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Zwei Rondo  作者: グゴム
六章 黒騎士の侵攻
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7. 黒騎士の正体

7


 黒騎士の正体は、9thリージョンのボスモンスター。セシルはそう言った。しかし彼の説明はそれだけでは終わらず、続きがあった。


「だけどすぐに誤算が起きた。あの噂だ」

「例の眉唾なあれか」


 『黒騎士に殺されると現実世界でも死んでしまう』――その噂は去年の年末、黒騎士事件と並行して流れ始めた。その原因自体は、セシルの言う通りトリニティが9thリージョンに足を踏み入れたことで活動を始めた黒騎士シヴァが原因だとしても、その噂の出所(でどころ)は不明だった。


「あの噂なんだが、あれのせいで運営側は黒騎士シヴァの取り扱いにきゅうしたんだ。放っておけば噂が広がってゲームの評判に悪影響が出てくるからな。そしてどう扱うかを協議していた時、お前らトリニティが倒してしまったんだ。その結果、黒騎士は消滅した(・・・・・・・・)

「消滅だと?」


 セシルはにやにやとした様子で、すでに残り半分ほどとなった枝豆を口に放り込んでいた。無表情に耳を傾けていたウドゥンだが、消滅という言葉に違和感を覚える。


「お前の言う黒騎士シヴァは、9thリージョンのボスとしてプレイヤーから戦闘技術を学習することが目的なんだろ? それなら、一度の負け程度で消滅するのはないだろう。事実それなら、今回の黒騎士はどうなる」

「そこなんだよ、運営……どちらかというと開発側の仕業なんだと思うが、黒騎士シヴァはお前達に倒されたその日以来、活動を停止したんだ。実際に黒騎士による被害はぱったりと消え、事件は風化していっただろ?」

「不自然だな……」


 ウドゥンが唸るように言うと、セシルもまた、自分の話に首をかしげながら続ける。


「情報をくれた俺の知り合いってのは運営の下っ端だから、開発や上層部が何を考えているのかまではわからねー。ただ年末に開発がいくつか裏パッチでバグ修正フィックスを実施したのは確かだ。その結果、黒騎士シヴァ消去(デリート)され、同時に運営が公式に噂を否定し、黒騎士事件は終息したってわけだ」

「だが……この前のゴールデンウィークに奴は蘇った」


 和人かずとが小さく言うと、セシルは同意も否定もせず、出てきた焼鳥の串をかじっていた。やがてそれを日本酒で流し込むと、満足げな笑顔を見せながら言う。


「蘇った……そう表現するのが妥当なのかどうかはわからねー。ただこれだけは言っておく。今回の意識不明事件、一番困惑しているのはナインスオンラインの運営開発の側だ」

「……? 黒騎士シヴァが正体じゃないのか?」

「あぁ。当初はそうじゃないかと話に上がったらしい。だけど確認してみると、確かに黒騎士シヴァのデータは消去されていたそうだ」

「どういうことだよ」

「わからん。ただ行動学習するという特性から、シヴァにはキャラクターデータのバックアップ機能があったらしい。それを使用して、キャラクターデータサーバーにプログラムを生き残らせていたんじゃないかという話が有力だ」

「キャラクターデータだと……まさか」


 和人かずとがはっとして息をのんだ。彼はその言葉で、セシルが話そうとしている続きを予測されてしまったからだ。そんな彼を見て、セシルは説明する手間が省けたといった調子で笑い、満足そうに日本酒をあおっていた。

 会話が途切れ、黙り込んでしまった2人。じっと耳を傾けていた莉世(りせ)が、やがて空気に耐えきれなくなってしまった。


「あの……どういうことなんですか? 私にはいまいち……」

「ん? だからな」


 セシルは莉世りせに向け、笑みを浮かべながら饒舌に語りだした。


黒騎士シヴァはキャラクターデータサーバーにバックアップを取って生き延びていたんだ。けどそのままじゃあすぐにばれるから、適当なキャラクターデータに偽装してな。そしてなぜか半年も経って活動を再開し、元々の目的である行動学習の為のデータ収集――要するにPKをも再開した。それが今回の黒騎士だ。そしておそらくだが、それらの活動のために黒騎士シヴァの苗床となったキャラクターデータが――」

