表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Zwei Rondo  作者: グゴム
五章 深紅の戦乙女
68/121

2. 快進撃

2


7/7(日)


 アルザスの街の中央に位置する円形闘技場コロセウム。詰め掛けた数千人の観客は、取り囲むように設置された観客席から中央の広場を見下ろし、そこで繰り広げられる剣戟に息を飲んでいた。

 彼らの視線の先――土くれの続く戦闘フィールドでは、2人のプレイヤーが得物を手ににらみ合っていた。


『アルザスサーバー・B級トーナメント決勝

 リゼ vs アポス

 1on1ソロマッチバトル』


 2本先取決勝戦、互いに一つずつとって迎えた第3ラウンド。

 リゼは集中していた。祈るように構えた両手剣エストックの細い刀身で、距離を測りつつ相手の出方をうかがう。

 対戦相手であるアポスは右手にメイン武器のロングソード、左手に補助武器のマインゴーシュという二刀流で、カウンターを狙うリゼに対し攻撃のタイミングを計っていた。


「はっ!」


 掛け声と共にアポスが飛び出した。数回のフェイントをまぜつつ、ロングソードを突き出す。つむじ風のように放たれた高速突きだったが、リゼはじっとその軌道を見つめていた。


 キン――


 両手に持った刀身を操作し、リゼはジャストガードを決めた。まるで相手の攻撃がすべて見えているような絶妙な動きだ。

 彼女のメイン武器であるエストックは、敵の攻撃をガードしてから反撃するというスタイルが一般的である。リゼもその例に漏れず、敵の攻撃を待ち構えてからカウンターを狙うというスタイルを得意としていたが、彼女のガード技術は群を抜いていると噂されていた。

 円形闘技場コロセウムが歓声に包まれる。弾いたロングソードを押しのけ、リゼが一気に間合いを詰めたのだ。


「やああ!」

「っち!」


 アポスは左手に残しておいたマインゴーシュで、リゼのエストックを弾きに行く。しかし彼女はそれを見透かしたような滑らかな動きで、エストックの持ち手をぶち当てて短剣を叩き落とした。

 そのまま勢いに任せて懐に入り込むと、刀身を赤く閃かす。


「いっけええええ!」

 

 掛け声と共にトリック【サイドワインダー】が発動する。うねりながら進む長大なエストックの刀身は、対戦相手であるアポスの軽鎧をずたずたに切り裂いて抜けた。

 彼は悔しそうに顔を歪ませながら、体力の全てを失い退場する。同時にファンファーレが鳴り響き、掲示板には勝者を知らせる派手なメッセージが表示された。


『勝者 トリニティ所属・リゼ

 配当は1.81倍です。払い戻しは10秒後に自動で行なわれます』


「いやっほーーー! さすがリゼちゃん! そこにしびれる憧れるぅぅぅ」


 観戦していたシオンが、声を枯らす勢いで歓声を上げた。その隣でウドゥンは、冷めた目つきで勝利に喜ぶリゼの姿を眺めていた。


「やれやれ。まさか一発で優勝するとはな」

「すげーよ。無敗でA級なんて、最近は居ないんじゃない!?」


 興奮が収まらない様子で、シオンは前のめりになりながら言った。リゼはここまでソロマッチトーナメントを勝ち進んでいる。彼女はD級に挑み始めてから一週間も経たずして、しかも一度もマッチを落とす事無くB級トーナメントを優勝してしまった。

 確かに強くなるだろうと予想していたウドゥンだったが、ここまでの快進撃は予想外だった。


「キャスカの野郎、思ったよりも真面目に仕込んでるな。あとファナとアクライの奴らとも狩りに行ってるらしいから、それも効いてそうだ」

「うげ。アルザス二大ギルドのトッププレイヤーから教わってるのかよ。そりゃ強いはずだ」


 野太い声がシオンとは反対側の客席から聞こえてきた。胡散臭いバンダナを身につけた、ぼさぼさとヒゲの濃い顔が笑っていた。


「あぁドクロ。だからあいつに賭けとけっていっただろ」

「そこは抜かりねえ。ばっちし賭けてる。っていうかリゼとはもうフレンドなんだぜ?」

「その顔でよく怖がられなかったな」


 ウドゥンの軽口に、ドクロはガハハと声をあげて笑う。円形闘技場コロセウムのほとんどの試合を観戦しているという彼もまた、リゼにかなりの金額を賭けていた。ここまでの彼女の戦いっぷりから、B級も難なく突破してしまうだろうと彼は予想していた。


