13. 決壊
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グリフィンズは今回のインベイジョンでは、右通りに陣取って戦っていた。通りの幅は大通りよりは狭いが、それでも2,30mはある。横一杯に広がった各ギルドの中で、グリフィンズの面々も奮闘していた。
「クラウドが引っ張り込んだら殲滅するよ。後衛組、援護よろしく」
「おっけー」
「了解!」
ユウの指示に、機敏に反応するグリフィンズのメンバーたち。現段階で襲ってくる敵トロールのランクは、遅延戦術が功を奏し、いまだ5thリージョン相当だ。
インベイジョンが開始されて2時間以上が過ぎてこれならば、制限時間内では出現しても7thリージョンの敵までだろう――ユウはそう考えていた。
周囲のプレイヤー達も作戦通りに事が運んでいることに安堵すると同時に、いまだ5thリージョンまでの敵としか戦えていないという物足りない雰囲気も漂っていた。
その時だった。プレイヤー達の背後から、不気味なうなり声が聞こえたのは。
「……?」
最も後方にいたグリフィンズの一人、弓使いのルリが奇妙な気配を感じて振り返る。そこにはあるモンスターが出現していた。
「あ……ユウ!」
「どうした?」
その声にユウが振り向く。丁度引き込んだ雑魚トロールを処理した所だったため、周囲にいたグリフィンズの面々も振り向いた。
そして彼らは一様に目を見開く。背後にいたのは黒曜石のように輝く黒い体躯と、絵の具を塗ったのように蒼く、それでいて引きずるほどに長い髭を蓄えた巨大なトロールだったのだ。
それは明らかに、普通のトロールではなかった。
「奇襲部隊か……」
ユウが唇を噛む。その視線の先で蒼い髭のトロールは不気味に微笑み、右手に大斧を引きずりながら、ゆっくりと歩いていた。
ウドゥンの話によると、今回のインベイジョンで最も厄介な敵は奇襲部隊だ。奴らには遅延戦術は効かないというのはその理由である。一定時間ごとにランダムで湧いてくるので、倒しても倒さなくても敵の強さは上がっていく為、十分強くなってから防衛線の背後の出現する場合が最も面倒なパターンだと説明されていた。
そして今ユウ達の目の前に、危惧されていた最悪の事態が発生したのだ。
「しかもなんだあれ? 見たことないぞ。あんなトロール」
隣にやって来たクラウドが言う。その頃には周囲で戦っていた他のギルドも、背後に現れた蒼い髭のトロールに気がつき、ざわつき始めていた。
「奇襲部隊はトリニティが狩るって話になってるはずだけど」
「目の前に来たら、私らがやるしかないんじゃない? このままじゃあ挟み撃ちだよ」
グリフィンズの中衛の一人が言うと、同じく中衛のシスティーナが余裕げに答えた。
確かに挟み撃ちになるのは面倒だ。先に背後の敵から倒すのがベターだろう。ユウもそう考えるが、一方で初めて見る不気味な雰囲気のトロールを相手に慎重にもなっていた。
なにしろそのトロールの髭は、地面に引きずるほどの長さなのだから。
「……たしか、トロールってのは髭の長さで強さが分かるんだよね」
ユウがグリフィンズのメンバーに聞くと、ルリが少し上ずった声で答える。
「うん。私聞いたことあるけど、7thリージョンのトロールでさえ、髭の長さは腰を超える位だって。あのトロール、それより遥かに長いよ」
「……じゃあ、あのトロールは――」
ユウ達が話していると、退屈な戦闘に嫌気が差していた一部のプレイヤーが喜び勇んで蒼い髭のトロールに飛び掛っていく。ワーワーと歓声を上げながら、レアモンスターが現れた時のようなはしゃぎようだった。
しかしその楽勝ムードは次の瞬間に一変する。飛び掛った数人のプレイヤーに、蒼い髭のトロールが手にした大斧を叩きつけたのだ。
尋常では無い速度で振るわれたその攻撃が、無造作に飛び込んだ連中を弾き飛ばすと、無防備に攻撃をうけた彼らは皆、一撃のもとに死亡してしまっていた。
「な……」
「なんだあの動き……」
鈍重な動きをするはずのトロールにはありえない機敏な動きと、一撃でプレイヤーを蹴散らした攻撃力に、右通りにいたプレイヤー達はみな唖然としてしまう。それはユウ達グリフィンズも同じだった。
「おいユウ……」
「やばくね……?」
彼らもまた驚きを通り越して、口を開き固まってしまっていた。5thリージョンまでしか探索していない彼らの常識では、そのトロールの動きは全く理解できなかったのだ。
固まりほうけてしまっているプレイヤー達に見渡し、蒼い髭のトロールは不気味に小首をかしげてみせた。
「クキャキャカカカカ!」
NM・無慈悲なる者グランは、狂ったように甲高い笑い声を上げた。
それを皮切りに蒼い髭のトロールは、大斧を操り次々とプレイヤー達を蹂躙していく。右通りのプレイヤー達は一瞬にしてパニックに陥り、総崩れとなってしまった。
「っ……一度立て直そう。引くよ!」
ユウが慌てて指示を出す。それは撤退の合図だった。前方には続々とトロール軍団本体が押し寄せている。現状もはや無慈悲なる者グランが背後にいる状態では戦闘にならない。ここは一秒でも早くあの凶悪なトロールの脇を抜け、挟み撃ちにされている状態から脱出すべきだった。
