14. 絶対強者
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「ちっ、さすが憤怒する者スラーンか……」
セウイチは猛ラッシュを放ちながら、舌打ちをした。ここまで数十発叩き込んできたが、憤怒する者スラーンは攻撃に耐え切っているのだ。
彼のハメは理論上いつまでも続くように見えるが、実は硬直耐性の増加というシステム上の制限の為、いつかは途切れてしまう。つまり連続攻撃は、もうすぐ打ち止めだった。
「これで終わり!」
セウイチがクルリと身を翻して、憤怒する者スラーンの肩口に両手剣を叩き込んだ。そのまま巨大な体躯を縦断していく。
その攻撃が足元まで来たところで、敵は硬直から開放された。今までの鬱憤を晴らすように憤怒する者スラーンが大剣を叩き付ける――
しかし、その動きは不自然にストップした。時が止まったように、憤怒する者スラーンはピタリと動きを止めたのだ。見ると黒く染まった不気味な矢がトロールの額に突き刺さっていた。
ウドゥンのトリック【影矢】によって、一瞬だけ完全に動きを止めた憤怒する者スラーン。そのタイミングを待ち構えていたアクライが右から、リゼが左から、それぞれ切り掛かった。
「うにゃー!」
「やあ!」
2人は掛け声と共に、小さな身体の全体重をかけ憤怒する者スラーンの首を切り抜ける。気持ちの良い音と共に振り抜かれる二振りの刃――それは巨大な首に筋を残し、その傷跡を赤く輝かせた。
「ガアアアァァァ!」
憤怒する者スラーンが狂ったように叫ぶ。空気を振るわせるほどの音量の中、セウイチはその口の前に飛び上がっていた。
「これで本当に終わりだよ」
彼はニコニコと笑顔のまま、両手で抱えた両手斧をトロールの顔面に叩き付けた。
衝撃音が響き渡り、赤ら顔のトロールがびくりと身体を震わせる。やがて顔面と首筋の輝きが全身に広がり、憤怒する者スラーンは派手なエフェクトを伴って破散した。
「いえい!」
「やった!」
その様子を着地しながら見ていたリゼとアクライがハイタッチをする。そして少し遅れて着地したセウイチに駆け寄っていった。
「セウ、ナイスとどめ!」
「セウさん!」
「お疲れ。2人の攻撃も良かったよ」
「へっ。まあな!」
「えへへっ」
胸を張るアクライとリゼ。セウイチも加えて喜ぶ3人だったが、一人ウドゥンだけは淡々としていた。
「お前ら、まだ終ってねーぞ」
「なんだよ、ウドゥン。無粋な奴だなお前は」
セウイチが皮肉っぽく言うと、彼は右手の指を三本立てながら答えた。
「報告が3つある。良い奴と悪い奴と予想通りな奴。どれからがいい?」
「あはは! そのノリも久しぶりだね。そうだな、悪いのから聞こうか」
「右通りが決壊した」
「え?」
上ずった声を上げたのはリゼだった。右通りといえば、グリフィンズが居る場所だったからだ。セウイチも少し表情を曇らせる。
「それは……何かあったのか?」
「憤怒する者スラーンと別に――おそらく8thリージョン・ウルザ地底工房のNM・無慈悲なる者グランが、防衛線のすぐ後ろに出現したようだ」
その言葉を聞き、セウイチは納得したよう頷く。
「なるほどね。となるとグリフィンズも含めて右通りの連合は――」
「早く行かないと!」
「ムリだ。もう全滅してるだろう。今ドカティが慌てて防衛線を張りなおしてる」
ウドゥンはそのまま、パネルを開いてマップを確認しながら続ける。
「おそらく右通りの防衛線はマップの3ラインまで下がる。この辺で待っとけば、すぐに戦場になるはずだ」
「でも……」
心配そうなリゼを抑え、セウイチは質問を続ける。
「良いほうの報告は?」
