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Zwei Rondo  作者: グゴム
三章 喪心の銀ギルド
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16. 黒個体

16


「くそ!」

「カストロ!」


 アクライの可憐な声が、8thリージョンクラスの屈強なトロールに溢れた戦場に響いた。クリムゾンフレア上位ランカーで【朱雀】の二つ名を持つプレイヤー・カストロが、トロール一匹に捕まってしまったのだ。


「っへ。まだまだ!」


 【朱雀】は捕まったまま得物である【棒】を振り回す。ガンガンと派手な音を鳴らして敵の体力を削り、なんとかその手からは脱出するが、すでに周囲を十体以上のトロール達に取り囲まれていた。

 彼は手にした棒を高々と掲げてみせた。


「ファナ! ヴォル! アクライ! 後は任せたぜ!」


 その後カストロが【挑発】スキルを発動すると、周囲のトロールが一斉に彼へと殺到した。



「アクライ。遅れるんじゃねーぞ」

「……わかってる!」


 その姿を悔しそうに見つめるアクライに、ウドゥンが声をかける。そして2人は再び走り出した。


 彼らは入り口である大門に向かって、8thリージョン級のトロール達と戦闘を繰り返しながら進んでいる。突撃を開始してしばらく経ったが、この時点であれほど大量にいたプレイヤーのほとんどが殲滅されてしまっていた。

 ただでさえ8thリージョン級のモンスターと戦えるプレイヤーは少ないことに加え、とにかく入り口広場まで敵陣を突破するために、ピンチに陥った味方を助けるより、そのプレイヤーに気をとられてる間に自分達は先に進むという行動を選択し続けていたからだ。


 その結果現在残っているプレイヤーはクリムゾンフレアのファナ・ヴォル・アクライ、インペリアルブルーのガルガン、レイディラックのカスケード、そしてトリニティのウドゥン・セウイチ・リゼの8人だけだった。


「ウドゥン。敵の位置は変わってないか?」


 巨体を走らせながらガルガンが確認する。ウドゥンがパネルを確認し小さく頷いた。


「あぁ。大門前から動いてない」

「ということは普通の総大将モンスターと同じく、出現ポップ地点から動かないみたいだな」

「そのようだ。だが周囲に護衛モンスターはてんこ盛りだろうからな。おそらく8thリージョン相当だろうが、それらを抑えないと戦闘にならない」

「分かってる。周囲のモンスターは俺が引き受けてやろう」


 ガルガンが力強く拳を打つ。その言葉を聞いて、カスケードが得物であるカットラスを担ぎながら言った。


「それじゃあ俺も手伝うぜー。一度【アルザスの盾】と共闘してみたかったんだよ」

「がはは! それでは共に楽しもうぞ。カスケード」

「俺も行こうかな。2人だけじゃあ頼りないし」


 セウイチも名乗り出て、周囲を掃除するメンバーが決まった。敵総大将はファナを中心としたクリムゾンフレアの連中に任せることに決まる。


「おーけー、それで行こう。ヴォル!」


 ファナと共に先頭を進んでいたヴォルに向け、ウドゥンは声を張り上げる。


「ガルガン達が周囲の掃除をする。お前らクリムゾンフレアはトラウを頼むぜ」

「はっ。倒しちまってもしらねーからな」

「そうしてくれると助かる」

「くはは! まあ任せとけ!」



 やがてウドゥン達は入り口広場に辿り着く。しかしそこには、彼らにとって予想外の光景が広がっていた。


「な……」

「あれが……」


 一際巨大でドス黒い、まるで闇がそのままトロールの形を取ったようなモンスターだった。黒曜石ごとく黒光りする巨体に、極太の棍棒を構え、強さを示す髭の長さはもはや影と同化するほどだ。

 唯一色のある真っ赤な瞳だけを不気味にきらめかし、黒個体トラウは入り口広場でただ一匹、仁王立ちをしていた。


「一匹だと?」


 ウドゥンが呟く。ここに到着するまで大量に居た8thリージョンランクのトロール達は、影を潜めたように姿を消していた。黒個体の居る広場には、護衛モンスターは一匹たりとも居なかったのだ。

