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Zwei Rondo  作者: グゴム
三章 喪心の銀ギルド
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17. 撃退

17



「あは! あはは――はっ!」


 周囲が倒れてからも、ファナは一人愉悦に浸りながらトラウの攻撃を捌いていた。相変わらず目で追い切れない程の速度で放たれる強打の数々を、彼女は奇跡的とも言える反応で防御し続けている。


 『【戦乙女ヴァルキリー】には未来が見える』――アルザスサーバーには、そんな噂が存在する。


 ナインスオンラインの上級者同士のPvPでは、相手の動きを予測する"読み"が重要な要素となる。相手の動きを読むことで、敵のガードを外したり、カウンターしたりと、駆け引きで優位に立つのである。

 ファナはこの"読み"の能力がずば抜けていた。彼女は小型盾バックラーを巧みに操り、まるで数秒先の未来が見えているかのように、敵の攻撃を"先読み"し防ぐのだ。

 そんな高度な防御技術を駆使して、ファナはかろうじてトラウの猛攻を凌いでいた。


 しかし一方で、反撃の糸口は一切つかめていない。ただ攻撃を捌いているだけで、ファナの耐久と精神力は削り取られてもいた。


「ファナさん!」

「――リゼ?」


 トラウの背後に、エストックを構えたリゼが立っていた。ファナが思わず声を上げると、漆黒のトロールもまたその気配に反応する。


 先程の憤怒する者スラーンスラーン・ザ・レイガーを上回る速度で、トラウが振り向く。長く伸びた黒い髭がバサバサと宙を舞った。

 そして次の瞬間、トラウはリゼに向け目にも止まらぬ速度で棍棒を振り下ろした。その煌きの様な軌道を、リゼは目を見開いて追いかけた――


 ガガン――!


 リゼがガードを狙って棍棒に向けエストックを打ち出すと、あまりに高速で放たれていた攻撃にタイミングが合わず、弾き飛ばされてしまった。


「はぁ!」


 一瞬の攻防の隙をつき、ファナはトラウの背後からその分厚く硬質な体に一太刀を叩き込む。ダメージにより敵が小さくうめき声を上げだ。

 しかし間髪いれず、トラウは反撃のために棍棒を振りかざした――


 その時、鬼のような形相をした赤毛の男が、ファナとトラウの間に割り込んでいた。


「あまり……俺をなめるなよ」


 低い声で威圧しながら、【破壊者ブレイカー】ヴォルはトラウを睨みつける。

 先程トラウに弾き飛ばされた彼は、かろうじて死亡デッドをまぬがれていた。大きく弾き飛ばされたが、地面に叩きつけられるなり回復すらせずすぐさま駆け出し、激情に任せてここまでやって来たのだ。


 しかしトラウはそんな乱入者に構わず棍棒を振り回す。一方ヴォルは狙い澄まし、手にした両手剣ツヴァイハンダー――"フランベルジュ"を振るった。


 ガン――


 両者の間で攻撃がぶつかり合い、爆発したかのような激突音が響いた。そして一瞬の静寂の後、トラウの棍棒の全体にひびが広がり、やがて粉々に飛び散ってしまう。


「くはははは! ざまあみろ!」


 先程のガードを狙ったリゼの行動とは異なり、彼はメインスキル【武器破壊】を発動させ、武器攻撃を実行した。【破壊者ブレイカー】の意地なのか、見事にクリティカルヒットさせたその攻撃により、トラウの持つ巨大な棍棒は破壊されるに到ったのである。

 9thリージョンのモンスターの武器を破壊し、ヴォルは満足げに笑う。しかし彼の背後に居たファナは、突然肌があわ立つような寒気に襲われた。


「っ――ヴォル! 避けろ!」

「あん?」


 ファナは叫び、大きく後ろに跳び退く。次の瞬間、彼女の目の前を黒い筋が通り抜けた。その黒筋はヴォルの胴体を斜めにすり抜け、音も無く地面に到着すると、石畳に黒い直線を残して止まる。

