15. 黄金の皮算用
15
「なんだって?」
ウドゥンが素っ頓狂な声をあげる。リゼは再び、今度は彼の目を強く見つめながら言った。
「私はトリニティの一員になりたいよ」
「一員って、もう所属してるじゃねーか」
呆れた様に言うウドゥンに対し、リゼはぶんぶんと首を横に振って否定した。
「ううん。私はまだ弱くて、何も知らなくて、トリニティに入れてもらってるだけだと思うの。そうじゃなくて私もトリニティの、ちゃんとした一員になりたいの」
「……よくわかんねーけど、それって具体的に何がしたいんだ?」
「えっと……」
怪訝な表情で聞くウドゥンに、リゼは困ったように頬に指を当てた。
「どうすればいいのかな」
「俺に聞くな……」
ウドゥンが呆れた様子で息を吐く。自分で言っておいて、何をしたいのかわからなくなってしまったリゼが、目の前でうんうんと唸っていた。
そんな彼女を横目に、ウドゥンは思いついた様子で頷いた。
「まあ、丁度良いか」
「えっ?」
ぼそりと呟いたウドゥンの言葉に、リゼが声をあげて仰ぎ見る。彼は少し視線を上げながら言った。
「お前にはこのゲームの才能がある」
「才能?」
「あぁ。お前は《親和》持ちだ」
ウドゥンが口にした単語に対し、リゼは以前セウイチに言われた事を思い出した。
「あ、それ前にセウさんにも言われた事がある。なんなの?」
「《親和》ってのは体質だ。俺とセウがそう呼んでるだけだが。簡単に言えば、異常にVR機への適応力が高いって事だな」
「それって、珍しいの?」
「そうだな。わりと高いっていう奴なら結構いる。セウ、キャスカ、ヴォル、アクライ……トッププレイヤーは大体そうだ。ユウも良い線いってるぜ。ただ《親和》持ちって程じゃない」
そう言うと、ウドゥンは円形闘技場に向けて再び大通りを歩き出した。リゼがその後を追うと、彼は歩きながら右手の指を三本立てて見せた。
「このサーバーで確実に《親和》持ちって言い切れるのは、三人だ。一人目はリズ」
「あ……」
突然出たリズの名に、リゼは少し動揺してしまう。しかしウドゥンは、構わず話を進めた。
「リズははっきり言って別格だ。俺達はあいつと一緒に戦ってて、《親和》なんて言葉を作ったんだからな」
「リズさんって、やっぱりすごいんだね」
「まあな。一度戦ってみれば、俺の言う意味がわかるだろうよ。二人目はシャオだ」
少し意外な人物の名前に、リゼは思わず聞き返してしまう。
「さっき工房にきた人? あの人強いんだ」
「あいつはちょっと変ってるが、化物に間違いは無い。むしろ、妖怪って言った方がしっくりくる」
「へぇー」
「もしあいつと戦う事になったら、とにかく速攻で決めろ。躊躇したらお終いだ」
ウドゥンは少しだけ忌々しそうな言い方だった。リゼはおずおずと頷くが、あの飄々としたシャオの姿から、強そうなイメージは全く湧いてこなかった。
「じゃあ、三人目は?」
たぶん、というか確実にあの人だろうと思ったが、リゼは一応質問した。しかしウドゥンはその予想を裏切り、人差し指を彼女自身に向けてきた。
思わずリゼがきょとんとした顔をしてしまう。
「お前だ。リゼ」
「え、え、なんで? ファナさんは?」
確かに自分が《親和》持ちだとは言われたが、三人の中に含まれているとは思っていなかった。というより、あの信じられないほどに強い【戦乙女】ファナの名が挙がらなかった事に、リゼはひどく驚いてしまう。
「ファナは《親和》持ちじゃない。適性は高いだろうが、ほかのトッププレイヤーとたいした違いは無いさ。半年ほど前にあいつがナインスオンラインを始めた頃は、色々と苦戦したみたいだし。まあ、結局今はクリムゾンフレアのNo.1だがな」
「でも、ファナさんが違うのに私がそうだなんて、何かの間違いじゃないの?」
