17. 理想
17
振るわれる深紅のロングソードが、燃え盛る炎に見えた。
ファナは少しやる気を無くしかけていた為か、最初は比較的淡白な攻撃が続いていた。しかしリゼが必死にガードを決めて行くうち、どんどんと攻撃の激しさが増していったんだ。
やがてファナが繰り出すすべての攻撃が、紅炎のように激しく襲いかかってき始めてもなお、リゼは必死にガードし続けていた。
「ふふ! エンジンがかかってきたか?」
「っく」
自身のテンションが戻ってくるにつれ、リゼの反応が良くなってきたと感じ取ったファナが小さく笑う。
一方リゼは襲い掛かる斬撃に対してガードを繰り返し、受けきれない攻撃は致命傷を避けるため鎧で受け、ひたすら反撃の機会を探していた。しかし休む間もなく襲い掛かるファナの猛攻を前に、その隙を一切見つけられなかった。
「――」
その時、鳴り響く大歓声の中に、あの人の声が混ざった気がした。リゼが一瞬、シオン達のいる客席に視線を向けると、そこにはシオンやニキータ達とともに観戦するウドゥンの姿が見えた。
戻ってきてくれた――そう思った瞬間リゼの瞳に力が戻る。
「何処を見ている!」
戦闘中に、一瞬とはいえ余所見をしたリゼをファナが怒鳴りつける。力強く振られた彼女のロングソードが、リゼの腹を横なぎにした。
「くっ!」
リゼが小さく悲鳴をあげる。かろうじて直撃は避けてガードしたものの、タイミングが間に合わずエストックが腕ごと真横に弾かれてしまう。
その瞬間、ファナはニヤリと笑った。ついに鍵穴をこじ開けた――そう判断した彼女は、深紅のロングソードを赤く閃かせ、トリック・ライジングカットを発動させた。
「やああああ!」
瞬間リゼはここだと思った。エストックを弾かれた為、ガードの空いた胸元に向けライジングカットが来ると予想できたのだ。
しかし肝心のエストックが持ち手ごと大きく弾かれてしまっている。そんな絶望的な体勢から、リゼは信じられないような動きを見せた。エストックの持ち手の部分を弾き飛ばされながらも、それと刀身を入れ替えるようにクルリと回して、切っ先を自身の胸元の前に振り下ろしたのだ。
持ち手と入れ替わる形で回転するエストックの刀身を、今まさにライジングカットを発動したファナの刀身にぶち当てる。タイミング的にここしかないという瞬間、エストックの刃がロングソードの進路をふさいだ。
「なに!」
完全に決まったと思っていたファナが、大きく声を上げて驚く。リゼのガードは単に進路上に置いただけではなく、際どいタイミングでジャストガード判定までついていた。
両者が武器を弾かれるという珍しい状況に陥ると、一瞬早く自由となったリゼが襲い掛かる。ファナが右手の小型盾を闇雲に動かすが、リゼにはその動きさえ見えていた。高速で動く小型盾を一瞬やり過ごすと、通り過ぎたタイミングを見計らってリゼは刀身を赤くきらめかす。
「いっけええ!」
トリック・ファイナルスラストにより加速されたエストックが、弾丸のような速度で襲いかかる。それは小型盾をすり抜け、ファナの真っ赤なビスチェに突き刺さった。
「がっ……」
ファナが衝撃をまともに喰らう。リゼは続けてエストックを引き抜くと、もう一度エストックを突き出した。それは真っ直ぐに、ファナの首下を狙い澄まして突き抉った。
そして、それが決定打だった。ファナが身体が真っ白に輝かせると、同時に彼女は力無く地面に倒れ込んだのだ。
『ラウンド2 勝者リゼ。試合時間1:54
ラウンド3 レディ』
ファナの身体が真っ赤な光に包まれる。それにより体力を回復させたファナが、ゆっくりと立ち上がった。
「ふ……ふふふ……ふははは!」
体力回復による効果エフェクトで紅く輝く彼女の姿は、不死鳥のように神秘的に見えた。光の中でファナは、嬉しさを抑えきれない様子でケラケラと声を上げて笑っていたのだ。
両手に武器を持ったまま、彼女は肩を震わせて笑う。その狂気じみた様子を、リゼは構えを解かず見つめていた。
「いいぜ。楽しくなってきた!」
ファナは3ラウンド目が始まった瞬間襲い掛かってきた。左手に構えたロングソードを大きく掲げると、体重を乗せて振り下ろす。
「っく!」
なんでもない袈裟切りだったが、リゼは迫力に押され思わず飛びのいてしまった。ファナはぎろりと眼光を光らせ、素早く追いすがり追撃を加える。片手剣を振るい、突き、横なぎにし、執拗に攻撃を続けてきた。
その攻撃は熾烈を極めたが、一方でひどく単調な力技の連続でもあった。
ウドゥンの言っていた通りだ――リゼはガードを続けながら思った。ファナは今、楽しさの余り歯止めが効かなくなってしまっている。この状態が【狂気】と呼ばれた昔のファナの状態ならば、必ず隙が出来るはず。
リゼはウドゥンに言われた話を思い出しながら、無軌道な猛攻をひたすらにガードし続けていた。
しかし彼女の予想ははずれ、ファナの猛攻は長くは続かなかった。