 彼も含め困惑するメンバー達。しかし入り口広場に敵が侵入したことを感知したトラウが、街中に響き渡るほど巨大な咆哮を上げた。


 全員が耳をふさぎ、その轟音をやり過ごす。声が切れると同時にウドゥンが指示を飛ばした。


「ガルガン、ヴォル。予定変更だ。全員でやれ」

「勿論だ」

「仕方ないな」


 2人がそれぞれ返事をする。護衛がいればガルガンを中心にひきつける予定だったのだが、敵が一匹しかいないのだ。

 ガルガンが大股で一歩進み出ると、よく通る声で言った。


「俺が前衛をする。貴様ら、思うがままに戦うが良い」

「一発で沈むとか、そういうのは無しで頼むぜ」

「がはは! なめるなよ、ヴォル」


 軽口に大笑いしながら、ガルガンは得物である斧槍盾ハルベルトシールドを取り出し、ガツンと地面を揺らした。同時に他の面々もそれぞれ武器を構える。


「……姉様? さっきから静かだけど、大丈夫?」


 アクライが、隣にいたファナに声をかける。戦闘狂である【戦乙女ヴァルキリー】が、この状況になっても静かにしていることが心配になったのだ。

 しかしそれは杞憂だった。顔を覗き見ると、ファナは満面の笑みをみせていたのだから。

 彼女は堰を切ったように笑い出す。


「ふふ! ふふははは! あいつか、リズが負けたというモンスターは! まったく、相手にとって――」


 不足は無い。そう言い切る前に、ファナはトラウに向かって駆け出していた。


「姉様!」

「っち」


 盾役のガルガンを無視して、ただ闇雲に飛び出したファナ。アクライとヴォルが慌てて追うと、それを見ていたカスケードは呆れたように言う。


「おいおい。いきなりだな」

「がはは! さすが【戦乙女ヴァルキリー】。負けてられんな!」


 ガルガンが大笑いしながら、その巨体を走らせ始める。同じくカスケードも少し緊張した様子でその後を追った。


「それじゃあウドゥン。俺も行くよ」

「セウ、今度は即死するなよ」

「あはは! お前に言われたくはないな。まあ、しっかりデータを取ってくれ」

「あぁ。任せろ」


 セウイチは笑みを浮かべたまま、愉快げに走り出した。最後に黙って皆を見送っていたリゼが、ようやく声を出した。


「ウドゥンは……行かないんだね」

「ここまで来たら俺に出来ることはなにも無いからな。近づいても即死するだけだし」


 今回彼は戦わず、遠目に皆の戦いを分析しようとしていた。観戦するための手ごろな場所を探し、きょろきょろと周囲を見渡している。


「俺は物見遊山に来たんだ。ここからはあいつらと黒個体の戦いを楽しく見物させてもらうぜ」

「私は……」


 リゼは言葉を詰まらせ、広場の中央にいる漆黒のトロールを見つめた。おそらく自分が行っても何も出来ないどころか、トッププレイヤーであるファナ達の戦いの邪魔になるだけだろう。

 彼女はそう考え、ウドゥンと共にこの場に残ろうとしていた。


「行って来い」

「えっ」


 ウドゥンの言葉に、リゼが目を丸くする。


「ここまできたんだ。やらないと勿体無いだろ」

「でも……私が行っても、邪魔にしか――」

「それは無い。あいつら、他人を気にかける余裕なんかすぐに無くなるだろうからな」


 ウドゥンは広場を一望できそうな塔を見つけ、そこに登って見物することに決めた。その場所に向かって歩き出しながら、リゼに向かって片手を上げる。


「いい機会だ。お前の才能を見せてみろ。あそこから見物しておいてやる」

「……うん!」


 不思議と気持ちが軽くなるのを感じながら、リゼはウドゥンの言葉に頷いた。そしてエストックを握り締め、駆け足でファナ達を追いかけた。





「あははは!」


 狂ったように笑いながら、ファナはトラウに襲い掛かる。その後ろにはヴォルとアクライが、それぞれ武器を構えて追走していた。

 じっと立ち尽くてしていた漆黒のトロールだったが、彼女達が数十メートルの距離まで近づいたところで行動を起こした。不吉な赤い瞳でファナ達を睨みつけると、次の刹那、不自然な速度でファナの横を通り過ぎたのだ。


