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 窓の無い部屋。

 暗い部屋の中心で、淡い光を発するものがある。

 大人一人がすっぽり中に入れそうなぐらい大きい、紫に透き通るガラスのような石。

 ――クリスタル。

 それに軽く触れて、男は呟く。


「それじゃあ、久しぶりに外に出ようかな」


 クリスタルには薄紫の髪をした、ろくに日に当たっていない白い肌の人間が映りこんでいる。

 口元は僅かに弧を描いていた。


「どうか、戻ってくるまで何も変わりがありませんように」


 じゃり、と音を立てて男はクリスタルに背を向けた。









「お兄さんは旅人さんですか?」

「いや、違うよ。まあ、普段は引き篭もっていて外に出ないから、この辺りに来るのは久しぶりだけどね」


 王都のとあるクリスタル店。比較的外周にあるこの店は、庶民向けの安価で小さなクリスタルばかり取り扱っている。

 今、店主は店の奥に入ってしまっていて、手伝いをしている店主の娘が男に話しかけていた。


「引き篭もる?家にですか?」

「そうだよ、家みたいなところ。この王都の城壁のすぐ側に森があるんだけどね、そこに住んでいるんだよ」

「あ、その森なら知ってますよ。前に母の実家についていった時に見たことあります。騎士団が周りを警戒してて、全然近寄らせてもらえませんでしたけど」


 娘はクリスタルを箱に詰めながら途切れずに会話をする。

 箱の中には七色の小さな、所謂通常のクリスタルがたくさん入っている。

 クリスタルは、エネルギーを持つ有用な物体だが、そのままの状態でエネルギーを引き出せるのは、クリスタルを専門に研究する人々ぐらいだ。そうではない一般の人間は、研究者によって作り出された機械に、消耗品として小さなクリスタルをはめ込んで使うことになる。

 普通の家庭ではまず、小さなクリスタルしか見ることは無く、故にそれが通常のクリスタル、という認識になっている。


「そういえば騎士団の人達は、あの森には偉大なクリスタル研究者が住んでいるから近寄るんじゃない、って言ってましたけど、もしかしてその研究者ってお兄さんだったりします?」

「偉大かどうかは知らないけれど………あの森にいる研究者は僕一人だね」

「わあ!じゃあ本当に研究者なんですね!それであんなに大きなクリスタルも買われるんですか」

「あれだけじゃあ足りないけどね」


 娘の言う、あんなに、とは店の奥で娘の母である店主が準備しているクリスタルのことだ。男は店に入るなり大きいクリスタルが欲しいと言い、需要がほとんど無い大きめのクリスタルはこの店には僅かしか無かったのだが、あるだけの大きいクリスタル全ての購入を男が希望したので、今は店主がそれを準備していた。


「そうですね。私達からすれば、もうこの通常のクリスタルだけでも何十年分ですか、って量ですけれども、研究者さんなら当然ですよね」

「それに特に僕は引き篭もりだから、買い溜めして置かないといけないんだよ。大きいクリスタルは勿論だけど、実は小さいクリスタルもまだ必要でね。これ以上ここで買うと、さすがに常連さんにご迷惑だろうと思ったからやめておくけどね」

「赤と黄のクリスタルが少なめなのはそれでですか」

「まあね」

「とはいっても、これだけ買っていただければウチの店はしばらく安泰ですね」


 娘は冗談めかして笑いながら、大量のクリスタルがつまった箱を閉じる。

 さらにこれに、裏で母が用意している大きいクリスタルも加わるのだ。

 安泰なのは事実である。


「僕としては大きいクリスタルのほうが心配だね」

「そうですね………この辺りですと、稀に裕福な商人の方が観賞用に買われるぐらいですからね。貴族の方はここまで下りてこられませんし………しかしお兄さん、疑問に思ったのですが」

「なにかな?」

「研究者の方ならどうして国から買われないんですか?」

「え?ああ、そうだね」


 男は言葉を少し濁した。

 娘としては、男が研究者とわかった時点で当然の疑問だったのだが。

 というのも、クリスタルは重要な資源なのでそのほとんどは国が管理しているのだ。そしてその時のクリスタルの流通量や需要、値段などを吟味して特定の流通業者に適正価格で適正量を売っている。それがさらに小売店に卸されて初めて商品となる。

 しかし、研究者は国から直接買うことが出来るのだ。王立の研究所があり、そこにクリスタルを使用する研究の内容を伝えることで安く購入できる。大きいクリスタルはあまり流通が無いが、王立研究所にならばかなりの数がある。


「なんだか堅苦しくてね、あまり好きじゃないんだよ」


 男は嘘をつかなかった。

 それが全てではないが。


「それで引き篭もっておられるんですか?」

「そうだね。面倒なことをする暇があったら研究成果を見ていたいからね」

「研究がお好きなんですね」

「研究が、というより、研究によって辿り着いた目的が何より大事なんだよ」

「そうなんですか?なんだか研究者の方って、研究が好きで好きで仕方がないって印象でしたが、そうでもないんですかね」


 クリスタルからエネルギーをそのまま引き出す必要がある研究者には、生まれつきの才能も少なからず関わってくる。だから研究者の数は多くないのだが、研究者の話や考えに触れる機会は王都に住んでいれば意外と多い。

 なんと言っても、新しいクリスタルの発見はそのまま人々の暮らしに直接関わってくるのだ。それだけクリスタルは深く、ここの生活にくいこんでいる。したがって、著名な研究者のインタビューだとか成功までの苦労話だとかは、本やクリスタル板でよく取り上げられるのだった。


