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Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
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短編6. モノクロームナイト・後編

短編6『モノクロームナイト・後編』



 ナインスオンラインでは、約3時間毎に昼夜が入れ替わる。ダンジョン系のエリアではあまり関係はないのだが、屋外のエリアでは昼夜の違いにより風景が一変することがある。

 ミシラ空中庭園は特にその違いが顕著だ。青空の広がる爽快な雰囲気の昼間と比べ、崩壊した遺跡群が月光にかがやく夜間は、一転して神秘的な雰囲気を見せてくれた。


「あは!」


 敵モンスター・エルヴによる鋭い斬撃を、リズは紙一重で避けてみせる。続けて放たれる後衛からの遠隔攻撃もまた、彼女は余裕げに笑いながらレイピアで弾いた。相変わらずの曲芸じみた動きにあきれてしまう。

 リズは返す刀で目の前のエルヴに切っ先を叩き込むと、そのまま腹部を真横に裂く。続けて彼女は後衛のエルヴに向かって駆け出した。


「ウドゥン! 動きをとめろ!」

「……」


 言われるまでもない。俺はその指示に返事もせず、奥に居た弓装備のエルヴに向けトリック・影矢を放った。風のように走るリズのすぐ傍を黒色のボルトがかすめると、それは彼女が接触するより一瞬早くエルヴの額を貫く。


「ナーイス!」


 リズはにかりと笑い、硬直で無防備となった敵に止めを刺した。



「そういえばウドゥン、久しぶりのツヴァイロンドだな」


 周囲の敵を掃討した後、リズはレイピアを戻しながらそんなことを言った。


「確かに……というか懐かしいな、その名前」

「あぁ、いつ以来だっけ。懐かしいなー、ぎゃはは!」


 リズがレイピアを片手にげらげらと大笑いする。一方で俺は、今言ったこいつの言葉に驚いていた。こんなタイミングで、忘れかけていたあの名を聞けるとは思わなかった。


「でもさすがに、いまさらミシラ空中庭園をお前と2人はきついなー。セウとならまだましなのに」

「うるせえ。俺は平均値だ。お前らが異常なんだよ」

「冗談だよ。ムキになんなよ!」


 リズはおどけるように言うと、そのまま周囲をキョロキョロと見渡していた。


「しかし、ほんとに野郎はいるのかよ。ここに」


 崩れた白亜の遺跡群の上空に、満天の星空が広がっている。ここは8thリージョン・ミシラ空中庭園の第一島だ。キャスカから受け取ったリストから、俺はこのエリアに黒騎士が出現していると予想し、リズと2人で訪れていた。


「何でこの場所だと思ったんだ?」


 リズがきょとんとした首をかしげて聞いてくる。一瞬真面目に答えようとしたが、詳しく説明するのは面倒だとすぐに考え直した。


「言っておくが、見つかる可能性はそんなに高くないからな」

「なんだそれ」

「詳しい説明は省くが、キャスカから貰った資料にある規則性があって、それによると今日黒騎士は8thリージョンにいる可能性が高いんだ。だけど8thリージョンのどこにいるかまでは分からないって意味だな」

「ふーん。だから地下か空ってことか。8thリージョンはここか、もう一つウルザ地底工房しか実装されていないからな」


 リズはそれだけの説明で納得した様子を見せた。過去幾度と無く、この女にシステムや作戦の説明を試みたが、最後までちゃんと聞いたことなど一度も無い。今となっては、リズに対しては説明の大部分を端折って結論だけを話すことが多くなっていた。