「なっ――」


 虚を突かれたファナが慌てて振り返ると、既にトラウは手にした棍棒を振り下ろしていた。その巨大な丸太の下には、小さな体躯が下敷きになってしまっていた。


「アク!」

「アクライ!」


 ファナと、アクライの隣を走っていたヴォルが、ついさっきまでアクライが居た場所に向け声を掛ける。しかし返事は【小悪魔ピクシー】の可憐な声ではなく、耳障りな金切り声として返されるだけだった。


 クリムゾンフレアのトップランカーである2人が、一瞬にしてモードを切り替える。先ほどまでの浮かれた表情から一転、鋭くトラウを睨みつけ、武器を構えた。

 だがその本気すらもあざ笑うように、トラウは棍棒を振り回す。それは動きに残像を残すほどの信じられないような攻撃速度だった。


「くっ」

「がっ……!」


 ファナが右手に備えた小型盾バックラーを合わせる。しかしヴォルは、尋常では無い速度の攻撃にガードが間に合わず、中途半端に両手剣ツヴァイハンダーで受けてしまう。

 その隙をトラウは容赦なく攻め立てた。速度は落ちたものの、ヴォルに向け空気ごと押し潰すように棍棒を打ち下ろす。

 ヴォルはかろうじて両手剣ツヴァイハンダーで受けるも、刀身が不協和音を上げて軋んだ。


「ぐ……っが」


 そのまま押しつぶされそうになる寸前、光の粒子がトラウの体を包んだ。ようやく彼らに追いついたガルガンが、トリック【ディバインズロック】を発動させたのだ。

 トラウが力を弱め、巨体をガルガンへと向ける。


「……とんでもないな。こいつは」


 過去幾度と無く、インペリアルブルーのメイン盾として強大なモンスターと対峙してきたガルガンでさえ、あれほどの動きをするモンスターは初めてだった。クリムゾンフレアのトップランカーすらも圧倒するトラウの動きに、彼もまた危機感を覚えていた。


 しかしトラウは考察する暇すら与えない。その赤い眼をガルガンに向けると、早送りをしているような動きで迫り、棍棒をなぎ払った。

 彼は巨大な盾に身を隠しそれを受ける。


「ぐぅうう!」


 棍棒と金属盾が激突し轟音が上がった。そのあまりに強烈な一撃に、ガルガンの巨体は宙に浮いてしまう。


 しかしガルガンが攻撃をガードしてできたトラウの隙を、ファナ、カスケード、そしてセウイチの3人は見逃さなかった。彼らは左右背後から近づき、一撃づつ加えたのだ。


「はあ!」


 三方から斬撃をくらったトラウ――しかしそれは蚊にでも刺されたような微小なダメージでしかなかった。ぎろりと血ばしった瞳で周囲を見渡す。


「くっ―」


 危険を察した3人は素早くガードの体勢をとるが、間髪いれず、なぎ払うように棍棒攻撃が放たれる。


「ぐはっ!」


 セウイチとファナはうまくガードする。しかし、カスケードは間に合わなかった。攻撃の始点である右手に近かったこともあり、強打をまともに受けて大きく弾き飛ばされてしまう。

 続けてトラウは高速移動を行い、弾き飛ばしたカスケードが空中にいる間に追いついた。


「なっ――」


 驚愕の色を見せるカスケードに、トラウは容赦なく棍棒を叩き込む。彼は空中から地面に向け勢いよく叩き落とされてしまった。

 石畳に数回バウンドした後、カスケードの体は光のエフェクトを伴い破散した。たった一撃ガードに失敗しただけで、彼は死亡デッドしてしまったのだ。


 その攻防を見ていた瀕死状態のヴォルが回復薬をがぶ飲みし、吐き捨てる。


「信じられねえな、こりゃあ」

「これが……9thリージョンの敵か」


 近くに来ていたガルガンもまた大きく息を吐きながら言った。戦闘を開始して一分もかからずに、アクライとカスケードの2人が死亡デッドしてしまった。しかも、2人共ほぼ一撃である。

 攻撃を終えたセウイチも2人の傍にやってくる。


「相変わらずみたいだね。この調子じゃあ、俺だけだと3発持たないよ」

「どうやって勝つんだよ、こんな奴……というか、【太陽ザ・ハーツ】はこいつ相手にどうやって30分も耐えたんだよ」


 ヴォルが呟くと、セウイチが両手に大剣を構えながら答えた。


「さあ、わかんないけど。ただこっちにはまだ本命が残ってる。あの【太陽ザ・ハーツ】に勝るとも劣らない、現アルザスサーバー最強のプレイヤーがね」


 三人がトラウに対峙している、あるプレイヤーへと視線を向ける。その女はひどく嬉しそうに笑っていた。ランカーランクNo.1・【戦乙女ヴァルキリー】ファナは、まるで宝物を見つけたように瞳をキラキラさせながら、漆黒のトロールを見つめていた。

