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Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
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短編6. モノクロームナイト・前編

短編6『モノクロームナイト』



「あー。ちょー暇だ」


 先日買い占めた火鼠の皮をなめしていると、隣にいる女が大きく伸びをした。机に突っ伏したまま発せられたその声は、いつも通り気の抜けたものだった。


「セウの奴、今日はどうしたんだよ」

「……現実世界でデートだろ。今日が何日だと思ってんだ」


 嫌味っぽく言うと、リズはゆっくりと身体を持ち上げる。いつもはある程度整っている栗色のロングヘアーが、ぼさぼさとみすぼらしく跳ねていた。


「知ってるさ。今日は12月24日――クリスマスイブだ。そういや朝テレビで見たけど、私のいるあたり、今日雪が降るらしいぜ。ホワイトクリスマスだな」

「俺には関係無い」

「ぎゃはは! 強がるなって」


 リズはげらげらと声を上げて笑う。そういえば俺の住む街も、夕方から雪が降る予報だった気がする。まあどうせ一日中ナインスオンラインの中だから、外が雪だろうが関係ないが。


 俺達トリニティが8thリージョン・ミシラ空中庭園を無理矢理に突破し、《ナインスギルド》となってから2週間程が経っていた。最初、あの時の攻略方法は利用規約に触れるのではないかと心配したが、結局は浮島間が移動可能であると初めて報告し、バグ修正に貢献したということでペナルティはなかった。

 攻略方法を聞いた一部のプレイヤーからは文句がでたそうだが、正直どうでもいい。今は9thリージョンを攻略する為に、地道なスキル上げと戦い方の試行錯誤を行っている。

 しかし今日はセウがログインしていないため、日課のスキル上げにもいけず、リズと2人で手持ち無沙汰な雰囲気になってしまっていた。


「ふふふ。残念ながらウドゥン、私は夕方から用事があるのだ!」

「トーナメントか?」

「ちげーよ。現実世界でだよ。晩飯に呼ばれてる。ってことで、今夜ロンリーホワイトナイトを過ごすのはウドゥン君、君だけです!」


 自信満々に胸を張るリズ。前髪から覗く笑顔は屈託無く、あきれるほどにテンションが高い。俺はそんな彼女を横目に、革細工作業を続けながら言い返す。


「別に、だからどうした」

「つまんねー反応。ま、お前らしいがな。ぎゃはは!」


 作業台にのせた両足をばたばたとさせながら、リズは文字通り腹を抱えて笑った。

 この女はよく笑う。なにが面白いんだと考えるのも無駄なほどに、いつでもどこでも笑ってばっかりだ。だが嫌味もなく、実に楽しげに笑うところは凄いとは思うが。


 ――コンコンコン


 ノックの音が聞こえた。反射的に入り口へと目をやると、そこでは素早く立ち上がったリズが、もうすでにドアに手をかけていた。


「おい」


 俺が呼び止める間もなく、リズは勝手にロックを解除してしまう。そして来客の顔を見ると、大袈裟な声をあげた。


「おー、キャス!」

「こんにちは、リズ様。ウドゥン様は居られますか?」


 どうやら客はインペリアルブルーのキャスカのようだ。あいつ1人で、しかもアポ無しとは珍しい。


「いるぜー。まあ入れよ。ギルドホーム行くか? ここは汚ねーからな」

「適当なことを言うな……」


 と言ったものの、確かに今はスキル上げの最中で、用意した革素材がそこら中に散らかっている。リズの奴が薄汚れた革製品に埋れていても特段気にならないが、キャスカにまでそれを強要するのは少しまずいか。


「いえ、お構いなく」

「まあまあ。遠慮すんなって。いくぞウドゥン」

「……」


 遠慮するキャスカを強引に引っ張って、リズは奥の階段を降りて行った。どうやらギルドホームに連れて行くつもりのようだ。

 俺は仕方なく作業用のヘッドナイフを放り投げると、作業を中断して彼女達の後を追った。



 通路を抜け、ギルドホームのラウンジに出る。そこには雑多なアイテムが床に放置されていた。このトリニティというギルドには、整理整頓という言葉は存在しない。そもそも唯一の女子であり、リーダーでもあるリズ自身が、率先して散らかしていくのだからどうしようもない。とにかくトリニティのギルドホームは、足場も無いほどにアイテムが散らばっているのが日常だった。これでは俺の工房の方がマシだったのではと、考え直してしまいそうだ。

