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 男は王都の中心にある巨大な噴水の縁に腰掛けていた。

 元々、縁に座ることを前提として作られた噴水なので、背凭れもあり、幅も丁度よく、それなりに人が座っている。

 なんとなく涼みに来ただけの者もいれば、遠くの町から訪れたのであろうか、噴水を感慨深げに眺めている者もいる。噴水の近くにはクリスタル板が設置されていて、そこの辺りは盛り上がりを見せていた。


「また北の道で事故かよお」

「怖いよねえ。なんかあそこ呪われてるって噂だよ。事故は事故でも不可解なものばっかりなんだってさあ」

「未だにレッカーディン伯爵家の令嬢の捜索依頼がでてるぜ」

「うわ、それ、三十年ぐらい前から出てるやつだろ。どうせ駆け落ちとかだろうに、さすが金持ちは長いこと載せてもらえるなあ」

「ていうか三十年ってことはもう令嬢って年でもないよな」

「その盗賊こっちに来てたの?ちょっと前まで隣国にいたよね。この国にあんたらの居場所なんかないっていうのに」


 といった感じに。

 クリスタル板は、薄い板に黄クリスタルで字や絵を『照射』して、様々な情報を知らせるものである。国からの布告や各地の情報を伝えるだけでなく、然るべき手続きを取れば個人や店も情報を発信できる。無論、お金はかかるが。

 クリスタル板が世に現れてもうすぐ十年といったところだろうか。

 あまりにそのまんますぎる名前だが、それはクリスタル板の製作者が製作者な癖に、たいしてそれに興味が無かったので生まれた、残念な経緯を持つ名前である。

 男はぼんやりとクリスタル板を眺めていた。

 紫クリスタルに関する情報が流れないか、と思ってのことだが、それほど期待してはいない。

 結局、あの後に何店舗かまわったが、結果その王立研究所による強制買収があったということが事実であるとわかっただけだ。そして、研究所に行かない限り、紫クリスタルは買えそうにないということも。

 ふと、男の視界に影が落ちた。

 噴水のあるこの広場には結構な人が集まるが、噴水は大きく、周囲にもベンチがたくさん置かれているので、座る場所が無くてこの距離まで近寄ってくることはまず有り得ない。

 男は顔を上げる。そこにいたのは、


「そんなに露骨に顔を顰めないでいただけますかね」

「何の用かな」

「用も何も、偉大な先輩を見かければ、一言挨拶を、と思うのは当然でしょう」

「王立研究所の人間を後輩にした覚えは無いけれど。人違いじゃないのかな?」

「どこからどうみても我々が敬愛するセンカ様じゃないですか」


 男――センカは諦めたのか、一息吐くと相手の方へ体を向けた。

 現れた人間が着ているのは白いローブ。胸元には王立研究所のエンブレム。


「ふふ。センカ様はお変わりなく………」

「世辞はいらないよ」

「いえ、本当に変わってませんよ、十年前と」


 この王立研究所の人間と出会ったのは十年程前だ。

 十年前に買出しにこの都に来た際に会ったっきり。それから今日という十年後まで引き篭もっていた。


「センカ様って何歳ですか?二十歳過ぎぐらいにしか見えませんが」

「そう見えるんならそうなんだろうね」

「でも十年前からそんな感じですよね」

「………僕の年齢聞きだしてどうする気かな」

「え?嫌ですね。単純にいつまでも若く見えて羨ましいってことですよ。疑り深いですねえ、センカ様」


 にこにこと、そんな擬態語がぴったりの笑みを顔に貼り付けている研究員を、やはりセンカは好きになれない。

 この研究員は王立研究所の中でも事務員的な地位にある。自ら研究をしないわけではないが、主に自身を省みないのめり込んだ研究員の世話をし、クリスタルやその他諸々の道具を準備し、王宮との間を取り持つといったことをする、王立研究所のバランサーにして外界との接点にある人物。端的に言えば雑用係だ。ただし、いなくなれば研究所は破綻する雑用だ。管理人とも言える。

