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Zwei Rondo  作者: グゴム
四章 黄金の皮算用
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7. 大規模PK

7


 大規模なPKが発生したという情報を、ウドゥンはログインした瞬間から聞き耳スキルにより把握した。32番街を行き交うプレイヤー達が噂をしていた為だ。

 昨日の内に今回の事件を予測していた彼は、すぐに情報を集めるために、多くのプレイヤーが集る1番街へ移動していた。


……


「色々な場所で、同時にあったみたいだな。うちのギルメンもやられた」

「後ろからいきなりPKだぜ。何人居たかも分からなかったよ」

「なにか怪しいとは思ってたが、やっぱりノーマッド共だったか」

「ふざけんなよ、あいつら」

「そういえば、【鍛冶師】シオンも被害に会ったらしいぜ」

「まじか。あいつのキル報酬、半端ないだろうな」


……


 シオンが被害にあったと聞いて、ウドゥンははっと目を見開いた。どうやら昨日別れた後、彼は再び素材集めの為フィールドエリアへと繰り出していたようだ。


(まったく。あいつはいつもどこか抜けてるよな)


 そう心の中で呆れながら、ウドゥンはシオンの所属するギルド『グラムリジル』のある3番街へと向かった。



「シオン」


 ギルド・グラムリジルの共同工房にやってくると、シオンは自身の作業台の前で元気無さげに座っていた。この場所は、ウドゥンの持つ個人用のものと異なり、数十人が同時に作業を行える広さを持つ大規模な工房だ。

 サーバーで有数の生産ギルドであるグラムリジルの名に恥じず、かなりの設備を誇る工房のだったが、そこでシオンは一人落ち込んだ様子で座っていた。


「あぁ、ウドゥンか」

「聞いたぜ。PKされたんだって?」


 ウドゥンが軽い調子で、手近な丸椅子に腰掛けながら聞いた。シオンは力無く答える。


「……外じゃあ、結構噂になってるのか?」

「まあな。被害者はお前だけじゃあないみたいだが」

「まじで信じられねーよ。ふざけんな、ノーマッド共が」


 シオンは悔しげな様子で作業台に拳をたたきつけた。ウドゥンが無表情に質問を重ねる。


「やっぱりノーマッドなのか?」

「あぁ。間違いないね。なにしろ、俺の時はセシルの野郎がいやがったからな」

「それは、なんつーか狙われてたのかもな」

「まーったく。あのくそ野郎が!」


 イラついた様子で喋るシオンだったが、ウドゥンは淡々と状況を聞きだしていく。


「何を盗られたんだよ」

「……"オリハルコンハンマー"だ」


 その答えに、ウドゥンは驚いた様子で聞き返す。


「は? お前、あれ持ってる時に襲われたのか?」

「……」


 生産スキルにはそれぞれ対応する工具が存在する。シオンのメインスキルである【鍛冶】には、工具としてハンマーを使用するが、これら工具の中でも、最高級の素材を駆使して作られるのが"オリハルコン"シリーズである。

 元となる素材だけで軽く10M(10,000,000)は越えるといわれており、そこから金と手間をかけて強化エンチャントした後のものとなると、もはや市場に出回るものではなかった。


 だが問題はその高価な値段というより、シオンが無用心にもそんな物を持ったままPKにあってしまった事だった。


「なんつーか、言っちゃあ悪いがバカだろ」

「うるせえ。俺も少し、そんな気がしてるよ」


 シオンはほっといてくれといった様子で投げやりに答えていた。


「買い直したら30Mって所か」

「それで買えるならマシだな。良い値が出るまでひたすら強化エンチャントを繰り返してたから、もう掛けた金はその倍は越えてるよ」

「まあそうだろうな。ご愁傷様」


 ウドゥンが適当に言うと、今度はシオンが泣きつくような表情を向けてきた。


「ウドゥンー。頼むよー」

「なにが」

「お前、セシルと知り合いなんだろ。何とか説得してノーマッドからあれを取り戻してくれよー」

「いや、無理だろ。確かに少しは話せるが、タダで返してくれるほどあいつはお人好しじゃないぞ」

「そこをなんとかさー」


 なおも迫ってくるシオンに、ウドゥンは面倒そうに眉をひそめる。


「いくらまで出せるんだよ」

「……今手持ちに50Mはあるから、これで何とか」

「50M? 冗談だろ」


 ウドゥンが肩をすくめた。確かにそれほどの金を出せば、同じとはいかないまでも、かなり良い性能をもつ"オリハルコンハンマー"を作り出す事はできるだろう。だがそれは使用する素材代だけを計算した机上の空論だ。

 より性能の良い強化エンチャントをする為には、大量の素材と膨大な手間が必要になってくる。簡単に言うと50Mぽっちでは割に合わないのだ。シオンもその事がわかっているからこそ、取り返してくれと頼んできているのだが、その理論はそっくりそのまま相手側にも成り立つ。


