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Zwei Rondo  作者: グゴム
三章 喪心の銀ギルド
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10. 準備

10



 次の日。インベイジョンの開始まで1時間を切っていた。大規模なイベントを間近に控え、32番街にかぎらず、アルザスの街全体が祭りの直前といった雰囲気で騒がしい。

 セウイチの酒場に集っていたプレイヤー達も、ぞろぞろと酒場を出ていき、戦闘準備を始めていた。その中で桜実高校の仲間を集めて結成されているギルド・グリフィンズも、今日はメンバー全員が集合しており、角谷ユウクラウドを中心にがやがやと騒いでいた。


「それじゃあ、そろそろ配置に付こうか」

「りょーかい」

「よーし!」

「しゃー!」


 リーダーのユウが号令をかけると10人ほどの男女が、わいわいと騒ぎながらセウイチの酒場を出て行く。そのユウが店を出る前に振り返った。

 そこには銀の三角形が刻印されたギルド章をつけたリゼが、無表情なウドゥンと並んで立っていた。


「それじゃあ、2人とも頑張ってね」

「うん。ユウ達も頑張って!」


 ユウの言葉にリゼが元気よく答えると、ウドゥンもガリガリと髪を掻きながら言う。


「別に、俺が頑張るんじゃねーが……まあ、作戦通りにな」

「うん。まかせて」


 そう笑顔で答えると、ユウは持ち場に向かうため酒場を後にした。残ったウドゥンがリゼに向かって言う。


「お前も先に行ってろ。たぶんアクライの奴が来てるはずだから、相手しといてくれ。知り合いなんだろ?」

「え、あ……うん。わかった」


 リゼは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに意図に気が付き、酒場の外に駆け出していった。


「へえ。【小悪魔ピクシー】が援軍に来るのか」


 カウンターの内側から小気味よい声が響く。ウドゥンが声に方向に、腰に手を当てながら振り向いた。


「まあな。お前が出るなら話は早いんだがな」


 そこには酒場のマスターであるセウイチが、微笑を浮かべながら立っていた。


「何? まさかお前まで、俺にも戦えって言うの?」

「別に……そういえばセウ。お前、リゼとは戦ったらしいな」

「ん? あぁ」

「どうだった」


 ウドゥンが聞くと、セウイチは興味ありげな様子でニヤリと笑った。


「なるほどお前が入れ込むわけだ。おそらくは《親和》持ちなんだろうけど、一度PvPを戦っただけじゃあ確信はできないな」

「まあ、俺にもまだわからん。そのうち分かるだろうが……それよりも、その先を見たくはないか」

「……どういう意味だ?」


 いぶかしむように眉をひそめたセウイチに、ウドゥンは続ける。


「リズがいても攻略できなかった9thリージョン・ナインスキャッスル。もしもリズと同等、もしくはそれ以上のプレイヤーがいるとすれば――」

「……あの鬼畜エリアでさえ、攻略可能かもしれない」


 ウドゥンは小さく頷いた。彼はいつもの無表情ではなく、ひどく楽しげに笑っている。それに同調するように、セウイチもニヤニヤと笑みを浮かべた。


「まったく、あのリゼって子はそんなにかい」

「あぁ。今は稼動時ローンチの頃と違ってスキル構成や装備、それに戦闘技術が進化しているから分かりづらいが、純粋に潜在能力だけをみれば、リズと会った時と同じくらい驚いた。なにせあいつ、迷いの森でゴブリンファイターの【トリプルアタック】を初見でガードしきりやがったからな」

