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Zwei Rondo  作者: グゴム
四章 黄金の皮算用
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短編5. 空中庭園

短編5『空中庭園』



「なあウドゥン。なんでこのゲームって羽が無いんだと思う?」


 銀色の瞳をくりくりと輝かせながら、リズはそんな事を言った。後ろにいた長身のウドゥンに向け、彼女は大きく首を傾ける。ウドゥンはあきれたように溜め息をついて答えた。


「そりゃあ、あったらフィールド探索が楽になりすぎるからだ」

「っは! つまんねー理由。こんなにきれいな空を再現したんだから、もっと自由にさせろっての」


 そう言って、彼女は忌々しそうに地面を軽く蹴飛ばした。地面といっても現実の地面ではない。8thリージョン・ミシラ空中庭園の石畳の上――それ自体が宙に浮かぶ浮島の端で、彼女達は見渡す限りの青空を前にしていた。


 少し離れた場所で周囲を見渡していた糸目の男が、リズとウドゥンのもとに戻りながら言う。


「確かに空を飛べれば、このエリアは楽勝だね」

「そうだろセウ。こんな開放的なエリアなのに、ちんたら島を歩いて巡らせるなんてケチくさい事をしやがって。こんなんじゃあいつまでたってもクリアできそうにないぜ」

「……なことは無いだろ。実際こうして一つ目の島はクリアしたんだ」

「それだけで一週間だぜ!? この先いくつ島があるかもわからないのに、どれだけのんきな事を言ってるんだよ」


 リズはその身体を大きく拡げながら言った。連動して栗色の髪が大きく広がる。胸元の開いた銀のコルセットから伸びた腕には白銀の籠手(ガントレット)を身につけ、ちゃらちゃらと歩くたびに音が鳴るチェーンスカートから見える脚には白のニーソックスが良く似合っていた。


「別に……この先難易度が上がるだろうから、たぶんもっとかかるぞ」

「あほか!」


 リズはウドゥンの胸板をドンと拳で叩いて、くるりと振り向いた。彼女はウドゥンやセウイチよりも頭一つ小さい。どちらかというと男性2人が高すぎるだけなのだろうが、リズは彼らに囲まれてひどく小さく見えた。

 しかし、この三人組のリーダーはリズだ。彼女を中心としたギルド・トリニティは、全サーバーで初めて8thリージョンに足を踏み入れた《エイスギルド》として、ナインスオンラインの世界では知られた存在になっていた。


 そして彼らは今、8thリージョン・ミシラ空中庭園の探索を行なっている。しかしあまりにも広大なエリアと、エルヴと呼ばれる人型のエリア固有モンスター達を相手にてこずってしまい、なかなか探索は進んでいなかった。


「まあ、予想通り島々を巡るって事はわかったんだ。後はのんびり攻略するだけでしょ」

「むー。なんかショートカットする方法無いかな。あ、ほら。あの島なら助走つければ飛び移れそうじゃね?」


 リズは眼下にみえる浮島を指差しながら言った。その島は見下ろす位置にあることに加え、他の島より距離が大分近いようだ。これならば俊敏性の高いプレイヤーならば、ジャンプして届くのではないかとリズは主張していた。

 しかしセウイチがげらげらと笑いながら否定する。


「あはは! さすがに無理でしょ」

「そうかー? ちょっとやってみようかな」


 腕をくるくると回し準備運動を始めたリズだったが、目を細めて浮島を眺めていたウドゥンがぼそりと呟いた。


「……あれはさっきまでいた、一つ目の島だぞ」

「え、まじかよ」


 走り出そうとしていたリズが前のめりになってしまう。オーバーリアクション気味にずっこける彼女を横目に、ウドゥンは青空に浮かぶ浮遊島を指差しながら言った。


「あれが一つ目の浮島で、ここが二つ目の浮島。一つ目の島を巡ったときに確認したが、このミシラ空中庭園には同じくらいの大きさの島がここも合わせて全部で8つあるようだ」

