6. 初心者狩り
6
「いよう! ウドゥン! 久しぶりだな」
その男は、いつも腹に響くような大声で喋る男だった。
「旦那。いつも言ってるが、そんなに声を張り上げなくても、あんたの声はとてもよく聞こえているよ」
「そうかそうか。そいつは良かった!」
インペリアルブルーのエリアリーダー・ガルガンは身長が2mを越える大男だ。ギルドカラーである蒼の全身鎧に身を包んだその姿は、まるで大岩がそのまま動いているような存在感である。
またでかい声に比例するように態度も気も全てがでかく、ウドゥンに言わせると「話を聞かない声の大きいおっさん」なのだが、ギルドメンバーやアルザスの街のプレイヤー達には人気があった。
ガルガンは予告通り、20時丁度にウドゥンの工房へとやって来た。小さな工房の入り口を巨大な体で少し削りながら、のっそりと入って来たガルガンは、用意していた椅子ではなく、作業台の上にあった荷物を押しのけてどかりと座りこんでしまっていた。
「ウドゥン様。突然押しかけてしまい、申し訳ございません」
ガルガンの隣に付き添う女プレイヤーが丁寧に頭を下げる。彼女はインペリアルブルー・サブリーダーの一人であるキャスカだ。
漆黒の髪を青色のかんざしで纏め、凛とした表情を崩さない女性プレイヤーで、服装はガルガンと同じく蒼色の鎧だったが、こちらはミニスカートにロングブーツ、それにビスチェという女騎士風な格好だ。
「キャスカが謝る必要は無いな」
「いえ、とにかく今日はよろしくお願いします」
キャスカが再び頭を下げる。ウドゥンは彼女の態度が少し苦手だった。いつも礼儀正しく、誰が相手でも敬語を崩さない人間というのは、こちらも畏まらないといけない気分に陥ってしまう。
それなら荒い言葉遣いで話されたほうが、気を使わなくていいので楽だ。何の遠慮も無く、作業台に胡坐をかいて座る目の前の大男のように。
「で、旦那。なんだ聞きたいことって」
さっそくウドゥンが用件を聞くと、ガルガンはゲラゲラと笑いながら言った。
「がはは! 相変わらず貴様はせっかちだな」
「いいから、要件を言えっての」
サーバー内でも最大ギルドであるインペリアルブルーのトップが、わざわざこんな小汚い工房にやって来たのだ。なにか用件があるはずだった。
ウドゥンがもう一度急かして、ようやくガルガンは真面目な顔に変わった。
「初心者狩りの話は知っているか?」
ガルガンが口にしたのは、最近出没している初心者狩りの話だった。先ほどリゼ達が出発する時に、セウが注意喚起していたものと同じだ。
「あぁ。いくらか情報は入ってきてる」
「なら話が早い。知っているとは思うが、連中はただのPK(Player Killer)ではないのだ」
ガルガンはもったいぶった様子で言った。その言葉にウドゥンも顔を険しくする。
「黒騎士……か」
「そうだ」
ウドゥンがつぶやくと、ガルガンもまた頷いた。そして二人、声を低くして言い合う。
「全身黒尽くめの仮面の剣士」
「誰も正体を知らない、無敵のプレイヤーキラー」
「見た事の無いスキルを使い、数多くのトッププレイヤーを葬った最強の使い手」
「そいつにPK(Player Killing)されると、現実世界でも"死んで"しまうという悪魔の騎士――」
今から半年ほど前、アルザスの街では黒騎士と呼ばれる正体不明のプレイヤーによるPK事件が多発した時期があった。初心者上級者問わず、挙句にトーナメント上位者までPKされてしまうという異常事態に、アルザスの街は一時騒然となったのだ。
その際アルザス中に流布したのは『黒騎士にPKされると、現実世界でも死んでしまう』という恐ろしい噂だった。
「っふ……ふはははは!」
「がははははは!」
顔を突きつけていたウドゥンとガルガンが、同時に表情を崩して吹き出す。そしてそのまま、二人はゲラゲラと笑い転げてしまった。
