6. 城砦にて
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「よく来たな、ウドゥン」
「あぁベイロス。そういや、前回のインベイジョンの時には会わなかったな」
「ははは! 俺は奇襲部隊の処理が忙しかったんだよ。お前らの後始末にな」
「そりゃ悪かった」
ウドゥンとリゼが城砦を訪れると、入ったところですぐに声をかけてくる男が居た。ベイロスというプレイヤー名の彼は、ガルガンほどではないが豪快な雰囲気の男で、ウドゥン達を城砦の一室に招いていた。
「しかしトリニティが復活ってのは、ここ最近で一番の話題だぜ」
「VerUPの話題の方がでかいだろ」
「それはライト層の話題だろ。俺達にしてみれば、あのトリニティが復活したって方が大事件なんだよ」
楽しげに言うベイロスに対し、ウドゥンが冷めた様子で応じる。
「あほか。復活っつっても今のメンバーは俺とこいつだけだぞ」
「いやいや。リゼの活躍は聞いてるからな。ブラッククロスのラヴォスを倒し、ソロマッチも今のところE級まで無敗で勝ち進んでる。円形闘技場の連中が【太陽】の二代目がやってきたって騒いでるよ」
その話を聞いて、リゼは嬉しそうな表情をベイロスに向けた。
「本当ですか!? 嬉しいなー」
「人気が出てるせいで、賭けでの稼ぎが少なくなってんだよ。まったく、だから知られたくなかったのに」
ウドゥンが口惜しそうに言う。ベイロスはそれを見て、ゲラゲラと大笑いを始めた。
「ははは! やっぱりお前がリゼを隠していた理由はそれか。まったく、抜け目ないな」
「っち」
ベイロスが愉快げに笑い飛ばすと、ウドゥンは不機嫌そうに顔を背けた。
「失礼します」
「あ、キャス!」
その時、あらかじめ呼び出しておいたキャスカが部屋にやって来た。その流麗な黒髪を片手で抑えながら、丁寧に礼をしてくる。
「ウドゥン様。リゼ。ようこそ我が城砦へ。ベイロス、ガルガンが呼んでいましたよ」
キャスカがそう告げるとベイロスは「そうか」とつぶやいて立ち上がり、そのままウドゥンに向かって手を上げる。
「そんじゃあ、俺はこれでな。またゆっくり話そうぜ」
「あぁ。またな」
「ありがとうございました!」
ベイロスが出て行き、代わりにキャスカが先ほどまで彼がいた席に腰掛けると、いつもの慇懃とした様子で言う。
「お待たせして申し訳ありません。ご用件はなんでしょうか」
「あぁ。ちょっと聞きたい事があってな」
「はい。なんでしょう」
ウドゥンは、キャスカの能面の様な表情を窺うように、強く瞳を見つめながら言った。
「最近、唐突にドロップ品が散乱しているって話を聞いた事ないか?」
「ドロップ品が散乱……? はい、いくつか見聞きしております」
「実はな、俺達もさっきそれにあってな」
「……先程ですか、場所をうかがってもよろしいですか?」
「ラース山脈、コカトリス広場だ」
ウドゥンが簡潔に言うと、キャスカは小さく頷いた。
「なるほど」
「まあ、労せず大量の素材が手に入ったんでよかったんだが。お前、あの現象についてどう思ってる?」
キャスカはその質問に、表情を変えず答えた。
「単に奇妙な現象だな、くらいにしか考えていませんでしたが」
「本当に?」
ウドゥンがなおも強く聞くと、キャスカは小さく眉をひそめた。
「何がおっしゃりたいのか、わかりかねます」
「いやな。俺はこの事件『ノーマッド』が関わっていると思うんだ」
あるギルドの名前を出すと、キャスカは表情をピクリと動かした。それはリゼが見てもわかるほど、明らかな変化だった。
「なぜそう思われるのでしょうか」
「なぜそう思わないのでしょうか、だ。お前かコンスタンツなら、必ず思いつくはずだろ」
「……」
ウドゥンがそう言うと、二人は少し険悪な雰囲気でにらみ合った。ウドゥンの隣で会話を聞いていたリゼが、少し慌てた様子で間に入る。
「え、えっと。ノーマッドってなに?」
彼女が場を和ませようとした質問に、キャスカが丁寧な様子で答えた。
「ノーマッドとはギルドの名称です。少々問題の多いギルドですが」
「問題?」
「えぇ。このアルザスサーバーでは、いくつかのPKギルドが知られています。その中でも有名なものが二つあり、一つは『雪月花』、そしてもう一つが『ノーマッド』です」
「へぇー」
リゼが興味津々と言った様子で、キャスカの話に相槌を打つ。
「特にノーマッドは、PKギルドというよりは犯罪ギルドと呼んだほうがいいでしょう。過去にも散々な迷惑行為を繰り返しています。狩場独占、集団PK、相場操作、噂の流布。構成員も100名ほどいると言われており、基本的に数の暴力に頼りPKすることが多いのが特徴です」
「うわー。ひどいねそれって」
リゼが眉をひそめ、そのまま嫌悪した表情で聞いた。
「でも、なんで今ノーマッドの話が出てくるの?」
「それは……」
キャスカが無表情にウドゥンへ視線を向ける。彼はそれに促される形で、仕方なくリゼの質問に答えた。
「今回ドロップ品が散乱していた理由として考えられるのは、誰かがあそこでコカトリスを狩りまくってドロップ品だけ放置していったか、または事前に用意しておいたアイテムをわざとばら撒いていったかのどちらかだ」
