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Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
82/121

16. 準決勝

16


 リゼは準決勝・1ラウンド目の戦闘開始の合図を待っていた。

 彼女の対戦相手は大方の予想通り、流麗な白髪を腰まで垂らし、深紅のビスチェから魅惑的な四肢を伸ばした【戦乙女ヴァルキリー】ファナだった。彼女はニヤニヤと嬉しそうな笑顔を浮かべ、余裕げな立ち姿をみせていた。


「やっぱり準決勝ここはリゼだったな」


 彼女は小型盾バックラーの陰に隠れた右手を上空に向け、誘うような仕草で言う。


「ようこそA級へ、か。ふふっ!」

「ファナさん。よろしくお願いします」


 言いながら頭を下げると、リゼは自身の身体がこわばっていることに気がついた。ファナは真っ白な長髪をなびかせ、深紅の瞳に強い意志を灯らせている。薄い笑みを浮かべたその妖艶な表情に、リゼは飲まれかけていたのだ。


 初めてファナと出会った時、リゼはずいぶんと驚いた。何せいきなり斬りかかってこられたのだから。驚きを通り越して恐怖すら感じてしまっていた。それでもその後、何度か一緒に狩りへと連れていってもらう中で、ファナはいつも気さくに振舞ってくれ、よく可愛がってくれる先輩の様な存在になっていた。

 その彼女が、A級トーナメント優勝の為の最大の壁としてリゼの目の前に立ちふさがっていた。


「しかし、こんなに早くA級まで駆け上がってくるとはね。これもキャスカの英才教育の成果か。まったく、結局あの男の思惑通りになったのは気に食わないな」

「え……っと?」


 リゼがきょとんとして聞き返す。ファナの言った言葉の意味がいまいち分からなかったのだ。ファナはそんなリゼの表情を見て、ゲラゲラと腹を抱えて笑い出した。


「なんだリゼ。あの黒髪から聞いていないのか?」

「えっと、ウドゥンですか?」

「そうだ。あいつはお前を手っ取り早く強くする為に、キャスカに預けたんだよ。まあキャスカもすぐにお前を気に入ったみたいだけどな」


 リゼはキャスカから戦闘技術の多くを教わった。それはナインスオンラインを始めてすぐウドゥンから紹介されたことがきっかけだったが、その後はすぐにキャスカとは仲良くなり、最近は彼女とフィールド探索を楽しむ事が毎週の恒例イベントの一つとなっていた。

 しかしキャスカに預けたこと自体がウドゥンの狙いだったと、ファナは主張していた。


「お前の才能に一番最初に気がついたのがあの黒髪。次に気がついたのがキャスカ。私は三番目だったってわけだ」


 ファナが両手を開く。すらりと長い指が優雅に宙をなぞった。


「お前と初めて会った時、キャスカにクリムゾンフレアに寄こすように頼んだけど、断られたことがあってな。まあキャスカに任せとけば大丈夫だとは思っていたが、ちゃんと強くなってくれて嬉しいよ」

「えっと、まだまだ私なんかじゃあ――」

「ふふっ! 謙遜けんそんはいらない。ただ楽しませてくれればいい」


 そう言って、ファナは嬉しそうに笑った。鼻歌でも歌いそうなほどの上機嫌な様子で、深紅のロングソードと小型盾バックラーを構えて戦闘体勢をとった。

 それを見て、慌ててリゼも自身の装備――両手剣エストックをパネルから取り出す。祈るように刀身を体の前に立てて、余裕げに構えるファナと対峙した。


『A級トーナメント準決勝・第二試合

 ファナ vs リゼ

 3ラウンドマッチ』


 時間となった。大歓声の中響く戦闘開始までのカウントダウンを聞きながら、リゼは観客席のある場所へと目を向ける。


「リゼー! 気合だよー!」

「リゼちゃんー! 頑張って!」


 そこにはシオンやニキータ、セリスやエレアなどの仲間が精一杯声を張り上げていた。彼らは身を乗り出して応援してくれている。勿論彼らの応援にも嬉しくなるのだが、その場所にはまだウドゥンの姿は無かった。