「……まじ?」


 セウイチが目を丸くして聞き返す。ウドゥンが無言で頷いたのを見て、彼は再び驚き、呆れたように息を吐いた。


「なるほどね、そりゃ凄い。でもまだリズと同等以上って言うのは早計なんじゃない?」

「勿論だ。ま、その件はいずれ判るだろうし、今すぐわかる必要も無い。とりあえずはこのインベイジョンだ。ただ――」


 そこまで言ってウドゥンは振り返り、酒場の出口へと向かい歩き出した。


「今回の総大将はおそらく"黒個体"だ。あいつ相手に今の俺達がどれだけやれるか見たけりゃ、手伝いにくるんだな」


 そう言い残し、ウドゥンは酒場から出て行った。残された酒場のマスターは、一人愉快げに顔を綻ばせていた。





「あ、ウドゥン!」


 ウドゥンが待ち合わせの場所に着くと、そこにはリゼともう1人、小さな背をしたツインテールの少女がいた。戦闘ギルド・クリムゾンフレアのランカーランクNo.42【小悪魔ピクシー】アクライだ。

 彼女は控えめな胸を張って居高々に喋る。


「ふっふー。助けに来てやったぞ!」

「悪いな、アクライ」

「おう。ファナ姉様も来たがってたけど、ヴォル兄に羽交い締めにされて止められてたよ。『お前がいっても邪魔にしかならねー』ってさ」

「え、ファナさんが来てくれるなら、すごく心強いのに」


 リゼが残念そうにすると、ウドゥンが肩をすくめながら言った。


「まあ、今回は勝つ気無いからな。そりゃそうだ」

「え、どういうこと?」

「え、どういうこと?」


 異口同音の言葉を並べた2人に、ウドゥンは大きため息をつく。


「アクライはともかくリゼ。お前は昨日の話、聞いてなかったのかよ」

「えへへ……」


 苦笑いでごまかすリゼをかばうように、アクライが進み出た。


「ウドゥン! いいから説明しろ。ヴォル兄の奴、何の説明もしてくれなかったんだからな」

「あー。はいはい」


 ウドゥンは投げやりに答えつつ、仕方無くといった様子で喋り出した。


「このゲームの大規模戦闘――インベイジョンってのは、一言で言えば防衛戦だ。で、防衛戦ってのは何をすれば勝ちだ?」

「え……っと」


 突然言われたリゼが戸惑ってしまう。代わりにアクライが自信満々に答えた。


「そりゃあ、敵を全滅させればいい。我らクリムゾンフレアはいまだかつて、インベイジョンで敵を殲滅し損ねたことなど一度も無いぞ」

「だからお前らは脳筋っていわれるんだよ」


 間髪いれずに放たれた嫌味に、アクライがむっとして言い返す。


「じゃあなんなんだよウドゥン。言ってみろ」

「簡単だ。負けなきゃ良い」

「はあ? 負けないってことは勝つってことでしょ」

「あ、そっか」


 リゼがようやく思い出したように言った。


「昨日ドカティさん『出来るだけ敵を殺すな』って言っていたのって、そういう意味だったんだ」

「……?」


 アクライが不満げに口を尖らせる。これ以上機嫌を悪くさせても、見ていて面白い以外にメリットが無さそうだったので、ウドゥンは真面目に説明を開始した。


「今回俺達が相手にする敵はトロール軍団だ。トロールについては説明するまでもないか」


 そう言うと2人はこくりと頷いた。

 トロールとはモンスターの一種で、大型の体と緩慢な動きが特徴の一般的な亜人モンスターだ。棍棒や大斧など、一撃が大きな武器を振り回すパワータイプのモンスターでもある。

 強さによって髭の長さが長くなるのが特徴で、最強クラスになると地面に引きずるほどの髭を蓄える個体もいた。


「で、今回の連中はランク9――最悪、9thリージョンのモンスターまで現れる可能性がある」


 その言葉を聞いて、アクライは眼を輝かせた。


「あは! 楽しみ!」

「やっぱり、強いのかな」

「9thリージョンの敵なんか、私ですら戦ったことが無いんだよ。というか、実際に戦った経験があるのはトリニティの連中だけだもん」


 そう言ってアクライはウドゥンに視線を向けたが、彼はそれを無視して説明を続ける。


「だが、実際にはそんな高ランクの連中と戦う必要はあまり無い。なぜならインベイジョンには時間制限があるからな」

「時間制限?」

「知らねーのかアクライ? インベイジョンは3時間で終るんだよ」

「え、それじゃあまさか――」

「あぁ。今回俺達は、時間切れによる撃退を狙う」

「えー!」

 

