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Zwei Rondo  作者: グゴム
一章 迷い森の白兎
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8. 下水道

8


 ウドゥンがシオンと別れて32番街に戻ると、丁度セウイチの酒場からリゼとグリフィンズの面々が出てくる所だった。今度もクラスメイトの角谷ユウクラウド、それにルリとリゼの4人PTだ。


「あっ柳楽なぎら君」

「だから……ウドゥンな」


 ウドゥンは辟易した様子で指摘すると、リゼはすぐにはっと口を塞いだ。そのやり取りに、周囲の連中がげらげらと笑い出す。


「笑い事じゃねーぞ、お前ら。ちゃんとこいつにネチケットを教えとけよ」

「私達のだけの時は、ついつい本名リアルネームで読んじゃうからかなー。ごめんごめん」


 ルリが舌を出しながら謝る。するとリゼが、ウドゥンに駆け寄ってきて右手を突き出した。


「見て見て。さっきユウに作ってもらったの」


 そう言って見せつけた細い手首には、茶色い布地にグリフィンが刻印されたリストバンドがあった。


「グリフィンズのギルド章か」

「うん。皆お揃いなんだよー」


 そう言って、後ろにいたルリの右手の裾もめくり、同じく装着されたグリフィンズのギルド章を並べて見せびらかせた。


 ギルドメンバーであることを示すギルド章は、ギルドエンブレムを刻印したリストバンドの形をしている。リーダーとサブリーダーはそれとは別に、ギルド章を生成する機能をもつ指輪が用意されるが、通常のギルド員はこのリストバンドによってギルドへの所属を表していた。


 要するに、リゼはグリフィンズに加入したのである。角谷ユウクラウドの勧誘が実ったようだ。


「そりゃよかったな」

「うん!」


 ウドゥンは投げやりに言うも、リゼは気にせず嬉しそうに浮かれていた。

 そんな温度差のある二人の微妙なやり取りに、グリフィンズのリーダーであるユウが割って入る。


「それよりウドゥン。これから迷いの森に行くんだけど、暇だったら一緒にどう?」


 ウドゥンは片手を軽く上げ、はたく様に振った。


「ちょっとこれから行く場所があるから無理だ」

「……だよねー」


 ユウが苦笑する。リゼの残念そうな顔と、ルリの少し怒ったような顔が並んでいた。


「ま、いいや。今回はエリアボスじゃなくて、ファーラビットだけを狙ってくるから、確実に丸尻尾をゲットしてくるよ」

「うん! 任せて!」


 そんなやる気に満ちたリゼ達を、ウドゥンは無表情に見送った。





 ナインスオンラインにはギルドホームというものがある。

 これはそれぞれのギルドが持つ固有のエリアの事で、結構な費用はかかるものの、内部はかなりの自由度を持ってレイアウトできる。特にギルド員が100名を超えるような大所帯のギルドになると、どこも凝った造りをしていた。

 プレイヤー店舗を所有するギルド員ならば、自身の店舗をギルドホームと接続して行き来する。自分でプレイヤー店舗を持っていない場合は、他のギルド員の店舗から行き来するか、もしくは酒場から所属するギルドホームへ転送してくれるサービスを使うかのどちらかだ。

 一方でギルド員以外は、そのギルドに所属するプレイヤー店舗から、しかもギルド員の許可を得ないとギルドホームに行くことができなかった。


 

 リゼ達を見送った後、"うさぎのペンダント"以外の納品クエストを終わらせたウドゥンは、クリムゾンフレアの友人を訪ねることにした。

 クリムゾンフレアでは毎週金曜日と土曜日の23時から、"ランカー戦"と呼ばれるギルド員同士のPvP戦が行なわれる。クリムゾンフレアが所有する個人闘技場(アリーナ)で開かれるこのPvP戦は、外部の映像配信サイトを使って全ての戦いが配信されるなど、公式戦であるトーナメントに準ずるほど人気のPvP大会だ。


 時刻は21時。ランカー戦が始まる直前の今なら、クリムゾンフレアに所属するプレイヤーは大抵ログインしているだろうと考え、ウドゥンはクリムゾンフレアのギルドホーム通称"下水道"を目指した。



