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Zwei Rondo  作者: グゴム
四章 黄金の皮算用
65/121

15. 黄金の皮算用

15


「なんだって?」


 ウドゥンが素っ頓狂な声をあげる。リゼは再び、今度は彼の目を強く見つめながら言った。


「私はトリニティの一員になりたいよ」

「一員って、もう所属してるじゃねーか」


 呆れた様に言うウドゥンに対し、リゼはぶんぶんと首を横に振って否定した。


「ううん。私はまだ弱くて、何も知らなくて、トリニティに入れてもらってるだけだと思うの。そうじゃなくて私もトリニティの、ちゃんとした一員になりたいの」

「……よくわかんねーけど、それって具体的に何がしたいんだ?」

「えっと……」


 怪訝な表情で聞くウドゥンに、リゼは困ったように頬に指を当てた。


「どうすればいいのかな」

「俺に聞くな……」


 ウドゥンが呆れた様子で息を吐く。自分で言っておいて、何をしたいのかわからなくなってしまったリゼが、目の前でうんうんと唸っていた。

 そんな彼女を横目に、ウドゥンは思いついた様子で頷いた。


「まあ、丁度良いか」

「えっ?」


 ぼそりと呟いたウドゥンの言葉に、リゼが声をあげて仰ぎ見る。彼は少し視線を上げながら言った。


「お前にはこのゲームの才能がある」

「才能?」

「あぁ。お前は《親和》持ちだ」


 ウドゥンが口にした単語に対し、リゼは以前セウイチに言われた事を思い出した。


「あ、それ前にセウさんにも言われた事がある。なんなの?」

「《親和》ってのは体質だ。俺とセウがそう呼んでるだけだが。簡単に言えば、異常にVR機への適応力が高いって事だな」

「それって、珍しいの?」

「そうだな。わりと高いっていう奴なら結構いる。セウ、キャスカ、ヴォル、アクライ……トッププレイヤーは大体そうだ。ユウも良い線いってるぜ。ただ《親和》持ちって程じゃない」


 そう言うと、ウドゥンは円形闘技場コロセウムに向けて再び大通りを歩き出した。リゼがその後を追うと、彼は歩きながら右手の指を三本立てて見せた。


「このサーバーで確実に《親和》持ちって言い切れるのは、三人だ。一人目はリズ」

「あ……」


 突然出たリズの名に、リゼは少し動揺してしまう。しかしウドゥンは、構わず話を進めた。


「リズははっきり言って別格だ。俺達はあいつと一緒に戦ってて、《親和》なんて言葉を作ったんだからな」

「リズさんって、やっぱりすごいんだね」

「まあな。一度戦ってみれば、俺の言う意味がわかるだろうよ。二人目はシャオだ」


 少し意外な人物の名前に、リゼは思わず聞き返してしまう。


「さっき工房にきた人? あの人強いんだ」

「あいつはちょっと変ってるが、化物に間違いは無い。むしろ、妖怪って言った方がしっくりくる」

「へぇー」

「もしあいつと戦う事になったら、とにかく速攻で決めろ。躊躇ちゅうちょしたらお終いだ」


 ウドゥンは少しだけ忌々しそうな言い方だった。リゼはおずおずと頷くが、あの飄々(ひょうひょう)としたシャオの姿から、強そうなイメージは全く湧いてこなかった。


「じゃあ、三人目は?」


 たぶん、というか確実にあの人だろうと思ったが、リゼは一応質問した。しかしウドゥンはその予想を裏切り、人差し指を彼女自身に向けてきた。

 思わずリゼがきょとんとした顔をしてしまう。


「お前だ。リゼ」

「え、え、なんで? ファナさんは?」


 確かに自分が《親和》持ちだとは言われたが、三人の中に含まれているとは思っていなかった。というより、あの信じられないほどに強い【戦乙女ヴァルキリー】ファナの名が挙がらなかった事に、リゼはひどく驚いてしまう。


「ファナは《親和》持ちじゃない。適性は高いだろうが、ほかのトッププレイヤーとたいした違いは無いさ。半年ほど前にあいつがナインスオンラインを始めた頃は、色々と苦戦したみたいだし。まあ、結局今はクリムゾンフレアのNo.1だがな」

