5. 相談
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「……」
「どうしました。リゼ」
キャスカは隣を歩くリゼに心配そう様子で声を掛けた。リゼが慌ててかぶりを振る。
「え、あ、なんでもないよ!」
「そうですか」
5thリージョン・パリンクロンの巣。背の高い針葉樹のような木が続く木立ちエリアであるこの場所に、キャスカとリゼは2人だけで訪れていた。
週に一度ほどの頻度で続けられているキャスカからの手ほどきの時間だ。もはや戦闘について教えることはほとんどなくなっていたが、純粋に狩りを楽しむために2人はこうして一緒に様々なエリアを探索していた。
その最中、いつも元気な様子を振りまくリゼが今日は随分と大人しい。その事を疑問に思ったキャスカが、やはり落ち込んだ様子にリゼに向かってもう一度聞いた。
「何か心配事でしたら、私でよければ相談に乗りますが」
「あ、えっと……」
リゼは最初遠慮するように俯いていた。しかしキャスカがしばらく黙っていると、やがてぽつりぽつりと呟き出した。
「今日、クラスの人に告白されたの」
「あらあら」
キャスカは予想外だったのだろう。眼を大きく見開き、両手を口に当てつつ呟いた。
「それは……返事はしたのですか?」
「えっと、断っちゃった」
「そうですか」
キャスカが頷く。いつもは能面のように無表情の彼女が、今は少しだけ微笑んでいた。莉世は顔を紅潮させながら続ける
「悪いなとは思ったんだけど、やっぱり……」
「相手はウドゥン様では無かったようですね」
「え!?」
「そうでしたら、やはりちゃんと断らないと相手にも失礼でしょう」
「どうして……?」
畳み掛けるように言ってくるキャスカの顔を、リゼは信じられないといった表情で仰ぎ見た。彼女は上品に微笑みながら答える。
「見ていれば分かります。リゼは分かりやすい性格をしていますので」
「……」
先程よりさらに顔を赤く染め上げたリゼが慌てて言う。
「キャス! この事は――」
「勿論、誰にも言いませんよ。私はリゼの味方です」
「あ、ありがとう……」
そしてキャスカは近くの腰掛けられる石にリゼを手招きすると、パネルを操作し紅茶を取り出した。それを2人で分け合い、さらに茶菓子も実体化させると、薄暗く寒々とした木立の広場が、あっという間に陽光差し込む優雅なお茶会会場へと変わってしまった。
「私が言うのもなんですが、ウドゥン様は中々気難しい方ですので大変ですよね」
「えっと、そんな事ないと思うけど……」
「いえ。こんなに分かりやすい態度のリゼの気持ちに気づかないのですから、相当でしょう」
「そんなに分かりやすかったですか……」
リゼが真っ赤になって俯いてしまう。キャスカは少し慌てた様子で取り繕う。
「あ、どちらかと言うとウドゥン様が鈍すぎるのです。あの方は興味が無い事にはとことん鈍い方なので」
黙りこむリゼに、キャスカは続ける。
「私の経験から言って、あのようなタイプの男性ははっきり宣言しないと分かってくれないと思いますよ」
「えっと、だめだよ。ウドゥンには好きな人がいるから……」
「そうなのですか?」
キャスカがきょとんとして聞いてくる。リゼは自分の考えを喋り始めた。
「前に思い切って『好きな人いるの?』って聞いたら、否定しなかったから、たぶんそうだと思う」
「あのウドゥン様に好きな人というのも想像つきませんね。リアルでそれっぽい方がいるのですか?」
「ううん。たぶん、こっちの人だと思う。というか……」
「なるほど、リズ様ですか」
キャスカはなんでもない様に言った。リゼがやっぱりといった表情で眉をひそめてしまう。
「ウドゥンとリズさんって、やっぱり仲がよかったの?」
「そうですね。いつも一緒に居たという表現が一番しっくりくるでしょうか。でもそれは2人だけというわけではなく、セウイチ様も含めたトリニティの三人でという意味ですが」
キャスカは一口紅茶を口に含む。そして落ち着いた口調で話を続けた。
「ウドゥン様とリズ様は、恋人同士というよりは親友同士と言ったほうがよいでしょう。仲のよい姉弟が一番近いかもしれません。だから別に横槍を入れることには全然ならないと思いますよ」
「でもリズさんがいないから、なんだか悪い気がするの。というか、勝てそうにない気もするし」
リゼは紅茶の入ったカップを回しながら、言葉を選ぶ。
「ぶっきらぼうだけど優しくしてくれる時もあるし、一緒にナインスオンラインで遊べてる今の関係が私は好き。すっごい楽しいもん」
「それは良い事です」
「それにね。私リズさんに会いたいの」
「リズ様にですか?」
キャスカが意外そうに聞き返すと、リゼはこくりと頷いた。
