4. 勉強会
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「もう駄目だー。どうしよう瑠璃ちゃん」
莉世は涙目になりながら、中川瑠璃の机に突っ伏した。彼女は隣の2組の生徒だったが、莉世とは仲がよく、いまもテストが終了したとたん涙目で駆け込んできた莉世を慰めていた。
「あんたが昨日遅くまでゲームしてたのがいけないんでしょうが」
「だって、昨日はB級トーナメントがあったからー」
頬を膨らませて言い訳をする莉世に、瑠璃はあきれた様に言う。
「まったくどっぷりはまっちゃって……とりあえず、今日は副教科ばかりだったんだからまだよかったじゃん。できてなくても追試とかはないでしょ。それより明日からが本番だよ」
「だめだ、どーしよ。なんにもしてないんだよ? 今から勉強しても間に合わないよー……」
この一週間、家にいる時間のほとんどをナインスオンラインにログインしていた莉世は、テスト勉強を忘れていたことを今更ながらに嘆いていた。
「大丈夫大丈夫。ちゃんと作戦考えてるから」
「作戦?」
莉世が首をかしげた時、教室の入り口から声を掛ける男子がいた。
「おーい。中川さん、準備できたよ」
「おっけー。それじゃ行こうか」
その声に瑠璃が笑顔で答える。彼女は鞄を手に立ち上がると、莉世の手をとった。
「ほら莉世。帰りに勉強会していくよ」
「えっ!?」
莉世が驚きの声を上げる。確かにいままでの試験期間中も、瑠璃とは帰り道二人で勉強することはあったが、今回は何も聞かされていなかった。しかも今回は二人だけではないようだ。角谷とその隣に立つ無愛想な男子の姿に莉世は驚いてしまう。
「な、柳楽君も行くの?」
「……なんか良くわからんが、どうもそうらしい」
柳楽が不機嫌そうに言う。瑠璃はにこにことした笑顔で彼に声をかけた。
「柳楽ー。あんた数学とか理系科目得意だったじゃん。教えてよ」
「なんで俺なんだよ……」
「いいじゃん。どうせナインスオンラインはメンテなんだから。あんた暇でしょ?」
「……っち」
軽い調子話しかける瑠璃に、和人は少し忌々しそうに応じていた。角谷が間に入ってこれからの予定を決めようと提案する。
「とりあえずどこ行く? ファミレスかカフェかな?」
「下のフードコートでいいじゃん。どうせ通り道だし。ね、莉世」
「えっと、うん」
莉世は少しおろおろとした様子で頷いた。その控えめな視線は、無愛想に黙り込む和人に向けられていた。
◆
桜実山の麓にあるショッピングモールのフードコートにやってきた4人は、昼飯に買ったハンバーガーとポテトをつまみながら、明日のテスト科目である数学と英語の教材を広げていた。
しかし勉強する構えは見せていたものの、肝心の中身については全く進んでいなかった。
「莉世あんたさー。最近ナインスオンラインやりすぎなんじゃないの?」
「え、そうかなー」
瑠璃がシェイクをすすりながら言うと、莉世が頬に指を当てながら答える。
「でもでも、柳楽君のほうがやってるよ。私がいつログインしてもいるんだもん」
「こいつを基準にしちゃだめだよ。なあ柳楽」
「……そりゃそうだ」
隣で携帯パネルをいじっていた和人に角谷が話を振ると、彼はぶっきらぼうに頷いた。その返事を聞いて瑠璃がひどくあきれたような表情を浮かべる。
「実際、柳楽あんた学校の時以外ずっとやってるでしょ?」
「そうだな。朝起きたらまずVR機の電源を入れるのが日課だ」
「え、朝もやってくの?」
「クエストの受注だけな。朝のほうがいいのが残ってるんだよ」
「へぇー」
莉世が感心した様子で頷くと、瑠璃が慌てて言う。
「こらこら柳楽。莉世を悪の道に誘い込まないで。この子は健全な女子高生なんだから」
「健全な女子高生は、B級ソロマッチ・トーナメントで優勝なんかしないと思うがな」
「えー。そんなことないよ……」
皮肉っぽく言う和人に、莉世は少し苦笑いを向けていた。そんな彼女に、角谷が慰めるように言う。
「でも実際、望月さん相当うまいよねー。誰かから教わってるんだっけ?」
「うん。インペリアルブルーっていうギルドの人に色々と。その人すごく上手いから、私なんか全然まだまだだよ」
「インペリアルブルーかー。大きなギルドとは聞いてるけど、俺達グリフィンズとは全然接点が無いよ。柳楽は知り合いがいるんだよな?」
「……まあ、少しな」
和人が面倒そうにシェイクを片手に答える。そのまま携帯パネルに表示される現在時刻を確認すると、痺れを切らすように言った。
「……それよりさっさと勉強しなくていいのか? もう1時過ぎなんだが」
「あ! そうだよ。忘れてた!」
「やばいやばい。さっさとやんないと」
