表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Zwei Rondo  作者: グゴム
六章 黒騎士の侵攻
92/121

3. 黒騎士の噂

3


 ウドゥンは適当に近くの連中とグラスを合わせた後、ある男に話しかけた。


「ヴォル。今回は大変だったな」

「だったじゃねーよ。現在進行形だ」


 ヴォルは思ったよりも陽気な調子で答えた。彼はゲーム内と変わらず、ひょろりとした細長い身体をしている。下村(セウイチ)とたいして違わない年齢に見えるが、少し疲れたような表情だ。

 彼の所属する大規模ギルド・クリムゾンフレアでは、ファナとアクライの2人が今回の意識不明事件の被害にあっている。それに関連し、アルザスサーバーでの実際上のギルドリーダーであるヴォルは、先日の闘技場での事件を含め、運営から聞き取りを受けていた。


「この前も運営からコンタクトがあってな。ファナ達の状況と交換で、いろいろ話してきたよ」

「おう、ファナとアクライは大丈夫なのか?」


 ガルガンもジョッキを片手に会話に加わると、ヴォルは少し真剣な様子で答えた。


「それぞれ入院している病院には行ってみた。そこまで遠くじゃなかったしな。まあ命に別条はないそうだ。ただ意識がいつ戻るのかはわからないだとよ」

「結局、原因はわからないのか?」


 ウドゥンが聞くと、ヴォルは考え込むように腕を組んだ。


「そうだな。一応、長時間のゲームプレイによる疲労ってことにはなってるが、実際はどうだか」

「今回の事件、ネットでは色々と噂されてるけど、正直わからないことだらけだよね」


 女子組への挨拶を終えてきたシオンが、横から口を挟む。彼は少し小柄な姿はゲーム内のまま、黒縁の眼鏡の奥でくりくりと子供っぽい瞳を動かしていた。

 彼の疑問に、和人(ウドゥンが淡々とした調子で答える。


「まとめサイトにも上がってるが、今回の意識不明者はアルザスサーバーだけ、しかもそのうち2人はサービス停止日に起きた、あの円形闘技場(コロセウム)の事件の関係者だ。アクライは黒騎士になり代わられて、ファナは黒騎士に負けた。結局黒騎士がすべての元凶なのは明らかだろ」

「だが、俺達インペリアルブルーやヴォルもやられたみたいだが、ピンピンしてるぜ?」


 ガルガンが言うと、ウドゥンは目の前のサラダを口にしながらそっけなく返す。


「あほ。記憶はしっかり持っていかれてるだろうが」

「はっ。じゃあなんだ。俺達は意識を奪われずに記憶だけ奪われたってか? オカルトもここに極まれりだぜ」


 ヴォルは呆れたように肩をすくめる。実際彼自身、先日のA級トーナメントの際、準決勝でアクライに負けている。その時彼は、A級トーナメントに出場していた際の記憶をすべて喪失していた。


「しかし状況を考えれば、黒騎士に喰われたのが原因としか考えられない。俺達が目撃したのはファナだけだが、他の連中もああやって喰われたんだろ」


 ウドゥンが言うと、皆の記憶の中に、白く不気味な仮面が歪む様子が思い出される。A級トーナメントを勝ち上がってきたアクライは、見た目にはいつもの彼女と変わりはなかった。金髪のツインテールに小さな体躯、そして可憐な幾何学模様の服装備は、【小悪魔ピクシー】とあだ名されるアクライのいつもの姿だったのだ。

 しかしファナ戦において、彼女は変貌した。その行動が最初から狙っていたのか、それとも正体を見抜かれたからなのか、または他に理由が存在したからなのか、ウドゥン達には判断できていなかった。


 それまで黙って聞いていたインペリアルブルーのベイロスが、グラスを手に言う。


「いつから現実世界のアクライは意識を失ったんだろうな。そこが分かれば、いつ黒騎士がアクライになり代わったか、わかるんじゃないかな」

「病院で聞かなかったのか? ヴォル」

「んー。さすがに正確な日時までは教えてもらってないが……」


 ヴォルは一口ビールを含み、再び腕を組んで考え込む。しばらくして、思いついたように手を打った。


「そう言えばアクライの奴、VerUPの辺りから大人しくなった気がするな」

「VerUP? 今月の最初にあった奴か?」

「あぁ、そうだウドゥン。確かパッチの次の日、お前と1番街でばったり会っただろ」

「……あぁ、あの日か」


 柳楽(ウドゥンは今月の最初、文化祭が終わった頃の事を思い出した。その時のアルザスサーバーは、久しぶりに実施されたVerUPと、その直後に起きたノーマッドのセシル達によるドロップ品散乱事件によって大騒ぎになっていた。ウドゥンはその事件を追う中で、たまたま出会ったヴォルと会話していたのだ。