 見ると、トラウの右手には黒い大剣が握られていた。先程破壊した棍棒を振りぬいた手に、一瞬で新たな大剣を形成すると、そのまま返す刀で切り払ったのだ。


「ふざ……けんな」


 常識外に素早い武器回復リカバリーを行ったトラウに対し、ヴォルはそう言い捨て、死亡デッドしてしまった。

 バラバラに飛び去った彼のエフェクトを視界に捉えながら、ファナもまた忌々しげに呟く。


「【武器破壊】の効果も限定的か……」


 ヴォルは圧倒的な攻撃力を持つ棍棒は破壊したが、トラウはすぐさま次の武器を取り出してきた。確かに【武器破壊】に対する行動として武器回復リカバリーを行うモンスターは存在するが、こんなにも素早くそれを行うモンスターは、ファナも初めてだ。

 しかも第二の武器は、刃が数メートルに達するであろう巨大な大剣である。棍棒よりは軽そうに見えるため、さらに攻撃のスピードが上がると彼女は予想した。


「ふふ! それもまた面白い」


 【戦乙女ヴァルキリー】は妖艶に笑った。これ以上無いほどの強敵に、彼女のテンションは最高潮に達していたのだ。

 しかしトラウはそんなファナに背を向ける。その赤い瞳の先に、再びエストックを構える少女を捉えていた。


「ちっ。リゼ!」


 ファナがリゼの名を叫ぶ。初心者の出る幕じゃあないと、警告するように強い口調だった。しかしその声はすでに、リゼの耳には届いていなかった。


 彼女は不思議な気分に陥っていた。

 視界は先程のダメージで真っ赤に染まり、気分は高揚して喉はからからだ。呼びかけられたファナの声は無意識にシャットアウトされ、ただ早鐘のように鼓動する心臓の音だけが聞こえていた。

 しかし意識は集中し、目の前の世界は信じられない程クリアに見えていた。


 トラウが大剣が振るう。先程よりもさらに速度を増して打ち下ろされた強烈な斬撃を、リゼは無心で凝視していた。

 時を引き伸ばしたように、スローモーションの景色が流れる。彼女はその奇妙な感覚の中で、凝視するトラウの攻撃をジャストガードしようとエストックを操作した。


 この時、彼女はウドゥンの言っていた"才能"とは"この世界"のことだと理解した。


 攻防を眺めていた【戦乙女ヴァルキリー】が見惚れるほどの滑らかさで、リゼは大剣の振るわれる軌道にエストックを構えた。


 キン――!


 気持ちの良い金属音を響かせ、リゼのジャストガードが決まる。同時にトラウが大きく体を逸らす。硬直ペナルティにより、漆黒のトロールはその動きをピタリと止めた。

 一方でリゼのエストックもまた、攻撃の重さに耐え切れずに粉々に飛び散ってしまっていた。


「ふふ! よくやった!」


 その隙を逃さず、ファナは容赦なく切りかかる。左手に持った深紅のロングソードをトラウの背後に深く立て、続けてそれを引き抜き、十字を描くように切りつけると、再び深々と突き刺した。

 流れるような連続攻撃の後、その刃先を上部に回し、彼女は一気に飛び上がった――ロングソードのトリック【ライジングカット】が、トラウの体に美しい縦筋を残していく。

 そして、ファナのロングソードが肩口から上方に切り抜けた――


「ファナさん!」

「っち――」


 完璧な攻撃だった。しかし、トラウの体力を削り切るには全く足りない。それは勿論ファナにも分かっていたが、今のタイミングを逃してはトラウにまとまったダメージを与えることはできなかっただろう。