「リズ……」


 ウドゥンは呆けるように言うと、セシルはこくりと頷く。


「リズはお前がいうように、黒騎士が最後に戦ったプレイヤーだからな。一番手近だったんだろう。そう考えれば、奴が【太陽ザ・ハーツ】の使う武器で似た方な動きをしたこと理由にもなる」


 セシルは再び追加でやってきた日本酒を手酌しながら続ける。すでに結構な量の酒が入っていたが、彼の言葉には乱れがなかった。


「活動を再開した黒騎士シヴァだったが、おそらく何らかのバグを持って動き出したんだろう。その結果、PKした相手の行動パターンだけではなく、キャラクターデータ、そして操作するプレイヤーの意識と記憶をまでも奪うモンスターとなった。本人としては、おそらく最初の命令を実行し続けているだけなんだろうがな」


 セシルは自身の考えを語り終えると、満足げに残りの酒をあおっていた。

 和人かずとは雲を掴むような話のようだと思うと同時に、セシルの最後の言葉に対しては強い違和感を覚えた。あの円形闘技場コロセウムに現れた黒騎士は、そこまで無機質な意思を持つ存在には思えなかったからだ。

 円形闘技場(コロセウム)でファナと戦い、その後セウイチ達に追い詰められた黒騎士は、たしかに自身が作り出した状況に困惑し、動揺していた。その様子から和人かずとは、黒騎士が機械的な思考をしたAIという説明には納得できなかった。


「意識を奪うあたりは、やっぱり荒唐無稽だな。オカルトっぽい」

「だが、そうだとすれば今回の事件は大体説明がついてしまう。信じ難い話だが、運営開発でもその説が主流らしい」


 セシルは二合目の日本酒も空けると、ようやく満足したように大きく背中を壁に預けた。そして大きく息をつき、真剣な表情を緩めない和人かずと莉世りせの前で大きく肩をすくめた。


「ただ奴らも対応に苦慮していてな。仮説としてはそうなんだが、今のところ黒騎士(シヴァ)の所在をつかめていないようだ」

「所在がつかめない?」

「あぁ。黒騎士シヴァはキャラクターデータとして格納されていると予想されているが、それを探し出せていないそうだ」

「お粗末な話だな」

「かかかっ! 確かに。ただ黒騎士シヴァには高機能な隠密ステルス機能も実装されているらしいし、そもそも自律型AIだからな。その性能を存分に使って逃げ回っているんだろうよ。まったく、ハイスペックすぎるモンスターってのも考えものだな」

「……そいつを消去すれば、ファナ達は意識を取り戻すのか?」

「さあな。そこはよくわからん。ただそうじゃないかという考えもあるが……」


 空になったとっくりを名残惜しそうに逆さにするも、数滴しか残っておらず、セシルは小さく舌打ちをした。もっと飲んでもいいと、和人かずとが促したが、彼はさすがに一人でこれ以上飲むのはと断っていた。

