が襲った存在がずば抜けて異常だということを悟ったのか、それともこれから己がどうなるか感じとってしまったからなのか。
「七色のクリスタルはどこでできるのか、喋れるようにしてあげるから、それぞれ答えてみてよ」
途端、リーダーの拘束が緩んだ。
腕をついて慌てて体を起こし、口を動かすが言葉にならない。
「七色のクリスタルだよ。わかるよね?」
七色。
『放出』の赤クリスタル。
『活性』の橙クリスタル。
『照射』の黄クリスタル。
『流動』の緑クリスタル。
『吸収』の青クリスタル。
『沈静』の藍クリスタル。
『固定』の紫クリスタル。
「赤クリスタルは炎の中で。橙クリスタルは太陽の下で。黄クリスタルは土の中で。緑クリスタルは植物の中で。青クリスタルは水の中で。藍クリスタルは月の下で………では、紫クリスタルはどこでできるかな?」
リーダーは心なしか震えている。
両手が床のクリスタルを必死に掴む。しかし、完全に行動制限を解かれてはいない身では、先程からじゃりじゃりと鳴らすばかりで上手く掴めていない。
クリスタルを掴んだところで何も変わらないのだが、勘がいい、というのはこの場においては恐怖を増大させるだけのようだった。
「む、紫クリスタルは、獣や家畜の、しっ死にかけから採れるって」
「そうだね。一般にはそうやって言われているね。確かに処分しきる前の害獣や寿命の近い家畜の体を開いて手に入れるね。でもね、正しい定義はそうではないんだよ。より、正確には」
カッと光線が走った。
それはリーダーのすぐ側のクリスタルから迸り、その鳩尾を貫いた。
そしてリーダーが現実を認識し、激痛を訴えるより早く、センカの手がその場所に刺さった。
「紫クリスタルは生物の中で、だよ」
引き抜かれたセンカの手には輝く紫クリスタル。
それも、通常サイズではない。
「だけど、その生物が死ぬと、クリスタルは消滅するんだ。だから、死にかけや弱っている生物から取るとクリスタルは小さいんだよ。こうして、動ける生物から無理矢理奪わないと」
センカは晴れやかな笑顔で言ってのける。
「いい勉強になったね。それじゃ、さようなら」
先のより何倍も太い光線がリーダーに浴びせられ、そして。
消えた。
跡形も残らずに、消滅した。
「北の道に仕掛けておいたクリスタルは長いこと調整も確認もしていないけれど、今でもそれなりに動いてくれているみたいなんだよね。回収しにいけばそこそこ紫クリスタルが集まっているんだろうけれど、王都で随分噂になっているようだし、停止させたほうがいいだろうね」
事故にみせかけて、紫クリスタルを回収するためのシステム。
今構築したシステムはそれの簡易版だ。
「でも、今日君達が戻らなければ、また紫クリスタルを持って誰か来てくれるだろうからね。なんとかなりそうだよ。この森には獣の類いがいなくてね」
センカが手に持っていた紫クリスタルを、女性の眠る巨大クリスタルに近づけると、形がぶれて、ゆっくりと巨大クリスタルに吸い込まれてしまった。
振り返って、問う。
「じゃあ、次は誰にしようか?」
塔の中は彼の世界。
残る侵入者四人が消えるまで、そう、時間はかからない。
最後に残ったセンカは、手に入れた紫クリスタルをあますことなく巨大クリスタルの糧として、クリスタルの中の女性と向き合い、
「今日、君のことをもう令嬢じゃないとか言う人を見たけれど」
はにかんだように微笑んだ。
「とても綺麗だよ、クリス」




