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Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
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4. 勉強会

4


「もう駄目だー。どうしよう瑠璃ちゃん」


 莉世りせは涙目になりながら、中川なかがわ瑠璃るりの机に突っ伏した。彼女は隣の2組の生徒だったが、莉世りせとは仲がよく、いまもテストが終了したとたん涙目で駆け込んできた莉世りせを慰めていた。

 

「あんたが昨日遅くまでゲームしてたのがいけないんでしょうが」

「だって、昨日はB級トーナメントがあったからー」


 頬を膨らませて言い訳をする莉世りせに、瑠璃るりはあきれた様に言う。


「まったくどっぷりはまっちゃって……とりあえず、今日は副教科ばかりだったんだからまだよかったじゃん。できてなくても追試とかはないでしょ。それより明日からが本番だよ」

「だめだ、どーしよ。なんにもしてないんだよ? 今から勉強しても間に合わないよー……」


 この一週間、家にいる時間のほとんどをナインスオンラインにログインしていた莉世りせは、テスト勉強を忘れていたことを今更ながらに嘆いていた。


「大丈夫大丈夫。ちゃんと作戦考えてるから」

「作戦?」


 莉世りせが首をかしげた時、教室の入り口から声を掛ける男子がいた。


「おーい。中川さん、準備できたよ」

「おっけー。それじゃ行こうか」


 その声に瑠璃るりが笑顔で答える。彼女は鞄を手に立ち上がると、莉世りせの手をとった。


「ほら莉世りせ。帰りに勉強会していくよ」

「えっ!?」


 莉世りせが驚きの声を上げる。確かにいままでの試験期間中も、瑠璃(るり)とは帰り道二人で勉強することはあったが、今回は何も聞かされていなかった。しかも今回は二人だけではないようだ。角谷とその隣に立つ無愛想な男子の姿に莉世りせは驚いてしまう。


「な、柳楽なぎら君も行くの?」

「……なんか良くわからんが、どうもそうらしい」


 柳楽なぎらが不機嫌そうに言う。瑠璃るりはにこにことした笑顔で彼に声をかけた。


柳楽なぎらー。あんた数学とか理系科目得意だったじゃん。教えてよ」

「なんで俺なんだよ……」

「いいじゃん。どうせナインスオンラインはメンテなんだから。あんた暇でしょ?」

「……っち」


 軽い調子話しかける瑠璃るりに、和人かずとは少し忌々しそうに応じていた。角谷が間に入ってこれからの予定を決めようと提案する。


「とりあえずどこ行く? ファミレスかカフェかな?」

「下のフードコートでいいじゃん。どうせ通り道だし。ね、莉世りせ

「えっと、うん」


 莉世りせは少しおろおろとした様子で頷いた。その控えめな視線は、無愛想に黙り込む和人かずとに向けられていた。






 桜実山の麓にあるショッピングモールのフードコートにやってきた4人は、昼飯に買ったハンバーガーとポテトをつまみながら、明日のテスト科目である数学と英語の教材を広げていた。

 しかし勉強する構えは見せていたものの、肝心の中身については全く進んでいなかった。


莉世りせあんたさー。最近ナインスオンラインやりすぎなんじゃないの?」

「え、そうかなー」


 瑠璃るりがシェイクをすすりながら言うと、莉世りせが頬に指を当てながら答える。


「でもでも、柳楽なぎら君のほうがやってるよ。私がいつログインしてもいるんだもん」

「こいつを基準にしちゃだめだよ。なあ柳楽なぎら

「……そりゃそうだ」


 隣で携帯パネルをいじっていた和人かずとに角谷が話を振ると、彼はぶっきらぼうに頷いた。その返事を聞いて瑠璃(るり)がひどくあきれたような表情を浮かべる。


「実際、柳楽なぎらあんた学校の時以外ずっとやってるでしょ?」

「そうだな。朝起きたらまずVR機の電源を入れるのが日課だ」

「え、朝もやってくの?」

「クエストの受注だけな。朝のほうがいいのが残ってるんだよ」

「へぇー」


 莉世りせが感心した様子で頷くと、瑠璃(るり)が慌てて言う。


「こらこら柳楽なぎら莉世りせを悪の道に誘い込まないで。この子は健全な女子高生なんだから」

「健全な女子高生は、B級ソロマッチ・トーナメントで優勝なんかしないと思うがな」

「えー。そんなことないよ……」


 皮肉っぽく言う和人かずとに、莉世りせは少し苦笑いを向けていた。そんな彼女に、角谷が慰めるように言う。


「でも実際、望月さん相当うまいよねー。誰かから教わってるんだっけ?」

「うん。インペリアルブルーっていうギルドの人に色々と。その人すごく上手いから、私なんか全然まだまだだよ」

「インペリアルブルーかー。大きなギルドとは聞いてるけど、俺達グリフィンズとは全然接点が無いよ。柳楽なぎらは知り合いがいるんだよな?」

「……まあ、少しな」


 和人が面倒そうにシェイクを片手に答える。そのまま携帯パネルに表示される現在時刻を確認すると、痺れを切らすように言った。


「……それよりさっさと勉強しなくていいのか? もう1時過ぎなんだが」

「あ! そうだよ。忘れてた!」

「やばいやばい。さっさとやんないと」


 突如現実に引き戻された彼らだったが、すぐに机を片付けるとようやく勉強を開始した。



 しばらく真面目に勉強をしていたが、取り立てて優等生なわけでもない彼らはすぐに集中力が切れて無駄話をしてしまう。その度にしばらく勉強が中断し、また誰かが促して勉強を再開するという流れを繰り返していた。