 その姿を見て、ヴォルは気が抜けたように言う。


「くはは。まったく、ファナに任せっぱなしじゃあ、俺の面子が無いからな。仕方ねーガルガン。死ぬ気で一分間持たせろ。その間に全力で殴る」

「がはは! 無茶を言うな……だが」


 ガルガンは力強く、手にした斧槍盾ハルベルトシールドを地面に突き立てた。


「了解した。全てを引き受けよう。その間に何とかしてみせろ。セウイチ、お前もな」

「あぁ、よろしくね」

「任せたぜ」


 2人がトラウに向かって駆け出すと同時に、ガルガンは再び【挑発】スキル【ディバインズロック】を発動した。漆黒の巨体から発せられる殺意が、一斉にガルガンへと向けられる。

 同時に瞬間移動したかのような動きで、トラウは目の前に移動してきた。


「ぐおおお!」


 振り下ろされた棍棒を、ガルガンはかろうじて防ぐ。地面に足がめり込むような感覚に襲われる一撃だったが、彼は何とか受け止めることに成功した。

 続けて横からなぎ払われる棍棒も、殆ど勘に頼って軌道を読み、巨大な盾面積を活かしていなしていく。しかし一発、また一発と振るわれる猛攻に、ガルガンの斧槍盾ハルベルトシールドはギシギシと音を立てて消耗していった。


「うおおお!」

「あは!」


 ヴォル達が背後から襲い掛かる。正面から前衛がヘイトをひきつけている間に背後から殴るという、ナインスオンラインにおける定石の攻撃パターンだった。

 しかしトラウは奇妙な動きを見せた。挑発スキルでガルガンに意識を奪われているにも関わらず、攻撃を仕掛けた3人に視線を向けたのだ。


「なっ――」


 まず狙いをつけられた者はヴォルだった。フランベルジュを高く掲げ、今まさに最強の破壊力を持つトリックをぶちかまそうとしていた彼に向け、トラウは容赦なく棍棒を振るう。

 無防備にそれを喰らってしまったヴォルは、パチンという気持の良い打撃音と共に、斜め上方に弾き飛ばされる。彼の身体は観客席に向かって放たれたホームラン打球のように打ち出され、クルクルと回転しながら空に孤を描いた。

 やがて彼は広場を飛び越えると、民家の密集した地区に突っ込んでいった。


 残されたファナとセウイチは、それに一切気をとられない。逆に自分が狙われなかったことをチャンスと見て、攻撃を続行していた。

 2人の斬撃がトラウの体躯を抉る。しかしそれはトラウの体力を削るにはあまりに貧弱だ。漆黒のトロールは一切動きを鈍らせず、逆にセウイチに赤い瞳を向けると、その丸太の様に太い足で踏みつけた。


「あぶな……」


 大剣を地面に立てて、何とか踏み潰されるのを阻止するセウイチ。それをつっかえ棒にしつつ、素早くパネルを操作して新しく槍を取り出した。


 しかしトラウは間髪を入れずに、自身のつま先を棍棒で打ち込んでいた。


 その結果トラウは剣を踏み抜き、そこからつっかえ棒にしていた刀身が足を突き抜ける――同時にセウイチは全体重が乗せられたその足に踏み潰され、死亡デッドしてしまった。


「セウイチ!」


 ガルガンが声を上げる。トラウがその声に呼応するように咆哮を上げた。指向性を持たせた咆哮をまともにくらい、思わず耳をふさいでしまうガルガン。

 次に彼がトラウの姿を確認した時、それはすでに巨大な棍棒が自身の鎧に食い込んだ後だった。


「がっ――」


 ガルガンの巨体が軽々と浮き上がる。そしてトラウはその浮き上がった【アルザスの盾】に向け、追撃の回し蹴りを放った。凶悪なその攻撃により、彼を構成する身体がエフェクトをまとって四散した。


 アルザスサーバーが誇る3人のトッププレイヤーが、一瞬にして蹴散らされてしまった。

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