14. 異なる考え
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ノーマッドのギルドホームから出ると、リゼが出場予定のD級ソロマッチトーナメントまで時間が無かった為、2人はそのまま円形闘技場に向かい大通りを歩いていた。
ようやく無言命令を解かれたリゼが、難しい顔でウドゥンに聞く。
「どうなったのか、全然分からなかったんだけど……」
「なにが?」
「えっと、あの人たちは一体何をしてたの?」
その質問に対し、ウドゥンは呆れたように言った。
「話の流れで分からなかったのか?」
「うーん。なんとなくしか」
「要するに、買占めだよ」
「買占め?」
リゼが首を傾げると、ウドゥンは仕方無いといった様子で説明し始めた。
「今回のVerUPは新レシピの実装がメインだったからな。新レシピに使われる素材が高騰する事は目に見えていた。ノーマッドはパッチ前に安く素材を買い集めて、パッチ後に高値で売りぬけようとしていたんだよ」
「えっと、でもノーマッドはドロップ品をばら撒いてPKを起こしてたんだよね? なんで?」
「値上がりしなかった素材の再利用でPKして、さらに本命の素材の供給も牽制し値段を吊り上げる。一石二鳥だ。派手な事件だから、目くらましの効果も狙ってたんだろ」
「へぇ……ラース山脈のコカトリスの革もあの人たちがやったの?」
「だろうな。コカトリスの革は新レシピに使われたといっても、難易度の高い複合レシピ用だったからあまり高騰していなかった。そういう余り物を使って餌を巻いてたんだよ」
「なんか、凄い色々考えてたんだね」
「あいつらノーマッドは、こういう小細工が大好きだからな」
皮肉っぽく言うウドゥンに、リゼが先程疑問に思った事を聞く。
「さっきウドゥン、昨日ガルガンさんに会ったって言ってたけど、あれって嘘だよね?」
「あぁ。そうだ」
「なんであんな事言ったの?」
「別に、それが一番説得しやすそうだったからな……あぁ。一応言っとくがインペリアルブルーの連中が買占めに乗っかろうとしているって話、あれも半分嘘だ」
「え!」
リゼが飛び上がりそうな勢いで声を上げた。あんなにも自信満々に主張し、実際にセシルも信じてたであろうインペリアルブルーの関与を、ウドゥンはあっさりとでまかせだと暴露したのだ。
「え? え? なんでそんな嘘言ったの?」
「だから、半分な。可能性は高いだろうが、実際に買占めを行っていたかどうかまでは、時間が無くて掴めなかったって意味だ」
「……?」
「インペリアルブルーが本当に動いているかどうかなんて、今回はどうでも良いんだよ。セシルを焦らせる事が重要だった。そうしないと、あいつが"オリハルコンハンマー"をまともな値段で渡すとは思えなかったからな」
意味がわからず混乱するリゼに、ウドゥンは説明を重ねた。
「ノーマッドは高騰した素材を売却するタイミングを注意深く計っていた。そこに俺みたいな異物が不穏な情報を持ってきたから、口実にして利益を確定させたんだよ。セシルの野郎も、俺の話が半分ハッタリだって分かっていたはずだぜ」
「うーん?」
リゼが納得できない顔で見つめてくるので、ウドゥンは面倒そうに付け加える。
「シャオが言ってきた事からインペリアルブルーを疑って、あいつらの不自然な行動から一番ありそうな事を推測しただけだ。それにノーマッドとインペリアルブルーは犬猿の仲だからな。名前を出しておけば、勝手に動くだろうと思ったんだよ」
「えっと。よくわかんないんだけど……結局、キャス達には濡れ衣を着させたって事?」
リゼがそうを言うと、ウドゥンは少し苦笑して答えた。
「まあ、端的に言うとそうだな」
「ひどい!」
リゼが噛み付くように声を上げたが、ウドゥンはいなすように言う。
「最初は派手なPK事件に目を奪われたが、相場の動きと知り合いに確認した新レシピを照らし合わせれば、誰かが大規模な買占めをやってる事が見えてきた。二つの事をつなげて考えれば、その犯人はノーマッドに確定だ。ただそれをネタにゆする為には、ちょっと時間が足りなかった。このドロップ散乱PKが終わり次第、セシル達は売却を始めるはずだからな。だからインペリアルブルーを敵に仕立てたんだよ」
