8. 情報収集
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城砦はひどく慌しかった。基本的にPKに対して厳しい立場をとっているインペリアルブルーでは、悪質なPKには対抗措置をとる事が多い。今回の大規模なPKは、インペリアルブルーが動くには十分すぎる事件だった。
ウドゥンは城砦にやって来ると、そのままプレイヤーの行き交うエントランスを抜け中枢へと入り込んだ。途中、ギルド員に声を掛けられる。
「あの、すいません。ここから先は部外者は――」
「ガルガンはいるか?」
「あ、いえ。隊長はPKKに出ています」
「そうか。じゃあキャスカはいるか? コンスタンツでもいい」
「あ、それでしたら」
「ウドゥンが来たと伝えてくれ」
そう言うと、男はウドゥンの顔を確認した後、小走りに奥へと向かった。ウドゥンが手持ち無沙汰に立ち尽くす。
しばらくすると、男が帰ってきた。
「あの、入ってくれとの事です。突き当たりの部屋です」
「ありがとう」
ウドゥンは簡潔に礼をいい、すぐさまその部屋に向かい、ノックをした。
「どうぞ」
中からの返事を待ち、ウドゥンはドアを開ける。部屋には、数人の蒼色の装備に身を包んだプレイヤー達が、忙しそうにパネルを操作していた。
その中でも、一際目に付く美しい黒髪を一つに結ったキャスカが立ち上がる。
「ウドゥン様」
「キャスカ。面白いことになったな」
少し冗談っぽくウドゥンが聞くと、周囲のプレイヤーからやっかみが飛んできた。
「俺達にとっては面白くねーよ。まったくノーマッドの連中はよー」
「まあガウス。最近暇そうだったから、いい刺激じゃないか」
「ったく。部外者は気楽だよな」
そう言うとガウスと呼ばれた男は、自身のパネルを用いてメッセージや掲示板に書き込む作業に戻った。他のギルド員たちも、みな忙しそうだ。
キャスカがウドゥンの傍にやってくる。
「ウドゥン様。ここでは邪魔になりますので、こちらへ」
「あぁ」
そういって、ウドゥンは隣室へと案内された。そこでソファに掛けさせられると、キャスカがパネルから紅茶を実体化し、差し出す。
それを受け取り、ウドゥンが礼を言った。
「ありがとう」
「ガルガンは今PKKに出向いておりますので居ません。コンスタンツはすぐに来ると思いますので、少々お待ちください」
「旦那はまあどうでもいいんだが。コンスタンツの奴、なんか昨日から忙しそうだな」
ウドゥンが紅茶に口をつけながら言うと、キャスカは一瞬間をおいて答えた。
「えぇ。VerUPによる混乱の最中ですから。インベントリ担当の彼女としては少々立て込んでいるのでしょう」
「その上で、この大規模PKだろ? まったく同情するぜ」
「とてもそのようには見えませんが……」
皮肉っぽい表情で言うウドゥンに、キャスカは少し非難するような視線を向けた。しかしすぐに気を取り直して言う。
「それで、用件は何でしょうか」
「別に、ちょっと確認しにきただけだ。今回の件はノーマッドで確定なのか?」
「それは、間違いないでしょう。目撃証言からあきらかです」
「どの程度の規模でおきてる?」
「3rdから6thの全域で発生しています。私たちが把握している限り、件数にして13件。詳しい資料をお渡ししましょうか?」
「あぁ、頼む。だが確かに6thまでなんだな」
その質問に、キャスカはピクリと眉を動かした。
「はい。ノーマッドは《シックスギルド》のはずですから、その事実からも今回の事件が彼らの仕業である事を支持しています」
「ふーん」
そんなやり取りをしながら、2人は情報のやり取りをする。ウドゥンがいくつか質問をした後、情報代としての金の入った金袋を机に投げた所で、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「いやー! まったくもう忙しいわー。お、ウドゥン! おっひさー!」
「よう。コンスタンツ」
小柄な女プレイヤーだった。さらさらとしたセミロングの銀髪を振り乱し、彼女はキャスカの隣に飛び込むように座った。同時にキャスカのすらりとした太ももに顔をうずめ、ぐりぐりと擦りつける。
