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Zwei Rondo  作者: グゴム
六章 黒騎士の侵攻
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9. サービス再開

9


 考えることをやめて、どれくらいの時間が経っただろう。時刻が朝なのか夜なのか、今日が何日なのか何月なのか、そんなことすらわからない。


 現実と区別のつかないリアルな景色と、実感の湧かないファンタジーな世界の中、この白い仮面が少しづつ意識を腐らせていくことだけが実感できた。


 自分で決めたことだ、そう何度も言い聞かせている。なのにぐずぐずと崩れていくアイデンティティと、それに伴う喪失感に身体が震えてしまう。


 孤独な世界で気がついたのは、ミシラ空中庭園の夜景の美しさだけ。目の前に広がる星空を前に、彼女は何度目かもわからないため息をついた。







「見ーつけた」


 突然背後から聞こえた声に、彼女はぎょっとして振り向いた。するとそこには機械的な笑みを浮かべた、灰色の髪(アッシュ)の男が立っていた。驚いた様子で立ち上がる彼女に対し、その男――シャオはおどけるように肩をすくめた。


「簡単なことだよ。これまでの事件をつなげて考えれば、君がここに潜んでいることぐらいすぐに予想できる。ただパッチが終わったのにまだいるのは、すこし驚いたけどね」

「……」

「あぁ。喋らなくてもいい。君が考えていることくらい大体わかるから。まあ僕としては、変な意地は張らないほうがいいと思うけどねぇ」


 言いながら、彼は優雅な動作で武器を取り出した。シミひとつない美しい白銀の短剣ダガー。それを逆手に持ち、自身の首に添えるように構える。ふざけた様な構えだったが、彼は瞬間、表情を真剣なものへと変えた。


「僕としては、この因縁にさっさと決着をつけてしまいたいんだ。本当に君がいなくなってしまう前にね」


 その言葉に、彼女は小さくため息をついた。どうやら逃げ切れないようだ。昔からしつこい男だったが、さすがにここまでくると感心してしまう。

 彼女は小さく息を吐くと、右手を差し出した。掌を上に向け、そこからどす黒いレイピアを実体化させる。当たり前のように自身の手から武器を取り出した彼女は、その細い柄を握り締めると、ゆらりと力の抜けた構えでシャオと向き合った。


「それじゃあ、半年ぶりの再会を祝して」





『皆様へ。


 ナインスオンラインのサービスを再開いたします。これに伴い、サービス一周年の記念と併せまして多くのイベントを用意しております。メインイベントである円形闘技場コロセウムでの特別イベント戦をはじめ、各番地でも様々なイベントを予定しております。またシークレットイベントもご用意しておりますので、ご期待ください。

 その他にもイベント期間中、スキル成長率アップやレアアイテムドロップ率向上、さらに新レシピ・新エリアの追加等のVerUPも同時に行います。


 これからもナインスオンラインをよろしくお願いいたします。




7/23(火)


 ナインスオンラインはサービスを再開した。多くのプレイヤーに待ちわびられたその日は、新エリア・レシピ開放というVerUPに加え、レアドロップ率やスキル上昇率の緩和など、多くの期間限定仕様と共に迎えられた。

 また同時に多くのイベントが、特に1番街ではペットコンテスト、レアアイテムの競り市場、ルール無用の野良勝ち抜きPvPなどが、公式・非公式を問わずに催されている。

 そんな騒がしいアルザスの街の中でも、祭りのメイン会場にもなっている円形闘技場(コロセウム)では、一際大きな歓声ともに豪華賞品をかけてのイベントバトルが開催されていた。


「キャスー! がんばって!」


 観客席から眼下の広場に向かい、リゼは力の限り声を張り上げる。円形闘技場(コロセウム)に広がる戦闘フィールドには、三本の首を持つ巨大なオオカミ――ケルベロスが、その鋭い牙からどす黒い涎を滴らせていた。そんな凶暴なモンスターの前に立つのは、濃い蒼色の装備をした5人のプレイヤーだった。