リゼが言うと、ウドゥンは少し首を傾げながら答える。
「なにか勘違いしてるみたいだが、《親和》持ちだからってイコール最強ってわけじゃないぞ。実際、今のお前とファナが戦えば、十中八九ぼろ負けだ」
「あ、やっぱりそうだよね。よかった」
ほっとした様子で息を吐くリゼだったが、すぐにウドゥンが先程言っていたことを思い出した。
「ウドゥンは、なんで私が《親和》持ちだと思うの?」
「……前に迷いの森でうさぎ狩りをしていた時、ゴブリンファイターと戦った事があった。覚えてるか?」
「うん。勿論」
「あの時お前、初見の【トリプルアタック】を全てガードしただろ」
「えっと。たしか」
リゼはあまり記憶に無かったが、とりあえず頷いた。
「あれな。初見じゃ無理なんだ」
「え? 無理?」
「あぁ。あのトリックは、ほとんど同時に三箇所を突く物だ。一発目は敵の腕の動きから読めるが、2,3発目は1発目からほとんど間を置かず放たれる。正確に言うと1発目が放たれてから0.3秒ほどの間に2,3発目が発動する。初見でガードする為には、その短い間に『攻撃の位置を把握して』『その場所にエストックを移動させる』って行為を2セットしないといけない。それはもう普通に人間なら"構造的に"不可能な数字だ。つまり【トリプルアタック】は見てから避けられないんだよ」
「え、じゃあ絶対回避できないって事?」
「いや、そうじゃない。一発目の位置さえわかれば、実は2,3発目が来る場所は決まってるから、慣れた奴なら回避できるんだ。だからあの時俺は、お前にどうしてガードできたのかを聞いたんだよ」
「あ……」
リゼがはっとする。そういえば、確かにそんな事があったとぼんやり思い出したからだ。あの時は質問の意味が分からなかったが、そういう意図で聞いてきたのかと納得した。
ウドゥンが続ける。
「それじゃあ、あの時ありえない反応速度で【トリプルアタック】をガードしたお前はなんなのか――おそらくお前は、ナインスオンラインの世界に異常に適応している体質なんだろう。それこそ俺とセウが《親和》と呼んでいる物だ」
「……」
リゼは以前体験した、世界がスローモーションに見える現象を思い出した。あの奇妙な現象が、自分の持つ《親和》という性質が最も顕在化した時なのだと気が付いた。
そして、それは当たり前の現象ではない事も。
「ま、俺とセウが面白半分に作った仮説だから、信じる信じないもお前次第だがな」
「……信じるよ」
リゼが頷く。すると、ウドゥンがぶっきらぼうに言った。
「そうか。じゃあこれから先、D級から先のトーナメントを勝ち進むんだな。そしてA級を優勝しろ」
「ええっ! A級?」
「あぁ。ま、何とかなるだろ。それくらい強くなってから、リズの奴も戻ってくれば、俺のやりたい事が叶うかもしれない」
「やりたい事って?」
「誰もクリアした事の無い、9thリージョンの制覇」
ウドゥンは視線を上げ、少し高揚した様子で言った。その表情に、リゼは目を奪われてしまう。
彼は子供の如く嬉しげに、その瞳を輝かせていた。
「リズが居たころは、俺達トリニティならクリアできると思ってた。が、だめだった。ま、8thリージョンの時点でかなり無茶していたから、予想はしてたけどな」
「えっと。最初のボスに負けたんだっけ?」
先日インベイジョンの時にウドゥンが言っていた事を、リゼは思い出した。
「そうだ。ナインスキャッスルは9つの塔からなる。その一つ目の塔すら、俺達三人だとクリアできなかった」
ウドゥンはそのまま、懐かしむように身振りする。
「俺とセウはほとんど一瞬で死亡した。敵の行動パターンを計る間もなくだ。そしてリズが一人でねばったが、結局は死亡して復帰エリアに戻ってきた。その時のあいつの様子といったら、今思い出しても笑える」
