5. もう一つのオフ会
5
鎌倉の宿に到着したときには、すでに日も落ちており、相模湾の空には星が出ていた。予想していた到着時間よりは早くに到着したが、それでも時刻は20時過ぎだ。4人はすぐに部屋に入って休むことにした。
「それじゃ、私と莉世はこっちね」
「また明日なー」
女子達と分かれ、和人は下村と2人で部屋に入った。一日中車の運転をしていた下村は、疲れた様子で窓際の肘掛椅子に腰を下ろした。
「疲れたなー。なんか大浴場もあるらしいから、行ってみるか」
「いや、俺はちょっと出てくる」
「あん? 今からか?」
下村が眉をひそめて聞き返した。しかし和人は表情を変えず、スポーツバッグだけを放り投げる。
「あぁ。ちょっとこれから、人と待ち合わせててな」
「あー、言ってた用事って奴か。明日じゃなくて、今日だったんだな」
下村は少し心配そうな表情を見せた。一応は保護者の立場である彼は、日も落ちたこんな時間に柳楽を送り出していいか、少し迷っているようだった。
「よくわからんが、危ないことじゃないだろうな」
「こっちにいる知り合いと会ってくるだけだ。心配しないでくれ」
「それならまあ、あんまり遅くなるなよ」
「あぁ」
和人は小さく身振りし、携帯パネルと財布だけを手に取って部屋を出た。
◆
外に出ると、和人はパネルを開いてナビアプリを起動させた。出発前から登録しておいた道順を確認すると、そのまま無言で歩き出す。
しばらくの間、海とは反対側の歩道を歩いてた和人だが、ふと思いついて道路を渡り、海岸沿いから砂浜を眺めた。日はすでに暮れていたが、海岸線には花火などをする人が残っている。彼らもまた、始まったばかりの夏を楽しんでいるようだった。
約束の時間までは余裕がある。初めての街で迷うかと思い、少し早めに宿を出たのだが、優秀なナビゲージョンシステムのおかげで杞憂に終わりそうだ。少し時間つぶしも兼ね、和人はぼうっと海を眺めながら歩いた。
今回起きた意識不明事件は、社会的にはあまり話題になってはいない。一部VR機の悪影響として報じる動きもあったが、世間的にはゲームをやり過ぎたコアな連中が勝手に倒れたのだろうという風潮だ。ゲーム内の敵に意識を奪われたなどという、眉唾な話が信じられないのも当然だが、原因はそれだけではなく、未だに被害者が少なすぎるこの状況もあると和人は考えていた。
「結局、自分の近くで起きなければどうでもいいんだよな……」
今回、和人は身近なフレンドが事件に関係し、しかも実際にヴォル達から現実世界での彼女達について、信憑性のある話を聞いている。だからこそ今回の意識不明事件を現実のものとして情報を集めていたが、一方で大多数のプレイヤーには関係の無いことでもある。
自分たちはプレイを楽しんでいただけなのに、どっかの誰かがアホなことをして、とばっちりを喰っている。それが一般的なプレイヤーの思いだ。
なぜサービスが停止しているかも理解できない彼らは、すぐにでもサービスを再開しろと主張し続けている。その気持ちは和人も理解できた。なぜなら彼自身、早くサービスが再開されることを望んでいたからだ。
このままゲーム外で情報を集めても何もわからない、最近はそんな考えが浮かぶことが多くなった。ネットを巡って信憑性の低い噂話を集めるしかできない現状に、和人はうんざりしていた。
しばらく歩いていると、約束した店の前にたどり着いた。かなりゆっくりと歩いたのだが、それでも約束の時間まで10分ほどあった。
少し困った様子で店の前で立っていると、突然後ろから声をかけられた。
「もしかしてウドゥンか?」
「……?」
キャラクターネームで呼ばれ、和人は驚いて振り向いた。そこには自分より少し背の低い、細身の男が立っていた。若者風の派手な茶髪をした彼は、和人の顔を見てにかりと笑う。
