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Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
74/121

8. 傾向と対策

8 


「さーて。最初は何で行くの?」

「とりあえず、組み合わせが決まるまではファナ対策だ。ロングソードとバックラーで頼む」


 精霊銀(ミスリル)の軽鎧を着込んだセウイチの準備が整い、ウドゥンが想定戦のための指示を出した。ごそごそとセウイチがパネルを操作する間、テラスに設置された木製テーブルに座るセリスが手を振る。


「リゼー頑張ってねー」

「はい、セリスさん!」


 ここはトリニティのギルドホームだった。芝生の続く裏庭には現トリニティのメンバーであるウドゥン・セウイチ・リゼの3人に加えて、セウイチの連れであるセリスもサポートとしてやってきていた。


「とりあえず、セリスは定点で撮影しといてくれ。後で見直すから」

「はいはーい。ここから動画撮影しとけばいいのよね」

「そうだ。リゼ、お前も自分視点の動画撮影をオンにしとけよ」

「はーい」


 セリスとリゼが素直な返事を返す。しばらくすると戦闘準備を整えたセウイチが間延びした声で合図した。


「装備したぜー」


 セウイチは銀色の刀身を持つロングソードと、お盆ほどの大きさをした丸っこい盾――小型盾バックラーを身につけていた。得意げにポーズを決める彼の姿を見て、ウドゥンが小さく首を振る。


「セウ。ファナの持ち手は逆だ」

「あ、そうか。めんどくさいなー」


 セウイチはすぐさま二つの武器をお手玉のように投げて左右を入れ替える。ロングソードを左手に、小型盾バックラーを右手に持つと、左右の違和感を修正するためにぶんぶんと素振りを開始した。


「リゼ。今からファナの戦闘スタイルについて説明するから、ちゃんと聞いておけよ」

「うん」


 真剣な様子で頷くリゼに対し、ウドゥンが説明を始める。


「ファナのメイン武器はロングソードだ。最も基本的な武器スキルだが、PvPにおける性能はかなり高い。扱いやすさからくる俊敏性とガード性能は攻防にバランスが良いからな。ただ、ファナの場合気をつけるのはこのロングソードじゃない」

「え? 違うの?」


 リゼがきょとんとする。ファナといえば美しい白髪や真っ赤なビスチェと共に、ロングソードを振りかざすイメージが鮮明に残っている。深紅に輝く刀身を掲げてクリムゾンフレアの先陣を行くさまは、まさに勇壮な【戦乙女ヴァルキリー】そのものだった。

 ウドゥンは小さく首を振る。


「地味なんだが、ファナの場合右手に持った小型盾バックラーのほうが問題だ。あいつはこの小型盾バックラーの使い方を覚えてから一気に強くなった。それまでは攻撃一辺倒のグッドプレイヤーどまりだったからな」

「グッドプレイヤー?」

「上手い人って意味だね。飛びぬけて強いわけじゃあないって感じ。昔のファナは今ほど冷静じゃなかったから。その時のあだ名、知ってる?」


 セウイチがロングソードと小型盾バックラーを持った両手を左右に開きながら言ってきた。リゼが興味ありげに首を振る。


「ううん。【戦乙女ヴァルキリー】じゃないの?」

「それが最初の頃はこう呼ばれてたんだ。【狂気ファナティック】ファナ、略してファナファナってね」

「か、可愛い……」


 その可愛らしい語感と近づきがたいファナの雰囲気とのギャップで、リゼは何と無く微笑ましい気になってしまった。

 本来ファナティックは狂信者・熱狂者を意味する言葉である。ファナがゲームを始めた当初の狂気じみたPKの様子や、ファナファナと言うゴロのよさから周囲にそうよばれている時期があった。