「どんなのだったの?」
「滅茶苦茶嬉しそうだった。あれは今の私達じゃあ勝てない――ってな」
リゼはその言葉に胸が熱くなる。聞こえてくるトリニティの強さは、そのほとんどがリズ一人によるものだ。しかし当の彼女は、トリニティの3人で一緒に戦っていたのだろうと、その言葉から感じ取れたからだ。
彼らトリニティは強い信頼関係で結ばれている。自分もその中に入れる事が出来るならば、どれほど嬉しい事か。リゼは強く思った。
「でも、トリニティって相当強いんでしょ? それでも駄目なら、どうしようもなくない?」
「いや、手段を選ばなければ方法はあった。一番単純なのが、他のトッププレイヤーとパーティを組んでいけばよかったんだよ。引き抜くなり、他のギルドをサポートしてランクを上げるなりしてな」
「あ……なるほど」
ウドゥンはトッププレイヤーに知り合いが多い。それはリゼも良く知っている。確かに彼らと共に、なりふり構わず攻略に向かえば、前のインベイジョンの時のように9thリージョンの敵とも戦えるのはでないか。
リゼもウドゥンの言う通りだと思った。
「ま、それは極論だがな。とにかく最低でもリズに匹敵するプレイヤーが、後2、3人欲しかった。その頃はリズに対抗できる《親和》持ちは、このサーバーだとシャオだけだったが、アイツを引き込むのはムリだからな。色々な意味で」
「今は?」
「さっき言っただろうが。お前が居る。そして《親和》持ちではないが、リズに匹敵する強さを持つファナもいる。リズクラスの戦闘プレイヤーが3人居れば、恐らくいけるはずだ」
彼はそのまま楽しげな様子で続ける。
「ただ勿論、リズは今いないし、ファナはどうやって気を引くか考え中。お前に到っては、まだ本当に強いのかどうかも分からない。何一つ揃ってない、皮算用も良いところだ」
そう言って、ウドゥンは自嘲するように笑った。その表情は、彼がいつも見せるものだ。
「そっか……それが、ウドゥンのやりたい事なんだね」
「まあな。だから今すぐって訳じゃないが、スキルと装備を整えて、トーナメントを勝ち進め。そうすればそれが俺のやりたい事に繋がるし、お前がさっき言ってた事にも繋がってる」
「トリニティの一員になるって事に? なんで?」
「そりゃあ、俺達のリーダーは強い奴が大好きだからな」
もしお前が本物なら、あいつが帰ってきた時に歓迎してくれるだろうぜ――彼はそう結んだ。
「うん……ウドゥンがそう言うなら、やってみるよ」
リゼは惚けたような表情を見せ、掌を強く握りしめた。なんとなく楽しいから出場していたトーナメントだったが、この時彼女は初めて、強く勝ちたいという気持ちが湧いてきていた。
「そういえば、リズさんってどうしていなくなったの?」
「ん? さあな。俺も知らない。ただ、あの頃少し奇妙な事件があってな」
あの頃――その言葉を、リゼはだいたい半年前の事だろうと思った。リズが失踪した時期がその位だと、キャスカが話していたから。
「奇妙な事件?」
「あぁ。まあ機会があればゆっくり話してやるよ。それより、着いたぞ」
「あ……」
2人の目の前に、円形闘技場の入場門が迫っていた。これから始まるD級トーナメントの参加に向け、ここでリゼは受付を済まさねばならない。
もう少し話していたい気持ちもあったが、彼女はそれを心の中にしまい込んでウドゥンの前に出た。
「それじゃ、行って来るね」
「あぁ。負けんじゃねーぞ」
「もー。どうせまた賭けるんでしょ?」
「そりゃあな」
リゼが少し不満げに言うと、ウドゥンはいつものぶっきらぼうな様子で頷いた。そして彼は、小さく笑みを浮かべながら右手を上げる。
「ま、がんばれよ」
「うん!」
リゼは嬉しげに返事をし、受付へと駆けて行った。
■
(四章・『黄金の皮算用』 終)