「やっぱりか。早かったな。俺がセシルだ」
「あぁ、こんにちは」
「かかっ! 予約用の名前を教えておいたのに、無駄になったな」
彼は機嫌よさそうに、げらげらと笑った。今回ウドゥンが待ち合わせしていたのはこの男、ノーマッドのセシルだった。和人は今回、ある事実を知っているという彼と情報交換を行うために、わざわざ鎌倉までやってきたのだ。
「さっさと入ろうぜ」
「勿論だ。勿論なんだが……」
和人が言うも、セシルは少し戸惑ったように頭を掻いた。そして彼は苦笑いで、ある方向を指を差す。
「あれは連れじゃないのか?」
「ひっ!」
小さい悲鳴が上がった。驚いた和人が視線を向けると、セシルの指し示す先には、必死に電柱に身を隠そうとしている少女の姿があったのだ。
「……まじかよ」
和人は思わず頭を抱えてしまう。しかしすぐに、ニヤニヤとした笑みを浮かべるセシルの視線を気にしながら声を張り上げた。
「何やってんだよ、お前は」
観念したのだろう。すこし戸惑いを見せながらも、Tシャツ姿の莉世が顔を出した。ばれてしまった気恥ずかしさからか、少し表情に赤みがかかっている。睨みつける和人に対し、彼女はおずおずと言った。
「えっと、なんか難しい顔して出ていくのが見えて、心配になって……」
「まったく、余計なことを……」
「でもでも、もう夜だから危ないよ?」
「お前が言うな」
どうしたものかと和人が腕を組んでいると、セシルが笑いながら手招きをした。
「まあ、別にかまわねーだろ。えーと、たぶんリゼだろ?」
「えっ……と、はい」
突然ゲーム内の名前で呼ばれた莉世があわてて頷く。紹介もしていないのに、よくわかったなと和人は感心したが、セシルは最近ウドゥンとよく一緒にいる女子という点から見当をつけたようだ。
「セシルだ。覚えているかい?」
「セシルさん……あっ、ノーマッドの?」
「そうそう。かかかっ! なんだお前ら、リアルで知り合いだったのかよ」
「……まあな」
ウドゥンが苦虫を噛み潰したように顔をしかめる。しかし一方でセシルは上機嫌に、二人を店内へと誘った。
「まあ立ち話もなんだ、さっさと入ろうぜ。リゼ、お前もな」
「えっと……」
「……いいのか?」
店に入ろうとするセシルにウドゥンが聞くと、彼は当たり前だといった口調で答える。
「女の子ひとりで帰らせるつもりか? 危ないだろうが。ウドゥン、お前がちゃんと連れて帰れ」
「それはそうだが……」
似たようなことを考えていた和人は、思わず言葉につまってしまう。続けて莉世をギロリとにらみつけた。彼女はわたわたとあわてた様子で頭を下げる。
「ごめんなさい」
「ちっ……」
「まあまあ、2人とも喧嘩するなって。とにかく一杯やっていこーぜ。ここの酒はうめーんだ」
「酒は飲めないぞ」
「あれ?」
その言葉に、セシルは意外そうに首をかしげてたが、和人ではなく莉世のほうをじろりと見て、納得したように頷いた。
「なるほど未成年なのか。ウドゥン、お前もそうなのか?」
「……」
あまり知られたくなかった和人が、憮然として視線をそらす。しかしセシルがバンバンと肩をたたいてきた。
「おーけーおーけー。まあ別に、黙っておいてやるから、飲んでもかまわねーぞ!」
「飲まねーよ」
「かかかっ! 堅いな! まあそういうことなら俺に任せろ、ガキ2人くらい、なんでもおごってやるよ」
セシルは店にはいると、顔見知りのような店員と二三言葉を交わした後、奥の座敷に入っていった。和人は店の前に立ったまま、大きくため息をついた。
「こうなったら仕方ねー。大人しくしておけよ」
「えっと、うん」
和人が小声で言うと、莉世はおずおずと頷いた。




