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Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
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10. ある掲示

10 


「いやー。まさかリゼが3番人気とはね。予想以上だよー」


 ニキータは金色の猫耳を震わせながら、まるで自分のことのように嬉しげに言った。彼女の隣に座るシオンもまた飛び跳ねるような勢いで言う。


「やっぱリゼちゃんは花があるからね。可愛いし素直だし、なにより強いし!」

「そんな、たまたまです」


 2人の言葉に、リゼは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 ここは円形闘技場コロセウムの観客席だった。時刻はすでに19:00を過ぎており、A級トーナメントの開始まであと少しだ。今回シオンとニキータは揃って、リゼの応援のために円形闘技場コロセウムを訪れていた。

 リゼと話し込んでいる2人の横で、ウドゥンは不機嫌そうに腕組みをしながら座っていた。


「ったく。なんでこんなド新人に人気が集まるんだよ。円形闘技場コロセウムの連中はアホか」

「実際、実力的には中位だと思われてるが、配当ってのはそれだけじゃ決まらないからな」


 そのウドゥンの隣には、ぼうぼうとした髭を蓄えた予想屋ドクロが座っていた。彼は今回のA級は事前予想以外の商売をせず、友人であるウドゥン達とゆっくり見物をする気だった。

 彼は巨大なジョッキを手に上機嫌に言う。


「一番大きな要因はやはりトリニティというネームバリューだろう。伝説のギルド、ここに復活だ」

「くそ、失敗したぜ。やっぱりトリニティに入れるんじゃなかったな」


 ウドゥンが皮肉っぽく言うと、後ろの席に座っていたセリスがたしなめる。


「やめなよウドゥン君、そういう事言うのは。冗談でもリゼが悲しむんだから」

「あはは! でもまあリゼみたいな新人が活躍するとやっぱり嬉しいね。俺達みたいな古参ロートルはもう脇役だよ。なあ旦那」


 セリスの横に座るセウイチがわくわくとした表情で笑うと、そのまま隣のプレイヤーに話を振る。すると巨大な男が空気を震わせるような笑い声を上げた。


「がははは! あの小娘がもうA級とはな、信じられん」


 青色のペンキを塗った様に艶やかな大鎧を身に着けた、インペリアルブルーのギルドリーダー・ガルガンが上機嫌に笑った。彼はキャスカに誘われリゼの試合を観戦に来たそうだ。

 しかし、そのキャスカはまだ姿を見せていなかった。


「旦那。キャスカはまだなのか?」

「そのようだな。まあもう来るだろうよ。あいつが誘ったんだからな!」

「いつもテキトウだな、あんたは」


 ウドゥンは呆れた様子で言った。彼らは知り合い同士で集まって、試合開始までの時間を過ごしていた。リゼのA級トーナメントデビューまで一時間を切っている。続々と観客が集まってきており、円形闘技場コロセウムの中は祭りの最中のように騒がしくなって来ていた。

 早めに来て見晴らしのいい席を確保していたウドゥン達の周りにも、人が増えてくる。彼らは会場の雰囲気楽しみながら、試合開始までの時間を潰していた。


 そんな時、みなの前に立ち試合前の緊張を紛らわせていたリゼが、あるプレイヤーの姿に気がついて声を上げる。


「あ! エレア、こっちだよ!」

「あっ、リゼ……」


 リゼが声をかけた相手は、緑色の長髪を伸ばした女子だった。リゼの顔を見て少し安心したような表情をみせたのもつかの間、彼女の周囲に居る仲間の多さにおどおどとした態度を取ってしまう。

 リゼがそんな彼女の手を引き、皆を紹介した。


「エレア。この人たちは私のフレンドだよ」

「あ、えっと、エレアです。よろしくお願いします」


 エレアがおずおずと頭を下げる。その様子を見かね、面倒見の良いセリスが手を上げて彼女を隣に招いた。


「こっちにおいでよエレア。一緒に見ようよ。私はセリス。よろしくね」

「えっと、よろしくお願いします……」

「なんだよー。すっげー可愛い子じゃん。俺はシオンだよー……いたた」


 ニキータがシオンの耳を引っ張りながら言う。


「あんたはすぐに鼻の下を伸ばすクセを直しなさい。あ、私はニキータね」

「よ、よろしくお願いします」


 シオンとニキータが続けて挨拶をしてくると、エレアはおずおずと頭を下げていた。ウドゥンが横目で見るに、彼女はシオン達の馴れ馴れしい様子に軽く容量オーバーになりかけているようだったが、リゼとセリスがなんとか打ち解けるように取り計らっていた。

 これでリゼの応援団は10人近くとなってしまった。随分と大所帯になってしまったなと、ウドゥンは少しあきれてしまう。


「やれやれ。大げさな話になったよな」

「あはは! まあまあウドゥン。みんなリゼの応援に来てくれてるんだから、嬉しいじゃん」

「そうだよー。みんなで応援したほうが楽しいし」


 シオンがウドゥンの肩を組みながら、なれなれしく言う。うざったそうに眉をひそめる彼に対し、ニキータもまた楽しげに笑顔を浮かべていた。


 そんな和やかな雰囲気の彼らの前を、慌てた様子で走るプレイヤーが居た。彼女はきょろきょろと周囲を見渡しながら、誰かを探している様子だ。

 ウドゥンが視線を向けると、それはインペリアルブルーのキャスカだった。後ろの席に座っていたガルガンが、周囲に響くような大声で彼女を呼び止める。


「おいキャスカ! 誰を探してるんだ!?」

「っ! ガルガン」


 キャスカは驚いて立ち止まった。ガルガンの姿を認め、小走りにやってくる。そんな彼女に向かって、リゼが子犬のように抱きついた。


「キャス! 来てくれたんだ」

「リゼ。はい、勿論です。可愛い装備ですね」

「本当!? ありがとう!」


 キャスカはまずリゼの装備を褒めた。精霊銀ミスリルをメインにしたワンピース型の軽鎧に、腕には先日新たなレシピとして追加されたコンポジットブレイサーを身につけていた。これらは今回のA級トーナメントの為にニキータとシオンが用意したものだ。

