15. マインゴーシュ
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『A級トーナメント一回戦・第二試合
リゼ vs カスケード
3ラウンドマッチ』
足元に現れた魔法陣により、リゼは円形闘技場の中心へ転送される。控え室からは遠くに聞こえていた大歓声が、突然ボリュームを上げて自身に向けられた。
リゼはその感じにまだ慣れなかった。トーナメントに挑みだした頃は、ドクロなど常連からの声援だけだったからまだ気楽だったのだが、最近は異常だ。
多くの観客が集まりだしたのはC級ソロマッチに優勝した頃から。B級の時はひどかった。決勝戦を終えて、応援してくれていたウドゥン達の所に駆けていきたかったのに、観客につかまって身動きが取れなくなってしまったのだから。
そして今回のA級は客の数が段違いだった。広い観客席を埋め尽く程の大量のプレイヤー達は、アルザスサーバーだけでなく他サーバーからの観客も含んでいるらしい。
そんな大勢の観客にも緊張してしまうが、それよりもあの人がいない事のほうがリゼを不安にさせてしまっていた。
「リーゼ」
「あっ……」
流れるような金髪に、ド派手な色合いの服。そして金の刺繍がなされた海賊帽をかぶったカスケードが、曲刀を片手に声を立っていた。
試合前だというのに、対戦相手である彼の表情はいつもの穏やかな様子だった。
「緊張してるのかい?」
「いえ……えっと、はい」
リゼがおずおずと頷く。その様子に、カスケードはけらけらと笑い声を上げた。
「期待の新星さまは凄い人気だからな」
「そんな事は……ないです」
「ははは! まあそんなに緊張するなって」
カスケードはひとしきり笑った後、表情を真剣なものへと変える。
「言っておくが手加減はしない。君があのギルドに所属している意味は、俺も良く知っているからな」
「あっ……」
刺すような視線を向けられ、リゼははっとした。自分はこの場所に戦いに来たのだ。ぼーっとして勝ちぬけるほど、目の前のプレイヤーは弱く無い。むしろ自分のほうが挑戦者だった。
「ごめんなさい。あの……よろしくお願いします」
「よーし。それじゃ、楽しもうか」
カスケードがにかりと笑ってカットラスを構える。同時に2ラウンド先取の一つ目の試合のカウントダウンが始まった。
◆
順調にミシラ空中庭園の第一島を進んでいたウドゥン達は、ある開けた広場にたどり着いた。
「この辺りです」
キャスカが言った。その場所は住居区画だったようで、崩壊した建物が折り重なるように散在していた。大理石に似た建材で構築された空中庭園の建築群を周囲に見ながら、キャスカが続ける。
「我々はこの場所で、例の影――黒騎士に遭遇いたしました」
「実際に影が実体化した場所は?」
ウドゥンが急かすように聞くと、キャスカは無言である場所に向かう。彼女は少し緊張した様子だ。
彼女の案内でたどり着いた場所は崩れた遺跡の残骸が積み重なっており、足の踏み場も無いほどだった。モンスターもいない静かなその場所を5人で調べていると、セウイチがある物を見つける。
「これは……」
「どうした」
その声に反応し、ウドゥン達が駆け寄る。遺跡の残骸となっていた壁の一つに、銀色に輝くある武器が突き刺さっていた。
それは20cmほどの短い刃に比べて突出て大きな鍔を持った短剣――マインゴーシュだった。
「マインゴーシュ? なぜこんな所に?」
同じくやってきたガルガンが、首をかしげながらそれに近寄る。しかしキャスカがそれを静止した。
「待って下さい。ウドゥン様、セウイチ様、このマインゴーシュは……」
「……」
2人はそれを凝視したまま、黙り込んでしまっていた。銀色の刀身と、薄青の宝石をあしらった大き目の柄。十字架のようにも見えるその短剣は、ウドゥンとセウイチにとってはひどく懐かしい武器だった。
ウドゥンがうなるように言う。
「これは……リズのマインゴーシュだ」
「やはりそうですか」
キャスカが予想通りといった様子で頷く。重苦しい雰囲気の中、突き刺さった短剣を皆で取り囲んでいると、あっさりそのマインゴーシュに手を掛ける者がいた。
「ふーん。このマインゴーシュ、リズのなんだ」
「シャオ。勝手に拾うな」
ウドゥンが怒鳴るが、彼は意にも介さない様子でマインゴーシュをひょいと引き抜いた。その一瞬、彼は表情を険しいものに変える。
「……」
「シャオ、お前は――」
ウドゥンが詰め寄ろうとすると、シャオは引き抜いたマインゴーシュをぽいと投げ渡してきた。ウドゥンが慌ててそれを受け止める。