「でも、ファナさんが違うのに私がそうだなんて、何かの間違いじゃないの?」


 リゼが言うと、ウドゥンは少し首を傾げながら答える。


「なにか勘違いしてるみたいだが、《親和》持ちだからってイコール最強ってわけじゃないぞ。実際、今のお前とファナが戦えば、十中八九ぼろ負けだ」

「あ、やっぱりそうだよね。よかった」


 ほっとした様子で息を吐くリゼだったが、すぐにウドゥンが先程言っていたことを思い出した。


「ウドゥンは、なんで私が《親和》持ちだと思うの?」

「……前に迷いの森でうさぎ狩りをしていた時、ゴブリンファイターと戦った事があった。覚えてるか?」

「うん。勿論」

「あの時お前、初見の【トリプルアタック】を全てガードしただろ」

「えっと。たしか」


 リゼはあまり記憶に無かったが、とりあえず頷いた。


「あれな。初見じゃ無理なんだ」

「え? 無理?」

「あぁ。あのトリックは、ほとんど同時に三箇所を突く物だ。一発目は敵の腕の動きから読めるが、2,3発目は1発目からほとんど間を置かず放たれる。正確に言うと1発目が放たれてから0.3秒ほどの間に2,3発目が発動する。初見でガードする為には、その短い間に『攻撃の位置を把握して』『その場所にエストックを移動させる』って行為を2セットしないといけない。それはもう普通に人間なら"構造的に"不可能な数字だ。つまり【トリプルアタック】は見てから避けられないんだよ」

「え、じゃあ絶対回避できないって事?」

「いや、そうじゃない。一発目の位置さえわかれば、実は2,3発目が来る場所は決まってるから、慣れた奴なら回避できるんだ。だからあの時俺は、お前にどうしてガードできたのかを聞いたんだよ」

「あ……」


 リゼがはっとする。そういえば、確かにそんな事があったとぼんやり思い出したからだ。あの時は質問の意味が分からなかったが、そういう意図で聞いてきたのかと納得した。

 ウドゥンが続ける。


「それじゃあ、あの時ありえない反応速度で【トリプルアタック】をガードしたお前はなんなのか――おそらくお前は、ナインスオンラインの世界に異常に適応している体質なんだろう。それこそ俺とセウが《親和》と呼んでいる物だ」

「……」


 リゼは以前体験した、世界がスローモーションに見える現象を思い出した。あの奇妙な現象が、自分の持つ《親和》という性質が最も顕在化した時なのだと気が付いた。

 そして、それは当たり前の現象ではない事も。


「ま、俺とセウが面白半分に作った仮説だから、信じる信じないもお前次第だがな」

「……信じるよ」


 リゼが頷く。すると、ウドゥンがぶっきらぼうに言った。


「そうか。じゃあこれから先、D級から先のトーナメントを勝ち進むんだな。そしてA級を優勝しろ」

「ええっ! A級?」

「あぁ。ま、何とかなるだろ。それくらい強くなってから、リズの奴も戻ってくれば、俺のやりたい事が叶うかもしれない」

「やりたい事って?」

「誰もクリアした事の無い、9thリージョンの制覇」


 ウドゥンは視線を上げ、少し高揚した様子で言った。その表情に、リゼは目を奪われてしまう。

 彼は子供の如く嬉しげに、その瞳を輝かせていた。


「リズが居たころは、俺達トリニティならクリアできると思ってた。が、だめだった。ま、8thリージョンの時点でかなり無茶していたから、予想はしてたけどな」

「えっと。最初のボスに負けたんだっけ?」


 先日インベイジョンの時にウドゥンが言っていた事を、リゼは思い出した。


「そうだ。ナインスキャッスルは9つの塔からなる。その一つ目の塔すら、俺達三人だとクリアできなかった」


 ウドゥンはそのまま、懐かしむように身振りする。


「俺とセウはほとんど一瞬で死亡デッドした。敵の行動パターンを計る間もなくだ。そしてリズが一人でねばったが、結局は死亡デッドして復帰リスポーンエリアに戻ってきた。その時のあいつの様子といったら、今思い出しても笑える」

