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Zwei Rondo  作者: グゴム
六章 黒騎士の侵攻
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6. 情報交換

6 


 和人かずと莉世りせが座敷に入ると、セシルはすでにビールを飲み始めていた。彼は一気にジョッキ半分ほどを飲み干し、満足げに大きく息を吐く。


「わざわざ呼び出して悪かったな。俺はこの時期、ここから離れられねーんだよ」

「仕事か?」

「そんなところだ。夏限定のバイト。由比ヶ浜には行ったのか?」

「いや、明日行く予定だ」

「なら、放浪者って海の家に来るといい。まっずい焼きそばをおごってやるよ」


 彼はこの時期、知り合いが開く海岸沿いの店で働いているらしい。その為日中は忙しく、こうして夜にならないと時間が取れないそうだ。そんな彼と直接会って情報交換を行う約束をしていた和人(かずと)は、自分から出向くことにし、シオン達とのオフ会の日と合わせて予定を立てていた。

 まず最初に、和人かずとが今日あったオフ会について簡単に説明する。


「東京でオフ会があってな、そのついでだから、気にするな」

「あー。シオンが主催の奴だろ。俺も呼ばれたんだけどな」

「呼ばれてたのかよ」


 和人(かずと)は少し驚いてしまう。シオンの奴が、まさか嫌われ者の代名詞である【悪童】セシルにまで声を掛けているとは思わなかったからだ。

 というかシオンの奴、先日セシルに痛い目にあったばかりなのに、懲りない奴だと、和人かずとは思わず呆れてしまう。


「あいつも節操が無いな」

「かかかっ! まあ仕事があるから昼間は無理だったんだ。だけどこうしてお前、それにリゼも来てくれたんだ」

「あ、あのっ……すいません、勝手に」

「気にすんなって。男2人で飲むより全然ましだ」


 げらげらと笑い、セシルは再びビールを一気にあおる。続けて和人(かずと)達のソフトドリンク注文と一緒に、早くも二杯目のジョッキを注文していた。


「さて、それじゃあどっちから始めようか」


 互いの飲み物が来て一息つくと、セシルはそう切り出した。今回二人は、単に飲むために集まったのではない。お互いが持つ情報を交換するためにやってきたのだ。


「俺からでいいぞ。さっき話を聞いてきたばかりだからな」


 和人かずとはそう言って、先程オフ会で出会ったシオン達と話した内容をセシルに説明し始める。リズの失踪時の状況、インペリアルブルー達が受けた黒騎士の襲撃、そしてA級トーナメントでの一連の流れ、そしてクリムゾンフレアの現状などを順を追って説明した。

 一通り話し終えた時には、すでにセシルの二杯目のジョッキは半分ほどになっていた。


「大体分かった。気になるところだと、キャスカが新しい黒騎士に襲われたのは、確かに5月の最初なんだな?」

「あぁ。俺たちの予想だと、意識不明者っていうのはそこら辺から現れているはずだ」

「合ってるぜ。その通りだ」

「……運営の内部に知り合いがいるって話は、本当みたいだな」


 その言葉に、セシルはにやりと笑った。

 先日、ナインスオンラインのサービス停止を受けて手持無沙汰にしていた和人かずとはメッセージを受け取った。送り主は目の前にいるセシルであり、そこにはこう書かれていた。


『運営内部の情報は欲しくないか?』


 相手が【悪童】セシルだったこともあり、一見疑わしい内容だったが、和人(かずと)は誘いに乗ることにした。なにせ和人かずとが個人で知ることができる運営内部の情報など、公式発表か、情報源ソース不明の怪しいネット情報くらいなのだ。

 この黒騎士事件について知るためには、ある程度リスクを冒しても情報を集めなければならない、和人(かずと)はそう考え、わざわざ鎌倉まで来てセシル本人と会うことを決めた。そしてようやく、目的の話が聞けるときがやってきたのだ。


「このサービス停止の原因となった意識不明事件で、運営が最初に被害者を把握したのが5月の半ば、そしてそのプレイヤーが実際に意識不明に陥った日を確認すると、それは5/6――ゴールデンウィークの終わりだそうだ」


 和人かずとはピクリと眉を動かす。その日は確かに、キャスカから聞いた『あの事件』の日だった。


「これはウドゥン、お前が言うようにインペリアルブルーの連中がミシラ空中庭園でボコボコにされた日に一致する。要するに時系列から考えても、今回黒騎士が意識不明者を作り出したと考えるのが自然だろう」

「セシル、俺が聞きたいことは一つだ……黒騎士ってのは何だ?」


 和人(かずと)は真剣な表情で、単刀直入に聞いた。彼が運営内部に情報源を持つというセシルから教えてもらいたい情報、それは『黒騎士の正体』だ。

 去年の年末、アルザスサーバーを騒がせたPKer(Player Killer)黒騎士。それは先日現れた奴と同一なのか、それとも違うのか、なぜこのタイミングで活動を開始したのか、そしてリズとは何の関係があるのか。