 仕方なく水を用意してもらえるよう店員に声を掛けてから、セシルは向き直る。


「なんだっけ……あぁ。黒騎士シヴァを消去すれば、意識を取り戻すのかって話か。こればっかりは、やってみないとわからないだろうな」

「そうか」


 和人かずとがうなずくと、セシルは赤くなった顔でニヤリと笑みを浮かべてみせた。


「今のところ運営開発側では、確実に黒騎士シヴァ消去デリートするには、キャラクターデータサーバーを初期化しなければならないという話になっているそうだ」

「それは……無理だろ」

「そう。運営もそれだけは絶対にしない。だからこんなにもサービス停止が長引いて――」

「そんな!」


 その時、莉世りせは突然声を上げた。セシルが小さく目を見開いて、彼女を見つめ返した。


「それをすれば、ファナさんやアクライちゃんが意識を取り戻せるかもしれないのに、なぜしてくれないんですか!?」


 今まで黙って話を聞いていた莉世(りせ)が、突然喰ってかかってきたことに、セシルはきょとんとしてしまう。しかし彼はすぐにからからと笑いだした。


「かっかっか! なんだ、もっと大人しい奴かと思ってたぜ、リゼ」

「あっ……」


 思わず口元を抑える莉世(りせ)だったが、遅かった。隣で和人かずとが小さくため息をつき、頭を抱えてしまう。

 しかしセシルは上機嫌なまま莉世りせに向かいあった。


「リゼ、いいか。キャラクターデータの初期化はな、運営が実行しないんじゃない。むしろ奴らはしたがってるさ。さっさとサービス再開したいんだからな」

「えっ……それじゃあ、どうして?」

「俺たちがさせないんだ」


 セシルは低い声で、莉世りせの顔を指差しながら言った。俺たちと言われ、莉世りせは一瞬セシル達ノーマッドかと思ったが、すぐに彼は言い直す。


「あぁ。ノーマッドだけじゃあないぞ。俺達ナインスオンラインをプレイする全員がって意味だ」

「全員……」


 その言葉の意味が分からず、莉世りせは黙り込む。するとにやにやとした笑顔を向けるセシルに代わって、和人かずとが抑揚のない声でしゃべり出した。


「リゼ、お前はまだ始めて一か月程度だからわからないだろうが、キャラクターデータの初期化っていうのは、一般プレイヤーにとって絶望的な話なんだ」

「えっ……?」

「この意識不明事件、被害者はいまだ数人しかいない。だから俺達みたいに身近なプレイヤーが被害をこうむっている奴ら以外は、どうでもいいんだよ」

「どうでもいい……」


 和人かずとの言葉を受け、セシルもまた説明する。


「そういうこと。社会的にはヘビープレイヤーの連中がゲーム中に倒れたなんて、そんなの自業自得だろって意見が大多数だ。ただでさえ嘘くさい話でサービスが停止している。その上で意識不明者の回復の確約も無しに、ただキャラクターデータサーバーを初期化するなんて説明で、一般プレイヤーが納得すると思うか?」

「それは……」

「もし強行すれば黒騎士シヴァは消去されるかもしれないが、その代わりにデータを無くしてみんな最初っからやり直し。もう一度初期装備とスキルゼロからリスタートなんて、少なくとも俺はごめんだな! かかかっ!」


 セシルはそう言って、腹を抱えて笑い出してしまった。

 オンラインゲームの個人データは、人によっては二つ目の人生と呼べるほどに貴重な物である。それを運営側の理屈で一方的に初期化するなど、プレイヤー達の合意コンセンサスが取れるわけがないと、セシルと和人かずとは主張していた。


「運営もそんなことをすれば、ナインスオンライン自体が客に見放されて崩壊することはわかっている。そして何よりも、それを最も恐れている。運営がキャラクターサーバーの初期化という方法で黒騎士シヴァ消去デリートする方法は、実質不可能なんだ」

「でもでも――」


 和人かずとの説明聞いても、なお食い下がろうとする莉世りせに、セシルが強い口調で言う。


「さっきもいっただろう? だからこそ、こんなにもサービス停止期間が長引いているんだよ。どうすればキャラクターデータを初期化せずに、黒騎士シヴァだけを消去デリートし、さらには意識不明者を回復できるのか。それらを延々と調べたり試したりしているのが運営開発の現状だ。わかったかい、リゼ」


 最後のほうは諭すような口調に変わっていた。その言葉を莉世りせは、小さく身体を震わせながら聞いていた。彼女は、自分になんの力もないということに気づき始めていた。


「……ファナさん達は、どうしたら意識を取り戻すんですか?」

「さっき言っただろう? わからねーよ」


 肩をすくめながら放たれたセシルの言葉に、リゼは一言もなく黙り込んでしまった。

 自分にはゲームシステムのことはよくわからない。しかし身近なフレンドが、ゲーム内の奇妙なプログラムによって意識を奪われたのだ。それを助ける為に、運営にはあらゆる方法を試してほしかった。しかし目の前の2人は、それを不可能だと理解し、納得しようとしている。莉世りせはそれが悔しかった。

 泣き出しそうな表情で口をつぐむ莉世りせを横目に、和人かずとはぼそりとつぶやく。


「……運営は結局どうするんだろうな」

「さあな。もう学生は夏休みも始まったし、プレイヤーのストレスも溜りまくっている。そろそろ決めないと、どちらにせよプレイヤーが離れていくとは思うが……」


 言いながら、突然セシルはパネルを取り出し、すいすいとそれを操作する。やがてぴたりと動きを止めると、その痩せた頬をにやりと歪ませた。


「よかったな。二人とも」

「えっ?」


 莉世りせが素っ頓狂な声を上げる。するとセシルは自身のパネルの映像を二人に向けた。そこにはナインスオンラインが三日後からサービスを再開するという、公式サイトの掲示が表示されていた。


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