「もう半年以上も前だよね。ファナがアルザスサーバーにやってきたのは。最初のころのあいつは本当にじゃじゃ馬だったよ」

「へぇー」

「……話が前後したが、ファナを倒すキーワードはそれだ」

「キーワード?」


 リゼが首をかしげる。そんな彼女に、ウドゥンが人差し指を立てある質問を投げかけた。


「【戦乙女ヴァルキリー】ファナが最も秀でている点は何だ?」

「え、えっと……」


 リゼが戸惑ってしまう。ファナが凄い点といわれて彼女が最初に思いついたのは、本当に楽しそうに戦う彼女の姿だった。


「すっごく戦闘を楽しんでる事……とか?」

「あははは! 間違いないね」


 皮肉るよう笑いながら同意するセウイチをにらみつけ、ウドゥンが小さくため息をつく。


「そういう精神論じゃなくて、技術の話だ」

「凄く強い」

「……その理由な」

「え、えっと」


 リゼは困ったように頬に指を当てる。ウドゥンはしばらくの間解答を待っていたが、やがてあきらめたように答えを言った。


「あいつの強さは、尋常じゃない"先読み"にある」

「先読み……」

「あいつは相手の動きや動作から、次の行動を読みきってしまうんだよ」

「えっ。そんな事出来るの?」


 リゼが驚きの声を上げると、セウイチがお気楽な調子で言った。


「俺でもある程度はできるよ。リゼだって、トリックを使われる時に剣先が赤く光るのは知ってるでしょ?」

「あ、それなら分かる」


 このナインスオンラインでは、トリックの使用時にその武器の一部が赤く閃く。トリックはダメージが大きいためとどめ(フィニッシュ)に良く使われるが、この仕様の為回避しやすく、使い時を間違えると手痛い反撃にあってしまう。


「トリックの始動が読める事が初心者脱出の第一歩だね。俺なら連続攻撃の途中からなら、次に敵がどこに切りかかってくるか何となくわかる。まあ上の方のプレイヤーならこれくらいは普通だよ」

「だが、ファナは次元が違う。あいつはあらゆる事前動作から、次の行動が分かるらしい」


 ウドゥン真面目な表情のまま説明した。しかしあらゆる事前動作とはどういうものを指すのか、リゼにはいまいちぴんときていない様子だった。


「よくわかんないけど、本当にそんな未来予知みたいなこと出来るの? 出来るんだったら、絶対無敵じゃん」

「未来予知をしているわけじゃなくて、事前動作から読んでるんだよ」

「……? 一緒じゃないの?」


 リゼが首を傾げる。ウドゥンが少し首をかしげながら言う。


「まあ……ある種の未来予知には間違いないか。とにかく対戦相手の一挙手一投足にすべて反応することができる事がファナの強みだ」

「えっと、とにかく凄いんだね」


 うやむやな印象のまま頷くリゼ。ファナの先読みというものがどういうものなのかイマイチ理解できない彼女だったが、とにかくファナは凄いという事だけは理解できた。


「ただファナの奴が先読みがうまい理由は、お前みたいな超反応を持っているからじゃない」

「あ、《親和》じゃないって事だよね?」


 リゼが以前ウドゥンから聞いた、ファナは《親和》持ちではないという話を思い出しながら聞き返した。彼は小さく頷きながら、少し懐かしそうな表情で顔を上げた。


「ファナって奴は、一言で言うと負けず嫌いな秀才だ」

「秀才?」

「あぁ。あいつは大雑把な性格に見えるが、実は異常なまでに学習能力が高い奴なんだ。本人は何も考えていないのかもしれないがな」


 ファナはその美貌や激しい気性、そして最近は大規模ギルド・クリムゾンフレアでランカーランクNo.1に登りつめた事から、ある意味で神格化されてしまい完全無欠というイメージが強い。しかし過去の彼女の様子を知るウドゥンやセウイチにとっての印象は少し違った。

 セウイチもまた懐かしそうに言う。


「ファナは本当に負けず嫌いでね。俺やリズに何回もこてんぱんに負けて、負けた次の日にはピンピンして挑んできてたよ。そのたびに動きが良くなっていくから驚いたもんだ」

「へぇー。なんだか意外」


 リゼが感心したように言う。あのファナがこてんぱんに負けている場面など、彼女には想像もつかなかった。


「とにかく奴は初めて戦う敵には負ける事も多い。だが何回か戦っていると的確な修正が行われて通用しなくなってしまう。その修正力こそがファナの根本的な強さであって、"先読み"はそれの具体的な性質に過ぎないんだ」


 相手の行動を先読みするという技術は、突き詰めて言えば経験則の応用である。それぞれの武器スキルの特性、対戦相手の得意不得意、行動パターン、技の繋がりなどから次に起こす行動を限定していく行為だ。