「……間に合わなかったのかな」


『2……1……ラウンドスタート』


 カウントダウンが終わり、試合開始を告げるファンファーレが円形闘技場コロセウムに響いた。 


「ふふ、いくぞ!」


 掛け声と同時にファナは勢いよく突進してきた。速攻で来るだろうと予想はしていたリゼだったが、観客席の方に意識が向いていたため反応が一瞬遅れてしまう。


「え、あっ!?」


 ファナは笑みを浮かべながら襲いかかる。深紅のロングソードに対し、リゼは慌ててケルベロスタックの刀身を合わせた。

 ガギンという鈍い音をあげ、両者の武器が激突する。不恰好な受け方をしたためリゼのジャストガード・ボーナスは発生せず、ファナはすぐさま二撃目を繰り出した。その鋭い斬撃を、リゼはきわどく身をよじって回避する。


「こっちだ!」


 ファナが声をあげると、リゼの目の前には小型盾(バックラー)の鈍い光が迫っていた。リゼはすぐさまエストックで叩き落としにいくが、ファナの動きが勝る。小型盾(バックラー)はエストックを押しのけ、リゼの顔面に直撃した。小柄な体が吹き飛び、土埃をあげて広場を転がっていく。


「くぅぅ!」


 弾き飛ばされた。追撃がくると瞬間的に思ったリゼが必死に体勢を整え、急いで顔を上げた。

 しかしそこには予想と異なり、腕組みをするファナの立ち姿があった。先ほどまでの上機嫌な雰囲気が消え、頬を膨らませた幼子な表情をしたファナがいた。


「リゼ。私をバカにしてるのか?」

「えっ!? そんな――」


 リゼの反論を遮るようにファナは大きく両手を開く。深紅のビスチェの裾がひらひらと舞うように揺れた。


「動きが悪すぎる。そんなもんじゃないだろ、お前は」

「そんな……」

「今のお前なんか、これで十分だ」


 ファナは突然、地面にロングソードを突き立てた。右手に小型盾(バックラー)を身につけるだけという格好で、そのまま両手を広げ無造作に距離を詰める。

 突然メイン武器を投げ捨てるという行動にあっけにとられるリゼ。しかしファナは次の瞬間、飛びかかってきた。空の左手は後ろに引き、右手に装着した小型盾バックラーを思いっきり振りかざす。

 リゼは慌ててそれをエストックで迎え撃った。しかしファナはリゼの動きを予想していたかのように、瞬間体を沈めて足払いに攻撃を切り替える。


「うわぁ!」


 リゼは不意をつかれてしまい、ぐらりと大勢をくずした。ファナは続けて、今度こそ力任せにバックラー叩きつけてきた面積の大きいハンマーのような攻撃がリゼの頬を削る。


「ふふっ!」


 続けて振るわれる小型盾バックラーの二撃目に、リゼはかろうじて両手剣エストックをあわせた。しかし刀身は大きく弾かれてしまい、腕ごと持っていかれそうなほどの衝撃が跳ね返ってくる。


 先程からファナは小型盾バックラーのトリック・シールドバッシュを使用していた。ガードを弾き飛ばす性質のあるこのトリックは、リゼのようなガード主体のカウンター型に効果的であり、実際今も彼女のガードを何度も弾き飛ばしていた。

 このトリック自体、リゼはウドゥンから性質と対処法についてレクチャーを受けてはいた。しかし単体で使用されるとは思っていなかった為、対応が大きく遅れてしまう。


「くうぅ!」」


 小型盾(バックラー)の冷たい一撃が再びリゼの顔面で弾けた。大きなダメージを受けてしまったリゼは、反射的にバックステップを行い距離をとる。

 しかし気がつくと、ファナの姿が見えなかった。素早く左右を見渡すも、誰もいない戦闘フィールドが広がっているだけ。リゼは一瞬パニックに陥ったが、すぐにはっと気がついた。


「上!?」


 顔をあげると、そこには赤銀のロングブーツで覆われたファナの脚が迫っていた。リゼが急いで迎撃しようとエストックを構えるが、一瞬遅い。ガン――という轟音と共にリゼの顔面がはじける。蹴りのトリック・流星脚をまともにくらい、彼女は衝撃とともに地面へ叩きつけられた。

 それだけではない。そのまま馬乗りにのしかかる格好となったファナは、間髪入れず両手でバックラーを叩きつけたのだ。真っ赤な金属製の小型盾が、リゼの顔面に容赦無く振り下ろされた。