「いや、王立研究所に所属している連中はそのイメージで正解だよ。むしろそれを超えているね。あそこにいる連中は狂気の塊だよ」

「そ、そうなんですか」

「頭には研究のことしかなくて食事も蔑ろにする。権力も財力もどうだっていい。研究が世間に与える影響にだって興味が無い連中ばっかりだよ」

「うわあ」

「そして何より独り言が多い」

「………だからあんな機械作れるんですかね」

「そうとも言えるね」


 娘は、お届け先をお願いしますという言葉を共にペンを差し出す。

 男は慣れた手つきであの森の場所を書き込んでいく。

 男が書き終わったと同時に裏から大きな箱を抱えて、店主が戻ってきた。


「はい、できましたよ。こちらでよろしいですかね」

「ああ、問題ないよ。ありがとう。お代はこれから崩してもらえるかな」

「かしこまりました」


 店主が持ってきた箱を、先程まで娘が整理した箱の側に置き、それらを示して確認した。

 男としてはまだ足りないが、一先ずはこの店ではこんなものだろうと思っていたので了承して、カウンターに立っていた娘に紙幣を渡す。


「研究者でいらしたんですねえ。綺麗な格好をされてるから、お忍びの貴族様かその御使いかと思ってましたよ」


 店主は関心したように頷いている。

 どうやら娘との話が聞こえていたらしかった。


「格好………あまり考えてなかったよ、そういえば」

「ええ、そのお召し物随分と良い品のようですし。それに、研究者の方が態々こんな店で買う理由も思いつきませんからねえ」

「はは………でも、本当にあの研究所には近づきたくないんだよね」

「王立の研究所ですか。確かにあまり………」


 そこで急に店主は顔も曇らせた。

 カウンターでは計算を終えて、お釣りを出すタイミングを伺っていた娘が訝しげに母を見ている。


「何か?」

「えー、その、何年か前に王立研究所の方達がいらっしゃったことを思い出しましてね」

「研究所が?ここへ?」

「ここへ、ですがより正しくは全てのクリスタルを扱う店へ、ですねえ。国の研究の都合だなんだと言って、強引に要求をしてきたもんですから、嫌な印象が残ってたんですよ」

「要求?」

「ええと、紫クリスタルを買い取らせろ、というものでしたかね」

「紫クリスタル………」

「はい、通常の紫クリスタルは高めに買い取るから、在庫を半分にするように言われましたし、大きめの紫クリスタルは一つ残らず売らされましたね。今後も通常サイズの在庫は今までの半分を維持して、大きめの紫クリスタルは販売禁止だという達しでした」

「それは今も?」


 男はさらに質問を重ねた。

 だが妙にその声は真剣で、世間話として訊いているようではなかった。

 店主はやや戸惑いながらも続ける。


「ええ、一応続いています。今でも紫クリスタルの大きいものは全く出回っていませんし、通常のものも数がずっと減りましたから」

「じゃあ、どこを回っても紫クリスタルの大きいものは望めないのかな?」

「王立研究所を除けば、そうだと思いますね」

「でもそんなのお母さんは反対とかしなかったの?」


 男が顎に手をあてて、考える素振りを見せたので、その隙に娘が母に問うたものだ。

 当時、娘はまだ家業を手伝ってはいなかった。


「反対と言ってもねえ、お国の方針じゃあ逆らえないし、目をつけられてクリスタルをまわしてもらえなくなったら商売上がったりだからね。それに、紫クリスタルを利用するものはあまりないから、在庫を半分に留めてもなんとかなったし、大きいクリスタルは特に困らないしねえ。貴族の相手が多い店は損失があったろうけどね。紫は普段使わない色だからこそ鑑賞と装飾に人気らしいから」

「でもそれ変だよ。最近紫クリスタルを使う大きな発見とかされてないし」

「それは皆変だと思ったよ。紫クリスタルは性質が性質だから、あまり研究の余地はないと聞いているしね」

「何かの陰謀とかかな!」

「またすぐそうやって………馬鹿なこと言ってないで、お釣りをお渡ししてあげて」


 途端目を輝かせ出した娘を、軽くあしらうと、店主は男に向き直った。


「覚えてるのはこんなところですが」

「いや、助かったよ。僕は世情に疎いからね。些細な情報でもありがたいよ」


 男は娘からお釣りを受け取ると、鞄を整理して、親子に視線を戻す。


「いろいろと聞かせてもらってありがとう。配達の手配をよろしくお願いするよ」

「お買い上げありがとうございました。手配ならお任せ下さい。今日中に済ませておきます」

「またねー、お兄さん。ありがとうございましたー」


 店主の穏やかな、娘の気安い笑みに見送られて店の出口へ向かう。

 出る直前になって、あ、そうだ、という娘の言葉が聞こえて振り返ると、


「ここから二つ進んで左に曲がったところにあるお店に行ってみるといいですよ。日用雑貨は勿論ですけど他にも面白いものをいっぱい扱っているんです。お兄さん、また森に篭るんだったら、そこで日用品を揃えるといいと思いますよ」


 素敵なアドバイスをくれた娘に軽く手を振って礼を述べて、今度こそ店を出る。

 瞬間、男の顔が憂いを帯びたものになった。

 ため息も意図せず漏れていた。

 男にとって、紫クリスタルが買えないということは致命的だ。

 今すぐ購入が出来ないと危険、というわけではないが、紫クリスタルの大きいものはとにかく数を増やしておきたかった。そうでもしないと心情的に危険なのだ。

 とりあえず、より多くの小さいクリスタルや、他の六色の大きいクリスタルを求めるついでに、先の店主が教えてくれた話も探ってみることにして、男は歩き出す。

 娘の教えてくれた、雑貨店になど見向きもしなかった。









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