 それを何回か繰り返していた後、瑠璃るりが大きく伸びをしながら言った。


「んんー。疲れたー。結構やったんじゃない?」

「えっと、今18時前だね。どうしよっか。そろそろ終わりにする?」


 角谷が携帯パネルの時計を確認しながら言う。すると和人かずとが少し急かすような調子で言った。


「もうパッチは終わってるから、俺は終わりがいい」

「あんたそればっかりよね」


 あきれた様子で見つめる瑠璃(るり)が、なにげない雰囲気で言った。


「それより柳楽なぎら。行きたいところがあるから、ちょっとこの後付き合ってよ」

「行きたい所?」


 和人は思わず聞き返してしまった。確かに和人かずとは彼女と中学から同じで、家も近くではあったが、特にそれ以外には接点など無い。そんな女子が帰り道付き合えと言ってきた事に、一瞬思考を停止させてしまった。

 しかしすぐにはっとして、瑠璃るりの意図に気がついた。


「……わかったよ」

「え、瑠璃るりちゃんどこか寄って帰るの? 私も行きたいな」


 莉世りせが机に広げたノートを片付けながら、少し慌てた様子で言う。しかし瑠璃(るり)はそれを淡白な様子でたしなめた。


「あんたは帰って勉強しときなさい」

「そんなぁ……」

「それじゃ角谷、私ら先に帰るから」

「ん。了解、お疲れ様ー。明日も頑張ろうね」


 角谷が手を振り和人かずと瑠璃(るり)を見送る。その隣には、少し不満顔の莉世りせが2人を見つめていたが、和人かずと達はそれを無視してフードコートを後にした。


 そのままショッピングモールの外に出ると、自転車を押して歩きながら家路に向かう。しばらく瑠璃るりは無言のまま先々歩いていたが、やがて敷地内を出た辺りで口を開いた。


「もういいんじゃない? あの2人は駅方面だし」


 その発言に、和人かずとは安堵するように小さく息を吐く。


「やれやれ。やっぱそういう事で良かったか」

「あんた、意外と空気読めるのね」


 瑠璃はすこし意外そうな表情だった。今回の勉強会は、角谷と莉世りせを2人きりにするために彼女によって仕掛けられたものだった。ギリギリの所で空気を読んだ和人かずとが、少し非難するように言う。


「別に、前に角谷から言われてるからな。つーか、あいつらを二人っきりにする気なんだったら、先に言っといてくれよ」

「話す機会なんかなかったじゃん。連絡先も知らないし。ナインスオンラインで捕まえようにもどこにいるかわかんないしさ」

「まあ……な」

「今日ユウの奴、莉世りせに告白するって言ってたから、今頃切り出してるんじゃない?」


 そう言って瑠璃るりはおどける様に笑った。自転車を押しながら、和人かずとが興味無さそうに言う。


「それはまあ、うまくいくといいな」

「ムリね。ユウは振られるわ」


 瑠璃は当たり前のように言った。その言葉に和人かずとは驚いて目を見開く。


「なんでわかるんだ?」

「私ね。ユウが好きなの」

「……は?」


 思わぬ方向に進む話に、和人かずとは混乱してしまう。目の前の女子が何を言っているのか、彼はいまいち理解できなかった。


「お前、何言ってんだ?」

「だーかーら。私はユウが好きなんだって」

「あぁ。そこは分かった。その上で角谷と望月をくっつけようとしてる意味が分からんっていってるんだ」

「わかってないなー。柳楽なぎらは」


 そう前置きをし、瑠璃るりはにこりと笑いながら言った。


「どうせ莉世りせは間違いなくユウを振るだろうから、そこにつけこもーかなってね」

「……」


 和人かずとは思わず言葉を失ってしまった。そして同時に、女の恐ろしさの様なものに触れた気がしてぞっとしてしまう。


「あ、ちょっと引いてる?」

「……そりゃあな。つーか、なんで望月が振るってのが確定なんだよ」

「だって、他に好きな人がいるんだから断るでしょ」

「そんなの、わかんねーだろ。その場の勢いとかよ」


 和人かずとが言うと、瑠璃るりはけらけらと声を出して笑った。


「あははは! 心配しなくて大丈夫よ。莉世りせってわりと一途な所があるから」

「心配なんかしてねーよ。ただ一般論を言ってるだけだ」

「ま、今回はユウも当たって砕けろのダメもとらしいから、失敗したら吹っ切れるんじゃない?」

「……ついていけないな」


 和人かずとはそう言い捨て、自転車にまたがった。角谷と瑠璃(るり)、それぞれの思惑に乗せられ、自身は完全に蚊帳の外だった事に気が付き、少しいらいらした。

 そのまま瑠璃(るり)と別れようとした時、背後から呼びかけられた。


「あ、柳楽なぎら。明日も莉世りせと勉強する予定なんだから、手伝いなさいよね」


 その声を無視し、和人かずとは自転車を走らせた。どこからか聞こえるサイレンの音が、なぜかひどく気に障った。


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