3. アップデートパッチ
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次の日は7月1日だった。ナインスオンラインでは基本的に、一ヶ月おきにアップデートパッチが行なわれる。今回のパッチはイベントの追加やシステムの新要素こそ少なかったが、多くの新レシピが開放されるとアナウンスされており、主に生産プレイヤー達にとって待ちわびられていたパッチだった。
「いつもより皮紐とかなめし系の皮部品依頼が多いな」
「さすがだな」
朝起きるとすぐにログインしたウドゥンは、セウイチの酒場を訪れていた。そこでマスターのセウイチと共に、夜中から明け方にかけて行われた新パッチの情報を集めていた。
「大方の予想通り、分解を除く全生産スキルに新レシピが入ったみたい。特に鍛冶組と裁縫組は殺気立ってるよ」
「素材の高騰も始まってるみたいだしな」
「"カラクリ蜘蛛の繭"や"オパールの樹"あたりは、10倍以上に値上がってる。もう簡単には手に入らないね」
「特需だな。そういえば薬品にもてこ入れが入ったんだろ、確か」
ウドゥンがパネルを操作しながら聞くと、セウイチもまた自身のパネルに目を向けたまま頷く。
「あぁ。体力の自動回復薬か。仕様はまだよくわかってないけど、製薬が久しぶりに盛り上がってる」
「どれくらい回復が速まるかで使い勝手が決まるんだが……まあこれは戦闘ギルドの連中が興味津々だから、勝手に検証するだろ」
「後は料理関連だなー。一気に食材が追加されたらしいし、調理方法も新しく追加されたってよ。セリスの奴が喜んでた」
「その辺りは、まあ正直どうでもいいな」
朝方から次々と舞い込むパッチ情報を整理しながら、ウドゥンとセウイチは雑談していた。特にセウイチは様々なギルドに所属しており、それぞれの掲示板を参照しながらの情報収集だ。
一方のウドゥンは、今の所は何も活動はしていない。たしかにパッチは魅力的だったが、特にこのパッチで一稼ぎしようという気も無かった彼は、とりあえず情報が出揃うまで静観の構えだった。
一通りの情報を確認した後、ウドゥンは席を立つ。そのままパネルとにらめっこを続けるセウイチに声を掛けた。
「それじゃ。俺は工房で依頼をこなしとく。なんか面白い話があったら教えてくれ」
「りょーかい」
ひらひらと掌を振るセウを残し、ウドゥンは酒場を後にした。一度外に出て、自身の工房のある隣の側道へと移動する。
「あ、ウドゥン」
「……おう」
工房の前には、手持ち無沙汰に立ち尽くすリゼがいた。ウドゥンに気がついた彼女はすぐに向き直り、小走りに近づいてくる。
「居ないみたいだから、どうしようかと思ってたの。セウさんの所に居たの?」
「あぁ」
ウドゥンは淡白に応じると、そのまま彼女の横を抜け、工房のロックを解除するために木製のドアに手を掛けた。その時思い出したように言う。
「つーか前のインベイジョンの時、この工房の出入り許可リストにお前を載せたから、勝手に入れただろうが」
「えっと、ノックしても返事が無かったから……ほら、前に勝手に入って怒られたじゃん?」
遠慮がちに苦笑いを浮かべるリゼに、ウドゥンは先に入れという身振りをし、入り口から横に避けながら言った。
「外で待ってるのも時間の無駄だろ。次から勝手に入っていいぞ。俺の物を動かさなさければな」
「え!?」
その言葉を聞いて、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「えへへ。やっぱりウドゥンって優しいよね……って、待って!」
言いかけたリゼを無視して、ウドゥンは先に工房に入ってしまった。
工房内の作業台に座り、先程受注してきた【革細工】のクエストをこなそうとパネルを開くと、ウドゥンは一つのメッセージが届いている事に気がついた。
すぐに差出人を確認し、メッセージを開く。
『ちょっと面白そうなレシピを見つけた。今から行く ――シオン』
「なーんか、嫌な予感がするな」