 この力は特にAI相手に対して効果的に働く。例えば先日ファナは9thリージョンのモンスターであるトロール族の黒個体・トラウの猛攻を"先読み"によって凌いでいたが、これはどれだけ動きが素早くなろうとしょせんトロールはトロールであり、過去無数に戦って来たトロール族のモンスターと同じ動作で攻撃を繰り出していたからである。


 先読みのためには膨大な知識と経験、そして慣れが必要になる。あらゆる戦闘スキルを極め、毎日スキル上げやPvPに明け暮れるファナのそれらは、始めて一ヶ月ほどのリゼとは比べ物にならなかった。その戦闘経験こそがファナとリゼの致命的な差だとウドゥンは考えていた。

 トーナメントは明日に迫っている。リゼがファナに勝つためにはいまから全体的な戦闘経験を積ませるより、一点に絞った対策をするべきだった。


「ファナを倒すには、2本先取のうち、1本目をうまく(・・・)とればいい」

「うまく? なんだか難しそうだけど、それがファナさん対策なの?」

「半分はな」


 謎掛けのようなことを言われ、リゼが首を傾げてしまう。


「どういうこと?」

「さっき言っただろ。ファナを倒すキーワードは【狂気ファナティック】だ」

「……?」


 ウドゥンが小さく息を吸い、一気にまくし立てた。


「ファナは積極的な攻撃を行いながらも冷静さを保ち、経験則からの"先読み"によって攻防で優位に立つスタイルだ。特に"先読み"を実行されている限り、アイツはランカーランクNo.1の実力を発揮し続けるだろう。だがそれは冷静さがある時だけだ」

「冷静さ?」

「あぁ。アイツは戦闘中にどんどん熱くなる悪い癖がある。要するに短気なんだ。だから怒らしちまうのがファナを倒すのには一番手っ取り早い」


 畳み込まれるように説明された内容に、リゼがついていけずに戸惑ってしまう。ウドゥンは淡々と補足した。


「ファナはお前を格下だと思ってる。戦うのは楽しみだが、負けるはずが無いってな。そんなお前に不覚を取れば、あいつは間違いなくキレる。それが嬉しいほうにキレるか、怒りのほうにキレるかは読めないが、とにかくファナの意表を突いて一本とってしまえば、二本目は簡単だ」

「えっと……私はなにをすればいいの?」


 ウドゥンが自分に何を求めているのかいまいち理解できなかったリゼが、ついに痺れを切らして聞いた。


「具体的に言えば、調子よく攻めて来るファナの攻撃に耐えに耐えて、カウンターで一気に決めればいい」

「なんだ。いつも私がやってる事じゃん」


 リゼは拍子抜けといった様子だった。彼女のスタイルは典型的なカウンター型だ。敵の攻撃を耐え忍び、隙を突いて大きなカウンターを加えるという、エストック使いに多いスタイルである。

 長い説明を受けた末に結局いつもやっている事をやれといわれ、リゼはあきれた調子で眉をひそめてしまう。

 しかしウドゥンは淡々と続けた。


「そうなんだが、普通のカウンターじゃダメだ。今からセウを相手に練習するが、完全に狙い済ましたカウンターを決めて、ファナの鼻をへし折ってやれ」

「狙い済ましたカウンター? へし折る?」

「あぁ。セウ、分かってるだろ?」

「勿論。まかせとけー」


 そう言うセウイチのほうをリゼが見ると、彼は準備万端と言った様子でロングソードをこちらに向けていた。


「ファナってのは、さっき言ったように"先読み"を主体とする攻撃型のプレイヤーだ。スキル、装備、戦闘経験――あらゆる面でプレイし始めて一ヶ月のお前より上だが、お前が勝っている点がひとつだけある」

「……《親和》?」


 リゼが自信なさげに言うと、小さくウドゥンは頷いた。そして彼女の顔を見つめながら言う。


「お前、前の大規模戦闘インベイジョン黒個体トラウと戦ったときジャストガードを決めただろ」

「……うん」

「あのぶっ壊れた速度の黒個体に対してあんな事、ファナはおろかこのサーバーじゃあ誰もできない。その点――つまり反応速度とそれによるジャストガードだけはお前が勝っている点だ」


