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Zwei Rondo  作者: グゴム
四章 黄金の皮算用
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10. 道化師の幻惑

10


 シャオの姿を認めるなり、ウドゥンは大きく目を見開いて動きを止めた。そんな彼の驚いた様子に、リゼが慌てて事情を説明する。


「あのね、ウドゥン。この人ウドゥンのフレンドだって言うから、居ないって言ったんだけど待たせてくれって言われて――」

「そうそう。リゼは悪くない。僕が無理やり入り込んだんだよ。だからさ」


 シャオが横から口を出し、右手の掌を上に向ける。そしてくいっと首を捻る動作をし、余裕げに言った。


「そんなに怖い顔するなよ、【智嚢ウィズダム】」


 ウドゥンはシャオの顔から視線を動かしていなかった。その表情はいつも通り色の無い無表情に見えるが、リゼにはひどく敵意を放っているように見えた。

 自分は、もしかしたらとんでもない人を中に招いたのかもしれない――彼女はそう思い、黙りこくってしまう。


「……何をしに来た」

「はは! まあ座れって」

「……っち」


 ウドゥンが不機嫌そうに、いつも自身が座っている作業台の椅子に身を投げる。そして脚を組み、再び威圧するように睨みつけた。


「もう一度聞くぞ。雪月花のリーダーが何をしに来やがった。シャオ」

「えっ……雪月花?」


 ウドゥンの言葉に、リゼは口に手を当てて驚いてしまう。今彼は、シャオに向かって雪月花と言ったのだ。そのギルドの名称は、キャスカが教えてくれたPKギルドの筆頭のものだった。


「べっつにー。ちょっと旧交を温めようかなーってね」


 シャオが冗談っぽく言う。しかしウドゥンは厳しい表情で睨みつけたままだ。あまりに恐ろしい雰囲気を放つ彼に、リゼが心配になって声を掛ける。


「あのウドゥン……やっぱり、中に入れたのまずかった?」

「……こいつ以外なら、問題は無かったんだがな」

「えぇっと……ごめんなさい」


 リゼがしょんぼりと謝ると、ウドゥンは諦めたように肩をすくめた。


「別に、どうせ良いように言い包められたんだろ」

「うっ」


 実際目の前の男がその気になれば、人の良いリゼなど簡単に丸め込まれてしまう――経験から、ウドゥンにはそれがすぐに想像できた。

 それよりも彼にとって問題なのは『なぜシャオがここにいるのか』だった。


 PKギルドである雪月花のリーダー・シャオは、普段ほとんど姿を見せないことで有名である。謎のプレイヤーとして噂が一人歩きするきらいのある彼の評判だが、一部のプレイヤーの間では、シャオというプレイヤーはとてもよく知られていた。

 トッププレイヤー専門のPK――【道化師ジョーカー】として。


「まあまあ、それよりウドゥン。なにやら最近騒がしいじゃないか」

「……お前、今回のPK事件に関わっているのか?」


 ウドゥンが単刀直入に聞く。彼にはこのタイミングでシャオが工房にやってきた理由に、まったく心当たりがなかった。唯一あるといえば、現在アルザスの街を騒がせているPK事件だが、これには今のところ雪月花が関わっている節が見当たらない。

 しかしウドゥンは、神出鬼没のシャオがこうして姿を現したことで、一気に雪月花の影が強くなったと感じていた。


「いや、ぜんぜん関係ないよ」


 そんなウドゥンの考えを見透かしたように、シャオはおどけるように両手を広げる。しかしウドゥンは彼の顔を、刺すように睨みつけたままだった。

 まるで信用していない様子に、シャオが苦笑しながら言う。


「ほんとだよー。あんなバカみたいPK、僕達がするわけ無いだろう?」

「まあ……な」


 雪月花というギルドは特殊なギルドだ。PKギルドとして悪名高いが、基本的に弱者は狙わず、トーナメントやエリア探索で活躍する戦闘プレイヤーを襲うことが多い。しかも不意打ちをすることは無く、必ず自身の存在を知らせてからPKに入る。その意味では紳士的とも言えるが、勿論PK後にはレアアイテムを奪っていく事に変わりはなかった。

 そしてもう一つ、彼らには特徴的な方針ポリシーがある。それは自分達が名乗り上げたにも関わらず、相手が特別な理由無く逃亡すると、地の果てまでも追いかけてPKを実行するという物だ。

