12. 悪童との対峙
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穴を降りた先は、泥道が続く薄暗いトンネルだった。明かりが絞られているようで周囲は薄暗く、照らされるトンネルの先には吸い込まれそうな暗闇が続いている。
少し不安を感じたリゼがウドゥンに寄り添おうとすると、彼はさっさと歩き出してしまった。
「ま、まってよ」
あわてて後を追うリゼを無視し、ウドゥンは無言で進む。まるでなにかに集中しているように真剣な表情をしながら、彼は歩を進めていた。
やがてトンネルは、石の扉を最後に終わっていた。その前に立ち、ウドゥンが両手でそれを押す。
ギギギと音を立てて開いた先からは、ザワザワとした喧騒が聞こえてきた。
ドアを抜けた大部屋には、無数のプレイヤーがいた。高めのテーブルに立ったままもたれかかり、互いに談笑している。
先程までの不気味な雰囲気から一転して、和やかなラウンジのようだ。ただ天井を見上げると無骨な石で補強してあるだけで、明かりもやはり薄暗い。
リゼはなんとなく、墓の中にいるような気分になった。
「えっと――」
思わずリゼが声を上げそうになると、すぐにウドゥンが睨みつけて黙らせた。リゼが両手で口をふさぎ、こくこくと頷く。
やがて、見慣れない訪問者に気がついたギルド員の一人が声を掛けてきた。
「見ない顔だな。部外者か?」
「あぁ。セシルに用があってな」
「へぇ。ボスを訪ねてくる奴がいるなんてな。まあいい、こっちだ」
そう呼びかけると、男はウドゥンをラウンジの奥に案内する。多くのギルド員達の好奇の目を抜け、ウドゥンとリゼはある男の前に案内された。
三人がけのソファに座っていたのは、すらりとした体形の中性的な男だった。狼の様な琥珀色の瞳に、長く伸びた銀髪。その髪はくせ一つ無く、銀糸で編みこまれた裾の長いローブに身を包んでいた。
何となく、魔法使いのような格好だなとリゼは思った。
「ボス。お客さんだぜ」
「ん。おお! ウドゥン!」
「久しぶりだな、セシル」
男はうれしげな様子で立ち上がる。背はウドゥンより少し小さい。170cmと言った所だろうか。長身のウドゥンを見上げるように顔を上げ、彼は手を広げた。
「なんだよ、突然だなー。まあ座れ。おい、お前らそこをどけろ」
「はーい」
「了解です」
セシルが向かいのソファに座っていた女性達に命令すると、彼らは素直に従い席を立った。そして彼がそこに座れとジェスチャーしてきたので、ウドゥンとリゼが入れ替わりで腰を掛けた。
彼はひどく上機嫌な様子で言う。
「ウドゥン。【太陽】に逃げられたと思ったら、もう新しい女を作ったのか?」
「そんなんじゃねーよ」
「リズの奴が帰ってきたら、ブチギレられるんじゃねーのか。勝手に女を連れ込んで何のつもりだ! ってな。かかっ!」
その言葉に、リゼがはっとしてウドゥンを見る。しかし彼は興味なさげに突き放した。
「セシル、俺は無駄話をしにきたんじゃない」
「おいおい、つれない事言うなって。このギルドホームに来客が来るなんて、滅多に無いんだからよ。つか、場所と合言葉の両方を知ってるのって、お前くらいじゃね?」
「知るか」
「まーったく、相変わらず無愛想な野郎だな」
そう言って、セシルはソファに深く腰掛ける。そのまま脚を組み、にやりと笑って高圧的な態度を取った。
「それで何しに来たんだ? こんな陰気な場所によー」
「ちょっとな。頼み事だ」
「うん?」
セシルが興味ありげに眉を動かす。それに対し、ウドゥンは少し言葉を選びながら話を始めた。
「最近のドロップ品散乱事件、あれはお前らの仕業か?」
「ん。そうだぜ。もう結構噂が広まってるだろ」
セシルが自慢げに言う。噂通り、今回の件はノーマッドの仕業のようだった。ウドゥンが淡々とした調子で続ける。
「まあな。それよりPKした中に【鍛冶師】シオンがいただろ」
「シオンか。いたいた、あいつのが一番大物だったぜ」
セシルはうんうんと頷き、すぐにパネルを操作してあるアイテムを取り出した。それは黄金に輝く片手持ちのハンマーだった。
隣に座るリゼが、見覚えのあるその工具に目を見開く。それはウドゥンと協力作業した時やラース山脈へ狩りに行った際、シオンが使用していた工具"オリハルコンハンマー"だった。
「サーバー1の生産プレイヤーのメイン工具だ。強化も選び抜かれてる。どうだ、すごかろう?」
「シオンの奴から、それを取り返してきてくれと言われてるんだよ」
自慢げに見せびらかせるセシルに対し、ウドゥンは素直に用件を切り出した。それを聞いて、彼はゲラゲラと笑い出す。
「かかかっ! 返すわけ無いだろ。なんだ、そんなつまんねー事を言いに来たのか?」
「勿論タダとは言わない。いくらだ」
「そうだな。100M出すって言うなら考えてやる」
その言葉に、隣にいたリゼが声を殺して驚く。100Mと言うと一億である。確かに高価な装備だとは思ったが、そこまでするのかと愕然とし、彼女はセシルが手にする黄金のハンマーに釘付けになってしまった。
「高すぎるだろ。そんなに金を預かってねーよ、30Mで売ってくれ」