一人作業台の横で立ち侍るキャスカだけが、その様子を無表情のまま見守っていた。
やがて笑い終えたガルガンが、息を整えつつ言う。
「そんな噂もあったな。あの時は」
当時は確かに『黒騎士にPKされると、現実世界でも意識を取り戻せなくなる』という、とんでもない噂が流行った。しかし今では、それはまったくのデマだった事が判明している。
運営が公式に噂を否定したのだ。
「そんなオカルト話を信じる奴は、よほどのゲーム中毒者か空想好きな奴だけだぜ。まったくくだらない」
「だが、今回も黒騎士という点は同じだ」
その言葉を聞いて、ウドゥンの顔つきが険しいものへと変わった。ガルガンがにやりと笑う。
「どうやら、すでにかなり調べているようだな」
PKや初心者狩り自体、このナインスオンラインでは特別な事ではない。街以外のエリアでは、基本的に全てのエリアでPKを行う事が可能だからだ。
だが実際、PKはそこまで頻発していない。その理由として、街の施設に使用制限がつくなどデメリットのせいだとよく言われるが、それよりももっと根本的な理由がある。
というのもナインスオンラインにかぎらず、日本ではPKという行為自体が嫌われているのだ。PKを行った事実が一般プレイヤーにばれてしまった場合、普通強烈な不快感を持たれてしまう。そしてPKはいくら倒しても構わない考えが多数派であり、PKをみたら問答無用で襲い掛かるPKK(Player Killer Killer)の立場をとるプレイヤーも多い。
その為もっぱら悪役RP(Role Play)か、相当な戦闘狂である一部の連中くらいしか、おおっぴらにPKなどしないのだ。そんな嫌われ者のPK達の中でも、初心者狩りは最も忌み嫌われる連中だった。
しかし今回ウドゥンが初心者狩りの話を知っていたのは、その卑劣な行為に対して義侠心を燃やしているからではない。ただ単に、PKを行なっている犯人に興味があったからだ。
「今回の初心者狩り――この前インペリアルブルーの新入りもやられた。場所は1stリージョン・セラの丘。その時現れたPKが全身黒尽くめだったのだ」
「黒騎士……ねぇ」
ガルガンの言葉に、ウドゥンは過去にあった出来事を思い起こす。その事件――通称"黒騎士事件"は、去年の年末に発生していた。
その時はウドゥンも、興味本位にそのセンセーショナルな事件を調べて回った。しかし神出鬼没な黒騎士に振り回され続け、結局事件は犯人不明のまま、いつの間にか沈静化してしまっていた。
懐かしむように視線を上げて呆けるウドゥンに、ガルガンが声を張り上げる。
「ま! 話を聞くに今回は黒騎士事件を真似た、卑劣な模倣犯だがな」
今回襲われたインペリアルブルーのギルド員はこの一週間の間にナインスオンラインをプレイし始めた新入りばかりだったそうだ。
しかし新入りとはいえ大規模ギルド・インペリアルブルーのギルド員。充実したギルド内での初心者講習と装備配布によって並の初心者より強く、襲い掛かってきた初心者狩りの連中に反撃をしたそうだ。
「結局負けてしまったが、結構善戦したらしい」
「人数は?」
「こっちが4人、黒騎士側が2人だな」
初心者4人くらい、上級者2人なら瞬殺のはず。そうならなかったと言う事は、PK側が大した強さではないと言うことだ。
「PK側は全員、黒尽くめの装備だったのか?」
「そうらしい」
「それは確かにたちの悪い模倣犯だな」
ウドゥンが肩をすくめる。
本物の黒騎士について、分かっている情報は少ない。ただ数少ない事実として、トーナメント上位者すら圧倒する強さと、いつもソロで行動していたという事は確定している。
複数で、しかも初心者相手に苦戦する黒騎士など滑稽以外の何者でもなかった。ガルガンも「そうだろう」と頷き、続ける。