 リゼはあの時の事を鮮明に思い出した。9thリージョンのモンスターである黒個体トラウに対し、彼女は一度は失敗したものの、二回目で見事ジャストガードを決めた。

 その時、彼女はある不思議な体験をしていた。周囲がゆっくりコマ送りに見えるような、溶けた時間の中で何でもできるような、そんな万能感を覚えたのだ。

 もしもそれがファナ戦で再現できれば大きな強みになる。しかし彼女自身、あの状態はどういうものなのか全く分かっていなかった。


「ファナを上回る超反応を見せつけた上で一本取る。それが今回の戦略のポイントだ」

「でもでも、あの時は無我夢中で……あれを再現しろって言われてもたぶん無理だよ」


 申し訳無さそうに言うリゼに、ウドゥンは両手を広げながら答えた。


「別に、そこまで奇跡を見せろってわけじゃない」


 そしてウドゥンはセウイチに目配せをすると、彼はようやく出番かといった様子で腕を開いた。


「ファナってのはよくトーナメントに出てるせいで、戦闘中のクセがほとんど判明してる。特に小型盾バックラーのトリック・シールドバッシュを敵の攻撃にあわせてから、一気に距離を詰めてのライジングカットはあいつの十八番だ」

「あ、見た事ある。かっこいいよねーあの技」


 リゼは何度かファナと一緒に狩りを行っている。その中でもライジングカットは彼女が使うトリックとして、なんどか目の前にしていた。ライジングカットはトリックの始動を表す赤い閃きが見えた次の瞬間には、高速突きが発動してフィニッシュの切り上げに繋がるという高速トリックだった。

 ファナは始動が速いこのスキルを好んで使用していた。


「ただあれは典型的なカウンターコンボだから、カウンター型のお前にはその使い方はされないだろう。お前が狙うのは攻勢に出ているときに使われるライジングカットの方だ」

「えっと、どういうこと?」

「ファナはお前みたいなカウンター型の相手と戦う時は、大抵の場合攻撃の手数を増やして、ガードを飽和させにくる。とくに格下相手に多いが、強引に隙を作り出してからライジングカットを叩き込んでくるってのが基本戦略だ」


 ファナは攻撃型のプレイヤーである。それは良く知られている事だった。しかし基本的にリゼの様なカウンター型は、攻撃型の敵と相性が良い事もナインスオンラインのプレイヤー達の間では常識だ。

 攻撃型のプレイヤーがカウンター型の敵を相手にする際、もっとも使われるのがウドゥンが言うように手数で攻め続けることだった。


「ガードを固めたお前に対して、ファナは息も切らせないような猛攻を仕掛けてくるだろう。その最後フィニッシュにやってくるライジングカットを弾き飛ばしてしまえ。完璧なカウンターで一本とってしまえば、その後のあいつは【狂気ファナティック】の本性を現す。そうなればもうお前の勝ちだ。冷静さを失ったファナなんか、カウンター型のカモだからな」


 自信満々に言うウドゥンに、リゼはふと疑問に思った事を聞く。


「えっと、それまでの猛攻ってのはどうするの?」

「全部ガードしろ」

「えぇぇ! そんな無茶だよ」


 あまりに大雑把な事を言われ、リゼがおののく。しかしウドゥンは淡々と続けた。


「セウも攻撃型のトッププレイヤーだからな。ファナの"先読み"を再現する事はできないが、もう一つの特徴の圧倒的な猛攻なら再現できる。これからやる事はひたすら攻撃をガードして、決めに来るライジングカットを狙い済ましてジャストガードする、それだけの練習だ」

「えっと、うん」


 リゼがおずおずと頷く。すると目の前に立つセウイチが、ロングソードの切っ先を向けながら思い出したように言った。


「あ、ライジングカットのトリックは持ってないから、さっき買ってきた一閃突きで代用するって事で」


 そう言って彼はロングソードを軽く引き、刀身を赤くきらめかせて高速突きをはなった。ヒュンと空気を切り裂く音が周囲に響く。


「セウ、本気でかかれよ。今のファナだと全盛期のお前でも負けるレベルの強さだからな」

「うっへー、言うねぇ」


 説明を終え、ウドゥンが見物の為にテラスの方へと遠ざかる。同時にリゼとセウイチの2人が、ギルドホームの庭園にひろがる芝生の上で対峙した。


「それじゃあリゼ、始めようか」

「はい。よろしくお願いします!」



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