「さて、行くぞ!」

「おう!」


 中央に立つガルガンが気勢を上げると、周囲の四人が簡潔に応える。その中でも真っ先に駆け出したキャスカが、黒髪をなびかせてケルベロスに飛びかかった。

 彼女が鋭いエストックで中央の首の顔面を突くと、ケルベロスは大口を開いて反撃する。しかしその瞬間ケルベロスの周囲を光がつつみ、三つの首が揃ってガルガンに向いた。


「がはは! お前の相手は俺だ」


 三方から同時に襲いかかる牙を、ガルガンは巨大な斧槍盾ハルベルトシールドでいなしていく。ケルベロスの巨体から何度も攻撃を食らってもなお、巨岩のようなガルガンは一歩も引くことなく攻撃を受け止めていた。


「キャス! ベイロス! ガウス! 左から!」


 最後列のコンスタンツから指示が飛ぶ。それを合図に、彼らは示し合わせたかのように左の首に向かって飛び掛かり、あっという間にその首を切り落としてしまった。



 リゼは目の前で繰り広げられるパーティバトルを、興奮した様子で観戦していた。一瞬にして三つの首のうちの一つを仕留めてしまったキャスカ達に称賛の声を送る。


「すごい! みんなかっこいいね!」

「インペリアルブルーのトップパーティだからな。しかもPvEだ。そりゃ見栄えもいい」

「PvEって?」


 リゼはきょとんとした表情で聞いてきた。ウドゥンが無表情に答える。


「Player vs Enemy。対NPC戦のことだ」

「普通のモンスター戦か。なんで見栄えがいいの?」

「そりゃ高レベルのPvE、しかもパーティバトルとなれば、それはもう最初っから最後まで台本の決まった殺陣みたいたもんだからな」

「どういうこと?」


 くりくりとした水色の瞳がウドゥンに向けられる。リゼはその説明だけでは理解できず、さらなる説明を求めていた。


「……要するに、この攻撃にはこういう対処をする、この行動をした時にダメージを与えるっていうのを、徹底的に打ち合わせしてるんだよ。そうすることで、連携というものは最大限発揮される」

「へぇー」

「PvEって言うのは、上位になると全てが計算尽くなんだ。敵の行動パターンを完璧に把握して、綿密な作戦の上で戦う。まあ前中後衛の理論が出来てからは、おおまかにでも戦えるようになったがな」

「あ、それって前に教えてもらったよ。私は中衛だって」


 リゼはすこし得意げ言う。彼女は学校の知り合い同士で結成されたグリフィンズにおいて、チームバトルを何回か経験している。その際の彼女の役割は、対戦相手の殲滅を担う中衛役だった。


「俺はあまりパーティ戦はしないんだが、お前はどちらかと言うと前衛な気がするが」

「えっ? 私、重装備とか無理だよー」


 リゼが首を振る。頭の後ろで結った栗色のポニーテールが、ふるふると尻尾のように揺れた。


「別に、前衛だからって皆ガルガンみたいな格好する必要は無い。うちのギルドだって、無理矢理分類すればセウが前衛みたいなもんだったしな」

「セウさんかー。でも、セウさんならわかる気がする。すごく強いもんね!」

「いや、そういう意味じゃなくて、俺たちは前衛後衛がはっきり分かれていなかったんだよ」

「そうなの?」


 ウドゥンがこくりと、無表情にうなずいた。


「そもそも前中後衛に分かれて、仕事を分業するってのをやり始めたのはインペリアルブルーが最初だからな」

「えっ? 本当?」


 リゼが驚いた様子で聞き返す。最近ナインスオンラインをプレイし始めた彼女にとって、パーティ戦で前中後衛に分かれて戦うことなど常識だ。しかし稼働時ローンチから活動するウドゥンにとっては、それは必ずしも当り前ではなかった。

 彼は少し視線を上げ、懐かしむように目を細めた。


「挑発スキルに、対人用の効果が追加されたのは去年の10月パッチだ。それまでは挑発スキルっていうのはモンスターにしか効果がなかったし、そもそも効果が弱すぎて使いものにならない、謎スキルの一つだったんだよ。それが去年の10月パッチで劇的に修正された。そこから今のパーティ理論が作られていったんだ」