 こいつは理論ではなく、直感で生きているのだ。


「そういうことだ。だがどちらかにしても、8thリージョンに俺達トリニティ以外のプレイヤーはいるわけないから、その意味でも黒騎士がいる可能性がさがるんだよな」

「あー、なるほどねー。くぁ……」

「……真面目に聞け」


 自分で聞いておいて、リズは大きなあくびをもって説明に応えた。相変わらず失礼な態度だ。

 リズは指を振りながら自慢げに言う。


「だってさー。弱すぎるお前のお守りをしながら戦うのって、結構大変なんだぜー」

「悪かったな」

「ぎゃはは! 冗談だって。いちいち真に受けるな! でもまあお前がいるって言うなら、いるんだろ。間違いねーよ!」


 とぼけた調子で喋るリズだが、こと戦闘に限れば、こいつはとんでもないパフォーマンスを発揮する。圧倒的な反応の良さと、信じられないような動きの精密さは全サーバーでも右に出るものはおらず、【太陽ザ・ハーツ】とあだ名される彼女は、現時点で最強プレイヤーという称号をほしいままにしていた。

 出会った頃ならまだしも、今となってはリズとコンビを組んでは釣り合わないことぐらい理解している。俺の役割は何とかこいつの足手まといにならないよう、必死にサポートをするだけだ。


 ――


 その時遠くから微かな音が聞こえた。それは確かに、金属同士がぶつかり合う音のように聞こえた。


「……」

「どうした?」


 普段のミシラ空中庭園は、他のプレイヤーがまったく居ない為とても静かだ。騒がしいのは戦闘している時の俺達くらいで、【聞き耳】スキルの感度を最大にしても、うろついているモンスターの足音以外はほとんど音が無い場所だった。

 しかしその音は確かに剣戟の音――戦闘音だった。


「この先で誰か戦闘してるな」

「え、まじ?」


 リズが驚いた様子で振り向いた。このミシラ空中庭園は8thリージョンである。今現在、アルザスサーバーでこのエリアに足を踏み入れられるプレイヤーは自分達トリニティだけだから、普通に考えればあり得ないことだ。

 こんな場所で戦闘をしている酔狂な奴は、一体何者だというのか。


「あっちだ」

「よし!」


 俺が指差した方向に、リズはすぐさま駆け出していった。



「ふーん。あいつか」


 リズが興味ありげな声を上げる。辿り着いた広場の入り口で、彼女は腰に手を当てて立っていた。追いついた俺がリズの肩越しに視線を伸ばすと、広場内には真っ黒な全身鎧プレートアーマーに身を包んだ人物が立っていた。

 黒鉄鋼の鎧だろうか。影をそのまま抜き出したように黒光りする見た目に、表情の読めないフルフェイスの兜をかぶっている。そいつは重騎士風の防具群を身に纏い、それぞれの手には変わった形の片手剣を一本づつ持っていた。


「シミターとソードブレイカー。珍しい組合せだな」

「二刀流か。私は好きだぜー。仲間だ」


 俺が敵の武器について言及すると、リズからやや的の外れた答えが返ってきた。その組み合わせが珍しいのであって、二刀流が珍しいわけではない。そう突っ込もうかと思ったが、面倒なのでやめておいた。

 そんなリズは嬉しそうにパネルを操作すると、今まで装備していた銀のレイピアに加えて、サブ武器である短剣マインゴーシュを取り出す。それは彼女が本気で戦う時の装備だった。


「さてウドゥン」

「なんだよ」


 ニヤニヤと笑みを浮かべるリズに、俺は眉をひそめる。何か考えでもあるのかと思い、次の言葉を待っていると、彼女は視線を黒騎士に向けたまま短く言った。


「来るぞ」

「えっ――」


 気がつくと、黒騎士は目の前まで移動していた。数十メートルは離れた距離を、いつの間にか詰めていたのだ。

 不意を突かれた。黒騎士が右手に持ったシミターを振るう。


 ――キン


「あは!」


 リズは一歩前に出ると、敵の攻撃を弾き返した。左手に持ったマインゴーシュの切っ先で、敵の攻撃を軽々とガードして見せたのだ。インパクトガード――タイミングよく攻撃に攻撃をあわせることで発動するそのガードは、リズの十八番おはこであり、彼女の圧倒的な強さの源の一つだ。