 その攻撃がトドメだった。体力を失ったことを表す光のエフェクトがリゼを包む。同時に二本先取の一本目をとったファナに対する大歓声が円形闘技場コロセウムに響いた。


『ラウンド1 勝者ファナ。試合時間2:41

 ラウンド2 レディ……』


 リゼの体が蒼い光に包まれ、再戦に向けて体力が回復する。キラキラときらめくエフェクトに添われるように、リゼはよろよろと立ち上がった。彼女はブンブンと首を振ってから、大きく深呼吸をしてみせる。


 このままだとまずい。集中しないと――リゼは自分に言い聞かせた。

 たしかにファナは強い。しかし昨日ウドゥンは集中すれば、ファナの攻撃は防ぎきれると言ってくれた。武器を捨て、小型盾バックラーだけという予想外の攻撃を仕掛けてきたことは驚いたが、冷静に対処すればそれほど違いは無いはず――リゼはそう思った。


『2……1……ラウンドスタート』


「ふん。どうやら期待はずれだったみたいだな」


 戦闘開始のファンファーレが鳴り終わると、速攻を警戒して身構えるリゼに対してファナが淡白に言った。そのまま先程地面に突き刺していた、深紅のロングソードにゆっくりと近づいていく。

 リゼは黙ってそんなファナを目で追う。ファナはリゼに視線を向けながら、ロングソードをゆっくりと引き抜いた。


「初めて――そう、初めてだったな。私よりも遅くこのゲームを始めて、強いかもしれない奴は」

「えっ?」


 その言葉にリゼは思わず反応してしまう。ファナは自分を評価してくれているのだろう――確かウドゥンはそんな風に話していた。しかしこうして面と向かって言われると、どう答えていいのか困ってしまった。

 リゼが迷っていると、ファナは引き抜いたロングソードをこちらに向けた。


「まあこれからいくらでも機会はある。今回はとりあえず、残念賞ってことで終わりにしようか」


 言い終えると、ファナはすばやく距離を詰めてきた。今度こそ戦闘態勢をとったままだったリゼが、祈るように構えたエストックで迎え撃つ。

 横なぎに振るわれるロングソードを刀身を立てて受け流し、返す刀で振るわれた袈裟切りにはタイミングよく持ち手を掲げてガードを決める。次々と繰り出されるファナの攻撃に対し、リゼは的確にガードを決めていった。

 先日、アルザスサーバーの中でもトップクラスの攻撃力を誇る殺戮兵器セウイチを相手に行ったガードの特訓が、集中出来ないリゼの体を動かしていた。



 ウドゥン達が円形闘技場コロセウムに戻ってくると、割れんばかりの大歓声が響いてきた。すでに外部サイトによりファナ対リゼの試合開始を把握していた彼らは、シオン達のいる観客席へと急いだ。

 ウドゥン達が戻ってきたことに気がついたシオンが声を掛ける。


「ウドゥン!」

「戦況は?」


 シオンの隣にいたニキータが半泣きになりながら答える。


「良くないよー。一本目とられちゃった!」

「なんかファナの奴、舐めているのかしらないけどロングソードを放り投げて小型盾バックラーだけで襲い掛かってきたんだよ」

「っち。そうきたのかよ」


 ウドゥンが舌打ちをする。たしかに普通の相手に対しては、メインスキルであるロングソードを捨てて戦うファナの行為はナンセンスである。しかし今回ファナが相手しているのは、圧倒的に戦闘経験の少ないリゼなのだ。

 ファナはどんな戦い方でもある程度は使いこなせる。一方でリゼはロングソードしか対策していなかったため、予定外の戦い方をされると対応が後手に回ってしまい、押し切られてしまうのだ。

 このまま小型盾バックラーだけで戦われるとまずい――もしファナが狙ってそうしたのであれば、おそらく今回リゼはなす術なく負けてしまうだろう。


 しかし広場ではファナがロングソードに手を掛け、なにやらリゼに対して啖呵を切っていた。そしてそれを引き抜くと、ファナは烈火のごとくリゼに襲い掛かったのだ。

 それを見て、ウドゥンはにやりと口角を吊り上げた。


「……よし。やっぱりファナファナだったな」

「えっ?」


 意味がわからないと言った様子で聞き返すシオンを無視し、ウドゥンは珍しく声を張り上げた。


「リゼ。昨日やったことを思い出せよ!」


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