「そういえばあの時、お前がアクライを誘ってたけど無視された気がするな」

「そうそう。あいつ、その日の朝はいつもどおり元気だった記憶があるから、もしかしたら何かあったのかもな」

「あの時……確かウルザ地底工房の攻略に向かった後だったか」

「そうだそうだ。アクライ一人を取り残して、俺達本隊は先に進んじまったんだよ」


 ヴォルが頷きながら手をたたく。話しながら、彼は一ヶ月ほど前の日のことを思い出してきたようだ。


「そういえばあの日、妙なことがあったんだった」

「妙な事?」


 シオンが首をかしげると、ヴォルはこくりと頷く。


「ウルザ地底工房ではぐれたアクライと、俺達はある部屋で待ち合わせしていたんだが、合流した部屋にはアクライと一緒に、大量に散乱したドロップ品があったんだよ」

「あぁ。そんなこと言っていたな」


 その言葉にウドゥンが相槌をうつ。たしかにあの時ヴォルは、少し奇妙な話をしてきたことを、彼も思い出した。

 その話を聞いたシオンが、少し動揺した様子で言ってくる。


「ちょっと待って、あの散乱事件はセシル達ノーマッドの仕業じゃないのか?」

「いや、前にキャスカも言っていたが、それだけだと8thリージョンなんかにドロップ品が散乱している説明がつかない。ウルザ地底工房なんて、並のパーティじゃ一歩も進めずに全滅だからな」

「まあ……そうだな」


 ヴォルが諭すように言うと、シオンは腑に落ちない表情ながらも一応は引き下がった。続けてセウイチが質問をする。


「何のアイテムが落ちてたの?」

「確か『黄金の歯車』だ」

「ウルザ地底工房じゃあ、普通のドロップだな」


 黄金の歯車は、ウルザ地底工房に大量に出現する機械モンスターの通常ドロップだ。一応鍛冶素材として使用されるものであるが、他のエリアでも入手可能であるためそこまで希少価値は高くなかった。

 ここにいるプレイヤー達にとって、その程度の知識は常識だ。


「あぁ。だから最初はアクライが暇つぶしに周囲のモンスターを掃除したんだと思ったんだ。でもよく考えれば、アクライ1人じゃあ無理だ」

「そうすると、そのドロップ品を撒き散らしていたのは黒騎士か」


 ガルガンが鋭い調子で指摘すると、ヴォルはこくりと頷いた。


「そうだろうな。実際アクライも『自分が来たときにはこうなっていた』って言っていたし」

「アクライが? うーん」


 突然、セウイチが唸りながら腕をくんだ。


「よくわかんないけど、その時に黒騎士とアクライがなり代わったとすると、その発言はちょっと変だな」

「どういうこと?」


 シオンが首をかしげて聞き返すと、それにはウドゥンが答える。


「黒騎士はアクライになり代わって、その後しばらくはアクライとして活動していた。つまり黒騎士はアクライになり代わったことを隠していたんだ。それなのに『自分がしたんじゃない』といえば、それはアクライ以外に誰かいたって事を示唆して、不審に思われてしまう。それじゃあべこべだ」

「あぁ。なるほどね」


 実際、ヴォルはその事を奇妙なことと表現してウドゥンに話していた。結局は同時期に起きた、ノーマッドによるドロップ散乱事件によってうやむやにされてしまったが、それが無ければ、ウドゥンももう少しアクライに突っ込んで話を聞いていただろう。

 ウドゥンは大きく肩をすくめる。


「まったく。悪いタイミングでセシル達が動いたせいで、気が付くのが遅れたな」

「ちょっと気になるんだが、黒騎士は具体的に、どうやってアクライのキャラクターを乗っ取ったんだろうな」

「いや待て、別に乗っ取った訳じゃないんじゃないのか?」


 ジョッキを傾けるドクロの質問を、ヴォルは前提から否定した。どういう事だと聞き返され、彼は言う。


「あの日はそれ以降も、俺はアクライと普通に話してた。確かに少し調子が悪そうだったが、あれは間違いなくアクライだったぜ」

「何でそう思う?」

「何でって、そりゃ話してたらわかるだろ」


 アクライとヴォルは旧知の仲だ。一年近く一緒にクリムゾンフレアに所属し、ナインスオンラインをプレイしている。いくらアクライのPC(Player Character)を乗っ取ったところで、本人以外が操作をしていれば、親しい人と会話すればボロが出るはず。ヴォルはそう説明し、その上であれは間違いなくアクライだったと断言した。


「とにかくあれはアクライ本人だ。キャラだけパクっても、中身まで真似するなんて不可能だからな」

「そうなると……アクライ自身が黒騎士になったのか?」

「ゲームの中の黒騎士に自分自身が取り込まれた……? はっ。ばかばかしい」


 ウドゥンの仮説をガルガンが一笑にふした。他の4人もそれぞれ、微妙そうな表情をするものもいれば、真剣な調子を崩さないものもいた。


「しかしウドゥン、リズの事はどう説明する? ファナも戦闘中に言っていたが、あのインパクトガードに代表される、信じられないような動きは間違いなく【太陽ザ・ハーツ】そのものだったぞ」


 その説明にドクロが疑問を持つ。彼はゲーム内とほとんど変わらないヒゲ面で聞いてきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