 王立研究所にはこういう役割の人間が何人かいないと、とてもじゃないが管理しきれず、王宮がある程度教育を施した存在を雑用として送り込むことで、なんとかなっているのが現状だ。

 ちなみに、素直に真面目に育てた雑用も、送り込んで三年も経てば歪んだ性格になっていると評判だ。


「どうです、センカ様。折角森から出て来られたんですから、研究所に寄られませんか。実に興味深い研究がいくつか進んでおりまして、楽しめるかと」

「いや、遠慮しておくよ」

「そう仰らずに。クリスタルの購入もされないといけませんし、それにこの十年間の研究を見せて欲しいんですよ。いいじゃないですか」

「………クリスタルならもう買ったよ」

「おや、センカ様は未だ研究所にいらしてないと思っておりましたが。まさか、民間の店から買ったのですかねえ」

「………研究は今回、特に提示するものは無いね」

「それはまた、つまらない冗談ですね。貴方ほどの研究者が十年で何もないなんてあるわけないでしょう。十年前もあれだけクリスタルを買われていましたし」

「別に、研究成果を献上する義務は無いよ」


 センカは王立研究所に所属していない。だから研究を全て報告しなければならないということはない。

 王立研究所に所属していれば、金銭面や道具等ありとあらゆる援助が期待できるが、王宮の召喚や研究内容の逐次報告の責務がある。

 一方、王立研究所に所属していない研究者もそれなりにはいる。彼らも使用目的をきちんとまとめて申請すれば、クリスタルは買わせてもらえるし、大きな発見や発明があると、特許を与えられそれに相応しい金額が支払われる。それが広く利用され、長期に渡るようなものであれば、使用や売り上げに合わせて定期的にお金が入る。その辺りの待遇は、微妙な取り分の比率の違いがあるとはいえ、所属しているしていないでさして変わりない。

 ただ、王立研究所に所属していない研究者は、設備や資料、資金などの問題であまり活躍出来ない。

 それが当たり前だったのだ。

 その当たり前を、十年前に打ち砕いたのがセンカだ。


「ですがセンカ様の研究を今か今かと待ち侘びている者もいるのですよ」

「そんな、王立研究所に所属してない僕に言われてもね」

「では、どうです?この際ですからいっそのこと」

「断る」

「つれませんねえ」


 研究所の雑用係は大袈裟に息を吐く。

 実にいい性格をしていると思うが、これも研究所に放り込まれて歪んだ結果なのだろうか。


「しかし困りました。実は、少し厄介な依頼を請け負っているんですよ」

「ふうん」

「それも王宮からでしてね。無碍には出来ないのですよ」

「そう」

「それでその依頼の内容なんですが、聞きます?」

「いい」

「その内容はですね」


 いや、元々歪んでいたに違いない。


「とあるクリスタル研究者を王立研究所、ひいては王族側につけて欲しい、というものでしてね」

「………へえ」

「そのとある研究者はですね、十年前にふらりと現れて我々に爆弾を落として帰っていきましてね。なにせ全くのノーマークどころか存在すら知らなかった研究者がですね、紫クリスタルの次に扱いづらい黄クリスタルの『照射』の特性をあそこまで引き出して効率化させたものを突き出してきたんですよ」

「………………」

「本当に衝撃でしたよ。十二分に実用化できる状態で、すぐにクリスタル板として世に出回りました。しかもそれを作った当人は、資金の足しになればとぐらいにしか思ってなかったようで、クリスタル板になんの執着もありませんでしたから」