「ふふっ!」
数十合打ち合っただろうか。突然剣戟の音が止む。攻撃を中断したファナが大きくステップをし、リゼから距離をとった。
「リゼ、お前は私の理想だ」
「へっ?」
リゼが思わず変な声を出してしまう。ファナは突然、信じられないことを言ったのだ。冗談を言っているのかとも思ったが、その表情はひどく落ち着いたものだった。先ほどまでの激情は色を消し、彼女は冷静を取り戻していた。
ファナが戦闘中、唐突に口にした言葉。リゼはその意味が分からず戸惑ってしまう。
「このゲームの戦闘における、最も純粋な強さとはなんだ?」
「……」
続けて発せられた質問にも、リゼは答えられなかった。ファナがなぜそんなことを聞いてくるのか、まったくわからないのだ。しかしファナは構わず続ける。
「装備? 能力値? 相性? 違う。この平均化されたナインスオンラインの対人戦において、もっとも有用な才能は"反応速度"だ」
ファナは色を消した無表情で、すべてを悟ったように言う。
「それはもっとも根本的なPS。鍛えようのない不変の性質。最強になるための必要条件だ。私にはそれが無い。その悔しさたるや、お前にはわからないだろう」
ファナは小型盾を身につけた右手の掌を上に向ける。彼女はそのまま自嘲するような笑みを浮かべてみせた。
「だけど逆説的に言えば、だからこそ私は強くなれた。あらゆる動作を"先読み"することで、反応速度にも勝ちうる力を手にいれたんだ。そして私はランカーランクNo.1になった。だけど――」
ファナが何かを掴みとる仕草で右手を握り締める。そして、吐き出すように呟いた。
「私はまだ【太陽】に勝っていない」
リゼがはっとする。そう呟いたファナの瞳は、ひどく悲しげだったから。
いくらやっても勝てない相手――ファナにとってのリズはそんなプレイヤーだった。圧倒的なPSと反応速度、そして何より信じられない程に正確なレイピア操作とマインゴーシュ捌き。どれもが閃光のように瞼に残っていた。
ファナにとって、リズを追い抜くことがゲームをする目標であり理由だった。リズを倒すためにクリムゾンフレアに加入し、トッププレイヤーたちと共に装備を整え、スキルを成長させ、戦闘経験を積んだ。しかしその最中に、リズはナインスオンラインから居なくなってしまったのだ。
チャンピオンの居ない世界で手に入れたサーバー最強の称号は、ファナにとってひどく色あせた物だった。
「ファナさん……」
【太陽】が居なくなったことを一番悔しがったのは、彼女なのかもしれない――過去ファナとリズとの間にどんなやり取りがあったのか知らないリゼだったが、彼女の表情を見ていると自然とそんな風に思った。
「リゼ……お前はリズによく似ているよ。その反応速度、勘、判断力――どれをとっても瓜二つだ。私は単純に、それがうらやましい」
「そんな……私こそファナさんに憧れています」
リゼが慌てて首を振りながら言うと、ファナはやさしく笑って答えた。
「ふふ! そういうところはリズと大違いだな」
彼女はようやくロングソードを肩から降ろし、その切っ先をリゼへと向けた。そしてぞっとするほどに冷たい目つきで睨みつけてくる。
「昔の私は何度やってもリズに勝てなかった。だが、今なら勝てる」
恐怖すら感じるファナの雰囲気。そこから放たれる逃げ出したいほどの威圧感による体の震えを押さえつけ、リゼはエストックを構えた。祈るように目の前に置いた両手越しに、じっとファナを見つめる。
「いくぞ、リゼ」
ファナはそう言うと、地面を強く蹴って襲い掛かってきた。
真っ直ぐに直進してくるファナを、リゼはじっと眼だけで追いかける。ファナがどんな攻撃をしてくるのか、ギリギリまで見極めて対処しようとした。
「……えっ?」
しかしファナは動かなかった。ロングソードを軽く引いたまま、真っ直ぐに駆け寄ってきたのだ。このままだと激突する――反射的に刃先を向けようと、リゼはエストックを引いた。
ファナはそれを待っていたかのように、小型盾を突き出した。向けられた刃先に寄り添うように、紅い小型盾でエストックを捉えたのだ。
ガキン――
鈍い音を立てて小型盾が懐に割り込む。トリック・シールドバッシュにより、リゼのガードに大きな風穴があいてしまった。
行動の"先読み"ではなく行動の"誘導"――戦闘経験が少なく、その反応速度ゆえに相手の行動を見極めようとする癖のあるリゼは、簡単にファナの誘いに引っかかってしまった。
「あっ――」
リゼは瞬間、まずいと思った。しかしファナはすでにトリックを発動していた。
深紅のロングソードが加速され、リゼの腹部に突き刺さる。ファナはそれをぐるりと回して抉ると、刃を上方に向けて一気に飛び上がった。
真っ赤なビスチェにほどこされた刺繍が、リゼの目の前を通り抜けていった。
『勝者 クリムゾンフレア所属・ファナ
配当は1.25倍です。払い戻しは10秒後に自動で行なわれます』