 アクライが不満げな様子で声を上げた。続けて「なにそれ、だっさーい」などとブツブツ呟いているのを、ウドゥンがたしなめる。


「だまれ脳筋。勝てばいいんだよ、勝てば。要所を手分けして押さえて、出来る限り敵を殺さずに時間稼ぎに徹する。そうすれば後ろが詰まって、通常よりは敵レベルが上昇する速度が遅くなるはずだ。7thリージョンのトロール達が来る頃にタイムアップってのが理想だな」

「むー」


 頬を膨らませるアクライをなだめるように、リゼが付け足した。


「でもでも、私達は少し違う役割なんでしょ?」

「え?」

「あぁ。話は最後まで聞けよアクライ。俺達は奇襲部隊を狩るぞ」


 奇襲部隊とは、通常ルートである正面大門以外から内部に侵入してくる敵達だ。数は少ないが神出鬼没で、放っておくと戦闘中のパーティ達が予期せぬ不意打ちを喰らってしまう危険な存在である。

 そして今回の遅延戦術を取るにあたり、もっとも問題となる敵でもあった。


「正面からのこのこ来る連中は、全員が連携すれば止めることは難しく無いだろう。だがこの奇襲部隊だけは別だ。何処にでも湧くからなあいつらは。本来は出会ったパーティがそれぞれ処理するのが基本だが、俺達はそれを専門に処理して回るぞ」

「え、でも。どうやって探すの? 奇襲部隊なんて、何処に出るかわかんないじゃん」

「それは俺に任せろ。お前らはついてくれば良い」

「……」


 そう言い切ったウドゥンだったが、アクライはまだ信じていない様子だ。眉をひそめジト眼で見つめている。


「そうだなアクライ。前にリヴァイアサンを狩りに行った時、見つけたのは誰だった?」

「それは……」


 ウドゥンには【聞き耳】スキルがあった。このスキルは味方プレイヤーの会話だけではなく、敵モンスターのうなり声や叫び声、そして知能の高い連中が発する独自言葉を介した会話でさえ聞き取れる。

 それらの索敵に加え、通り中で投げ交わされる無数のパーティ会話を盗み聞けば、インベイジョン中でプレイヤーが溢れる32番街の状況をリアルタイムで把握することなど、ウドゥンとっては簡単だった。


「わかった。ちゃんと案内しろよ」


 ウドゥンのメインスキルが【聞き耳】であることは知らないアクライだったが、彼女も今までの付き合いから、この黒髪の男の言う内容はほとんど間違いないと知っている。【小悪魔ピクシー】は仕方ないといった様子で了承した。


「リゼ、お前もだ。遅れるなよ」

「うん!」


 隣で会話を聞いていたリゼにも声をかけると、彼女は元気よく返事をした。


「アクライちゃん。よろしくね!」

「うん。リゼも頑張ろー!」


 2人が元気良くハイタッチをかわした所で、街中に緊急事態をつげる鐘の音が鳴り響いた。同時に全てのプレイヤーのパネルが強制的に開き、メッセージが表示される。


『まもなくインベイジョンが開始されます。制限時間は3時間です。戦闘終了時までアルザスの街では、1番街以外の街エリアでの移動を禁止します。同じく1番街以外の街エリアにおける不死イモータル属性を解除します。参加しないプレイヤーは今すぐ1番街へエリアチェンジするか、ログアウトをしてください』


「来た来た!」

「ドキドキしてきた……」


 嬉しげに肩を回すアクライと、胸に手を当てて戦闘開始を待つリゼ。ウドゥンはその2人を無表情に眺めながら、戦闘開始の合図を待った。

 彼らと同様、街中がざわざわと浮き足だってきた頃、パネルのメッセージが切り替わる。


『インベイジョンを開始します』


 戦闘開始を知らせる鐘の音が、街中に響き渡った。

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