「なるほどね」
「何か分かったの?」
「ん。ちょっとね」
セウイチが聞くと、シャオはおどける様に肩をすくめた。しかしすぐに目線を上げ、とぼけるように言う。
「良くわかんないけど、なんでこんな所に【太陽】のマインゴーシュがあるの?」
「……おそらくだが、リズはここで黒騎士と戦ったんだ」
「おそらくというのは?」
ガルガンが聞いてくる。それにはセウイチが大斧に身体を預けながら答えた。
「去年の12月かな。リズが最後にログインした日、俺はログインしていなかったんだけど、ウドゥンとリズの2人で黒騎士狩りをしてたんだよ。なあ?」
セウイチはウドゥンに声をかけるが、彼は無言のまま反応を返さなかった。
「黒騎士狩りですか、討伐に成功したのですか?」
キャスカがさらに聞くと、ウドゥンはぼそりと答えた。
「……最終的にここ、ミシラ空中庭園にいた黒騎士と戦闘になった。俺はすぐにやられたから、戦闘がどう推移したのかはわからない。ただしばらくしてリズが戻ってきた時には、確かに倒したとは言っていた」
その言葉に、ガルガンが信じられないといった様子で言う。
「勝っただと? あの黒騎士にか?」
「あぁ。まあリズだからな」
「あはは! 【太陽】じゃあしょうがないね」
シャオがケラケラと笑う。それを横目に、ウドゥンが腕組みをしながら言う。
「確かにリズはここに居たのかも知れない。だが黒騎士と何の関係があるんだ?」
「わかりません。ただ、先ほども言いましたが黒騎士の格好は、我々が知っている昔のものとは全く違いました。それはもう、黒騎士と呼ぶほうが間違っているのかもしれません」
「ふーん。どう旦那、何か思い出した?」
セウイチが聞くと、ガルガンは大きく身振りして答える。
「さっぱり! 全く、俺はまだ信じられんよ。勿論キャスが冗談を言うようには思えんがな」
「でも、そのマインゴーシュに少し違和感があるのは確かだね」
「違和感だと? どういう意味だ、シャオ」
ウドゥンがいぶかしんで聞く。それに対し彼は、少し皮肉っぽい調子で逆に聞き返してきた。
「ウドゥン。お前、僕の《能力》を信じてないんじゃなかったっけ?」
「……」
ウドゥンが黙り込む。シャオが口にした《能力》とは彼のある不思議な特技をさしていた。
「『他人や物体の記憶を読みとる』――か。そんな事ができるわけがないだろうが」
ガルガンもまた忌々しそうに言う。セウイチもキャスカも、同様に胡散臭そうにシャオを見詰めていた。
【道化師】シャオ。PKとして名高い彼だが、この男には一つ奇妙な噂があった。それは『他人や物体の記憶を読み取る』事が出来るという、なんともオカルトじみた噂だった。
実際、彼はPvPにおいて異常な動きをする時がある。ファナの"先読み"やリゼの"超反応"とは違って、明らかに相手の考えを把握していなければ出来ないような動きを見せるのだ。
その事もあり、シャオと対峙した事のあるプレイヤーはみな一様に口をそろえる。『あいつは妖怪だ』と。
「ま、信じる信じないは勝手だけどね。でもそのマインゴーシュ、【太陽】の物じゃないよ」
「なんだと?」
「かといって、誰のものかも分からない。なにか色々な物がごちゃ混ぜになった、ずいぶんと奇妙な感じがしたよ」
「ごちゃまぜ? どういう意味だい?」
セウイチが聞くと、シャオは一度首をくいっと機械的に捻ってから答える。
「さぁ。俺もそこまではわからない。ただ【太陽】は竹を割ったような分かりやすい性格だったから、あれとは違う感じだ」
シャオの不思議な感想に皆が首をかしげて黙り込む。やがてウドゥンが難しい表情で呟いた。
「……わからない事だらけだな。本当に黒騎士なのか。リズとは何の関係があるのか。記憶が欠落するって言うのも眉唾だ」
その言葉に、キャスカは不本意そうな表情で頷いた。
「はい。ですが、おそらく運営はこの異常事態にある程度気がついております。今回のお知らせ――これがアルザスサーバーに関するかどうかはまだわかりませんが、私は間違いなくこの事件に関連した事だと思いました」
「そうだとしたら、なんだ。黒騎士が復活して、現在アルザスサーバーを徘徊していて、しかも襲われたら記憶を失って最悪意識不明に陥るから注意しろって? 誰がそんな馬鹿げた話を信じるって言うんだ」
「実際、被害も聞いたことないしね。キャスカの話が初めてだ」
ウドゥンが状況をまとめて言うと、セウイチも身振りしながら言う。