 それらはすべて、黒騎士という存在の正体が判明すれば理解できる。和人かずとはそう考えていた。


 セシルは和人かずとの顔を見つめる。そのまま彼は隣にいた莉世りせにちらりと目線をやった。彼女は何とか二人の会話についていこうと、必死な表情のまま両手でコップを握りしめていた。

 その姿に、セシルはふっと笑みを浮かべる。そしてゆっくりと説明を始めた。


「黒騎士ってのは、学習型完全自律AIを実験的に導入したモンスターだ」

「学習型……モンスター?」


 莉世りせがふと言葉を漏らす。しかしセシルは気にせず説明を続けた。


「プログラム名は『Self-hosted Intelligence Ver. alpha』……ゲーム内でのモンスターとしての固有名称は『シヴァ』だ。なかなか面白いんだが、こいつは他人の行動を学習していくようプログラミングされたモンスターなんだよ」

「行動学習する自律型AI……か」


 自律型AIの存在は、かねてから噂に上がっていた。なぜならナインスオンラインの世界を、本当の意味でVR(Virtual Reality)世界として完成させるためには、自律型AIを持つNPCの実装が不可欠だからだ。

 現在存在するNPCは、開発によって入力されたプログラムでしか行動できない非自律型のAIが使用されている。彼らNPCは高度に進化した思考ルーチンにより、普通にプレイする上ではプレイヤーと同じような動きを見せる。だがしかし、本質的に彼らはそれぞれでやるべき仕事は決まっており、それ以外の受け答えにはできない。その意味では、このVR機を使用したナインスオンラインにおいても、完璧な架空世界の構築には至っていないのだ。


 それら既存のNPCを過去の物とすべく開発された、本当の意味での人工知能――完全自律型AIを備えたモンスターこそが黒騎士の正体だと、セシルは言ったのだ。


「ゲーム内の黒騎士シヴァの仕様を詳しく教えてくれ」

「言っとくが俺はプログラミング系の知識は無いからな。黒騎士シヴァの技術面について詳しく突っ込まれても困るぞ」

「構わねーよ。聞いてもわからねーだろうし」


 和人かずとはそう言って肩をすくめた。専門的な内容など、どうせ聞いてもわからないからどうでもいい。彼にとって重要なことは、モンスターとしての黒騎士シヴァの存在理由と、その対処法だった。

 セシルは続けて頼んだ日本酒を手酌しながら言った。


黒騎士シヴァはまず、サーバー内のプレイヤーが9thリージョンに辿り着いたら起動するように設定されていた。そしてエリア属性を無視して移動し、無差別にPKを仕掛けていった」

「エリア属性を無視だと?」


 通常、敵モンスターは所属するエリア以外に移動することはできない。それはナインスオンラインにかぎらず、ほぼあらゆるゲームでその類の移動制限は当たり前に実装されていた。

 しかし、黒騎士シヴァにはその規制がない。その上で、黒騎士は出会ったプレイヤーにPKを仕掛けて行くようにデザインされていた。


「その際、戦闘を行ったプレイヤーの行動パターンを学習していく。そしてどんどんと、自身の行動パターンを洗練リファインさせていくんだ。要するに、戦えば戦うほど強くなっていくってことだな」


 和人かずとは昔、黒騎士と戦った時のことを思い出した。彼がリズを援護しようとした際、黒騎士は非常に効率的な判断で攻撃対象を切り替えてきた。それはおそらく、それ以前に同じような場面に出会っており、すでに対処法を学習した後だったのだろう。そう考えれば、あの時の違和感を説明できた。


「それを積み重ね、自身の行動をプレイヤーのそれに近づけていき、最終的には9thリージョンにおいて、エリアボスとして《ナインスギルド》に立ちふさがる、そうデザインされたモンスターが黒騎士シヴァだ」

「……それが昔の黒騎士事件の真相か」


 過去の出来事を思い出し、和人かずとは大きく息を吐いた。彼が所属するトリニティが、かつて辿り着いた9thリージョン・ナインスキャッスル。全エリアの中でも最高峰の難易度を誇るその場所で、彼らトリニティは黒個体と名付けたモンスターと出会い、敗北した。

 彼らは一匹目の黒個体すら勝てなかったが、その先にはエリアボスが待っていたはずだ。最奥へと辿り着くまでの間、多くのプレイヤーにPKを仕掛け、行動パターンを学習していき、最終的にエリアボスとして立ち塞がる最後の黒個体――それこそが黒騎士シヴァの正体だったとセシルは説明した。


「だから、お前らトリニティが《ナインスギルド》となった直後から、黒騎士によるPK事件が発生し始めたのは偶然じゃない。むしろ開発の狙い通りだったんだよ」


 彼はにやにやと下卑た笑みを浮かべていた。




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