「あのセシルが相手だ。その倍は無いと難しいぜ」

「んな事言ってもな。今回はパッチ後の素材高騰が相当きつくて、すぐに動かせる現金が少ないんだよ」

「素材高騰って、鍛冶だと"霊銀石"とかか?」

「あぁ。それが一番ひどい。需要が増えすぎて、とんでもない高値になってるよ。ほかにも俺が知っているのだと自動回復薬の原料になった"マンドラゴラ"あたりもヤバイ。今回のパッチは、素材屋には大当たりだな」

「そうかもな」


 ウドゥンが興味なさげに返事をする。彼は、現金が無ければセシルの説得は難しいだろうと考えていた。別の方法も絡めて交渉する道筋があれば、何とかなるのだが。


「頼むよー。パッチの影響が落ち着いたら、ちゃんと礼はするからさー」


 ウドゥンが少し考え込むような仕草を見せる。その内に考えをまとめ、彼は言った。


「そうだな……50Mのうちで使わなかった分は全部俺が貰うってのはどうだ」

「本当か!? 全然構わないぜ!」


 シオンが希望に溢れた表情を向けてくる。ウドゥンはそれを見て、やはり小さく考え込み、やがてゆっくりとした調子で言った。


「まあ、それならやってみるか。当てが無い事もないし」

「助かるー!」


 シオンは抱きつきそうなほどの勢いで喜ぶと、すぐにパネルを操作して50Mを取り出した。それを受け取ったウドゥンはぶっきらぼうな挨拶を残し、すぐにグラムリジルの工房を後にした。



 ――トントトトン


 昼過ぎにログインしたリゼは、いつものようにウドゥンの工房にやって来てドアをノックをした。しかし中からは物音一つ返ってこない。どうやら主はいないようだった。


「うーん。またセウさんの所かな?」


 リゼは腕組みをし、少しの間躊躇(ちゅうちょ)する。しかしすぐに昨日のウドゥンとの会話を思い出し、今回は先に中に入って裁縫スキル上げをしながら彼の帰りを待つ事にした。

 右手を工房のドアにかけると、電子音と共にロックが解除される――


「こんにちは」

「えっ?」


 突然掛けられた声に、リゼは妙な声を上げてしまった。振り返ると、灰色の短髪をした男が彼女を見つめていた。


(あれっ……?)


 ウドゥンの工房は通りから脇道に入った場所にあるので、いつもはひどく人通りが少なかった。その為油断していた事もあったのだろうが、リゼは奇妙な感覚を覚えた。

 いつからこの人は背後にいたのだろう、と。


 困惑した様子で固まったリゼに、その男は一度首をくいっと捻ってから口を開いた。


「ここってウドゥンの工房だよね?」

「えっと。はい」


 リゼが反射的にその男の姿を眺める。猫のように飄々とした、痩せ型の男だった。くすんだ灰色の前髪は目元を覆い隠すほどに長く、その間から見える金色の瞳は吸い込まれるような輝きだ。

 どこか不気味な雰囲気のある男だと、リゼはなんとなく思った。


「でも、今はいないみたいです」

「ふーん。ちょっとあいつに用があるんだけど、中で待たせてもらって良い?」


 男が半開きになったドアに目をやりながら言う。どうやら彼は、リゼがドアを開けたのを確認して声をかけてきたようだった。


「え、えっと――」


 リゼは返答を詰まらせる。いくらウドゥンには勝手に入って良いと言われているが、訪問客を中に入れていいとまでは言われていない。もしかすると中のアイテムを盗られてしまうかもしれないし、ここは断るべきだと考えた。

 しかし次の瞬間、男はどこか違和感のある笑顔で言った。


「心配しなくていいよ。何も盗らないから、ていうか主の許可が無いと何も持ち出せないことぐらい知ってるだろう?」

「えっと、そうなんですか?」


 リゼがきょとんと首を傾げると、男は少し意外そうな表情を見せる。


「あれ。もしかして初心者なの?」

「えっと……はい。ごめんなさい。システムについてはまだあまり知らなくて」

「はは。まあ最初はそんなものだよ」


 男はくすくすと笑う。その表情を見た時、リゼはようやく違和感の正体に気がついた。

 一見にこやかに話しているように見えるが、彼の目はまったく笑っていなかったのだ。まるで機械ロボットか何かが人間の振りをしているような、そんな不気味な印象だった。

 たまに思い出したように首をくいっと傾げる動作もまた、どこか機械的な雰囲気を感じた。


「人が多い所は苦手でねー。落ち着いて座りたいんだよね。あ、お茶を出せとか、そんな事は言わないからさ」

「えっと。ウドゥンの知り合いなんですよね」

「あぁ。シャオって言う、古いフレンドだよ」


 リゼはその名前に聞き覚えが無かったが、ウドゥンの交友関係の広さを考えると、今まで会った事の無いフレンドがいてもおかしくないと思った。せっかく訪ねに来た友人を無下(むげ)に断っても、ウドゥンは余り良い顔はしないだろう、彼女はそう判断した。

 しかし万が一という事も有るので、一応じっと見張っておこうとも決意して。


「それじゃあ、どうぞ」

「ありがとう。お邪魔しまーす」


 シャオと名乗ったその男は、嬉しげな声と共に工房へと入り込んだ。

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