「以前あった黒騎士事件は、それはもうおびただしい数の被害者だったからね。『PKされたら死んでしまう』なんて変な噂はあったけど、実際はそんな事も無かった」
「しかし……」
キャスカは無表情の中に必死さをにじませながら、何とか自分の言い分を主張する。
「確かに我々はここで影に襲われたのです。あの強さは間違いなく"あの黒騎士"、またはそれ以上の使い手でした」
「僕はキャスカの言う事は本当だと思うね」
飄々とした調子で言ってきたシャオにウドゥンが聞き返す。
「……どうしてだ。シャオ」
「最近、ゴンゾーってプレイヤーが雪月花に入ってきたんだけど、知ってるよね?」
ゴンゾーとは元インペリアルブルーのプレイヤーである。【蒼の侍】とも呼ばれる彼は、インペリアルブルーでトップクラスの戦闘プレイヤーとしての地位を築きながら、最近偽黒騎士事件を起こしてギルドを追放されていた。
「ゴンゾーがどうしたんだよ」
「あいつと話してるとだんだん分かってきてね。確かにあいつは記憶が飛んでるみたいだ」
「どうして分かる?」
「どうしてと言われても困るな。僕は人の記憶を辿れるから――としか言いようが無い」
シャオはそう言って頬を緩ませた。
「だからウドゥン、前に警告してやったろ? インペリアルブルーは嘘をついているってね」
「……買占めじゃなくて、そっちだったのかよ」
「買占め?」
「どういうことですか?」
ウドゥンが溜め息をつきながら言うと、シャオとキャスカがきょとんとした表情を見せていた。
先日シャオがウドゥンの工房を訪ねに来た用件は、買占めの件ではなくこの黒騎士事件について警告だったようだ。結果的に事件の真相に気がつけたウドゥンだったが、推理していたインペリアルブルーについての疑惑は外れていたようだ。
二人に向け、先日のドロップ品散乱事件での【悪童】セシルとのやり取りをはしょりながら説明する。キャスカは「そうですか」と興味なさげに言うだけだったが、一方のシャオは、カラカラと笑い声を上げた。
「ははは! そっちが勘違いしただけじゃん」
「……まあ、結果オーライだ」
「まあとにかく、今回の収穫はこれだけっぽいね」
セウイチが手にしたマインゴーシュをじろじろと眺めながら言う。それに対しウドゥンは小さく頷いた。
「キャスカ、お前が見た黒騎士――ひらひらした黒のワンピースを着た女プレイヤーって言ってたよな?」
「はい」
「それらしきプレイヤーが最近街に居なかったか、探してみたのか?」
「……私も情報を集めたのですが、目ぼしいものは」
「そうだとするとやはり良く分からんな。昔の黒騎士のままなら、もっと派手に動くはずだろうし」
ガルガンが腕組みをしながら言う。彼らが思いかべる過去の黒騎士は、サーバー中が彼の噂で持ちきりになるほどに派手な活躍をしていた。
しかし今回キャスカが主張する新しい黒騎士が居るとすれば、不気味なほどに音沙汰が無いのだ。その事実も彼女の話が本当かどうかを分からなくしていた。
「……」
「まあまあキャスカ。君の話が本当かどうか知らないけど、面白そうな話が出て来たってのは確かだよ」
セウイチが優しく声をかけると、ウドゥンもぶっきらぼうに同意する。
「前の黒騎士とは別人の可能性も高いが、確かに気になる話だ。後でじっくり調べてみる」
そうウドゥンが発言した瞬間、隣にいたシャオは突然興味を失ったように軽い声で言った。
「それじゃ、俺はここで抜けるね」
「なに? おい待て――」
突然の離脱宣言にガルガンが慌てて呼び止める。しかしシャオはインペリアルブルーのギルド章をガルガンに投げつけると、そのまま風のようにミシラ空中庭園の奥へと消えて行った。
「ったく、何しに来たんだ? あの野郎は」
「まあ、あいつも気になったんじゃない? リズとは仲良かったわけだし」
「……っち」
セウイチがなんでもないように言うと、ウドゥンは不機嫌に舌打ちして顔を背けてしまった。するとキャスカが頭を下げ、あらたまった様子で言う。
「皆さん。今回は私の話に付き合わせてしまい、申し訳ございません」
「キャスカ、お前が謝るところはそこじゃ無いだろ」
「……といいますと?」
ウドゥンが長い指でキャスカの顔を指差し、じっと睨みつけるように瞳を見つめた。
「この話を俺達トリニティに黙っておいたことを詫びろ。ったく、その新しい黒騎士とやらを探そうにも一周遅れもいいところだぜ」
「……はい。申し訳ございません」
キャスカがもう一度頭を下げると、セウイチがパンっと手を合わせ急かすように言った。
「さて。そろそろ戻らないと、リゼとファナの試合が始まっちゃうよ」