 一通りリゼが説明をすると、キャスカは満足そうに頷いていた。


「よく似合っていますよ……えっと、ところでウドゥン様はおられますか?」

「何だ? 俺に用か?」


 自分に用があるとは思っていなかったウドゥンが、存在感の無い表情のまま小さく声を上げた。キャスカはすぐ傍に座っていた彼の姿を見て、驚いた様子で息を呑んだ。

 いつも冷静沈着な彼女のイメージにそぐわない、ひどく動揺した反応だった。


「こちらにおられましたか」

「何だよ。珍しいな、お前がそんなに慌ててるなんて」


 ウドゥンが首を傾げる。珍しく、妙に慌てているキャスカの様子をいぶかしんでいた。彼女は小さく息を整え、リゼの肩を持ってその身体を遠ざける。リゼは少しきょとんとした様子でキャスカの顔を見返していた。

 キャスカは少し周囲の視線を気にするような仕草を見せたが、すぐに凛とした表情でウドゥンに向き合った。


「ウドゥン様、運営のお知らせはご覧になりましたか?」

「お知らせ? いや……」


 運営からのお知らせは、ウドゥンは暇な時たまに見る程度だ。いつもいつも確認しているわけではない。

 しかしキャスカに言われ、彼はすぐにパネルを開き運営からのメッセージリストを眺めた。そこには新しく、次のような掲示がされていた。



『平素、ナインスオンラインをご利用の皆様へ。

 現在ナインスオンラインをプレイ中、意識不明となって医療機関に搬送されるという事態が、少数ながら報告されております。ただいま情報の精査を行っておりますので、詳細がわかりしだい随時報告致します』



 読み終わり、その内容にウドゥンが小さく眉をひそめる。


「随分と不穏な知らせだな。意識不明者だって?」

「へぇー。こういうのを運営が知らせてくるって珍しいね。普通隠しそうなものだけど」


 隣にいたシオンもまた、自身のパネルで掲示を確認しながら言ってきた。


「だが、これがどうしたんだ? 別にゲーム中に人が倒れる程度、なんでもないだろ」


 ウドゥンが無表情にキャスカに言う。

 ナインスオンラインをはじめとするVR機を用いたゲームに限らず、昔からゲームをやりすぎて倒れる人などいくらでも居る。その多くが常軌を逸してプレイし続ける事が原因であって、それを一々ゲームのせいにされていたのではたまったものではない。

 ウドゥンは特に気にする事は無いように思った。


「順を追って説明しなければ分かりづらいと思いますので、少しお時間をいただけますか」

「別に、試合が始まるまで暇だからな」


 ウドゥンが同意すると、キャスカは突然頭を下げてきた。


「……ウドゥン様。まず最初に謝っておきます。申し訳ありませんでした」

「なんなんだよ。全く話が見えねーぞ」


 ウドゥンが怪訝な表情でキャスカをにらみつける。彼女は頭を上げると、ある単語を口にした。


「私は貴方に隠していた事があります。黒騎士についてです」

「……なんだと?」


 その言葉を聞いて、ウドゥンの表情が変わった。しかし彼がキャスカに言い寄るよりも先に、彼の後ろに座っていたガルガンが巨体を震わせて発言した。


「キャスカ……黒騎士だと?」


 インペリアルブルーのギルドリーダーである彼の威厳のある声だった。並のプレイヤーなら震え上がってしまうような低い声に、キャスカは無表情に答える。


「はい。以前お話した、あれです」

「ばかな! お前、まだそんな事を言っていたのか」


 呆れたように肩をすくめるガルガンに、キャスカは真剣な口調で言い返す。


「ガルガン。貴方は覚えていないのかもしれませんが、私には確実にあった出来事なのです。黙っておいてください」

「……」


 有無を言わせない強い調子で言われ、ガルガンは少し不満な様子を見せながらも黙り込んでしまう。不穏な2人の言い合いに、ウドゥン達はぽかんとしてしまっていた。

 リゼが心配そうな調子で聞く。


「キャス……? 何があったの?」

「リゼ。貴方の晴れ舞台の直前にこんな話をする事になりごめんなさい。ですが、少し状況がおかしいのです」


 キャスカが申し訳無さそうに頭を下げる。リゼは慌てて彼女の手を取った。


「ううん。全然大丈夫だよ! だけど……」

「キャスカ、良く分からんが、話すなら早くしてくれ。リゼはもう受付に行かないといけないんだよ」

「はい。それでは順を追ってお話させてもらいます。二ヶ月ほど前になりますが、我々インペリアルブルーは黒騎士に遭遇したのです」

「なんだと」


 ウドゥンも含め周囲の皆の表情が変わった。キャスカは小さく頷き、語り始めた。



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