「それこそ無理だ! ウドゥン、これの価値を知ってるだろう?」
セシルは"オリハルコンハンマー"を乱暴に振り回しながら、得意顔で続けた。
「最高品質の霊金石を厳選して精錬したオリハルコンを、それこそ湯水のごとく使用して作ったハンマーだ。しかもこれにはエンチャントが最大数まで、しかも相当いい値が付加されてる。はっきり言って、この性能を持ってる奴は全サーバーを見渡しても5人もいないだろうよ」
「分かってるよ。だが作り直すとすれば、せいぜい30Mもあれば作成可能だ。そこまで過大評価するな」
武器防具を強化するシステムであるエンチャントは、一装備につき一日一回という制限がある。気に入らない値が出た場合は結果を消去もできるが、これにも一日かかるため、実質すべての強化回数をすべて良いエンチャントで埋めるためには、相当な費用と時間が必要だった。
確かにそれらがすべてうまくいけば、理論上は"オリハルコンハンマー"の値段はウドゥンの言う通り、30Mもあれば作成できてしまう。しかしそれはいわゆる『素材代』しか計算していなかった。
セシルがあきれた様子で言う。
「ウドゥンよー。初心者じゃないんだから、素材代だけで装備品の値段を決めるとかあほな事言うなよ」
「……っち」
ウドゥンが小さく舌打ちすると、セシルは得意げに続けた。
「シオンの奴がこれにどれほどの金と時間を掛けたのか知らないが、30Mって事は無いだろう。この数値のエンチャントに、大失敗による消失の可能性も考えれば2,3倍はするはずだ。その辺りと、今すぐ返せっていう無茶振りを考慮して……やっぱ100Mだな」
「……」
セシルがニヤニヤとした様子で言う。ウドゥンはそこで話を切った。
どうやら彼は100Mから下げるつもりは無いらしい。彼がここまで強気な理由は、当然"オリハルコンハンマー"が自分のものでは無いからだ。
PKで得たあぶく銭のような戦利品、別段いくらになろうが儲けは出る。実際の話、今すぐ売らなくても全く問題は無いのである。このレベルの装備になると、欲しがるプレイヤーなどいくらでもいるのだから。
ウドゥンがため息を吐く。
「やれやれ、他のPK報酬で稼いでるんだろ? それくらいサービスしてくれよ」
「いやだねー。大体、そこまでボロ儲けってわけでもなかったぞ」
セシルがソファに持たれかかったまま、余裕げに言う。その言葉にウドゥンもまた頷いた。
「だろうな。どう考えても効率が悪すぎる」
彼らは今回、ドロップ品につられて油断した多くのプレイヤーを一方的にPKし、キル報酬を掻き集めた。しかしこの行為が効率的かと言われれば、全くそんな事は無い。ドロップ品を用意する為に手間も金もかけ、PKを行うにもアリジゴクのように罠を張って待つだけなので相手を選べない。
そんな無駄の多いPKを、ノーマッドはギルドぐるみで行っていたのだ。
「まあ、なかなか面白かったから、俺達は満足だがな!」
セシルは満面の笑みで言った。ウドゥンはその楽しげな表情を見て、少し呆れた様子で苦笑する。
「……なんつーか。相変わらずで安心したぜ。よくもまあ、こんなアホなPKを考えつくと感心するよ」
「へへっ! ありがとうよ。だが、今回のは俺達が最初じゃないかもしれないけどな」
「……どういう事だ?」
ウドゥンが小さく眉をひそめる。セシルは両手を開きながらおどけるように言った。
「いや、一週間ほど前かな。俺達がPKしようと獲物を探してたら、たまたまドロップ品が散乱してる場所を見つけたんだよ」
「なんだと?」
ウドゥンが少し驚いた声で聞き返す。
「それで最初は不思議に思ったんだが、これはもしかしてPK用の罠かもしれないと思って、逆手にとってやろうとそこで待ち伏せしてたんだ。そしたら次にやってきた奴が眼の色変えて拾い出したのに、PKは現れる様子が無かったから、仕方なく俺達がそいつを背後からばっさり――」
セシルは手刀を切る動作をする。そうしてカエルが微笑むように、下品な笑みを浮かべた。
「これが思いのほかうまくいってさ! 姿も見られずに瞬殺だったよ」
「で、味を占めて大規模にやり始めたわけだ」
「そういう事。ただ、派手だからすぐに広まっちまうと思ってさ。少し時期を開けて一気にやった。まだ成果が上がってるみたいだから、もうしばらくは続ける予定だぜ」
セシルは額を指で突きながら愉快げに言うと、ウドゥンもそれに対し微笑を浮かべながら言った。
「楽しそうで何よりだ」
「かかっ! お前もノーマッドに入るか? 歓迎するぜ!」
冗談めかして言うセシルに、隣で黙って聞いていたリゼはあっけに取られてしまう。
彼女は少し意外な気持ちで2人の会話に耳を傾けていた。先程まで話していた、同じくPKギルドである雪月花のリーダー・シャオとは、あんなにもとげとげしく会話をしていたのに、一方でこのセシルとは実に仲良さげに会話を続けているのだから。ただしその中身は、余り穏やかではないようだったが。
しかしそんな奇妙にフレンドリーな会話は、唐突に終わりを告げた。
「それで、買占めの売却はいつ実行するんだ?」
ウドゥンは突然、斬りつけるように鋭い調子で言った。その言葉に、騒がしかったラウンジは一瞬でしんと静まり返った。