「なんだよウドゥン。突然」


 リズがきょとんとして首を傾げるが、ウドゥンは無視して続ける。


「小さな浮遊島もいくつか見えるが、基本的にはこれらがこの先巡る空中庭園だろ。ただ"8つ"ていうのは少し変だ」

「変? どういうこと?」


 セウイチが聞くと、ウドゥンが無表情に答える。


「このゲーム『ナインスオンライン』ってのは名称通り、基本的に9つセットで物事は配置されている事が多い。スキルの数はメイン・サブ・防具を合わせて9つ、リージョンランクは9thが最高、トーナメントもS級からH級までで9ランクって具合にな」

「へぇー。たしかにそうだな」


 リズが感心したように頷く。ウドゥンはそんな事も気づいていなかったのかという雰囲気で眉をひそめたが、すぐに気を取り直して説明を続けた。


「だから、浮島が8つしかないってのはおかしいんだ。このゲームの規則に則れば、おそらく9つ目の島がある。そしてその島にはおそらく――」

「エリアボスがいるって事か」


 セウイチが先回りして結論を言う。ウドゥンは無言でそれに頷いた。


「で、それがどうしたんだ? そりゃああと7個浮島を攻略すればボス島にいけそうってのはわかったけど、まだまだ先は長いってだけじゃん」

「……話は最後まで聞け。8つの大きな浮島なんだが、配置を良く見ろ」

「配置?」


 リズが首をかしげながら、空中庭園の端で身を乗り出した。柵も何も無いその場所からは、左右に浮島が散らばっているように見えた。しかしすぐにある規則性を見つける。


「それぞれ高さと距離は違うけど、横一列に並んでように見えるな」

「……この場所から眺めて、大きめの浮島は何個見える?」

「えーと、6……いや7個だ」

「あぁ。そういうことか」


 セウイチが納得したように笑みを浮かべた。しかしリズはまだピンと来ないようで、ウドゥンに首を向けつつ聞いてくる。


「よくわかんねーけど、ここから見えるので浮島は全部って事だよな?」

「そういうこと。しかもほぼ横一列に。それはつまり、上から見るとこうなってるって事だ」


 ウドゥンがパネルを操作し、空中に絵をかき始めた。彼はまず大きな円を描くと、その円周上に等間隔で点を描き込んでいく。

 描き終えると、円周上に点を8つ等間隔に打った図形が描かれていた。リズが「おお!」と声を上げる。


「そうか。リング状に浮島はあるんだな!」

「おそらくな。正確には少しずらしているだろうが、大雑把にはこんな感じで配置されているみたいだ。一つ目の島はここの隣みたいだから、おそらく順繰りに円を一周していくんだろ」


 リズがうんうんと頷いていた。ウドゥンは描いた円図形を見つめながら続ける。


「この配置がわかってしまえば、9つめの島の場所は想像がつく」

「そうか、ど真ん中だな!」


 リズは嬉しそうに、描かれた円のど真ん中を指差した。その横で話を聞いていたセウイチが、ある浮島を指差しながら言った。


「ってことは、たぶんあれだね」

「おお!」


 リズがセウイチを押しのけ身を乗り出す。彼女の視線の先には運動場程度の面積を持つ浮島が、それぞれの島から等距離にあたる位置に浮いていた。それは確かに遠くに見えたが、高さ自体はこの浮島と対して変わらない距離のように見えた。


「くそ! 高さは無いけど遠いな。さすがにあれに届かせる自信は無いぞ」

「だねぇ。それこそ羽がないと無理だ」

「いや、あきらめるのはまだ早い。セウ、例の奴で行くぞ!」


 リズは勢い良く振り向いたが、セウイチは小さく肩をすくめてしまう。


「いや"あれ"でも無理だよ。たぶんあの方法で飛べる距離はせいぜい数十mだし」


 冷静に否定されてしまうと、リズは地団駄を踏んで悔しがった。


「くそー。やっぱり真面目に攻略していくしかないのか」

「いや」


 ウドゥンが突然2人の会話を中断させた。そのまま腕組みをし、しばらく黙り込む。痺れを切らしたリズが声を上げそうになったあたりで彼はようやく呟いた。


「……それで行こう」





「ウドゥン君。こんなもの買ってどうするの?」

「別に、攻略に使おうとしてるだけだが」


 プレイヤー店舗『ニキータハウス』の店内で、店主のニキータは金色の猫耳をぴくぴくと振るわせながら首をかしげていた。


「でもこれって床弩バリスタだよ? 三人しかいないトリニティなんかが、どうやって使うのさ」


 床弩バリスタと呼ばれるアイテムは、武器ではなく設置型のトラップとして運用されるものである。基本的にはフィールドに置いて拠点となる箇所を作り、そこでキャンプを張り周囲のモンスターを掃除する時に用いられる。

