プロローグ
求むれば則ち之れを得、舎つれば則ち之れを失う ー孟子ー
月が暗闇で妖しい光を放ちながら光っている。
蒸し暑く、薄暗いアスファルトを榊原 司は喉から血が出そうなほど駆け回っていた。夜の三時とあって人影は感じられないが、警察に補導されると面倒なので、事前に下見しておいた、ほとんど人気がない道である。忍び足ではないため、細くしなやかな身体が軽快に野草を掻き分けながら音をサワサワと立てていた。
ぼんやりと見覚えのある、輪郭だけの街並みに目をやる。
聞こえるのは虫の音と、ときどき通る車のノイズだけ。まるで町の全ての人間が死んだような気分になった。しかし、その非現実性に満ち溢れた幻覚は、チカチカと明滅する煩いパチンコ店によって拭い去られる。
段差のある道で躓きそうになるが、なんとかバランスを保った。
片手に持つ懐中電灯と電柱に首をぶら下げている電気灯、月明かりだけが暗夜の灯だ。
もう既に心臓が悲鳴を上げかけているが、目的地まであと少しである。こんな夜更けに、そして性善説に基づくシステム――――「学校」へ根限りで走っている自分自身を馬鹿馬鹿しく感じた。
しかし、真実に辿り着くための手段となるのであるなら、差し支えない。
鳴り止まない蝉の鳴き声を耳に残しながら、司は永遠に感じられる、静寂に包まれた道を走り続ける。
ふと顔を上げると、雲間から顔を出した満月は、鮮やかな血色に染まっているような気がした。