「疲れたー。キャスー、なでてなでてー!」
キャスカはそんな彼女の行動に、迷惑そうな表情を見せた。
「コンスタンツ、しっかりしてください。お客様の前ですよ」
「えー。どうせウドゥンじゃん。客じゃないよ、こんな奴」
彼女の言う事をスルーしながら、ウドゥンが質問する。
「コンスタンツ。お前今回の事件予想していなかったのか?」
「えー。ノーマッドのPK? まードロップ品が散乱してるって聞いた時点ですぐに思いついたけど――」
彼女はいそいそと体勢を変え、今度はキャスカの膝の上に腰掛けた。小柄な彼女はすっぽりとキャスカの懐に収まり、蒼く澄んだ瞳と整った顔立ちと合わせて、洋人形のように見えた。
コンスタンツが続けて言う。
「こんな幼稚で非効率的なPKを狙うバカがいるなんて、考えづらいから一蹴してたんだよね」
「……まあ、確かにな」
実際、今回のPK事件は派手ではあるが、かなり効率が悪い。なにせドロップ品は自分たちで用意しなければならないのだから。それには当然、資金が必要となる。せっかく金と労力を掛けておびき寄せたとして、それに見合うキル報酬が手に入るかどうかは運任せだ。
おまけに三日もすればサーバー全体に広まり、同じ手は通用しなくなるだろう。その意味でもあまりスマートなPKには思えなかった。
「ま、派手にPKしたみたいだし。私たちが把握していない被害もあるだろうから、一応は儲かったんじゃない?」
「まったく、あいつらも暇人だよな」
「きゃはは! そうだよねー」
けらけらと同調して、コンスタンツはキャスカの膝の上で笑った。その頭を無表情に撫でながら、キャスカが言う。
「とりあえず、ガルガン・ベイロスを中心にPKK隊を派遣しているので、じきに収まるのではないでしょうか」
「結構人数を割いているのか?」
ウドゥンが聞くと、それにはコンスタンツが答える。
「人数自体は50人くらい出してるんだけど、フルパーティを組ませて行動させてるんだよね。ねぇねぇウドゥン、効率悪いと思わない?」
「フルパーティ?」
確かに言うとおり、ドロップ品の散乱を見つけて警戒するだけなら、1人か2人でもいい。ばらばらに展開させて、現場を見つけたら応援を呼べば十分だろう。
いちいちフルパーティで行動させる理由など、特に見当たらなかった。
「確かに、なんでそんな面倒な事してんだよ」
「私はソロで散ったほうが良いって言ったんだけどねー、キャスがさー」
「コンスタンツ」
キャスカがたしなめるように厳しい声で言う。優しく髪の毛を撫でていた掌に、少しだけ怒気を伝えて押し付けていた。コンスタンツはびくりと体を固まらせ、苦笑いをする。
「えへへ……怒られちゃった。でもまあ、この話はすぐに収束するはずだよ。いくらノーマッドでも、そう何回も使える手だとは思ってないはず。なにせ知られて警戒されちゃったら、この手口意味無いもん」
「まあな」
コンスタンツは胸を張って言う。
「だから、私達がやるべきなのはPKKなんかじゃなくて、手口の周知徹底なんだよ。今みんなでメッセージや掲示板、それに各番地で広報してる。それでこの話はおしまいだね」
先程の部屋で、多くのギルド員が忙しそうにパネルを操作していたのは、そういう意味だったようだ。ウドゥンが話を聞いて、小さくため息をつく。
「ちゃんと動いていたみたいだな」
「そりゃそうだよ。私たちはインペリアルブルーなんだから。それより、何でお前がこんな事件に興味持ってんの?」
「別に。昨日俺も、ドロップ品が散乱してる現場に出くわしてたから気になっただけだ」
「ふーん」
コンスタンツが鋭い視線を向けてくる。ウドゥンはその視線を無視しながら、立ち上がった。
「まあ、色々聞けて面白かったぜ。また何かあったら教えてくれ」
「はい。お疲れ様でした」
キャスカが座ったまま小さく礼をする。その間、コンスタンツはキャスカに抱かれたまま、大きな瞳をウドゥンに向けていた。
◆