 他にも大規模戦闘インベイジョンで使用される事もあったが、トリニティの様な少人数ギルドだと機動性を犠牲にしてしまうため使い勝手が悪かった。


「別に、ちょっと必要になっただけだ」

「ふーん。まあトリニティの快進撃は凄いけど、相変わらず訳のわからないやり方で攻略してるみたいだね―」


 ニキータがあきれ顔で言った。その時店の入り口が開き、銀髪の小柄な男が入ってきた。彼はウドゥンの顔を見るなり声を上げる。


「あ、ウドゥン!」

「シオンか」

「お前、8thリージョンの素材。集めてきたか?」


 シオンが早速飛びついてくると、ウドゥンは少し面倒そうに答える。


「まあ、それなりには」

「見せろー。全部見せろー。ついでに使えるのがあるならよこせ」

「目新しいものはそんなに無いぞ。エルヴのレアドロップっぽい"エルヴの核"くらいだな。初めて見たアイテムは」

「もちろんそれも買うぜ。いくらだ」


 しつこく言い寄るシオンだったが、店主であるニキータが身を乗り出して間に入る。


「こらこらシオン。いまウドゥン君は私と商談してるんだから、邪魔しないでよ」

「商談? なんだよ、こいつに売る気なのか?」

「……ちげーよ。買い物だ」


 ウドゥンがカウンターの下に置かれた巨大な床弩バリスタをあごで差す。それをみたシオンがぱちくりと眼を(またた)かせた。


「何に使うんだ? こんなもん」


 ウドゥンは小さく口元を緩め、ぼそりと言った。


「一度きりの曲芸だ」





「おい。この先か!?」


 迫り来る人型モンスター――エルブの群れを蹴散らしながら、リズが声を上げる。ウドゥンはクロスボウを片手に敵を牽制しながら答えた。


「おそらくこの先が一番あの浮島に近い。着いたら設置に時間がかかるから、しばらく敵を食い止めてくれ」

「おっけー。セウ!」

「はいはい」


 リズが号令をかけると、セウイチが一歩前に飛び出し右手に持った大剣を振るった。乱暴な一撃にエルヴ達が大きくひるむ。

 その隙に彼らはエルブの群れの中をすり抜けていった。いちいち敵を殲滅せず、必要最低限切り結んで先を急ぐ。


 やがて目的の場所にたどり着くと、ウドゥンは急いでパネルを操作し、先ほどニキータから仕入れた床弩バリスタを取り出した。パネルを操作し設置する場所を設定すると、カウントダウンが始まり罠アイテムが起動アクティベートし始める。


「設置まで1分。照準合わせに1分。それまで寄せ付けるなよ」

「おうけい。セウ、適当にひきつけろ」

「りょーかい。ただ全部相手するのは無理だよ」

「勿論、抜けてきた奴は私が相手してやる」


 そう言ってリズは、枝のよう細い刀身を持つレイピアを右手に、短いが刃の厚いマインゴーシュを左手に構える。そして少し前方で多くの敵を食い止めるセウイチを見つめた。

 セウイチは大剣と大斧という重量級の装備を片手ずつ持って振り回し、エルヴ達を蹴散らしていた。雑魚敵とはいえ8thリージョンのモンスター達を、【殺戮兵器キリングウェポン】は紙切れのようにちぎっては投げていく。


 しかしすぐに相手をしきれなくなったエルヴが一匹、染み出るようにリズへと襲いかかってきた。大理石のように真っ白い皮膚を持つエルヴが、手にした片手剣をリズへと振るった。


「遅い遅い」


 リズは余裕げにそう言った。振るわれた片手剣にレイピアの切先をいとも簡単に突き立てる。キン――という気持ちのいい金属音とともに、エルブの片手剣は大きく弾き飛ばされ、リズはそのまま無造作にマインゴーシュを突き出す。それはエルヴの急所である胸の中心へ精密に突き刺さった。