 そのままリズは身体をひねって黒騎士の懐に入り込むと、右手のレイピアを小さいテイクバックから突き出す。しかし黒騎士はその高速突きを、左手のソードブレイカーで絡めとってしまった。


「ちっ」


 リズが慌ててレイピアを引き抜くと、硬直時間を終えた右手のシミターが襲ってきた。リズはその攻撃を、再びマインゴーシュの切っ先で受け止める。


「うわっ!?」


 マインゴーシュとシミターが、鈍い音を上げてぶつかった。今度はインパクトガードに失敗したらしい。良くわからないが、どうやら何かされたようだ。

 リズはなぜか、少し戦いづらそうな表情をしていた。一方で黒騎士は勢いづき、次々とシミターを振るう。彼女はその猛攻を、何とか受け流しと通常ガードとを組み合わせて捌いていた。


「ちょっと……これは、くっ!」


 いつもなら、戦闘中はペラペラと喋ることの多いこいつが、ここまで手一杯なのは久しぶりに見た。


「ウドゥン……ちょっとお前を守りながらは……ちっ!」

「わかった。上手くやれよ」


 様子を窺っていた俺は、リズのその言葉で動き出した。バックステップで2人から距離をとると、黒騎士に向けクロスボウを向ける。そして素早く、黒騎士の注意を引くために挑発スキルを発動した。


「なに……?」


 挑発スキルは確かに発動した。赤いエフェクトが俺と黒騎士を同時に包んだのだ。しかし黒騎士は何事も無かったかのように、リズから離れることなく攻撃を続けていた。


「どういうことだ……?」


 不可解に思ったが、実際に挑発スキルが無効となっている。仕方ないので使用トリックを変更し、装填していたボルトを連射した。


「……」


 黒騎士はリズに攻撃を加えながら、視界の端から迫った(ボルト)を身体を翻してかわしてしまう。その直後、奴はフルフェイスの兜の前面をこちらに向けると、今度こそ俺に向かって走り出してきた。


「ちっ」


 全弾を打ち尽くした直後を狙われた。さらに予想以上に素早い接近にあせりながら、慌てて再装填(リロード)操作を行う。しかしその作業が終わる前に、黒騎士は懐に入り込み、シミターを真横に振りぬいてきた。

 俺はその攻撃を避けもせず、逆に飛び込むように身体を投げ出した。


「ぐっ……」


 シミターが胴体を切り抜ける。ダメージにより真っ赤になった視界の中で、俺は再装填(リロード)を終えたクロスボウを黒騎士の胴体に密着させると、間髪入れずにトリガーを引いた。

 クロスボウの零距離発射。動きを縛るトリック・影矢を敵に密着させて発動し、確実に動きを止める狙いだ。

 もちろん俺の致命傷と引き換えだが、もともと相打ち覚悟だ。全く問題はない。


 影矢が直撃し、黒騎士の動きがぴたりと止まる。その瞬間、背後からリズが飛びかかった。


「死ねええぇ!」


 リズの攻撃は兜と鎧のつなぎ目の辺りを正確に貫いた。突き刺さった銀のレイピアは黒騎士の喉を抜け、リズは続けてそれを真横に斬り払った。背後からの致命的な攻撃が、確実にクリティカルヒットした。


 しかし黒騎士は、なんでも無かったかのように再びシミターを振りかぶった。


「ばかな!」


 思わず声をあげる。捨て身で放った影矢の効果は一瞬で消え、リズのクリティカルヒットも致命傷にならず、黒騎士は逆に変わらぬ動きで反撃してきたのだ。

 それは俺達の常識にはない動きだった。


「がっ」


 再び振るわれたシミターを肩口からまともに受けると、ダメージのせいで目の前が真っ赤になってしまう。そしてすぐに周囲が死亡(デッド)エフェクトに包まれてしまった。


「ウドゥン!」


 リズが名前を呼ぶ声が、うるさいほどによく聞こえた。





 すでに死亡デッドして1時間近く経過している。ミシラ空中庭園の入り口、復帰リスポーン地点でもある転移陣の前で、俺はリズの帰りを待っていた。すぐに戻ってこないところを見ると、どうやらリズの奴、まだ黒騎士と戦っているようだ。