「うん。ウドゥンもセウさんも、すっごい楽しそうにリズさんの事を喋るの。昔は楽しかったって事がとても良く分かる。その中に私も入って皆で一緒に遊べたら、それはとても素敵だなって」
「そうですか」
キャスカは微笑ましい気持ちでリゼの話を聞いていた。邪魔者のいない内に唾をつけてしまえば良いとアドバイスをしようとしていた彼女だったが、無邪気に語るリゼの姿を見て考え直してしまう。
「そうでしたら、今はしばらく様子を見たほうがいいかもしれませんね」
「うん。リズさんが帰ってきたら、また相談に乗ってくれる?」
「勿論です」
キャスカは微笑んでリゼのお願いを承諾した後、突然思案顔で紅茶に口をつけた。
「ですが、リズ様ですか……」
「……リズさんって、どうしていなくなったの?」
「分かりません。本当に突然でしたから。トリニティの2人なら知ってるのかもしれませんが」
「ウドゥンも知らないみたい。ただ、その頃に奇妙な事件があったとは言ってたかな」
「……」
キャスカが突然表情を固まらせ黙り込んだ。リゼは不思議そうに首をかしげる。
「キャス?」
「……いえ、なんでもありません。しかしリズ様はいつ戻ってくるのか分かりません。もしかすると、もう帰ってこないかもしれませんし」
「うん。でもウドゥンが言ってたんだ。A級トーナメントで優勝するくらい強くなれば、きっとリズさんは戻ってきた時私の事を歓迎してくれるって」
「それは、確かにそうでしょうね。あの方はなんというか、素敵に豪快な方ですから」
「あはは! なにそれ」
リゼがケラケラと笑う。その姿を優しく見つめながら、キャスカはおもむろにパネルを操作し始めた。
「リゼはA級トーナメントに挑むのですよね」
「えっと、うん。とりあえず次のA級に出てみようと思ってるよ」
「それでは、私からのプレゼントです」
そういって彼女はパネルから羊皮紙のようなアイテムを取り出した。パネルを操作してそれに文字を書き込むと、くるくると巻いてリゼに手渡す。
「これは……?」
「『ファイナルスラスト』のトリックブックです」
「えっ?」
ファイナルスラストは数あるエストックのトリックの中でも稀少性が高い。7thエリアに出現するNMのレアドロップであるこのトリックの使い手は、トップギルドであるインペリアルブルーでも限られた者しかいなかった。
「え、でも、こんなレアアイテム――」
「いえ。熟練度がマックスになりましたので、お裾分けです」
トリックには熟練度があり、それが最大になると一つに限りトリックブックの複製ができる。キャスカが渡してきたのはそれだった。本来はインペリアルブルー内でのみ流通するようなアイテムを差し出され、リゼは戸惑ってしまう。
しかしキャスカは微笑みながら言う。
「A級トーナメント、私の代わりに頑張ってくださいね」
「えっと……うん」
リゼをその笑顔に惹かれるようにトリックブックを受け取った。宝物のように中身を広げると、目の前にトリック習得の許可を求めるメッセージパネルが現れた。リゼはそれを一通り眺めたあと、肯定ボタンをタッチする。
すると羊皮紙は煙のように消え、リゼがトリックを習得したと表示されるパネルだけが残った。
リゼが改めてキャスカに礼を言うも、彼女は「気にしないでください」と答えるだけだった。
「えっと、キャスはどうしてトーナメントに参加しないの?」
「私ですか?」
リゼは前から疑問だった事を聞いてみた。トリック・ファイナルスラストの熟練度を最大にしてしまい、一緒に戦えばいまだに感心するところばかり見せてくれるキャスカが、トーナメントに出場していない事を前々から不思議に思っていたのだ。
「うん。キャスは私よりずっと強いんだから、トーナメントでも絶対活躍できるはずなのに」
「そうですね……リゼはナインスオンライン、楽しんでいますか?」
「えっ、うん。勿論」
リゼがこくりと頷くと、キャスカは小さく息をついて言った。
「私はゲームを始めてすぐにインペリアルブルーに加入し、ガルガンやベイロス、コンスタンツ達の仲間と出会いました。それからも次々と仲間が増えていって、いまでは数えきれないほどのギルド員をインペリアルブルーは抱えています」
彼女はその細い瞳を輝かせていた。その表情は以前ウドゥンが見せたものに良く似ているなと、リゼはなんとなく思った。
「私はそんなインペリアルブルーの仲間といる事が楽しいのです。勿論トーナメントに出場してPvPをするのも楽しいのでしょうが、今はギルドの事で手一杯であまり興味が湧かない、そういう事です」
「そっか……」
「はい。あ、でもリゼの活躍を見るのは勿論楽しみですよ。ぜひA級も勝ち上がってくださいね」
「うん。ありがとう、キャス!」
リゼは満面の笑顔をキャスカに向けた。