「………それに何か問題があるのかな」

「問題なんて。そのこと自体には問題はありませんよ。ただ、その研究者が明らかに王立研究所を避けていることが問題でしてね」

「そう、よかったね。じゃあ、僕はこれで」


 立ち上がって帰ろうとするセンカの腕を、研究所の回し者の男は掴んで引き止めた。

 相も変わらず笑顔のシールが貼付された顔でこちらを見ている。

 それでも逃げようとセンカが腕を引っ張れば、負けじと強く握り返してきた。


「まあまあ、そう、慌てずに。ここからがおもしろいんですよ、センカ様」

「なにがかな」

「ええ、その研究者はですね、新しい発見をしたと注目され、期待される身を存分に利用して、また、研究が終わったばかりということも口実にして、次の研究内容をはっきりさせないまま大量のクリスタルを購入しました」

「………それはよくないことだね」

「勿論です。まあ、上手く口車に乗せられた応対相手も悪かったのですがね。そして更にその研究者の居住地も問題でした」

「………………」

「王宮の記録ではさる貴族の方が持っていたはずなんですがね、その貴族がどうやら密かに売り払っていたようでして。それも収益が減ることを危惧して間に王宮をはさまず、少々表には出てこない仕事をしている人に売却したようなんですよ。その貴族の後継者が不治の病だったらしく、治療のためにいろいろとやった結果、経済的に厳しくなったから、というのが理由のようですが。しかし大切なのはそんなことではなくその時に売り払われた森が、回りにまわってその研究者の物になっているということですね」

「それが問題だとは思えないけれど」

「いえ、問題です。研究者はその広い森に入って出てこないんですよ。森の中に建てられている塔に篭ってましてね。ある程度研究成果を残せば、取り込もうとする貴族や他国の刺客に狙われたりするというのに王都の外では守るものも守れませんし、何をやっているか、そもそも生存しているのかあの森の広さだと探知できないんですよ。私有地たる森に入るわけにもいきませんしねえ」

「………そう。つまり、守るために森の外にあんなに騎士を置いてるって言うんだね?」


 センカは掴んでくる手を振り払って、睨み付けるように言い返した。

 数歩距離をとって、宥めるように手を動かす相手を見やる。その顔に彫られた笑顔がやや歪んでいるのを見つけて、溜飲を下げた。

 苛立ちは度々見せてきたが、そういえばはっきりと睨みつけるのは初めてかもしれない、とセンカは思う。

 と、いうかそもそも苛立つことすら久しぶりだ。

 センカは比較的温厚な性格をしていると自身を評価している。

 見た目も人を威圧する類のものではないので、話しかけやすいほうだろう。

 クリスタル店の店主に言われて自分の服装が上流階級に属する者のそれであることに気がついたが、そうでなければクリスタル板の前にたむろしている人達に交ざって情報収集でもするつもりだった。

 特に王都の北の道の事故に関しては詳しく聞きたかった。


「ああいう騎士の配置は守るっていうか、監視と逃亡防止だよね?」

「まさか、センカ様の身を案じてこそ」

「塔まで距離があって探知が出来ないからって押し込める方法に出たんだね」

「そんなわけないですよ。今だってこうしてお話ししてるじゃないですか。それに押し込める目的なら、どうやってセンカ様は今日ここにいるんです?騎士達に気づかれずに出てくるだなんて何をしたんですかねえ」

「………………」


 あの騎士達はセンカが出ていこうとすれば、まず行き先を聞いて、それが王都以外の場所であれば止めただろう。王都であったとしても、護衛と称してついて回り、研究所に連絡を入れてそれなりに対策を講じたことだろう。

 だから、密かに抜け出した。

 この研究所の管理人がセンカが王都をここまで回るまで接触してこなかったことからも、騎士達の目は完全に欺けている。


「じゃあ、紫クリスタルを規制したのも、僕を守るためなのかな?」

「そうですね、広い意味ではそういうことになります。貴方は十年前にひどく紫クリスタルにご執心だった。まだ、それを求めていらっしゃれば、貴方は王立研究所につく他無くなりますから」