 そしてウドゥンは現在4番街――通称クリムゾンストリートを歩いていた。この通りにあるプレイヤー店舗は、そのほとんどがクリムゾンフレア所属のプレイヤーにより所有されているため、他の通りとはかなり雰囲気が異なっている。

 クリムゾンフレアには、その性質上当然ながら圧倒的に戦闘プレイヤーが多く、さらにチームマッチよりもソロマッチ――つまり個人の実力が最優先されるギルドであるためか、柄の悪い連中も多いのだ。


 ウドゥンはそんなクリムゾンストリートを半ばまで進み、クリムゾンフレアのメンバーが経営する、ある酒場の前までやってきた。

 西部劇に出てくるような両開きのドアを開くと、中にたむろしていた数人のプレイヤーから睨まれる。だが、ウドゥンが意にも介さず右手を上げて「こんにちは」と挨拶をすると、それらのプレイヤーは「おう」「うす」と短く答えた。


 確かにクリムゾンフレアの連中は見た目からして恐ろしい連中が多いが、別にだれそれ構わず喧嘩を吹っかけるような無作法な連中ではない。ちゃんと挨拶すれば、このようにぶっきらぼうだが挨拶をし返すような奴らであることをウドゥンはよく知っていた。


「さて……」


 一息ついたのち、ウドゥンは酒場を見渡すが、残念ながら知り合いが見当たらなかった。そこでしかたなく近くに居た眼帯の男に声をかける。


「ヴォルに会いに来たんだが、今インしているか?」

「ヴォルさんっすか……たしかいたはず――」

「あーーーっ!!」


 その男の舌足らずな敬語は、突然響いた甲高い声にかき消されてしまった。見ると、金髪ツインテールの女の子が、くりくりと大きな目を見開きながらウドゥンを指差していた。


「ウドゥン!」

「なんだアクライ。居たのか」


 ウドゥンがため息をつく。先程店内を見渡した時、どうやら彼女は見逃してしまったようだ。なぜならアクライと呼ばれた少女は、小学生と言っても通じるほどに背が低く、子供っぽい雰囲気なのだから。

 そんなアクライがわめきながら駆け寄ってくる。


「なんだとは! またご挨拶だな!」


 裾の短い浴衣に似た紅色の和服に身を包んだアクライは、目の前までくると背伸びしながらウドゥンを見上げ、噛み付くように言った。


「なんだよ。何しにきやがった!」


 その可愛らしい威嚇を、ウドゥンは軽く受け流す。


「ヴォルに用があってきたんだ」

「ヴォル兄なら下水道に居るぞ」

「そうか。丁度良かった、案内してくれよ」

「はっ! 何で私が!」


 ぷいっと顔を逸らすアクライ。ウドゥンが軽く頭を掻きながら困った様に言う。


「そこを何とか……アクライ、お前だけが頼りなんだよ」

「……私だけ?」


 アクライはちらちらと横目で様子を窺ってくる。ウドゥンは続けて「そう。頼むよ」といって頭を下げた。


「……まあそこまで言うのなら、案内してやるか」


 下手に出るウドゥンを見て、彼女はすぐに態度を変えた。

 アクライとウドゥンは旧知だ。会う度に張り合ってくる彼女だが、少し立ててやればすぐに機嫌が良くなる。昔から一切成長の色が見えないことに、ウドゥンが少し心配してしまうレベルの扱いやすさだった。

 アクライは満足げに頷くと、居丈高に言った。


「全く仕方が無いな。よしウドゥン、私について来い。下水道に連れて行ってやる」

「あぁ、よろしく」


 アクライが先陣を切って酒場の奥に向かう。ウドゥンがその後を追う際、先ほどの眼帯の男を始め、酒場にいたクリムゾンフレアのギルド員の連中が笑いをこらえていた。

 彼が軽く手を振ると、代わりに男達からは親指を立てられて見送られた。





 クリムゾンフレアのギルドホーム――通称"下水道"は、石のトンネルで繋がった地下道が延々と続く薄暗い場所だ。

 アルザスサーバーだけでメンバーが300人を越える大所帯のクリムゾンフレアだけあってその広さは半端なく、無計画に拡張された地下道は、ギルド員の案内が無ければ確実に迷ってしまうほどに入り組んでいた。


