9. NPC酒場にて
9
プレイヤーの少ないNPC食堂に入り、いくつか飲み物を注文した後、2人はカウンターに並んで座った。
「そういえばヴォル。例のオフ会の話、聞いてるか?」
「ん。あーシオンが言ってる奴だろ。行く気だったけど、お前も来るの?」
「セウに直接誘われたからな。無理やり連れて行かれそうだ」
「へぇ。そういや、あいつとは同じ高校だったんだっけ」
ヴォルは機嫌良さげに話す。ウドゥンは彼と旧知だが、リアルで会った事は無い。どこか都内の大学に通っているという事は聞いた事があるが、それ以上の事は知らなかった。勿論、他人のリアル事情など知ろうとする気も無かったが。
「まあ、来れば良いんじゃね? アクライは来るって言ってたし、今はファナの奴を説得している最中かな」
「ファナねぇ。あいつこそ、こういうイベント興味ないだろ」
「まあな。ただ、リズが来るなら行くとは言ってた」
「はっ。それは無理だ。あいつにリアルで連絡が取れるなら、俺かセウが先にしてる」
「くはは! そりゃそうだ」
お互いにげらげらと笑い会う二人。やがて他愛も無い話をいくつかした後、話題はPK事件へと向かった。
「今起きてる、ドロップ品散乱事件は聞いてるか?」
「ん。あぁ、ノーマッドの連中の仕業だって?」
「そうらしい。キャスカの奴も確定だといっていた」
「ふーん」
ヴォルが少し腑に落ちない様子で返事をする。その姿を見て、ウドゥンが詮索する。
「なにか気になる事が?」
「ん、いや。ドロップ品が散乱してるからって、必ずノーマッドが現れる訳じゃないんだろ?」
ヴォルが奇妙な言い回しで質問を返してきた。ウドゥンが頷く。
「あぁ。俺もラース山脈でドロップ品の山に出くわしたが、その時は誰もいなかった」
「なら、もしかしたらノーマッドだけの仕業じゃないかもな」
「どうしてだ?」
ウドゥンが首をかしげると、ヴォルは運ばれてきた黄金色の飲料をがぶ飲みする。美味そうにそれをジョッキ半分ほど減らした後、彼は答えた。
「実はな、さっきウルザ地底工房でもドロップが散乱している部屋があったんだよ」
「んだと?」
「いやな、俺も良くわからんないんだが、アクライが迷子になったって言ったろ。あいつと合流した時の部屋に大量のドロップ品が落ちてたんだよ。"黄金の歯車"だったな」
「アクライはなんて言ってるんだよ」
「別に、最初っからこうなってたってさ」
ヴォルはそう言って肩をすくめる。確かに奇妙な話だと、ウドゥンも思った。
なぜならウルザ地底工房は8thリージョンに属する為、このランクのエリアに出入りできるプレイヤーはひどく限定されてしまう。このサーバーではすなわち、自分達トリニティか、インペリアルブルーか、クリムゾンフレアの三つしかない。
勿論ノーマッドは行けないはずなのだが、とはいえ矛盾しているとまでは言えなかった。ウドゥンが言う。
「ノーマッドのギルド員が、クリムゾンフレアかインペリアルブルーにいるって事じゃないのか?」
「まあ、ノーマッドの連中の仕業ならそういう事だろうな」
自身のギルドにノーマッドのギルド員がいるかもしれないというのに、ヴォルは能天気な様子で答えた。彼にとって特に、気にすることではないようだ。
クリムゾンフレアはギルドの掛け持ちを禁止していないし、PKも禁止していない。仲間がノーマッドに属していようが、彼らは別段興味が無かった。
「ただドロップ品が散らばっていた場所は、生半可な強さじゃ辿り着けない場所だったからな。ソロでいけるのは、ウチでもA級の10人位だろうが、その中にはノーマッドに所属してそうな奴はいないな」
「……となると、インペリアルブルーの中か。」
「くはは! そうだとしたらあそこ、また裏切り者がいる事になるな。インペリアルブルーのくせに何をやってんだか」
ヴォルがげらげらと笑う。またというのは、先日起きた【蒼の侍】ゴンゾーによる初心者狩りの一件の事を指していた。
ウドゥンが同意も否定もせず、話を続ける。
「だが、何のために8thリージョンまで出張ったのかわからんな。まさかクリムゾンフレアのランカーにまで同じPKを狙ってたのか?」
「かもなー。まあ、俺達の装備はレアいのばかりだからわからない事もないが」
彼らクリムゾンフレアの装備は、通常のプレイヤーでは手の届かない一級品ばかりだ。特に最古参でありクリムゾンフレアの実質上のリーダーであるヴォルの装備は、並大抵のものではない。実際、彼の所持するレア装備の数々を求めて、PKを挑む命知らずな連中は後を絶たなかった。
その時、ウドゥンがはっとして言う。
「あぁ。レア装備で思い出した。シオンのバカが被害にあってるんだよ」
「まじか!? なに取られたって?」
「ご自慢のメイン工具だよ。"オリハルコンハンマー"」