「まともな研究目的を出しても研究所に所属していない限り紫は売らないつもりなんだね」

「目的が明確でしたならば、小さいものをお売りしますよ」

「………他の研究者は何も言わないものなのかな?」

「研究所に所属していない人々は紫クリスタルを実験するだけの設備がありませんから。それに『固定』なんて性質扱いにくいですし、何か役立てようにもデメリットの方が目立ちますからねえ。やはり赤クリスタルの『放出』と緑クリスタルの『流動』が目下の研究対象ですね。後は次点で青の『吸収』あたりが挙げられますかね」

「………………規制を解く気は無い、と」

「ええ」

「………………」


 センカは空を仰ぐ。

 腹立たしいほど美しい夕日が空を焼いていた。

 今日は王都中のクリスタル店をまわって、小さいクリスタルなら充分に仕入れた。大きいクリスタルも紫を除けば及第点程度には手に入った。

 センカとしてはまた十年引き篭もる予定だった。

 しかし、それには紫クリスタルが足りない。

 どう、するのか。


「センカ様、そう、ご不快な思いはさせませんよ。少し研究場所が変わるだけです。専用の研究室だって準備できますし、必要とあらば何人でも世話係をつけましょう。王家への忠誠と言ったって儀式を済ませればいいだけですよ。それに、王宮への報告も代理しますし、技術の発展が国家の利益に繋がるのですから、滅多なことでは研究内容を咎められることもありません。クリスタルも潤沢ですよ。ただ、ちょっと有事の際は王家の味方をしますと宣言して、署名しておけばいいんです」

「………………」

「さっきおもしろい研究があると言ったのも本当なんですよ。赤クリスタルの『放出』を上手く活かしてですね、複数の赤クリスタルを繋いでクリスタル回路というものを作ったんです。まだ実験段階での成功ですから、実用化までは時間がかかりますが、上手くいけばいままでとは比べ物にならない出力が出ますよ。なにせ今までよりクリスタルが多い分動作も複雑化できますし」

「………赤クリスタルの回路、ね」


 引き篭もり生活が長引いて、最早違う時代に生きるセンカには想像がつかない。

 苦笑が広がる。


「後は、国宝の眠れるクリスタルも研究所につけば自由に調査いただけますよ」

「――眠れる」

「はい、全く反応を示さず、内部のエネルギーも完全に停止しきっていて、色もわかりませんし、クリスタルとしては使い物になりませんが、目覚めさせることができればそれは莫大なエネルギーを持つクリスタルですよ。研究者ならばセンカ様といえど、欲しいものでしょう?」


 国宝のクリスタル。

 かつて王都外れの遺跡より発見されたクリスタルだ。

 それ一つで国勢が変わる程のエネルギーを秘めていると言われている。

 ただそれは未だに眠りについたまま起きようとしない。

 橙クリスタルの『活性』や緑クリスタルの『流動』性質を使って起動させようとしているらしいが、エネルギーが足りないのか、そもそもその方法では効果がないのか一向に目覚めない眠り姫なのだそうだ。

 クリスタル研究者の羨望の的、なわけである。

 だが、それはセンカにとって、


「いや、大した興味は無いね」

「そうなんですか?」


 きょとんとした顔をする管理人。

 子供っぽく目を見開くあたりには性格の悪さが滲み出ているとは思うが、センカにとっては国宝のクリスタルは本当に価値の無いものなのだ。

 畳み掛ける作戦はこれで失敗だろう。

 ならば即時撤退に限る。


「もう、いいかな。僕は本当に研究所に入る気はないんだよ。紫クリスタルが手に入らなかったのは残念だけど、また何か考えることにするよ。蓄えもまだ結構残っているからね」

「………帰られるおつもりですか」

「うん、そうだね。誘って頂けたことは光栄に思っておくよ、ありがとう。それじゃあ、また何れ」


 言うや否や、踵を返して足早に歩き出したセンカを、研究所の雑用兼管理人は今度こそ掴んで止めなかった。

 ただぽつりと。


「センカ様に無理をしたいわけじゃないんですよ。ご理解いただけませんか?」

 

 背後でそう、言った。

 センカは答えず、そのまま歩き去った。








 

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