「だからって……」
「勿論あいつらが本当に買占めに乗っかってる可能性も十分にある。つーか、あの消極的なインペリアルブルーの様子じゃあ、多分そうだぜ」
ウドゥンは饒舌に語る。彼はいつも通りの無表情だが、上機嫌だった。結局彼は、目的であるオリハルコンハンマーを取り返し、しかも50Mからの差額20Mを手にしたのだから。
「一つだけ分からない事が残ったが……まあオリハルコンハンマーが戻ってきたんだ。細かい事は気にすんな」
「ウドゥン……買占めって、やってもいいの?」
少し悲しそうな表情で、リゼが聞いてきた。ウドゥンが虚を突かれたように一瞬間を開け、やがて無表情に答える。
「やったらダメだというルールはない。マナーが悪い事に間違いはないがな」
「止めないと、色んな人が損するんじゃないの? というか、もうしてるよね?」
「だから、どうしろって?」
「だったら、皆に知らせたほうがいいと思う。そんなの、やっぱりだめだよ」
思いつめた様子でいうリゼを、ウドゥンは無表情に一瞥した後、立ち止まった。
「……リゼ、お前なんでナインスオンラインをやってんだ?」
「え……」
リゼは突然の質問に、おもわず答えに詰まってしまう。すぐに思いついた回答は、とても今ここで言える内容ではなかったからだ。彼女は顔をほんのりと紅潮させ、視線を泳がせた。
「それは、あの、えっと……」
「……? 楽しいからやってんじゃねーのか?」
「あ、うん。そうだ。みんなと……ウドゥンと一緒に遊ぶの、楽しいよ」
「結局、それなんだよ」
ウドゥンが長い指をリゼの目の前に差し出すと、彼女はつられて指の先をじっと見つめてしまった。
「みんな楽しいからやってんだよ。俺も、お前も、セシルもキャスカも他のプレイヤーもみんな。楽しくないなら、やめちまえば良い。ナインスオンラインなんて、所詮遊びなんだからな」
黙って聞くリゼに、ウドゥンは少し感情を込めて続ける。
「今回みたいにドロップ品で釣ってPKするのも、セシル達ノーマッドは楽しんでやってたし、買占めをされようが俺やキャスカみたいに状況を把握できれば、乗っかって大儲けすることもできる。それも楽しみ方の一つだろ」
「でも……」
「言っとくが、こういうのが気になるんなら、グリフィンズとかの内輪ギルドに閉じこもって、まったり活動するだけのほうが良いぞ。トップギルドなんて金やレアアイテムの為にはなんだってするし、セシルやシャオ、それに俺みたいな、自分の楽しみの為には他人の事なんかどうでもいいっていう、はた迷惑な奴はいくらでもいるんだからな」
「それは……」
小声でなにか言おうとするリゼに、ウドゥンが言葉をかぶせる。
「PKとか買占めとか、ゲームのルール上許されてるのにそれでも他のプレイヤーのやる事が気に食わないなら、一人でオフゲーでもしてろ。ナインスオンラインはMMOなんだ。他人と関わりながら、どう自分が楽しむかってゲームなんだよ」
「……皆で一緒に楽しくプレイできたら、そのほうがいいんじゃないの?」
「そうかもな。別にその考えを否定する気はない。ただ、その楽しみ方が自由だってことだ」
「……」
リゼが黙り込む。まだゲームを始めて一ヶ月しか経っていない彼女は、ウドゥンが言うような事など考えたこともなかった。
彼が言う事は、確かに正論なのかもしれない。それでもリゼは、人に迷惑をかけてまでゲームをプレイするセシル達の行為を肯定できなかった。
ギルドメンバーとエリア探索をしたり、仲間と力を合わせて強敵を倒したり、フレンドと一緒に生産品を作ったり、みんなで協力してプレイすることこそ、ナインスオンラインの一番素敵な所だと、リゼは短いプレイ時間の中で感じていたから。
「私には、わかんないよ」
泣き出しそうなか細い声で、リゼは呟いた。彼女のそんな様子を見て、少し言い過ぎた事に気が付いたウドゥンが、ばつの悪そうに髪を掻く。
「まあ、そんなに深く考えることでもない。お前はお前がやりたい事をやってればいいって話だ」
「私のやりたいこと……」
リゼは惚けるようにウドゥンの言葉を復唱した。そしてしばらく考えた後、彼女は小さく頷いた。
「私は、トリニティの一員になりたい」