その説明に、リゼは首を傾げる。
「えっと、最初のはまだわかるけど、二つ目のはどういう意味? 自分で用意したのを放置していくって、そんなの損してるじゃん」
「その時はな」
「うーん?」
リゼが不満げな表情で頬に手を当てた。その時もなにも、アイテムを捨ててそれを他人に拾われて、何の役に立つというのか。彼女には想像もつかなかった。
「ウドゥン様のおっしゃる事はわかります。つまり、わざとドロップ品を撒き散らす方々がいると仮定すれば、その方々はある狙いを持っている。その際、最も考えられる可能性はPKという事ですね」
「そういう事だ」
ウドゥンとキャスカの言った話を理解しようと、リゼは難しい顔をしていたが、いくら考えてもイマイチ理解できなかった。
「えっと、なんでPKを狙うって話になるの?」
「そりゃあ、普通に考えればそれ以外でやる理由が無いからだろ」
「そうじゃなくて、なんでドロップ品を撒き散らした事がPKを狙う事に関係があるの?」
リゼが無垢な様子で聞くと、ウドゥンは大きくため息を吐いた。代わりにキャスカが説明をする。
「PKを仕掛けてくるプレイヤーには二種類のタイプがいます。一つは真正面からPvP(Player versus Player)を仕掛けてくるタイプと、もう一つは不意打ちを仕掛けてくるタイプです」
リゼはゲームを始めた頃にあった、偽黒騎士による初心者狩りの事件を思い出した。彼らはリゼ自身をはじめとする、初心者ばかりを狙っていたが、だからと言って背後から突然攻撃してくるという事は無かった。目の前に現れてから、PvPを挑んできた事から、一応は前者に当たるのだろうと思った。
「えっと、ノーマッドは不意打ちを仕掛けてくるタイプなんだよね?」
「そういう事です。彼らは基本的に、まともに戦う事はしませんから」
「まともに?」
「えぇ。ありとあらゆる手を使って、背後から多人数でPKを仕掛けてくるのです。そして今回選んだ手段が――」
「あーやっとわかった。ドロップ品に気を取られている間に襲い掛かるんだ」
リゼが納得したように声を上げると、キャスカはゆっくりと頷いた。どうやら正解のようだった。
「それじゃあ、あの時PKがいたの?」
「いや、居なかった」
ウドゥンが淡々と答えると、リゼはやはり腑に落ちない顔に戻る。
「え、じゃあなんで?」
「だから、今回の一件だけなら偶然だと思ったが、最近こういう事件がちらほらあるらしいんだよ。なあキャスカ」
「えぇ。3rdリージョンから6thリージョンまでの複数のエリアで、大量のドロップ品が散乱している事が確認されています」
「そんなに頻発するんなら、だれかが糸を引いてるんだろ。で、こんなアホな事をする奴なんか一人だ」
ウドゥンが人差し指を立てる。それを見つめながら、キャスカは凛とした様子で言った。
「ノーマッドがリーダー、【悪童】セシル――」
「あぁ。あいつの仕業だろうな」
「えっと、セシル……さん? ってどんな人なの?」
リゼが聞くと、キャスカがウドゥンの顔を窺いながら答える。
「とにかく、悪い噂の多い方です。私はあまりお会いした事がないのですが……」
「こういう小細工を弄してPKする事が大好きな、はた迷惑な野郎だ」
そう悪態をつくウドゥンの表情は、心なしか笑っているように見えた。しかしその色は一瞬で影を潜め、いつもの無表情に戻る。
キャスカが淡々とした様子で言った。
「しかし、本当にノーマッドが動いているという確信がなければ、我々も動きようが有りません。なにせ今の所、本当にドロップ品が撒き散らされているだけなのですから」
「まあな。一応確認と忠告しにきただけだ」
「ありがとうございます」
キャスカが座ったまま頭を下げる。ウドゥンは手をひらひらと振りながら立ち上がった。
「まあ、一応伝えたからな。ガルガンにも伝えといてくれ」
「はい。承りました」
キャスカも立ち上がったのを見て、リゼも慌てて自身の用件を切り出した。
「キャス。私、明日のD級トーナメントに出るんだー」
「もうD級まで進んだのですか。それは凄いです。何時からですか?」
「えっと、16時からだよ」
「そうですか。では時間を空けておきますので、応援に行きますね」
「え、本当!? やった!」
リゼが飛び上がって喜んでいると、ウドゥンが部屋の出口に向かいながら口を挟む。
「来てもつまんねーぞ。D級程度、今のこいつなら楽勝だからな」
「そうですか。ふふっ」
キャスカは珍しく、クスクスと笑っていた。ウドゥンが立ち止まり、眉をひそめて言う。
「なんだよ」
「いえ、随分とリゼの事を評価しておられるのですね」
「別に。お前も分かってんだろう?」
彼はそう言って、リゼを顎で指した。キャスカは少しいたずらっぽい表情で手を組む。
「さぁ、何の事でしょうか」
「っち」
「えっ、えっ?」
リゼが2人のやり取りをおろおろと見ていると、ウドゥンは話を切り上げ無言で部屋を出ていってしまった。リゼが慌ててキャスカに礼を言う。
「キャス、なんかごめんね。またメッセージするから、ばいばい!」
「はい。頑張ってくださいね」
キャスカは微笑んだまま手を振り、リゼを見送った。
その日の夜、アルザスサーバーで大規模なPK事件が起きた。