「どんなのだったの?」

「滅茶苦茶嬉しそうだった。あれは今の私達じゃあ勝てない――ってな」


 リゼはその言葉に胸が熱くなる。聞こえてくるトリニティの強さは、そのほとんどがリズ一人によるものだ。しかし当の彼女は、トリニティの3人で一緒に戦っていたのだろうと、その言葉から感じ取れたからだ。

 彼らトリニティは強い信頼関係で結ばれている。自分もその中に入れる事が出来るならば、どれほど嬉しい事か。リゼは強く思った。


「でも、トリニティって相当強いんでしょ? それでも駄目なら、どうしようもなくない?」

「いや、手段を選ばなければ方法はあった。一番単純なのが、他のトッププレイヤーとパーティを組んでいけばよかったんだよ。引き抜くなり、他のギルドをサポートしてランクを上げるなりしてな」

「あ……なるほど」


 ウドゥンはトッププレイヤーに知り合いが多い。それはリゼも良く知っている。確かに彼らと共に、なりふり構わず攻略に向かえば、前のインベイジョンの時のように9thリージョンの敵とも戦えるのはでないか。

 リゼもウドゥンの言う通りだと思った。


「ま、それは極論だがな。とにかく最低でもリズに匹敵するプレイヤーが、後2、3人欲しかった。その頃はリズに対抗できる《親和》持ちは、このサーバーだとシャオだけだったが、アイツを引き込むのはムリだからな。色々な意味で」

「今は?」

「さっき言っただろうが。お前が居る。そして《親和》持ちではないが、リズに匹敵する強さを持つファナもいる。リズクラスの戦闘プレイヤーが3人居れば、恐らくいけるはずだ」


 彼はそのまま楽しげな様子で続ける。


「ただ勿論、リズは今いないし、ファナはどうやって気を引くか考え中。お前に到っては、まだ本当に強いのかどうかも分からない。何一つ揃ってない、皮算用も良いところだ」


 そう言って、ウドゥンは自嘲するように笑った。その表情は、彼がいつも見せるものだ。


「そっか……それが、ウドゥンのやりたい事なんだね」

「まあな。だから今すぐって訳じゃないが、スキルと装備を整えて、トーナメントを勝ち進め。そうすればそれが俺のやりたい事に繋がるし、お前がさっき言ってた事にも繋がってる」

「トリニティの一員になるって事に? なんで?」

「そりゃあ、俺達のリーダーは強い奴が大好きだからな」


 もしお前が本物なら、あいつが帰ってきた時に歓迎してくれるだろうぜ――彼はそう結んだ。


「うん……ウドゥンがそう言うなら、やってみるよ」


 リゼは惚けたような表情を見せ、掌を強く握りしめた。なんとなく楽しいから出場していたトーナメントだったが、この時彼女は初めて、強く勝ちたいという気持ちが湧いてきていた。


「そういえば、リズさんってどうしていなくなったの?」

「ん? さあな。俺も知らない。ただ、あの頃少し奇妙な事件があってな」


 あの頃――その言葉を、リゼはだいたい半年前の事だろうと思った。リズが失踪した時期がその位だと、キャスカが話していたから。


「奇妙な事件?」

「あぁ。まあ機会があればゆっくり話してやるよ。それより、着いたぞ」

「あ……」


 2人の目の前に、円形闘技場コロセウムの入場門が迫っていた。これから始まるD級トーナメントの参加に向け、ここでリゼは受付を済まさねばならない。

 もう少し話していたい気持ちもあったが、彼女はそれを心の中にしまい込んでウドゥンの前に出た。


「それじゃ、行って来るね」

「あぁ。負けんじゃねーぞ」

「もー。どうせまた賭けるんでしょ?」

「そりゃあな」


 リゼが少し不満げに言うと、ウドゥンはいつものぶっきらぼうな様子で頷いた。そして彼は、小さく笑みを浮かべながら右手を上げる。


「ま、がんばれよ」

「うん!」


 リゼは嬉しげに返事をし、受付へと駆けて行った。






(四章・『黄金の皮算用』 終)










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