「それじゃあ、昔のチーム戦ってどんなのだったの?」

「敵味方が入り乱れる、大乱戦だ。俺はあのころの戦闘も好きだったけどな」


 対戦相手の攻撃対象をコントロールする手段が無い初期の頃は、盾役として攻撃を一身に受け持つ前衛と、それに隠れて遠距離から一方的に攻撃する後衛という役割は存在しなかった。全員がそれぞれ攻撃・防御を行う戦闘デザインだったのだ。

 その為、現在のチーム戦と比べて戦略の介入する要素が少なく、個人の力量が強いチームがそのままチーム戦でも強いというギルドが大半だった。


「10月パッチでヘイトコントロールシステムが導入されて、それを最初に使いこなしたのがインペリアルブルーだ。だから11月開催の4大大会、リース杯はインペリアルブルーの独壇場だったんだぜ」

「へぇー」


 リゼが興味深げにうなずく。彼女は今まで当たり前だと思っていた戦闘での定石セオリーが、実は過去のプレイヤー達が編み出したものだと知って感心してしまった。


「4大大会ってS級トーナメントだよね。それっていつあるの?」

「ん。次は8月開催のトリーヴァ杯だが、どうだろうな。今回ごたごたがあったから、ちゃんと開催されるかはわからねーや」

「そういえば前にキャスに聞いたんだけど、トリニティって全サーバーで唯一、S級トーナメントをソロ・チームの両方で制覇してるのって本当?」


 リゼのその質問に、ウドゥンは少し眉をひそめた。


「まあ、一応な。ただそれ、ほとんどがリズ一人の仕業だぞ」


 仕業という言葉に、リゼは小さく笑ってしまう。その皮肉っぽい言葉にもかかわらず、少しも嫌味な様子がなかったからだ。むしろ逆に自慢するよう口調でウドゥンは続ける。


「去年のトリーヴァ杯が稼働(ローンチ)後最初の4大大会だったんだが、これにリズはソロで優勝して、チーム戦も俺とセウを加えた3人で勝っちまったんだよ」

「え、チーム戦って普通5人だよね? すごくない?」

「……さっき言ったが、挑発スキルの修正前だからな。個人の力量がすべてみたいな時期だったんだよ。ほとんどリズとセウの二人だけで勝ち進んだもんだ」

「ウドゥンは活躍しなかったの?」

「残念ながら。いかにして時間を稼いで、敵の足を引っ張るかだけを考えてたよ。ダサイだろ」

「あははは!」


 冗談っぽく言うウドゥンの表情を見て、リゼは声を出して笑ってしまう。確かにあまり戦闘が得意ではないと、リゼはウドゥンから自己申告され続けていた。

 今やA級トーナメントまで勝ち進めるほどの強さとなったリゼは、すでに彼が戦闘が得意ではないことは知っている。自分がソロで戦いを挑めば、楽に勝ててしまうだろう――リゼはウドゥンの実力をその程度に見ていた。しかしリゼにとって、それは彼の評価を下げることには繋がらないのも事実だった。


「ウドゥンは参謀だもんね」

「……なんか、お前に言われるとさらに腹が立つな」

「えー、なんで?」


 リゼが不満げに頬を膨らませる。しかしウドゥンは彼女に視線を向けることなく、目まぐるしく戦況の変わるインペリアルブルーの戦闘をじっと見つめていた。

 そして視線を戦場に向けたまま、突然ぼそりと呟いた。


「決まるぞ」

「えっ?」


 円形闘技場コロセウムの広場では、インペリアルブルーによるケルベロス討伐戦が大詰めを迎えていた。唯一残った中央の首に対し、ガルガンが完璧に攻撃を封殺し、パーティメンバーのキャスカ達が着実にダメージを与え続ける。

 そしてとどめとばかりに、キャスカがケルベロスの真正面から飛びかかった。彼女は冷静な表情のままエストックを構えると、その切先を赤く閃かした。


「いっけーー!」


 リゼが大きく歓声を上げる。それに後押しされるように、キャスカはエストックのトリック・ファイナルスラストが発動させた。ケルベロスの醜悪な顔面、その中心である眉間に向け、彼女はエストックを突き出した。


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