「ぎゃはは! セウ! もっと抜かせていいぞ。まとめて相手してやる」

「まあ、どうせ抜けていくはずだからそれで我慢してくれ。お前はこの後が本番なんだから……よっと」


 セウイチが際どく敵の攻撃を回避しながら言った。リズは仕方がないといった様子で腕組みをし、ウドゥンの準備が終わるのを待つことにした。


「設置完了。照準は……」


 ウドゥンが床弩バリスタに触れると、専用のパネルが現れた。それを操作し慣れない手つきで照準を合わせ始める。もともとクロスボウと言う似たような遠隔武器の使い手である彼だが、少し練習はしたもののほぼ初めて使う床弩バリスタの照準あわせに苦戦していた。

 敵の群れの中を駆け抜けてきただけだったため、セウイチに向かって次々と敵が襲い掛かってくる。さらに最終ラインであるリズの所まで抜けてくるモンスターもだんだんと増えていた。2人はなんとかウドゥンの所まで来させないように処理を続けるが、敵の数はいつ抜かれてもおかしくないほどの数に膨れ上がってしまっていた。


「ウドゥン! まだか!」

「……おーけー。準備完了」

「よしセウ! 来い!」


 リズが大きく声をかけると同時に、セウイチは左手に持っていた大斧を大きく振るい、そのまま敵軍に向けて投げつけた。一瞬ひるんだエルヴの群れに対し、リズとセウイチは踵を返してウドゥンの下へと駆け寄る。


「いいか。さっき説明したが、浮島に向かってまっすぐ、ただし角度は少し上だからな」

「わかってる! セウ!」

「任せとけって!」


 セウイチが巨大な両手剣ツヴァイハンダーを両手に握り、自らを軸にくるくると回転し始める。巨大な鉄の塊が旋回し、ぶんぶんと空気を鳴らしていた。

 リズがタイミングを合わせるように首を動かしながら、その回転を目で追いかける。そして大きく声を上げた。


「せーの! いち、にーの!」


 さんっ! とリズとセウイチが声を合わせる。同時にリズは大きくジャンプしてセウイチに飛び掛り、セウイチは旋回を中断して力任せに両手剣ツヴァイハンダーを斜め上方に振るった。


 ガキン――


 回転によりとんでもない速度となっていた両手剣ツヴァイハンダーの刀身に、リズはマインゴーシュの切先を突きたてた。その持ち手には片足を乗せていたため、ジャストガードによる反動がすべてリズの足に襲い掛かる。


「いっくぜー!」


 リズは大声を上げながら、青空に向かって大きく弾き飛ばされた。完璧なジャストガードと奇跡的なバランス感覚により、リズは体勢を保ったまま勢いよく空中へ飛び出す。通常のジャンプの数倍の速度で射出された彼女の体が、まっすぐに浮島へと向かった。

 しかしそれはたしかに大ジャンプだったが、浮島までは届きそうには見えなかった。


 ガシュ――


 機械音と共に、ウドゥンは床弩バリスタを作動させた。人の背丈程はある巨大な矢が、弾き飛ばされたリズへとぐんぐんと迫る。


「あは!」


 彼女は弾き飛ばされた際に回転が加わり、天地がさかさまになった状態だった。しかし彼女は構わず右手に持ったメイン武器――レイピアを顔の前に立てる。そして高速で迫る床弩バリスタの矢に対し、彼女は受け流しを発動させた。


「お、どうだ!?」

「……決まったか?」


 地上で眺めていたセウイチとウドゥンがリズの様子を遠目に眺める。飛び出した勢いのために相対速度は遅くなっているはずだが、それでも床弩バリスタの矢に対し受け流しを発動させる事は並のプレイヤーでは不可能だ。

 しかしあそこにいるのは、すべての常識を覆してきたリズだった。彼女は見事に空中で受け流しを発動させる。これによりリズは矢の速度に引っ張られ、一気にその速度を上げた。さらには受け流しにより武器同士に吸引力が発揮されるのを利用し、彼女は丸太の様な矢にしがみついてしまった。