「……なんなんだよ、あれは」


 黒騎士という奴の動きは常軌を逸していた。なにせあのリズがインパクトガードを決めきれず、俺も加えた2対1の状況でも動きを止め損ねてしまったのだから。おそらくソロで戦って5分持つのは、全サーバーを見渡しても数人しかいないだろう。

 先程の戦闘で最も驚いたのは、黒騎士がリズの攻撃を受けてぴんぴんしていたことだ。あいつは適当にレイピアを振るっているように見えて、実は相手の最も防御力の薄い箇所をピンポイントで攻撃している。普通のプレイヤーならば、背後から無防備にリズの攻撃を受けた時点でほぼ即死だし、生きていても瀕死ペナルティを負ってしまうだろう。


 しかし黒騎士は、それをなんでもないように耐えてしまった。その事実は、ある説を強く支持していた。

 それは黒騎士がPCではなく、NPCだというものだ。


「だけどな……」


 先程の短い戦闘がフラッシュバックする。黒騎士がNPCだとすると、あること引っ掛かる。黒騎士の動きが、あまりにも人間的すぎたのだ。


「あんな思考をするモンスターがいてたまるか」


 黒騎士は挑発スキルに反応せず、俺がクロスボウのボルトを撃ち切った瞬間、こちらとの距離を詰めた。クロスボウという武器の性質から発生する隙を突くモンスターなど、聞いたことがない。というか人間でもそんなアイデアで戦える者は、戦闘に慣れた上級者だけだ。

 そうなると、あの黒騎士は一体なんだというのか。分からないことだらけだった。


 ――


 突然、転移陣が周囲に光を放った。エフェクトの中から実体化したのは、栗色の長髪をなびかせたリズだった。

 ようやくご帰還かと、立ち上がって迎える。


「負けたのか?」

「あほ、帰還アイテムを使っただけだ。勿論勝ったぜ」


 リズは銀色の瞳をキラキラと輝かせて報告すると、そのまま嬉しそうな様子で続ける。


「ぎゃはは! しかし楽しかったな! こんなにも胸が高鳴ったのは久しぶりだよ。あの野郎、すげー強かった」

「よく勝てたな。正直無理そうに思えたが」

「んー、まあ実はお前がやられた後、なんか敵の動きがほんの少し悪くなったんだよ」


 俺がやられた後、動きが悪くなった? どういうことだ。


「しらなーい。まあ無駄死ににならなくてよかったな!」

「まあ勝てたならいいが……あいつは一体なんだったんだ」

「ん。なんだウドゥン、気づかなかったのか? あいつの正体」

「……」


 俺が微妙そうな顔を向けていると、リズは皮肉っぽく顔を綻ばせた。そして自慢げに語ろうと息を吸ったその瞬間――彼女ははっとして目を見開いた。


「あれっ!?」

「……なんだよ」

「今……何時?」

「18時前だが」

「うぇ! マジかよ!? やべえって。今日の約束、18時からなのに」


 リズはかなり焦った様子でそう言った。そういえば今日、夕方から用事があるとか言っていたな。

 俺としては、意味深なさっきの言葉を教えてからログアウトして欲しいのだが、彼女はそれどころでは無いといった様子で急いでいた。


「慌てすぎだろ、彼氏でも待ってるのか?」

「まあそんなところだよ。とにかく悪いな、明日話すよ」

「……ちっ。さっさとログインしろよ」

「あぁ。それじゃあな!」


 リズはぶんぶんと手を振って、緊急ログアウトした。











 そしてそれ以降、リズの姿を見ることは無かった。





短編『モノクロームナイト』 終

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