14. 道化師
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8thリージョン・ミシラ空中庭園――宙に浮かぶ9つの浮島を巡るこのエリアには、エルヴと呼ばれる人型モンスターが生息する。彫像のような銀色の身体と、生気の無い白眼が特徴的なエリア特有のモンスターだ。
このエルヴを筆頭とするモンスター群と広大なエリアによる高難易度は有名で、大規模ギルドであるインペリアルブルーをもってしても数ヶ月足踏みをしているほどだった。
しかしその難エリアを、ウドゥン達は無人の野を行くがごとく進んでいた。
「がはは! どんと来い!」
ガルガンが中央で斧槍盾を振りかざす。その影から、ウドゥンが手にしたクロスボウを無言で連射していた。
優秀な盾役がいると、遠距離攻撃係は攻撃に専念できるというのがナインスオンラインにおける対モンスター・パーティ戦の基本だ。今回の盾役は【アルザスの盾】の二つ名を持つ、サーバー1の前衛であるガルガンである。彼のそばに居る限り、後衛はほとんど攻撃し放題となっていた。
しかも今回のパーティは周囲を固める中衛も優秀だった。
「ここも久しぶりだなっと!」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、セウイチは右手に持った巨大な斧を振るった。対峙する騎士型のエルヴは重厚な大型盾をかざすが、彼の大斧はそれを問題にする事なく叩きつけられてしまう。
たまらず体勢を崩す敵の脇から、キャスカが無言のまま、華麗な動きで切りかかった。長い刀身をもつ彼女の両手剣がエルヴの胸元に突き刺さり、その個体はエフェクトを帯びて消え去る。
「キャス!」
ガルガンが警告の声を上げた。少し離れた場所から、ガルガンの挑発を避けた射手がキャスカに向け弓を引いていたのだ。彼女は素早く防御体制をとる。
しかし、その矢が放たれることは無かった。背後から影のように現れた男が、妖しく閃く短剣でエルヴの喉を引き裂いてしまったのだ。
「ふふっ」
その男――【道化師】シャオは不気味に笑った。音も無く、影すらも踏ませない背後からの一撃に、屈強なエルヴはなすすべなくキルされてしまう。
やがて切れ目無く現れてきたエルヴ達が減ってきた。しかし彼らは武器を手に臨戦体制のまま、先を進む歩を緩めなかった。
シャオが間延びした声を上げる。
「ちょっとー。皆さん急ぎすぎじゃない? 休憩しようよー」
「うるせーシャオ。1人で残ってろ」
ウドゥンが冷たい口調で答えた。
「ったく。ひどいなー。ねえセウ」
「まあ、お前がいること自体が謎だからな」
同意を求めたセウイチにも、苦笑されながら答えられてしまうと、シャオは小さく身振りして不満を表現していた。
◆
小一時間前。ウドゥン達はこの後の行動について話しながら、円形闘技場で行われるA級トーナメントの観戦に向かう人ごみの中を逆走していた。
「とりあえずパーティ組んで、ショートカットして向かおう。このメンバーなら8thリージョンだろうが行けるしね」
「勿論だ」
「了解しました」
セウイチが提案すると、ガルガンとキャスカが返事をする。彼らは全員ギルドランクが8以上のギルドに所属している為、フィールドに繋がる各通りの大門からすぐに8thリージョン・ミシラ空中庭園に向かう事が可能だった。
その為、彼らは足早に大門へと向かっていた。
「なるほどねぇ。黒騎士か」
静かな声だった。人が少なくなってきた通路で、その声は不気味に良く聞こえた。声の主を探して皆がキョロキョロと周囲を見渡す。
「こっちだよ」
「お前は……」
存在感の無い男が通路の端に立っていた。腕組みをし、機械的な笑みを浮かべた男だった。
「シャオ」
それはギルド・雪月花のリーダー、シャオだった。なぜ今この男が現れるのか。彼の神出鬼没な振る舞いは良く知っている皆だったが、今回も現れたタイミングが奇妙で、一様にいぶかしむ。
しかし一人だけ、そんな事はどうでもいいといった様子のガルガンがずいっと前に進み出た。
「シャオ。久しぶりだな」
「元気だったかい? 旦那」
「色々と言いたいことはあるが、今は忙しい、黙って消えるなら見逃してやろう」
「あはは!」
シャオは口だけで器用に笑い声を上げた。ガルガンの巨体を見上げたまま、余裕げな調子で言う。
「そんなつれない事を言うなって。黒騎士を探しに、ミシラ空中庭園に行くんでしょ?」
「……あいかわらず、何で知ってるんだか」
セウイチが呆れた様子で言った。【道化師】シャオには、こうして不気味に人の用件を言い当ててくる所がある。彼自身それはある"能力"のせいだと言っていたが、あまりにオカルトじみたその内容は、周囲には信じられていなかった。
「まあまあ。それよりミシラ空中庭園に行くなら僕もつれていってよ」
「はぁ?」
いきなりの提案に、ウドゥンが思わずあり得ないと言った様子で聞き返した。しかしシャオは少しおどけた調子で言う。
「別に1人で行けるなら、僕だって君達となんか一緒に行きたくないよ。でもミシラ空中庭園は8thリージョンだ。君達に寄生しないと、行けっこないんだから仕方ないじゃん」
「……俺達がそれを了解するとでも?」
ウドゥンが脅すように言う。しかし背後のセウイチは、お気楽な様子で答えた。
「別に、いいんじゃないの?」
「おい、セウ――」
「だって、もしかしたらこいつの"能力"が役に立つかもしれないしさ」
「アホか。お前……あれを信じているのかよ」
「まあ、それなりにはね」
肩をすくめるセウイチに続け、キャスカもまた意見を言う。
「ウドゥン様。私もシャオ様には来てもらえればと思います」
「キャス!」
ガルガンが噛み付くようにキャスカを睨みつけるが、彼女は涼しい顔でそれを無視してウドゥンを見つめた。
「理由は先ほどセウイチ様がおっしゃった事と同じです。それにいくらシャオ様でも、我々相手では簡単にPKなど出来ません」
「そういうこと。いいだろーウドゥン?」
2人の主張に乗り、調子の良い声で言うシャオに、ウドゥンはあきらめた様に小さく溜め息をついた。
「ったく。こんな所で言い合ってる時間なんか無いんだよ」
「それじゃあ、おーけーかな?」
「……あぁ。ただしトリニティには入れねーからな。ショートカットはインペリアルブルーで処理しろよ」
「わかりました。ありがとうございます」
キャスカが丁寧に頭を下げ、パネルを開いてシャオをギルド加入させる準備に取り掛かった。それを見てシャオが大きく両手を広げる。
「さすが。それじゃあよろしく」
「勝手に動いて死にかけても、助けねーからな」
「はいはい。ま、適当について行くよ」
お気楽な様子のシャオを尻目に、キャスカはすばやくパネルを操作して彼をインペリアルブルーに加える手続きを進めていた。そんな彼女の後ろで、ガルガンが困ったようにセウイチの耳元でささやく。
「……たしか、ギルドリーダーは俺じゃなかったっけ?」
「実質のギルド運営はほとんど、キャスカが仕切ってるからじゃない?」
「お前はキャスカに仕事を丸投げしすぎなんだよ」
セウイチの答えと、聞き耳を立てていたウドゥンの一言に、ガルガンは大きく肩を落としていた。




