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Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
69/121

3. 前哨戦

3


 腰まで伸びた白髪の間から、深紅の瞳が興味深げに様子を窺っていた。肩から胸元にかけて露出したビスチェ姿の【戦乙女ヴァルキリー】が、赤銀のロングブーツをこつこつと響かせ近づいてくる。

 リゼは振り返る事も出来ず、ただ身体を硬直させたまま視線を宙に浮かべてしまっていた。その姿を見て、ウドゥンがニヤニヤと愉悦に浸る。彼はファナがリゼの背後から近づいているの見て、面白そうだという事でわざとリゼに打倒ファナを明言するように誘導していたのだ。

 その事に気がついたリゼが、恨むような目つきでウドゥンを睨んでいた。


「なんだ。よく見たらトリニティの黒髪か」


 ファナがウドゥンの顔を確認すると、つまらなそうに言った。彼はいつものことといった様子で諦めたように答える。


「ウドゥンだ。いい加減名前を覚えてくれよ、ファナ」

「私は強い奴しか興味ないんだよ。覚えて欲しけりゃ、一太刀入れてみるんだな」

「っは、そいつはハードルが高すぎる」


 言い飽きたといった様子を隠さず、ウドゥンは手をひらひらとさせる。それに対しファナはニヤニヤと余裕げな笑みを浮かべていた。

 2人の間で棒のように立ち尽くしていたリゼが、苦笑いを浮かべながら振り向く。


「あの……ファナさん。こんにち――」

「リゼ! 聞いたぜー。B級に勝ったんだって!?」


 ファナが突然顔をほころばせ、勢い良くリゼに抱きついた。深紅のビスチェから見える豊満な胸をリゼに押し付け、頬ずりをしながらぐりぐりと髪を撫で回す。


「ちょ、ちょっとファナさん……」

「こんなに早くA級にくるなんて。さすが、私が見込んだだけあるな!」

「あ、あの……」


 リゼはウドゥンの視線を気にしながら、顔を真っ赤にしてファナの抱擁に甘んじていた。ウドゥンがばつの悪そうに髪を掻きむしる。


「ファナ、次のA級に出るのか?」

「ん、あぁ。当たり前だろ? トリーヴァ杯も近いしな」


 ファナが言うトリーヴァ杯とは夏に開かれるS級トーナメント大会の名称である。S級とは各サーバーのA級プレイヤーの中でも、さらに上位しか出場が許されないナインスオンライン最高峰で、その試合は年に四回開催される事から四大大会とも呼ばれていた。


「まあ、お前は出場確定だろう」

「そりゃそうだ。リゼは出るのか?」

「わ、私は……」


 リゼがなんとかファナの抱擁から離れながら答える。ファナはまだまだ撫で足りないといった様子で、小さく悲鳴をあげていた。


「まだ無理だと思います。今日やっと勝ったばかりだから……」

「ふふっ! 知ってるよ。冗談だ!」


 ファナはひどく上機嫌だった。興味の無いプレイヤーの前では近寄りがたい雰囲気を放つ彼女だが、気に入った相手にはこうしてフレンドリーに関わってくる所がある。

 ウドゥンもそれは一応知ってはいたが、こうして目の前にすると一般的に知られている【戦乙女ヴァルキリー】ファナとのギャップにいつもむず痒い気分になってしまった。


「それで、いつA級デビューなんだ?」

「えっと……」


 ファナが聞くと、リゼは助けを求めるようにウドゥンに視線を向けた。彼はため息をつきながら言う。


「おそらく3日後――水曜の夜だな」

「そうかそうか」


 ファナが輝くような笑顔で、リゼの目の前に彫刻のような細長い指を差し出した。


「それじゃ、私もその日は出場するよ。ふふっ! リゼとのガチ、楽しみだなぁ」

「えっと、あの。お手柔らかにお願いします」


 おずおずと頭を下げるリゼに対し、ファナは余裕げに腕を組み見下ろす。自分が負けるわけが無いという自信と、一気にA級まで駆け上がってきたリゼと戦えるという嬉しさ。彼女の態度からはそんな二つの気持ちが見て取れた。