そのメッセージを見てウドゥンは呟いた。乱雑に散らかった作業台に寝そべっていた黒猫のクーネをあやしていたリゼが、きょとんとした顔で聞いてくる。
「どうしたの?」
「これからシオンが来るってよ」
「あ、そうなんだ。私、居ないほうが良い?」
「別に、どっちでもいいんじゃね」
ウドゥンは投げやりに答えながら、シオンの意図を考えていた。
彼は【鍛冶】スキルのエキスパートだ。今現在、新パッチに沸くナインスオンラインで、自身の製作をほっぽりだし、わざわざウドゥンの工房に訪れる意味は何か。
「それじゃあ、裁縫上げしとくねー」
「……あぁ」
能天気なリゼの声が、彼の思考の邪魔をする。しかしそれによって深く考えても仕方ないとも思い直したウドゥンは、とりあえず革細工のクエストに取り掛かる事にした。
◆
――トントン
工房のドアがノックされる。
「俺だー」
「あぁ」
聞き慣れた陽気な声に、ウドゥンが生返事をする。すると小柄なシオンがいそいそとドアを開けて入ってきた。
「よーウドゥン」
「おう。パッチの調子はどうよ」
「まあまあだな。鍛冶の新レシピはあらかた判明したぜ」
「儲かりそうか?」
「そこなんだよー。ちょっと話を聞いてくれよ――ってその前に。オフ会の話、セウから聞いた?」
「ん。あぁ」
先日文化祭にやってきた2人の先輩から言われた内容を思い出すと、ウドゥンは不満げな様子で言った。
「なんで直接言ってこないんだよ。面倒くさい事しやがって」
「だって、俺が誘ってもお前、絶対断るだろ?」
「なんだよそれ……」
ウドゥンが眉をひそめるが、シオンは悪びれる様子も無く言う。
「それで、来れそうなのか?」
「まあ……な。今の所は行く気だ」
「おぉーーー! まじか」
シオンが大げさに驚いてみせた。どうやらあまり期待していなかったようで、思わずガッツポーズまでつけてしまっている。
「いいねー。今いろんな古参に声を掛けてるからさ。まあ楽しみにしとけよ」
「あぁ。後それと」
ウドゥンが言いかけて、工房の奥に目を向けた。そこには2人の会話に参加するタイミングを見計らっていたリゼが、クーネを両手に抱きながら遠慮がちにこちらの様子を窺っていた。
気がついたシオンが笑顔で手を振る。
「あ、リゼちゃん。やっほー、クーネも元気そうだね」
「えっと、こんにちは! シオンさん」
フレンドリーに挨拶をされ、リゼは安心したように明るく返事をした。彼女を横目にウドゥンが言う。
「こいつも来るかもしれないが、かまわねーだろ?」
「え、まじ? リゼちゃん、いいの?」
「えっと、セウさんとセリスさんに誘われて……」
「そうじゃなくて、わりと濃い連中ばっか集るから居づらいかもよ?」
「それは大丈夫だと思います。キャスやアクライちゃんが来るなら全然!」
その答えに、シオンは指を鳴らして喜んだ。
「いいねー! オフ会はやっぱし、皆で集ったほうが楽しいよ」
「まだ会った事の無い人もいるかもしれないけど、良ければ参加させてください」
「勿論! それに大丈夫、多分知っている人が大半だから」
「俺とこいつの知り合いは、結構重複してる。まあ初めて会うって奴の方が少ないと思うぞ」
ウドゥンもフォローするように言うと、リゼは笑顔で頭を下げた。
「はい。ありがとうございます! 楽しみだなー。いつあるんですか?」
「まだ決めてないけど。少なくとも夏休み入ってからだから――あ、社会人もいるから多分土日ね。詳しい日程はまた決まり次第言うよ」
「はい!」
リゼが元気よく応える。彼女の嬉しげな反応に眼を細めるシオンに対し、ウドゥンは急かすように話題を変えた。
「で、シオン。本題は?」
「本題?」
きょとんとした様子で、シオンはその大きな瞳を向けてきた。小柄な彼は、座っているウドゥンとあまり違いのない背丈だ。その影響もあり、彼の表情はひどく子供っぽく見えた。
ウドゥンが大きくため息をつく。
「しっかりしろよ……何しに来たんだ」
「うそうそ! 冗談だよ」
そう言ってシオンはフンフンと鼻歌交じりにおどけて見せた。近くにあった椅子に座り、ついでにリゼも会話に加わるように手招きした後、上機嫌に話を切り出した。