 その際の、迷惑ハラスメント行為すれすれでPKを実行する執念が、彼ら『雪月花』を最悪のギルド・ノーマッドと並ぶPKギルドとして有名にしていた。


「でしょ。雪月花なら、もっと正々堂々PKするよ」

「っは。PKほど正々堂々という枕詞が似合わない単語も無いな」

「あはは! そうかもしれない」


 シャオは声を上げて笑う。しかし相変わらず、目は一切笑っていない。先程からその事が気になっていたリゼだったが、ウドゥンが口にした二つ名【道化師ジョーカー】という言葉を聞いて、少し納得していた。

 その本性を、機械的な笑顔ペルソナで包み隠す道化師――彼女にはシャオがそんな風に見え始めていた。


「それじゃあ、本当に何しにきやがった。まさか本当に世間話に来たとか言うなよ」

「いやー、ウドゥン。お前が今回の一連の流れについて、どう考えてるのかなーって思ってね」

「……別に、状況通りだろ。ノーマッド達のPKによる、迷惑な事件ってだけだ」

「へぇー。なんでそう思うの?」


 続けて聞いてきたシャオの表情を伺いながら、ウドゥンは少し考える。

 今回のPK事件がノーマッドの仕業であるということは、最初から予想していたことであり、さらに先程話したインペリアルブルーの幹部2人――キャスカとコンスタンツの話からも、それは裏付けられている。

 その事を説明していいかと悩んでいると、シャオのほうが先に言った。


「なるほどね。インペリアルブルーから情報を仕入れたのか」

「えっ?」


 リゼが素っ頓狂な声を上げる。ウドゥンはまだ何も言っていないのに、シャオが話を進めたからだ。ウドゥンの顔色を窺っても、少し忌々しそうな顔をして入るものの、どうやら間違っていないようである。


「……相変わらず、気持ちの悪い奴だ」

「あはは。とりあえず詳しく教えてくれよ」

「っち」


 イラつくようにウドゥンは舌打ちするも、結局は先程キャスカ達と話した内容をシャオの前で再現した。

 それを聞き終えると、シャオは高らかに笑った。


「あはははは! なるほどね」


 そして彼は首をくいっと捻り、再び機械的な笑顔を作る。


「【智嚢ウィズダム】ともあろう者が、まだ気がついていないとは、意外だなぁ」

「……」


 シャオは挑発するような調子で言った。

 ウドゥンは、目の前の男をナインスオンラインのプレイヤーの中で最も信用していない。常に真実をはぐらかし、虚像を見せては愉悦に浸る。表が裏で、裏が裏。シャオとはそんな男だった。

 今回突然現れたのも、大して意味は無いのかもしれない。ウドゥンは最初から、その可能性を考えながら会話を続けていた。


「ふふ……だんまりか」


 ウドゥンのシャオの真意を測っていると、突然彼は言った。


「まあいいや、ヒントを教えてやろう」

「ヒント?」


 シャオはゆっくりと人差し指を立てる。そして再びくいっと首を傾けた。


「インペリアルブルーは嘘をついている」

「……なに?」


 不気味に機械的な笑顔のまま、彼はそんな事を言った。ウドゥンはその言葉に思考をめぐらすが、すぐには答えが出せない。


 インペリアルブルーが嘘をついている? いつ、誰が、どんな嘘を――


「ま、今回の件に直接は関係ないかもしれないけどね」

「……なぜお前がそんな事を知っている」

「さあ。なんでだろう」


 とぼける様に肩を開くシャオに向け、ウドゥンが低い声で言った。


「……ゴンゾーか」


 彼は先ほどヴォルから聞いた、【蒼の侍】ゴンゾーが雪月花に加入したという話を思い出していた。インペリアルブルー関連で、シャオが持つ情報源を考えれば、あの元サブリーダーからの情報だと考えるのが自然だろう。そう推測しての発言だった。

 そしてそれは、図星だったようだ。シャオはにやりと口元を緩ませた。


「ふふ。知っているなら聞くな」

「っは。お前もさっき、知っているのに聞いただろうが」


 ウドゥンが吐き捨てるように言うと、シャオは機械的に笑った。


「俺はお前のそういう所が嫌いだよ」

「奇遇だな。俺もお前のそういう所が嫌いだよ」


 ウドゥンが言い返す。そして2人は、口元だけニヤニヤと笑っていた。

 その無表情に笑う彼らの姿を見ていたリゼは、ある事に気がついた。


(もしかしてこの2人……)


 見ている限り、今日初めて目にしたシャオはともかく、少なくともウドゥンは目の前のプレイヤーを嫌っているように見える。

 しかしリゼは思った。この2人は、実は似た者同士なのかもしれないと。



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