突如現実に引き戻された彼らだったが、すぐに机を片付けるとようやく勉強を開始した。
◆
しばらく真面目に勉強をしていたが、取り立てて優等生なわけでもない彼らはすぐに集中力が切れて無駄話をしてしまう。その度にしばらく勉強が中断し、また誰かが促して勉強を再開するという流れを繰り返していた。
それを何回か繰り返していた後、瑠璃が大きく伸びをしながら言った。
「んんー。疲れたー。結構やったんじゃない?」
「えっと、今18時前だね。どうしよっか。そろそろ終わりにする?」
角谷が携帯パネルの時計を確認しながら言う。すると和人が少し急かすような調子で言った。
「もうパッチは終わってるから、俺は終わりがいい」
「あんたそればっかりよね」
あきれた様子で見つめる瑠璃が、なにげない雰囲気で言った。
「それより柳楽。行きたいところがあるから、ちょっとこの後付き合ってよ」
「行きたい所?」
和人は思わず聞き返してしまった。確かに和人は彼女と中学から同じで、家も近くではあったが、特にそれ以外には接点など無い。そんな女子が帰り道付き合えと言ってきた事に、一瞬思考を停止させてしまった。
しかしすぐにはっとして、瑠璃の意図に気がついた。
「……わかったよ」
「え、瑠璃ちゃんどこか寄って帰るの? 私も行きたいな」
莉世が机に広げたノートを片付けながら、少し慌てた様子で言う。しかし瑠璃はそれを淡白な様子でたしなめた。
「あんたは帰って勉強しときなさい」
「そんなぁ……」
「それじゃ角谷、私ら先に帰るから」
「ん。了解、お疲れ様ー。明日も頑張ろうね」
角谷が手を振り和人と瑠璃を見送る。その隣には、少し不満顔の莉世が2人を見つめていたが、和人達はそれを無視してフードコートを後にした。
そのままショッピングモールの外に出ると、自転車を押して歩きながら家路に向かう。しばらく瑠璃は無言のまま先々歩いていたが、やがて敷地内を出た辺りで口を開いた。
「もういいんじゃない? あの2人は駅方面だし」
その発言に、和人は安堵するように小さく息を吐く。
「やれやれ。やっぱそういう事で良かったか」
「あんた、意外と空気読めるのね」
瑠璃はすこし意外そうな表情だった。今回の勉強会は、角谷と莉世を2人きりにするために彼女によって仕掛けられたものだった。ギリギリの所で空気を読んだ和人が、少し非難するように言う。
「別に、前に角谷から言われてるからな。つーか、あいつらを二人っきりにする気なんだったら、先に言っといてくれよ」
「話す機会なんかなかったじゃん。連絡先も知らないし。ナインスオンラインで捕まえようにもどこにいるかわかんないしさ」
「まあ……な」
「今日ユウの奴、莉世に告白するって言ってたから、今頃切り出してるんじゃない?」
そう言って瑠璃はおどける様に笑った。自転車を押しながら、和人が興味無さそうに言う。
「それはまあ、うまくいくといいな」
「ムリね。ユウは振られるわ」
瑠璃は当たり前のように言った。その言葉に和人は驚いて目を見開く。
「なんでわかるんだ?」
「私ね。ユウが好きなの」
「……は?」
思わぬ方向に進む話に、和人は混乱してしまう。目の前の女子が何を言っているのか、彼はいまいち理解できなかった。
「お前、何言ってんだ?」
「だーかーら。私はユウが好きなんだって」
「あぁ。そこは分かった。その上で角谷と望月をくっつけようとしてる意味が分からんっていってるんだ」
「わかってないなー。柳楽は」
そう前置きをし、瑠璃はにこりと笑いながら言った。
「どうせ莉世は間違いなくユウを振るだろうから、そこにつけこもーかなってね」
「……」
和人は思わず言葉を失ってしまった。そして同時に、女の恐ろしさの様なものに触れた気がしてぞっとしてしまう。
「あ、ちょっと引いてる?」
「……そりゃあな。つーか、なんで望月が振るってのが確定なんだよ」
「だって、他に好きな人がいるんだから断るでしょ」
「そんなの、わかんねーだろ。その場の勢いとかよ」
和人が言うと、瑠璃はけらけらと声を出して笑った。
「あははは! 心配しなくて大丈夫よ。莉世ってわりと一途な所があるから」
「心配なんかしてねーよ。ただ一般論を言ってるだけだ」
「ま、今回はユウも当たって砕けろのダメもとらしいから、失敗したら吹っ切れるんじゃない?」
「……ついていけないな」
和人はそう言い捨て、自転車にまたがった。角谷と瑠璃、それぞれの思惑に乗せられ、自身は完全に蚊帳の外だった事に気が付き、少しいらいらした。
そのまま瑠璃と別れようとした時、背後から呼びかけられた。
「あ、柳楽。明日も莉世と勉強する予定なんだから、手伝いなさいよね」
その声を無視し、和人は自転車を走らせた。どこからか聞こえるサイレンの音が、なぜかひどく気に障った。