「さっきメッセージが来た。2番街と4番街が防衛に成功したそうだ」
インベイジョンでは番地ごとに防衛戦が行われている。基本的に敵を全滅させればその時点で防衛完了となるため、時間切れを狙っている所を除けばそろそろ戦闘を終了する地区も多かった。
そしてウドゥンが上げた二つの番地――2番街は大規模ギルド・インペリアルブルーの本拠地であり、そして4番街は悪名高いクリムゾンストリートだ。その二つの番地が戦闘を終えたという報告、それはウドゥンの作戦が動き出したことを意味していた。
「なら、姉様達が?」
アクライが表情を明るくして聞くと、ウドゥンが無表情で答える。
「そういうことだ。もうそろそろ――」
その時、ドカンという派手な音が、ウドゥン達のいる広場と右通りを繋ぐ路地から聞こえてきた。どうやら無慈悲なる者グランが近くまで来ているようだ。
「……とりあえず、右通りに行くか」
ウドゥンが言うと、3人は無言で頷いた。
◆
4人が路地を抜けて右通りに出ると、先程の憤怒する者スラーンによりもさらに巨大なトロール――無慈悲なる者グランの姿が見えた。巨大な大斧を手に、蒼色の髭を引きずりながら、どしんどしんと歩いている。
どうやら周囲のプレイヤーはあらかた蹴散らしてしまったらしく、無慈悲なる者グランは悠々と右通りを進んでいた。
「ルリちゃん!」
「あ、リゼ!」
リゼがグリフィンズのメンバーであるルリを見つけて声を掛けると、彼女は急いで駆け寄ってきた。
「やばいよ! あれ、強すぎる。ユウがやられて、仇をとろうとしたクラウド達もやられちゃった!」
「そんな……」
悲痛な声を上げるリゼだったが、一方でウドゥンが肩をすくめていた。
「まあ、そりゃあそうだろな」
「ウドゥン! あんた、奇襲部隊をなんとかするんじゃなかったの!?」
詰め寄るルリをセウイチがなだめる。
「まあまあルリ。こっちもちょっと立て込んでたんだよ。それに、あれはちょっと俺達にも荷が重い」
彼はニヤニヤとした笑顔のまま、無慈悲なる者グランに目を向けた。ウドゥンもまた、先程から無慈悲なる者グランの方を見つめたままだ。
「それじゃあ、どうするの?」
リゼが困ったように聞くと、ウドゥンはにやりと笑って答えた。
「そりゃあ、奴らが戦うんだろ。ショータイムだな」
「え?」
リゼがその言葉に驚いて振り向くと、凶悪な面構えをした蒼いトロールの進路上に、ある集団が立ちふさがっていた。彼らは皆、深紅の装備に身を包んでいた。
アクライがその姿を見て、パアっと表情を明るくする。
「みんな!」
「あん……? おお、アクライ!」
並んでいたプレイヤーの1人がアクライに手を振り、彼女はそれに応じて駆け出していく。
その集団は、他の連中と比べて纏う雰囲気が違った。陣形と呼べるものは無く、ただ横一列にならんでいるだけにも関わらず、何者も寄せ付けないような圧倒的な威圧感だ。
彼らはみな余裕げな笑みを浮かべながら、迫り来る無慈悲なる者グランを眺めていた。
「どうやら、アクライも来たようだぜ。ファナ」
深紅の集団の中心にいた男――【破壊者】ヴォルが、巨大な両手剣"フランベルジュ"を肩に担ぎながら言うと、続けて隣にいた白髪の女がニヤリと笑った。
「ふふ! それじゃあ、そろそろ始めようか」
白雪のような長髪を掻き上げ、美しい四肢を大きく伸ばして、クリムゾンフレアのリーダー・【戦乙女】ファナは啖呵を切った。
「われらクリムゾンフレアは『絶対強者』。強き者に容赦はしない。楽しませてくれよ、無慈悲なる者グラン――行くぞ!」
その声を合図に、クリムゾンフレアのギルド員達は一斉に気勢を上げ、無秩序に突撃を開始した。