「実際、リゼの奴はすでに知られ始めているからな。今回はまだ単勝ウィンで儲かったが、B級初挑戦で決勝マッチのオッズ1.81倍はちょっと記憶に無いぞ」


 対戦ごとに行われる賭けの一つ『マッチ』では、もしも全く五分五分に掛け金が集まったとすれば、単純に計算すると配当はそれぞれ2.00倍となる。勿論運営側が手数料として数パーセント徴収するが、基本的に2.00倍以下という事はそちらのプレイヤーの方が人気だという事だ。

 今回リゼの配当は1.81倍だったので、これは彼女に賭けたプレイヤーが多い事を意味していた。


「随分と賭けさせて貰ってるからな。負けたら承知しねーよ」


 ウドゥンが配当金を知らせるメッセージを眺め、満足げに笑みを浮かべる。シオンとドクロもまたニヤニヤとメッセージを確認して、自身の儲けを指折り数えていた。


「しかしよー。そろそろ大事な問題があるよな」


 シオンが突然そんな事を言った。パネルを閉じ、指を組んで真剣な表情を見せていた。


「あぁ。それに関しては勿論、俺も動き始めているぞ」


 ドクロが同調して言う。彼もまたコツコツと額を叩きながらの、ひどく芝居がかった調子だった。

 突然口調を変えた2人に、ウドゥンが呆れた様子でため息をつく。


「……二つ名の事か?」

「そう!」

「そうだ!」


 彼がある単語を口にすると、両隣のプレイヤーは同時に食いついてきた。そして早口に捲くし立てる。


「そろそろリゼちゃんにも二つ名が必要だよ。アルザスサーバーに現れた期待の新人なんだから!」

「俺の周りでもいくつかの候補が挙がってる。保護者であるウドゥン、お前の意見も聞きたいんだが――」

「誰が保護者だ……」


 ウドゥンが心底迷惑そうに眉をひそめた。しかしドクロ達にとって二つ名というものは重要だ。基本的に活躍するプレイヤーを二つ名で呼び合うのが、彼ら円形闘技場コロセウムの住人のマナーなのだから。


「今挙がってるのは【新星ノヴァ】【箒星】【満月ザ・ムーン】……」

「やっぱ【太陽ザ・ハーツ】に関連した名前だよなー。みんなわかってるー」

「なんでだよ。あいつは関係無いだろ」


 ウドゥンが投げやりに言うが、シオンはきょとんとして言い返す。


「何言ってんだよ。リズとリゼ、あの2人よく似てるじゃん」

「は? どこがだ」

「ほら。髪の色とか、多分並んだら姉妹みたいに見えるはずだよ」


 リゼの髪型は栗色のセミロングだ。たまに違うときもあるが、いつもは高い位置で二つに結んだ、いわゆるツーサイドアップの髪形をしている。

 一方リズの髪の色もまた栗色だ。しかし彼女は腰まで伸ばしたロングヘアーであり、普段は髪型など気にもせずにざんばらにおろしていた。円形闘技場コロセウムでのトーナメント戦など、本気モード時はポニーテールにする事もあったが、基本的に容姿には無頓着だった。

 言われてみれば確かに髪色は似ているかもしれない。ウドゥンは不本意そうに首をかしげながらも話を合わせた。


「……外見は、まあそうかもな」

「見た目だけじゃあない。あの強さに加えて、名前も似てるからな。リズの別キャラだと思ってる奴もいるくらいだぞ」

「そうそう。リズとリゼ――どう考えても似てる名前だよね!」


 ドクロが続けて言うと、シオンはけらけらと同調して笑った。

 2人の言い分にウドゥンは呆れ返ってしまう。以前セウイチも言っていたそうだが、どうもリズとリゼは似ていると言うのが周囲の印象らしい。ウドゥンにはどう考えても似ているとは思えなかったので、彼は首をかしげる事しか出来なかった。