「しかしこの事件はすでに多くの初心者達が被害にあっている。そこで我らはPKK隊を結成し、偽黒騎士達を捕まえることにした」
「相変わらず真面目だな。あんたが指揮するのか?」
「そうだ。俺が初心者狩りにやられた奴らを率いて出る。まあ、意趣返しだな」
ガルガンはそう言ってガハハと笑った。確かにこの男が出れば、並の戦闘プレイヤーなど束になっても敵わないだろう。ウドゥンが何の疑問もなくそう考えるほど、目の前の大男には実力があるのだ。
「ということで、貴様の知っている情報を全て渡せ」
ここまで話して、ようやくガルガンはウドゥンの工房に来た用件を切り出してきた。ウドゥンが得心したように小さく頷く。
「金は出すんだろうな」
「……なにか心当たりがあるのか?」
「さあな。とりあえず100kで答えてやるよ」
皮肉っぽく言うウドゥンに対し、ガルガンが声を上げて笑った。
「がはははは! そう来なくてはな、キャス!」
「了解しました」
無言で侍っていたキャスカが、素早く自身のパネルを操作し金袋を取り出す。ウドゥンはそれを受け取って手元に置くと、ガルガンの質問に答え始めた。
「いくつかのPK事件について話を聞いている。『クリムゾンフレア』が襲われた話は知っているか」
「いや、知らない。教えてくれ」
「クリムゾンフレアの新入りも、旦那の所と同じく黒尽くめのプレイヤーからPKにあったそうだ。場所は1stリージョン・レクシア沼。人数はクリムゾンフレア側が2人で、PK側が1人。ちなみに装備は大鎌だったそうだ」
その話を聞いて、ガルガンは腕を組んでうなった。
「身内がやられているなら、クリムゾンフレアは違うな」
「あぁ」
大規模ギルド・クリムゾンフレア。内部に独自のランキング『ランカー』制度をもつ、ナインスオンライン中最大ギルドの一つである。
雰囲気は自由奔放で実力至上主義。強くなるためには手段は選ばず、多くのギルドで禁止されているPK行為についても禁止されていない、最強のギルドとも呼び声高い戦闘ギルドだ。
圧倒的な強さや粗暴な振る舞いから、PK事件が起こると大抵こいつらが最初に疑われることになるが、今回は事情が違った。
「クリムゾンフレアは身内を襲う事だけは絶対にしないし、そもそも初心者狩りはあいつらにとっては"ダサい"行為だからな。今回は関係無いだろうよ」
ウドゥンの言葉にガルガンが頷く。
「ならば他のギルドか。『ノーマッド』や『雪月花』の連中はどうだ」
「二つとも一切情報が無いな。ただノーマッドはともかく、雪月花の奴らが初心者狩りなんて積極的に行うとは思えないが」
「ふむ……」
「他にも何件か初心者狩りの話は聞いている。だがどれも一般プレイヤーが、1stリージョンで、黒尽くめのPKにやられているという点は同じだ。やはり気になるのは、クリムゾンフレアが被害にあってることだろう」
「ふむ」
そこまでウドゥンが説明すると、ガルガンが腕組みをして考え込む。そしてしばらくして首を捻りながら言った。
「それだけでは、何もわからんな」
「あぁ。俺が知っているのはこれくらいだ。犯人を知ってるなら、すぐに教えてやったんだがな」
ウドゥンが肩をすくめながら言うと、ガルガンがガハハと笑って作業台から腰を上げた。
「いやいや、有益な情報だったぞ。なにかあったらまた連絡をくれ」
「了解」
どうやら聞きたいことを聞いたので帰るようだ。そのままガルガンは、来た時と同様入り口に体をぶつけながら工房から出て行った。
同時に無言で侍っていたキャスカも丁寧に別れの挨拶を述べた後、ガルガンの背を追って行った。
◆
次の日は金曜日だった。柳楽和人は今日もせかせかと黒のママチャリをこいで学校へと急いでいた。