ユウや他の冷静さを保っていたプレイヤー達の号令で、やるべきことに気がついた連中が我先にと右通りを逆走する。
その際勇敢な――酔狂なといったほうが言いかもしれない、とにかく数名のプレイヤーが無慈悲なる者グランに立ち向かい、圧倒的な強さの前に次々と玉砕していった。
蒼い髭をひらめかす不気味なトロールは、並のプレイヤーには近づくこと許さなかったのだ。
「左右に分かれて逃げるよ。やられても助けない。他のプレイヤーに襲い掛かっているうちに、抜けるんだ」
「おう!」
「ひゃー。大変なことになった」
グリフィンズの面々も、通りの端に分かれて無慈悲なる者グランの脇を抜けていく。しかしその途中、蒼いトロールはその虚空の様に黒い瞳をグリフィンズのメンバーに向けてきた。
(やばい――)
ユウはすぐに自分達が攻撃対象になったと悟った。すると素早くグリフィンズの隊列から離れ、一人無慈悲なる者グランと対峙した。
「ユウ!」
「……一撃くらい、耐えたいかな」
ユウが少し及び腰になりながらロングソードを構えると、それに向けて無慈悲なる者グランは容赦なく大斧を振りかざした――
◆
「リゼ!」
「任せて!」
今度は横なぎに振るわれた憤怒する者スラーンの大剣を、リゼは慣れた様子で弾き飛ばす。
ウドゥンから言われた通りガードに専念していたリゼは、先程からほぼ完璧に攻撃を防ぎ続けていた。
「こっちこっち!」
同じくアクライも至近距離で飛び回っているはずなのに、一度も攻撃をかすらせていない。2人は完全に憤怒する者スラーンを封殺していた。
「グガアアア!」
憤怒する者スラーンいらだつように咆哮をあげ、その身を大きく震わせる。そして大剣を両手で持ち、力任せに振り下ろした。
リゼはその軌道を、真っ直ぐに見つめ続ける――
リゼがエストックを掲げると、キン――という気持ちの良い音が鳴り響いた。何度か放たれた大剣による強打を、彼女はついに完璧なタイミングで捉えたのだ。攻撃がジャストガードされてしまった為、憤怒する者スラーンは大きく体勢を崩してしまう。
その時狙ったようなタイミングで、周囲の殲滅を終了したセウイチが一振りの大剣を抱えて飛び込んできた。
「ナーイス! リゼ」
セウイチはそのままツヴァイハンダーを憤怒する者スラーンの顔面に叩きつける。巨大なトロールが言葉にならない叫び声を上げ、暴れ始めた。
「グゴガアア!」
「黙れ、このモップ髭が」
セウはそのまま両手剣をめり込ませて行く。憤怒する者スラーンは痛みのあまり、やたらめったら大剣を振り回すが、取り付いているセウイチにはすべて避けられてしまっていた。
顔面から胸を通り、腰の辺りまで抉ったところで、彼は両手剣から手を放した。同時に憤怒する者スラーンは逆上しながらセウイチに襲い掛かってきた。
しかし次の瞬間、その巨体の動きが縛られる。まるで鎖に繋がれたかのように、プルプルと震えながらその場に立ち尽くしてしまったのだ。よく見ると憤怒する者スラーンの影を、木製の矢が射抜いていた。
それは動きを限定するクロスボウの【影縫い】――ウドゥンの最も得意とするトリックだった。彼は先程の護衛トロール殲滅時からセウイチの行動を補助し続けていたのだ。
続けてクロスボウからマシンガンのように大量に、しかし精度よく狙いをつけて矢が放たれる。その全てが的確に憤怒する者スラーンの顔面を射抜いていた。
「グ……ガ……」
「さーて」
セウイチはパネルを操作し、今までの量産型とは装いの違う両手剣と大斧を取り出す。"バルムンク"と"マンイーター"とよばれる二本の両手武器。それらは8thリージョンで取れる最上級の素材を用いて作成された強力なものだ。
本来は一振りずつ装備して使用すべきそれらを、セウイチは軽々と振りかざした。
「とどめだぜ!」
【殺戮兵器】が気を吐く。動きを止めた憤怒する者スラーンの懐にもぐりこむと、左右の大型武器をやたらめったら振り回し始めた。
「グガアアアア!」
憤怒する者スラーンが悲鳴を上げる。防御を考えない、攻め一辺倒の行動。セウイチは攻撃を加えたことによる硬直の上に、さらに攻撃を加えて硬直を重ねていくことで、反撃を許さない状態いわゆるハメ状態を作り出していた。
「すごい……」
リゼが見とれるように呟くと、アクライがあきれた様子で言う。
「あれ、適当に殴ってるように見えるけど、信じられないような高等テクニックだよ」
「え……?」
ナインスオンラインの仕様上、硬直状態の敵を攻撃しても硬直時間は上書きされない。セウイチは硬直時間が終了した瞬間に、絶妙なタイミングで次のトリックを叩き込んで硬直状態を維持しているのだ。
「たしかにツヴァイハンダーやバトルアクスには硬直効果を持つトリックが多い。でも、とても二刀流で扱える仕様じゃないし、一瞬でも途切れたら防御が間に合わなくて反撃されちゃうよ」
「そうなんだ……」
リゼがその解説に頷いていると、背後から援護を中断したウドゥンが声をかけてきた。
「お前ら、のんきに話してる場合じゃねーぞ。いいか――」
彼は2人に次の行動を指示した。