「お前ら全然分かってねーな」

「はは! まあどちらにせよあの強さじゃあ、二つ名が付くのは時間の問題だよ。ウドゥン。お前の一声でリゼちゃんの将来が決まるんだぜ?」

「そうだ。真面目に考えろ」


 好き勝手に言い始めた二人に対し、ウドゥンは迷惑そうな表情を残して立ち上がる。


「勝手にやってろ。じゃあな」

「あー!」

「おい! 待てよ!」


 言いすがる2人を無視して、ウドゥンは観客席を後にした。

 出入り口のほうへ向かっていると、彼は多くのプレイヤーとすれ違った。先ほど開催されたB級トーナメントにも多くの観客が訪れていたが、その観客達に加えさらに新しく入場するプレイヤーが円形闘技場コロセウムの通路に溢れていた。

 彼らが次々と訪れている理由は、この後すぐに開催されるA級ソロマッチ・トーナメントを見物するためだ。


 公式PvP戦であるトーナメント、その最高峰がA級トーナメントである。A級というクラスには試合数と勝率による降級も存在する。そのためメンバーは一定では無いが、現在は約100人ほどのプレイヤーが所属し、週2,3回行われるトーナメントで戦闘スキルを競い合っていた。

 彼らは例外無くアルザスサーバーを代表する戦闘プレイヤー達であり、そのトーナメントはいつも多くの観客と賭け金を集め、ナインスオンラインのコンテンツの中でも人気・難易度共に最高峰に位置づけられていた。


 そしてついにリゼもA級にまで進んだ。これはウドゥンにとっても、予想外に早い到達だった。



「あ、ウドゥン!」


 円形闘技場コロセウムの入り口で、リゼは数人のプレイヤーに取り囲まれていた。困ったように相手をしていた彼女は、ウドゥンの姿を見つけると「ごめんなさい」と謝って囲みから抜け出した。

 嬉しそうに駆け寄ってきたリゼに、ウドゥンがぶっきらぼうに言う。


「……おつかれ」

「やったよ! 大勝利! 見てた?」

「見てたし、賭けてたよ。儲かったぜ」


 V字を作って突き出すリゼに、ウドゥンは無表情に答えていた。彼女は嬉しそうに笑顔を向けながら子犬のように飛び跳ねる。


「これで次はA級だよ!」

「まあ、思ったよりも早かったな」

「うん。やっぱしキャスに色々教わってるからかなー」

「それもあるが、シオンの奴から装備を貢がせてるってのもでかいな」

「貢がせたって……もっと言い方があるでしょうー」


 リゼが口を尖らせる。彼女の装備は今までの鋼製の鎧ではなく、銀色をした霊銀石ミスリルの鎧一式になっていた。胸元の開いたコルセット型の胸当てに、太ももをむき出しにしたミニスカート型の腰当、そして黒色のニーソックスの上からはいたロングブーツには、リゼが自身で縫い付けた翼型のストラップが揺れていた。


 最初の頃リゼは、昔ウドゥンに言われた通りに人からお金や装備を借りる事をしないようにしていた。しかし彼女は本気でA級を目指すと決めた次の日、彼女はシオンとウドゥンに対しお金を貸して欲しいと言ってきたのだ。

 この装備はその際サーバーでもトップの【鍛冶】スキルを誇るシオンから、ある程度使える装備という事で提供された物だった。

 

「よく言ったもんだよな。『A級トーナメントに優勝するから、装備を貸してください。支払いは私に賭けた配当で!』なんてよ」

「あの時は勢いで……でも、ついにA級まできたよ!」

「……! だがA級にはあいつ(・・・)もいるが、勝てるのか?」


 ウドゥンが少し皮肉っぽい笑みを浮かべながら言った。その言葉にリゼは拳を握りながら答える。


「うん。私、ファナさんだって倒してみせるよ!」

「誰が誰を倒すって?」

「ひぇ!」


 ぞっとするほどに妖艶な声が聞こえた。リゼの背後に、流麗な白髪をなびかせた【戦乙女ヴァルキリー】ファナが、妖しい深紅の瞳を晒して立っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