 しかしリズは気にすることなくアイテムを蹴飛ばし、部屋の中央に設置された円形テーブルへとキャスカを案内した。


「そこの茶色いのに座れよ。セウのだから、今空いてる」

「セウイチ様はご不在ですか。珍しいですね」

「なんかデートらしいぜー。あいつはリア充だからなー」


 リズは真っ白な肘掛け椅子に身体を預けると、皮肉めいた口調でそう言った。俺も自分用のダークブラウンの木椅子に腰掛ける。最後にキャスカが三つ目の椅子に座って、三人がテーブルを囲んだ。


「そういえば、今日はクリスマスですからね」

「そうそう。キャス、お前も予定無しか?」

「いえ、夜からはインペリアルブルーの面々で、少し集まりがあります」

「ぎゃはは! やっぱりロンリーはお前だけみたいだぜ、ウドゥン!」

「まだ引きずるか、しつこい」


 ゲラゲラと笑うリズに、一瞬キャスカは不思議そうに首をかしげていたが、すぐに事情を察したのか、少しばつの悪そうに苦笑していた。


「それでキャス、なんなんだよ」


 リズが大きく椅子に体を預けながら言う。相も変わらず偉そうな態度だ。一方でキャスカは背筋をぴんと伸ばしたまま木椅子に腰かけている。リズにはキャスカの礼儀正しさを、ひと欠片でも身につけてほしいものである。


「はい。黒騎士事件はご存知ですか?」


 キャスカが口にした単語。それは現在アルザスの街を騒がせている、PK(Player Kill)事件の名称だった。リズがおどけた様子で頷く。


「聞いたことはあるぜ、詳しくは……ウドゥンが知ってるはずだ」

「……キャスカ、説明してくれ」

「はい。先週辺りから各リージョンで出現しているPKがいます。そのプレイヤーは黒騎士と呼ばれ、正体は不明です。大規模ギルド・クリムゾンフレアの上位ランカーも被害にあっており――」


 キャスカが淡々とした口調で説明を開始した。とは言っても、俺にとってはすでに知っている情報ばかりだったが。

 黒騎士とは、最近になって突如現れた凄腕のPKer(Player killer)だ。最初にクリムゾンフレアの上位ランカーがやられたのを皮切りに、そいつは各地でPKを繰り返しているという。初心者・上級者を問わずにPKしたり、1stから6thまでのあらゆるリージョンに出現したりと、その行動にとりとめがなく、黒騎士は何者なのかと皆が噂していた。


「ふーん。クリムゾンフレアの上位ランカーを倒したっていうなら、結構なPKerだな」

「はい。先日、我々インペリアルブルーの一人もやられました。ガウスという新人ですが、腕は確かなプレイヤーです」


 その情報は知らなかった。インペリアルブルーもやられたのか。


「はっ。二大ギルドが両方とも被害にあったのか」

「お恥ずかしながら」

「ふーん。その黒騎士事件がどうしたんだよ」


 リズは少し興味がわいてきたようで、小さく笑みを浮かべながら先を急かした。


「はい。今回はウドゥン様に、黒騎士の出現場所について教えていただきたく思い、こうして伺いました」

「俺? なんで俺なんだよ」

「ガルガンから頼まれたのです。『あいつなら分かるかもしれない』と言っておりました」

「適当だな、旦那の野郎。俺は何も知らないぞ」


 確かに俺はガルガンからたまに相談を受けるが、今回の件に関していえば、興味が無かったのでまだあまり情報を集めていない。

 しかしキャスカは構わず言った。


「被害者リストはここにまとめてあります。これをお渡しする代わりに、何か分かったら教えてくれないかという依頼です。お願いできませんか?」


 相変わらずガルガンの奴、部外者に頼ることを躊躇しない奴だ。こういうのは普通ギルド内で解決しようとするだろうに。

 まああの男は面子とかプライドとか、そういう俗物的な考えとは無縁そうではあるが。


「……くれるって言うなら貰っておく」

「ありがとうございます。すぐにそちらに転送いたします」


 目の前のキャスカからメッセージが送られる。それに添付されたファイルを開くと、被害者とその所属ギルド、そして彼らが黒騎士と出会った場所と日時をまとめた表が表示された。

 雑多な内容が記録されたそれらを眺めていると、リストの左端に並んでいた、黒騎士が出現したという日時と場所の列に目が止まる。




12/14『ヴォルラス地下要塞』(6th)

12/15『シッセイ水門』(3rd) 

12/17『オアリム丘陵』(5th)

12/18『ケアヴェク古墳』(2nd)

12/20『ムルタニ密林』(4th)

12/21『ボガーダン砂漠』(1st)

