12. 記憶の欠落
12
全員がしんと黙り込んでいた。キャスカの語る話を一言も聞き逃すまいと、真剣な様子で耳を傾けていた。
しかし彼女はそこまで喋ると、突然黙り込んでしまった。ウドゥンが痺れを切らして聞く。
「……続きは?」
「ありません」
「え? どういうこと?」
セウイチがきょとんとした様子で言うと、キャスカは申し訳なさそうに答えた。
「私の記憶は、そこで途切れています」
「記憶……?」
ウドゥンが怪訝な顔をする。キャスカの言う単語の意味が理解できなかったからだ。しかし彼女は至極真面目な様子で言った。
「この話を秘密にしていた理由はここにあります。私たちは全員、その時の記憶が欠落しているのです」
「記憶が……」
「……欠落?」
シオンもセウイチも、他の皆も一様に眉をひそめた。ただ一人ガルガンだけが不機嫌そうに顔をそむけていた。
「はい。私以外のメンバー、つまりガルガンやコンスタンツ達は黒騎士と出会った事を覚えておりません」
「まさか。意味が分からん」
「私にも信じられません。しかし事実です。恐らくですが、黒騎士にPKされてしまった事により記憶が欠落してしまったのでしょう」
「旦那。本当なのか?」
背後で不機嫌そうに腕組みをしているガルガンに、ウドゥンが声をかける。彼は少し間をあけ、やがて不本意そうに答えた。
「……キャスがあの日、妙な事を言っていた覚えはある。だがそれ以外にその日の記憶は無い」
「なぜ黙っていた」
「覚えていない事柄を言いふらす事など出来るわけが無いだろう。大体――」
彼は大きな体を振りかぶり、同意を求めるように言った。
「俺にはキャスの方がとち狂ったようにしか見えないからな」
あなたは黒騎士に襲われ、記憶を失ったのです――そんな事を言われ、まともに信じる人間がどれほどいるのか。しかも当事者の5人の中で記憶が残っているのキャスカ1人なのだから、ガルガンは彼女のほうが変な事を言っているようにしか思えなかったのだろう。
それはウドゥン達にも容易に想像できた。
隣で話を聞いていたセウイチが、瞳に真剣な色を帯びながら聞く。
「なんでキャスカだけ、その時のことを覚えてるの?」
「それも分かりません。ただ全力で逃亡しようとしたところまでは覚えているので、恐らくすぐにはやられず、しばらく逃げ続けてから死亡したのではないかと考えています」
「あー、なるほど。時間差があったわけね」
「……格好は昔の黒騎士と同じだったのか?」
それはシオンからの質問だった。彼もまた、キャスカの話に興味を持っていた。
「それが良く分からないのですが、確かに黒っぼい服装はしていました。ですが我々の知っている黒騎士――黒の全身鎧ではありませんでした。黒っぽいフリルの多い――いわゆるゴス系ファッションでしょうか、とにかく少し少女趣味の服装で、明らかに女の姿でした」
「女だと?」
「それと、オペラ座の怪人に出てきそうな白い仮面をつけていました」
その言葉にウドゥンははっとした。彼は以前、そのような格好のプレイヤーの話を聞いた事があった。
すぐに後ろを振り向き、皆の端で小さくなっていた少女に声をかける。
「エレア」
「はい……?」
エレアは周囲の不穏な空気に、おびえたように不安げな表情を見せていた。
「今キャスカの話に出てきたPKの格好、お前が前に見たって言っていたプレイヤーに似てないか?」
「似ているというか……たぶん、同じ格好です」
「どういう事?」
セウイチが首をかしげる。ウドゥンが先日、黒猫をあやしていたという黒装束の人物の話をかいつまんで説明した。
「目撃したのはゴールデンウィークの辺りだったよな」
「えっと、はい」
「なるほどね。時期は一致してる。じゃあその黒騎士は、キャスカ達をPKしたのと同時期にアルザスの街までやってきていたって事か」
シオンがそう言って、納得したように頷いた。ウドゥンもまたシオンと同意見だった。目的はまったくの不明だが、黒騎士はインペリアルブルーを襲った後アルザスの街にやってきたようだ。
そしてその際に黒猫をあやしている場面をエレアに目撃された。そこまではすぐに把握できた。しかしそれ以上はわからない。キャスカが話すような黒騎士など、その話以外にはまったく心当たりがなかった。
ウドゥンがつぶやく。
「エレアに目撃された後の足取りは不明……か」
「だね。まあ仮面以外の格好は、このゲームの中じゃあ特に変わっているってわけでもないし。詳しく情報を集めれば何かわかるかもしれないけど……」
そう相槌を打つセウイチが、そのままキャスカに向かって最も気になっていた事を質問した。
「キャスカ。君に語り口からだと、その黒騎士の正体は――」
「私には何もわかりません。確かにPCである可能性は高いでしょうが、もしそうであるとすればディバインズロックの最中に警告パネルが出なかった事に矛盾いたします」
「それは"昔の黒騎士"の時も同じだった」
ウドゥンが少し強調して言った。挑発スキルの一つであるディバインズロックは、対モンスター用と対プレイヤー用で効果が異なる。
対モンスター用としては『ヘイトと呼ばれる敵の攻撃対象を決定するパラメータを操作して攻撃の対象を自身へと向ける』スキルであり、一方対プレイヤー用としては『対象のプレイヤーに対し、使用者以外のプレイヤーを攻撃しようとした場合に警告を表示し、それを無視すれば大きなペナルティを与える』という効果になる。
敵の攻撃を自身に制限すると言う点では同じだが、今回の状況を考えると『警告が出なかった』という点から、黒騎士はプレイヤーではないと言う結論が導かれてしまうのだ。
しかしそれは、前回の黒騎士でも起きた出来事だった。
「昔黒騎士がPC(Player Character)かNPC (Non Player Character)かの議論が絶えなかった原因は、挑発系スキルを代表とするスキルの挙動が原因だからな」
ウドゥンの言葉に、キャスカが頷く。
「動きや外見、そして行動パターンは明らかプレイヤーであるにも関わらず、対モンスター用のスキル効果が発動する――ですね」
「そういう事なら、たしかに今回の奴も昔の黒騎士と関係がありそうだ。でも格好が全然違うんだよね?」
セウイチが聞くと、キャスカは困ったように言う。
「はい。明らかに女性の格好でした」
昔の黒騎士はどうだったか。出会った連中の話を総合すると、全身を漆黒に染める全身鎧や大きめの体躯から考えて、男プレイヤーだと認識している者が多かった。
それは今回の黒騎士と大きく違う点だった。
「それで、武器はレイピアだったのか」
「はい」
セウイチが続けて聞くと、キャスカが真剣な表情で頷いた。彼はウドゥンに目線を合わせる。
「確か、リズが最後に戦ったのは……」
「黒騎士と……だ。場所はミシラ空中庭園――」
ウドゥンは低い声で答えた。