 横からそれを観察していたウドゥンが、内心ニヤニヤとほくそ笑む。その驕りをぶち壊してやると計算しながら。


「それじゃリゼ。私は受付があるから、またな」

「はい。頑張ってください」


 ファナがきざっぽく身振りして歩き出すと、リゼは小さく手を振って見送った。颯爽(さっそう)と歩くファナの姿が見えなくなると、やがてウドゥンがぼそりと呟いた。


「話には聞いていたが、本当にファナに気に入られてるな」

「えっ? うーん。やっぱりそうなのかな? 私が会う時はいつもあんな感じだけど」

「あいつがギルド員以外であそこまで気軽に喋る相手は、このサーバーだと数人程度だろうぜ」


 ファナは弱者には容赦が無い。彼女の中で弱者という定義に入っているウドゥンは、いまだに名前で呼ばれないほどだ。


「あいつに話しかけられるってだけで、基本的にそのプレイヤーは強いことだから自信持っていいぞ。ただ勿論、ファナ自身は別格だけどな」

「ファナさんに勝たないと、次のA級には優勝できないんだね」

「そうだな。まあ次のトーナメントまで3日ある。その間に特訓すれば、10回に2,3回くらいは勝てる様になるんじゃないか」

「特訓かー。私、がんばるよ!」


 リゼが元気よく拳を握る。そのやる気に満ちた彼女の姿を見てウドゥンは、ふとあることを思い出した。


「そういえば忘れてるみたいだから、教えておいてやるが」

「え、なになに?」


 上目遣いに聞き返すリゼに対し、ウドゥンは少し皮肉っぽい仕草をしながら言った。


「明日から期末テストだぞ」

「きまつ……てすと?」


 リゼがぽかんと口を開いてフリーズする。みるみる顔を青ざめさせると、やがてわなわなと震えながら悲鳴を上げた。


「明日からテストじゃん!」



7/8(月)


『現在、ナインスオンライン内においてある不具合を確認しております。この為7/8(月)午後14時から緊急メンテナンスを行います。作業が始まる前に、ナインスオンラインからログアウトするようお願い致します』


 次の日。和人かずとが自転車から降りて教室へ向かう途中、携帯パネルを確認していると公式サイトにそんな知らせが掲示されている事に気がついた。前回のVerUPパッチから一週間が経過しての緊急メンテナンスに、和人かずとは少し首を傾げつつも教室へと急いだ。

 教室に入り自身の席に座る。そして鞄から一限目のテスト科目である世界史のノートを取り出すと、眠気を押し殺してそれを眺めだした。


柳楽なぎら


 その声に和人が顔を上げると、目の前にはクラスメイトの角谷が立っていた。いつものように柔和で人のよさそうな笑顔だった。


「なんだよ」

「今日さ……ってお前、目のクマひどいぞ。どうした?」

「別に、ちょっと一夜漬けしただけだ」

「まじかよ。一睡もしてない感じ?」

「まさか。3時間寝たよ」


 角谷が「すげえな」と若干引いていたが、和人にとってはテスト前の一夜漬けはいつもの事だった。昨日丸暗記した内容が漏れないように、できるだけ会話をしたくなかった和人かずとが迷惑そうに眉をひそめる。


「で、なんだよ?」

「ん、あぁ。3組の中川さんって知ってる?」

「ルリだろ。グリフィンズの」


 和人かずとはブルーの巻き毛が印象的な女プレイヤーを思い浮かべた。中川瑠璃(るり)は学校の連中が集まる内輪ギルド・グリフィンズの中でも割りと活動的な女子で、特に望月莉世リゼ)と仲がよく、彼女の駄話の中にも結構な頻度で登場していた。

 角谷がこくりと頷く。


「そうそう。その中川さんがさ、今日の帰りに望月さんと勉強してくらしいんだけど、そこに俺とお前もどうかって言われたんだ」

「……なんだそれ?」


 和人はいきなりの話に戸惑ってしまう。3組の中川とは中学までが同じで、さらにナインスオンライン内でいくらか会話もした事はあるが、一緒に勉強会するような仲ではなかった。というか、お世辞にも仲がいいとは言えない。

 なぜ自分なのかと和人(かずと)はいぶかしむ。


「わざわざ俺じゃなくても、グリフィンズのメンバーでやればいいだろうに」

「それはそうなんだけどさ。中川さんにもちょっと手伝ってもらってるんだよね」

「何を?」

「ほら、あの事だよ」


 すこし周囲の視線を気にしながら、角谷は小声で言った。和人かずとは少し考え、すぐに察する。


「あぁ。だから望月がいるわけか」

「そうそう。どうかな?」


 角谷が真剣な様子で聞いてくる。その表情にはなぜか、少しだけ悲壮感の様なものが隠れているような気がした。和人かずとは困った様に言う。


「別に、やっぱりその場に行くの俺じゃなくてよくないか?」

「いや、中川さんが柳楽なぎらを誘おうって凄い強く言ってきたんだよ。なにか話したいことでもあるんじゃない?」

「俺にはねーよ」


 なにやら面倒そうな雰囲気を察した和人(かずと)が冷たく言うと、角谷は顔の前に手を立て頼んできた。


「そこを何とか頼むよ。どうせ今日はナインスオンライン、パッチが入るんだろ?」

「ん、もう見たのか? 告知」

「見た見た。だから昼飯ついでにファミレスとかで勉強して、メンテが終わる頃に帰れば丁度良いじゃん」

「……まあな」


 和人が面倒そうに生返事をする。そう言われてしまうと、確かにメンテ中に明日のテスト勉強を終わらせてしまった方が効率的な気がしてきた。

 結局、和人かずとはしばらく悩んだ後、角谷の誘いを了承した。夕方までには終わるというメンテ中に勉強し、夜からナインスオンラインにログインする事に決める。


「それじゃ。また放課後な」

「わかったよ」


 2人の話がまとまった頃、栗色の長髪をなびかせた望月もちづき莉世りせが教室に入ってきた。寝ぼけ眼をこすらせてやってきた彼女の表情は、一夜漬けをした和人かずとよりも更に悲惨なものだった。


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