「さいっこーの眺めだな!」


 楽しさが抑えきれなくなったように、彼女は大声で叫んだ。床弩バリスタの矢はまっすぐに中央の浮島へと向かう。速度と高さは十分すぎるほどあり、すぐに浮島が目の前に見えてきた。


「せーの……っとう!」


 リズがタイミングを見計らい、矢か手らを離す。しかし思ったよりも速度は落ちず、彼女は空中でわたわたと暴れ出した。


「あ、あれ? ちょ、やば」


 やっと浮島に着地したときには、すでに反対側の崖が目の前に迫っていた。あわてて彼女は地面にしがみ付くように四つん這いとなり、ガリガリと地面を削りながら速度を殺す。


「うおおおお! あっぶね!」


 なんとか踏みとどまると、彼女は失敗をごまかす様にぴょんと一度飛び跳ねた。ちらりと後ろを見ると、もう数メートル先が青空だ。

 ほっと安堵して息を吐く。そしてリズはすぐにきょろきょろと周囲を見渡した。


「ボスはどこだ?」


 運動場ほどの平坦な浮島の上には、モンスターの影も形も無かった。リズが腕組みをして首を傾げてしまう。もしかしたらウドゥンの読みが外れたのかと少し心配になった。


 しかしその心配は無用だった。すぐに広場が真っ白い光に包まれ、リズは思わず目を伏せる。薄目で見ると、がたがたと地面が動いてあっという間に無数の小さな浮島に分解されていくのがわかった。そして音と光が消えて、ようやく顔を上げたリズの前に、8枚に及ぶ美しい銀の羽を持った巨大な人型モンスターが現れた。

 瞳の無い白眼に彫像のように光沢を帯びた肌。そして肩のはだけた古風な服は、いわゆる天使のイメージと良く似ていた。


「あは! なかなかつよそーじゃん」


 リズがパネルを操作し、先程の使い捨てとは別の銀のレイピアと装飾のなされたマインゴーシュを取り出した。彼女はそれらを両手に持つと、ぐっと身をかがめてその切先を天使エリアボスに向ける。


「わざわざ私1人だけで来たんだ。あの2人の為にも、簡単に負けるわけにはいかねーんだよ」


 彼女は嬉しそうに笑い、目の前で余裕げにはばたく天使に単身飛びかかっていった。





 床弩バリスタの矢にぶら下がり、リズはぐんぐんとミシラ空中庭園の空を進んだ。そして中央の浮島に何とか着地したのを確認すると、セウイチが楽しげに言った。


「意外とうまくいったね。この作戦、結構使えるんじゃない?」

「いや、ムリだな。ナインスオンライン利用規約第10条その3・開発の意図しない仕様の利用禁止」

「なんだって?」


 思わず眉ををひそめたセウイチに対し、ウドゥンが無表情に答える。


「要するに、これはルール違反の可能性が高いって事だ」

「うぇ、じゃあまずくない?」

「さあな。巻き戻しをくらう可能性もあるだろうが、それよりそもそもリズの奴があれに勝たないと意味が無いからな」

「あはは! そりゃそうだ」


 セウイチがゲラゲラと楽しげに笑う。そして彼はくるりと後ろを向いて両手を挙げた。そこには先ほどまでリズとセウの2人で食い止めていた大量のエルブが、ウドゥン達の目の前に迫っていた。


「とりあえず、この後どうするか指示を頼むぜ【智嚢ウィズダム】」


 セウイチがモンスターに向け、ギロリと眼光を飛ばす。彼はすばやくパネルを操作すると、両手に長槍と大鎌を取り出してそれらを構えた。

 やる気満々のセウイチに対し、ウドゥンはひどく軽い口調で答える。


「そりゃあ決まってる。先いってるぞ」


 そう言い残し、彼はぴょんと軽くジャンプした。まるでトイレにでも行くような気楽さで、彼は目の前の青空に身を投じたのだった。


「おい! 自殺かよ!」


 セウイチの突っ込みが、ミシラ空中庭園の青空にむなしく響いていた。


 トリニティが《ナインスギルド》の称号を得たのは、これから丸一日後の事だった。



(短編5『空中庭園』・終)

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