 トラウの大剣が、飛び上がったファナに向け振るわれる。彼女は悔しそうに顔を歪ませながら、その攻撃に身を晒した――



『32番街はトロール軍団の撃退に成功しました』



 現れたメッセージと同時に不死イモータル属性を回復したファナの身体が、トラウの攻撃をすり抜ける。そしてすぐに目の前にいた漆黒のトロールは、無音でフェードアウトしていった。


 勝利を告げる高らかな鐘の音とともに、時間切れタイムアップによってインベイジョンは終了した。

 




 その日の夜、ウドゥンはセウイチの酒場に居た。酒場はいつも通り、クエストを受注しに来るプレイヤー達で賑わっている。多くのプレイヤーは、今日行われたインベイジョンの話で盛り上がっているようだ。

 それはカウンターに向かい合って喋る2人にとっても同じだった。


「それで、リゼが捕まっちゃったわけだ」

「そういうこと。俺達より扱いやすいってよ」

「あはは! それは災難だねーリゼも」


 インベイジョン終了後、現状トリニティしか行けない9thリージョンに行きたいと、ファナが駄々をこねてきたのだ。それは無理だとウドゥンが断ると、ファナはリゼを連れてどこかに行ってしまった。

 リゼの場合、9thリージョンどころか3rdリージョンまでしか行ったこと無い為、彼女を連れていても9thリージョンには移動できない。

 しかしファナは、それでもリゼを連れて狩りに出かけてしまった。


「まあ、最後のジャストガードを見てファナも気が付いたんじゃない? リゼのこと」


 セウイチがカウンターの中から言うと、ウドゥンが手に顎をのせながら投げやりに答える。


「そうかもな」

「クリムゾンフレアに取られちゃうかもよー」

「別に。それならそれでかまわねーよ」


 セウイチが茶化してみたが、期待していた反応は得られなかった。仕方が無いので、彼は話題を変える。


「だけど、黒個体は相変わらずだったなー。ひどい強さだ」

「まあな……」


 ウドゥンの目の前のパネルには、先程のインベイジョンを記録した映像が流れている。彼らは特にトラウとの戦闘について、繰り返し検証していた。

 漆黒のトロールとファナが切り結ぶ場面を視ながら、ウドゥンは言う。


「だが、ファナはかなり対応していた。ヴォル、ガルガン辺りもさすがだな」

「あの敵は行動パターンがかなり変だからね。それさえ解析できれば、あいつらなら充分に戦えるでしょ」

「だな。カスケードとアクライはもうちょっとってところだがな」

「即死だったからねー。昔のお前みたいだ」


 セウイチがくすくすと笑う。ウドゥンは特に言い返しもせず、淡々とした様子で言った。


「まあ、もう少しスキルと装備の質が上がれば、作戦と連携次第で充分戦えるだろ。クリムゾンフレアとインペリアルブルーが9thリージョンに上がる頃には……な」

「リゼもいるしね」


 セウイチはにやりと笑みを浮かべる。それに対しウドゥンは無表情に頷いた。彼はあの戦いで、リゼに対する評価を確信していた。


「……今回の戦闘ではっきりした。あいつは《親和》持ちだ」

「それは心強いな。もしリズが帰ってきたら、喜ぶだろうね」

「帰ってくれば……だな。全く、どこで何してるのか」

「でもリズの奴驚くだろうねー。あのウドゥンが、初心者をトリニティに入れてるんだから」

「別に、あいつが言ったんだからな。見込みのある奴は入れてもいいって」

「あはは。そうだったな」


 談笑していた2人の下に、ウェイトレスのセリスがやって来てコーヒーもどきを差し出す。


「2人とも。今回はお疲れ様」

「ありがとう、セリス」

「さんきゅー」


 礼を言ってそれを一口含むと、ウドゥンは自身のパネルにメッセージが届いている事に気がついた。カップを片手にその内容に眼を通す。


『そういえば、金曜日にダメだった約束。代わりに明日どうかな? 良ければ、13時に前行ったカフェで待ち合わせね! ――リゼ』




(三章・『喪心の銀ギルド』 終)

















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