桜実高校はなだらかな山の上にあるため、運動など滅多にせずにいつもゲームばかりしている和人には、毎朝の登校はなかなか難易度の高いクエストだ。息を切らして構内の駐輪場に辿り着く頃には、いつもすぐに帰宅したい衝動に襲われてしまう。
だが今日が終れば明日からは土曜日、そしてその次は日曜日だ。もうすぐ丸二日という自由な時間が手に入る。それを目標に、和人は「なんとか乗り切ろう」と無気力に気合を入れていた。
教室に到着すると望月莉世、それとグリフィンズのメンバーである角谷と牧の三人が集まって、なにやら話していた。
和人はそれに気がついたが、特に視線を向ける事も無く自分の席へと足を運ぶ。しかし、すぐにトコトコという足音と共に莉世が声をかけてきた。
「柳楽君。おはよう」
「……おはよう」
無愛想に返事をする和人。横目で莉世を見ると、なぜか申し訳なさげにうつむいていた。
「あのね柳楽君。丸尻尾をとってくるクエストなんだけど……」
「……あぁ。出なかったのか?」
そういえば、そんなクエストを依頼していた――莉世に言われて、和人は昨日依頼したクエストの達成報告が届いていないことに気がついた。
「あのね、昨日は……」
うつむき加減に、ぼそぼそと言いづらそうにする莉世。見かねて、角谷が横から割って入った。
「昨日、迷いの森に初心者狩りが出たんだ」
その言葉で和人は事態を把握し、眉をひそめて聞き返す。
「……負けたのか?」
「残念ながら……ね」
すこし苦笑しながら答える角谷に対し、和人は続けて質問した。
「相手は一人か? 複数か?」
「複数だ。3人組で、全員が黒装束を身に着けていた」
「武器は?」
「ロングソード、大鎌、両手刀だったかな。頑張ったけど、初心者の望月さんを抜いたらこっちも3人だったからね。敵わなかった」
和人の質問に素直に答える角谷を見て、もう一人のグリフィンズ所属である牧が鼻息荒く割り込んできた。
「やめろよユウ。こんな奴に負けた話なんかするのは」
自信満々に出発したのに、初心者狩りに負けてしまって面子が無いのだろう。牧は少し不機嫌な様子だった。しかしそれは、あの時セウイチの酒場でグリフィンズを見送った和人にとっても予想外の事態だった。
グリフィンズは桜実高校内の知り合い同士で構成された内輪ギルドだが、別に弱小ギルドというわけではない。
到達リージョンによって定まるギルドランクは、グリフィンズは9段階の内5であり、アルザスの街で行なわれるトーナメント戦でも、A級からH級まであるランク分けの内"チームマッチD級トーナメント"を優勝した事がある。
つまり実力的には中堅クラスと言ってよく、特にリーダーの角谷はそれなりの強さを誇る戦闘プレイヤーだった。
そのグリフィンズが初心者狩りをするような連中に負けるとは、和人も思っていなかったのである。
莉世が少し涙目になりながら謝る。
「だから、ごめんなさい柳楽君。"ファーラビットの丸尻尾"――まだ納品できないの」
「別に、気にするな」
和人がぶっきらぼうに言うと、角谷も莉世をフォローする。
「まあ、あそこまでたちの悪いPKに会う事はめったに無いよ。あれは災難だと思って、今日また迷いの森に行こうよ。今度は初心者狩りなんか出ないって」
「そうかな……」
「そうそう! また襲ってきやがったら、今度こそ俺が返り討ちにしてやるよ」
牧も、その特徴的なクセ毛を揺らしながら莉世を励ました。二人の言葉で莉世に少しだけ笑顔が戻る。
和人が受注している【革細工】クエストの納品期限は明日までだ。今日中に納品されれば十分に間に合う計算である。
(間に合いそうに無ければ、露天バザーで買えばいいだけだしな……)
和人はそう考え、申し訳なさげに見つめてくる莉世に向けて言った
「今日中に納品してくれれば十分だ」
「うん! じゃあ、今日こそ絶対取ってくるね」
明るい笑顔が戻った莉世は、元気よく両手を握っていた。