12/22『ボーラス大灯台』(6th)

12/23『サーボ炭鉱』(3rd)




「この14日のヴォルラス地下要塞でのPKが最初か?」

「私たちが把握している中ではそうです。被害者はクリムゾンフレアのカストロ。ヴォル様から情報提供を受けましたので、間違いないでしょう」

「そうか……」


 14日と言えば、俺たちが9thリージョンに挑んでぼこぼこにされた日だ。どうやらその頃から事件は起きているらしい。最初の被害者はクリムゾンフレアの【朱雀】か……


 しばらく黙ってパネルを見つめていると、隣でリズが暇そうに言った。


「黒騎士ねー。確かに最近話は聞くよな。私も戦ってみたいけど、どこに行けば戦えるのかわからないってのがな」

「はい。我々も本格的に調べ始めたのは最近です。というのも、サーバー内である噂が広まっていまして」

「噂?」


 リズがきょとんとして聞き返す。そういえば確かに、今回の黒騎士事件に関連して奇妙な噂が流れていた。思わず失笑してしまう、眉唾な噂だ。


「はい。『黒騎士にPKされると、現実世界でも死んでしまう』という噂です」

「なんだそれ、嘘くせー!」

「しかしこの噂、無視できないほどに広まっておりまして」

「ふーん。だからお前ら、というかガルガンが動きだしたのか、なるほどね」


 リズはようやく合点がいったという様子で頷いていた。大規模ギルド・インペリアルブルーのリーダーであるガルガンは、このような不穏な噂を見過ごせない男だ。あいつの号令の下、インペリアルブルーは黒騎士事件を解決するために本腰を入れ始めたのだろう。


「調べてみてわかったのですが、どうやら今までに起こったPK事件の中でも最大の被害者数です。しかも、おそらくは単独行動をするプレイヤーただ1人によってです」

「すげーな。雪月花も真っ青だ」

「先日PKされたガウスの話からも、相当な手練てだれであることは間違いません」

「ふーん。もしかしたらその黒騎士、私より強いかも?」

「いえ、もしそうだとすると、このサーバーでは誰も勝てなくなってしまいます」

「ぎゃはは! そうなるな!」


 リストを眺めながら、二人の会話に聞き耳を立てる。リズの自信満々な態度はいつも通りで突っ込む気にもならないが、確かに黒騎士の正体の方は気になる。

 クリムゾンフレアの上位ランカーをもPKするようなプレイヤーが、そうゴロゴロ居るわけがないから、おそらく名の知られたギルドの戦闘員だろう――これまでは安易にそう考えていた。

 しかしこの被害者リストを見る限り、実はそうでもないのかもしれないな。

 

「とにかく黒騎士の正体を掴もうと、我々はPKK(Player killer kill)に動いているのですが、なかなか所在がつかめなくて困っておりまして……。そこでウドゥン様にご助言をいただきたいのです」

「なるほどね。それでウドゥン、何か分かったか?」

「いや……悪いな」


 俺はパネルを閉じて、小さく首を横に振る。キャスカは表情を変えずに頷いた。


「そうですか。こちらこそ突然のお願い、失礼致しました」

「なんだよウドゥン。【智嚢ウィズダム】ともあろうものがよー」

「まあ、また思いついたら連絡するよ」

「はい。よろしくお願い致します」



 それからしばらくキャスカと雑談した後、彼女は丁寧にお礼を述べて帰っていった。その間キャスカはまったく姿勢を崩さず、だらけた様子で椅子にもたれかかるリズとは対照的な姿を披露し続けていた。

 あいつはリズと真逆の性格をしてるといつも思う。とはいったものの俺としても、堅過ぎてあまり得意ではないタイプではあるが。


「黒騎士事件かー。最近9thリージョンの攻略準備しかしてなかったからあまり興味なかったけど、今のキャスの話を聞いてたら面白そうな気がしてきた」

「興味があるなら、探しに行ってみるか?」

「居場所がわからないんじゃあ、探しようがないだろ」

「いや、居場所なら大体分かってる」


 目の前のパネルに、先程キャスカから転送されたファイルを再び表示させながら、ぼそりと呟いた。リズが驚いた表情で飛び起きる。


「お前、さっき分からないって――」

「分からないとは言っていない。悪いなとは言ったがな」

「それじゃあ」


 表情を明るくするリズの顔の前に、俺は右手の指を2本立ててみせた。


「確率1/2だ。地下と空、どっちがいい?」

「空!」


 リズは迷い無く、弾けるような笑顔で即答した。

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