城砦からでると、ウドゥンは再び一番街に向かった。これからノーマッドの所にシオンに頼まれた"オリハルコンハンマー"を取り返しにいかねばならないのだが、交渉の方針が見えないでいた。
一番手っ取り早い手段は、金を積む事だ。だがそれには資金が足りない。シオンは50Mで買い戻せと言ったが、あの【悪童】セシルから買い戻すには、少なくとも倍は必要だろうとウドゥンは計算していた。
となると、なにか交渉材料を持っていかなければならない。彼はそう考えていた。
(インペリアルブルー方面は空振りか……)
最初はインペリアルブルーの動きを把握して、それを売ろうと考えていた。しかし話を聞いてみると、おそらくガルガンが主導している形だけのPKK隊と、簡単な広報活動くらいしかしていない。
この程度の事、ノーマッドが把握していないわけが無いので、情報としての価値はいまいちだ。
ほかに売れこめそうな情報はないかと思い、彼は【聞き耳】スキルを発動しながら一番街を歩いていた。
「お、みろよ。クリムゾンフレアだ」
通りの一人がそんなことを言った。同時に周囲がざわざわと騒がしくなる。
ウドゥンが立ち止まり、その方向を見ると、深紅の装備に身を包んだ集団が一番街の大通りを通過していた。野次馬が大量に周囲を取り囲み、大名行列のようになってしまっている。
「ファナだ」
「へー。あれが【戦乙女】か。目の前で見たのは初めてだな」
先頭を切るのは、真っ赤なビスチェに身を包み、白く輝くの長髪をなびかせて歩くファナだった。その後ろを数人のギルド員達が付き従う。
その中には深紅のプレートメイルを身に纏い、ぼさぼさとした赤髪をした長身痩躯な男もいた。
「お?」
その男――クリムゾンフレアのヴォルは、周囲からその行列を眺めていたウドゥンを目ざとく見つけ、歩み寄ってきた。
「よーウドゥン」
「おう。狩りの帰りか?
「あぁ。8thリージョン攻略に行ってきた」
「どうだったよ。たしかウルザ地底工房だっけ?」
「あぁ。まあ全然進めてない。まだまだこれからだな」
そういってヴォルはからからと笑う。そのまま後ろのクリムゾンフレアの仲間に向け言った。
「先に行ってていいぞ。俺はこいつと話していく」
「りょーかいっす」
一人が答え、集団が先に進む。見ると、そこには目立つ金髪をツインテールにした、一際小さな少女もいた。
「アクライ。お前もどうだ?」
「……」
ヴォルが声を掛けると、アクライは疲れた様子でこちらを見た。いつもの元気な様子は影を潜め、少しうつろな目をした少女は、ヴォルと話すウドゥンに視線を向けた後、小さく首を振って答え、集団の中に入ったまま歩いていった。
その姿をみたウドゥンが、少し意外そうに言う。
「よほどダメだったんだな。アクライも元気が無い」
アクライは、ウドゥンを見つけると大抵騒がしく駆け寄ってくる。しかし今回は音も無く、ただ集団の中を存在感も無く歩いていた。
ヴォルがあきれた様子で肩をすくめる。
「あぁ。あいつ怒ってんだよ。俺達があいつを置いて先に進んだ事にな」
「ふーん。だが、あのウルザ地底工房だろ? あそこはギミックがとんでもなく面倒だよな」
「お前らトリニティは、こっちは諦めたんだっけ?」
「あぁ」
唯一の《ナインスギルド》であるトリニティに所属するウドゥンは、当然8thリージョンを突破した経験がある。それは二つある8thリージョンの内、ミシラ空中庭園の方だった。
「じゃあ、お前に地底工房の攻略を聞いても仕方ないな」
「空中庭園のほうも、ろくな攻略方法じゃなかったけどな」
「くはは! そうだったな。あの時は大騒ぎになったもんだ、懐かしい!」
ヴォルはそう言って、愉快げに笑った。トリニティが8thリージョンを突破した際、その事実と共に、攻略方法が多くの議論を呼んだ。その結果、公式がコメントを出す事態にまで発展したのだが、現在はその時の事を覚えているプレイヤーも少なくなってしまった。
一通り笑った後、ヴォルはきょろきょろと周囲を見渡しながら言う。1番街はいつものように、多くのプレイヤーで溢れていた。
「ここじゃあゆっくり話せないな。どっかに入ろうぜ」
「了解」