 そんな迷路のいうな薄暗い水路を迷いなく進むアクライの先導で、ウドゥンはある男の部屋の前に辿り着いた。そしてアクライがドアをノックをすると、聞き覚えのある男の声が返ってきた。


「開いてるぞ」

「ヴォル兄、来客だ。ウドゥンが来た」

「ウドゥンだと?」

「入るぞ」


 アクライが扉を開けると、部屋の中では赤毛のプレイヤーが一人机に向かっていた。長身で細身の体躯、ボサボサに延ばした赤毛の髪とエラの張った頬、そして軽薄そうな笑顔が印象的な男。

 男はウドゥンの姿を見るなり、大きく目を見開いて大袈裟に驚いてみせた。


「おおー。本当にウドゥンじゃねーか」

「久しぶりだな。ヴォル」

「だな! まあ、入れよ」


 ヴォルと呼ばれた男が机から立ち上がり、両手を開いて歓迎の意を表す。クリムゾンフレアのサブリーダーであるこの男とウドゥンは、昔からの知り合いだった。

 部屋に入りながら、ウドゥンが突然の訪問を詫びる。


「悪いな。いきなり来て」

「くはは! 気にすんな。この下水道に一人で来る奴なんかお前くらいだ」


 実はギルドホームというエリアは、圧倒的にギルドメンバーに有利な場所だった。ギルドホーム内はギルドメンバーであれば不死イモータルエリアとなり、それ以外のプレイヤーにとっては街の外と同じ――つまりPK可能エリアとなる。つまりギルドホームでは、ギルドメンバーは侵入者を一方的にPKできるのだ。

 そしてここは下水道――ギルド員によるPKを禁止していないクリムゾンフレアのギルドホームである。まともなプレイヤーならば1人のこのこ訪れることなどしないエリアだった。

 

「ちょっと聞きたいことがあってな。最近発生してる初心者狩りの犯人を調べてるんだ」

「初心者狩り? あぁ、今なんか噂になっているあれか」


 早々に用件を切り出すと、ヴォルは部屋の中ほどの設置されたソファにどかっと飛び乗り、手招きをしてきた。ウドゥンが招かれるがままに、向かいの二人掛けのソファに座ると、アクライがちょこんと隣に座ってきた。


「あれの犯人探しなんかしてるのか。誰かの依頼か?」

「別に、ちょっと興味があるだけだ」

「興味……? ははーん。なるほど黒騎士絡みか」


 ヴォルもこのゲームを始めて長い。当然、半年ほど前に起きた黒騎士事件も知っていた。


「だが"あの黒騎士"と今回の黒騎士は、全く別物だろ」

「それは分かってる。ただ俺は、誰がこんなバカな真似をしているのか、気になるだけだ」

「なるほどね」


 そう言って肩をすくめるヴォルに、ウドゥンが続ける。


「お前らのところも新入りがやられたそうじゃないか」

「くはは! 良く知ってるな。確かにそうだ。だがこの件に関しては勿論、俺達はノータッチだぜ」


 興味なさげに手を横に振るヴォルは、だるそうに大きく体をソファに預けて続ける。


「確かにウチの新入りはPKされたが、それはやつらが弱かっただけの事。誰にやられたか知らないが、ギルド員がPKされたからって俺達は動かないことくらい、お前も知ってるだろう?」


 ヴォルのその言葉には、クリムゾンフレアの基本理念『絶対強者』の考え方が垣間見えた。

 クリムゾンフレアはPKを許可しているギルドだ。しかし同時にPKされる事も許容している。彼らはPKしようがされようが、それは当人達の問題で、ギルドとしてそれに関わる事はあり得ないという立場だった。

 ウドゥンもそれは百も承知だ。それでも彼はヴォルに向け、今回ここに来た目的である質問を投げかけた。


「今回の初心者狩りは、クリムゾンフレアの仕業じゃないのか?」


 ――バンッ


 机を強く叩いた音が部屋に響く。ヴォルが、ソファの前にあった木製のテーブルに手を叩きつけた音だった。


「ふざけるな。ウチが身内をやる訳が無いだろうが」


 ヴォルは赤毛を逆立てながら、ウドゥンを睨みつけた。




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