「くはははは! ばかだなー」
彼もシオンとは顔見知りだ。そんなフレンドの災難を、ヴォルは完全に他人事といった様子で大笑いしていた。
「セシルに盗られたとなると、簡単には戻ってこねーだろうな。あいつの守銭奴っぷりは異常だから」
「それがな、今すぐ取り返して来いって言われてんだよ」
「そりゃムリゲーだ」
ヴォルがぐびぐびとジョッキに入った飲み物を飲み干す。それを横目に、ウドゥンもまたジョッキを傾けた。
「とりあえず、この後セシルの所に行ってみようかと思ってる」
「無策でか? そりゃ無謀だろう。のこのこ行っても、有り金をむしられるのが関の山だぜ」
「……まあな」
今の所ウドゥンには勝算が無い。だからといって、このまま情報収集を続けても、とっかかりが見つかりそうになかった。こうなれば【悪童】セシルとじかに会って、シオンから預かった50Mの金でなんとか言い包めるしかない。ひどく不確実な考えだったが、彼に残された手段はその程度しかなかった。
黙りこむウドゥンに向け、ヴォルが思い出したように言う。
「そういえば、ノーマッドの話じゃあねぇが、雪月花の新入りとはやりあったぜ」
「ん? あぁ、凄腕ってうわさの奴か。どんな奴だった?」
興味深げに聞き返すと、ヴォルは含み笑いを浮かべながら言った。
「なんてことはねえ。ゴンゾーだったよ」
「って、そうきたか」
ウドゥンが思わず吹き出す。つい先日、偽黒騎士騒動起こしたゴンゾーは、キャスカからインペリアルブルーを除名されたとは聞いていた。だが、その後の行方は知らなかったのだ。
「ゴンゾーの奴、インペリアルブルーをやめた後しばらくフリーだったけど、最近雪月花に加入したらしい」
「なんつーか。まあそっちのほうが似合ってるかもな」
雪月花は有名なPKギルドである。彼らはPKのやり方が変わっていると同時に、メンバーが少数精鋭である事が知られていた。ウドゥンが知り得る限りで、ゴンゾーを含めて6人程度しか所属していないのだ。
そんなギルドにゴンゾーが加入したという事実は、曲がりなりにも彼が高い戦闘力を持つ事を物語っていた。それでも、目の前にいる戦闘ギルド・クリムゾンフレアの【破壊者】には及ばなかったようだが。
「くはは! 生き生きとしてたぜ。まあ、返り討ちにしてやったがな」
「かわいそうに。シャオは居たのか?」
ウドゥンが雪月花のリーダーの名前を挙げると、その名を聞いたヴォルは首を横に振った。
「いや、見なかったな。あいつは見かけるほうが珍しいだろ」
「確かに。そういやあの野郎、最近見ないな」
「まあ、シャオが現れるのはいつも唐突だからな。その内ひょっこり、呼ばれても無いのに出てくるだろうよ」
「……」
お気楽に言うヴォルの言葉に、ウドゥンはなぜか嫌な予感がした。
◆
「ふーん。って事は、リゼは始めて一ヶ月って所なんだ」
「はい。たしか先月の最初に始めたから、本当にぴったし一ヶ月ですね」
工房に通された男は、来客用の椅子に案内された。そこで彼は出された紅茶を楽しみつつ、擦り寄ってきた黒猫を膝で抱きながら、楽しげに展開されるリゼの話に相槌を打っていた。
「そっかそっか。楽しんでるみたいだね」
「はい! みんな良い人ばかりで、凄く楽しいです」
リゼは弾けるように笑った。最初は不審な男の様子を窺いながら、さぐりさぐり会話をしていたが、話し始めてしばらくすると、かなり打ち解けた様子で話すようになっていた。
しかし一方で、リゼはシャオと名乗った目の前の男と話しているうちに、先程とは別の奇妙な違和感も覚えていた。
「この前も、インベイジョンで32番街のみんなと――」
「あぁ。インペリアルブルーとクリムゾンフレアまでやってきた奴か。凄かったねー」
「はい。えっと、シャオさんも居たんですか? 32番街」
「いや? 話に聞いてるだけだよ」
「え、それじゃあ――」
「僕のギルドはギルドホームが無いからねー。インベイジョンには参加した事は無いんだ」
「あ、そうなんですか」
リゼは再び、奇妙な感覚を覚えた。言葉にするのは難しかったが、先ほどから会話の節々でむず痒い気分になっていた。
彼は話を合わせる事がうまく、リゼが話す内容を楽しげに聞いてくれる。しかし、どこか不自然だった。リゼはその不自然に気がつけずにいた。
ガチャ――
突然ドアが音を立てて開いた。そして開いた隙間から、工房の主であるウドゥンがのっそりと現れる。リゼが明るい声で出迎えた。
「あ、ウドゥン。お帰り!」
「あぁ」
「ウドゥン。お客さんだよ」
「客……?」
彼が興味なさそうな瞳をむけると、灰色の髪をした来客はニヤリと口元だけ歪ませた。
「久しぶりだね。ウドゥン」
「シャオ……」
ウドゥンは、静かに驚きの声を上げた。




