4. セウイチの酒場
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悪趣味な看板が掲げられた酒場に入ると、中には数人のプレイヤーが居た。それぞれ小さな円卓上のテーブルに着いて談笑していたり、クエスト発注掲示板を眺めていた。
そんな酒場の奥には、カウンターの内側で忙しそうにパネルを操作している男がいた。どうやらこの店の主人らしい男は、新しく入ってきた客の気配に気づき、目を細めて挨拶をした。
「いらっしゃい――ってなんだ、ウドゥンか」
「なんだとはご挨拶だな。セウ」
客がウドゥンだと気が付くと、男の表情は一瞬にしてやる気の無いものに変わってしまった。ウドゥンをも越える長身に、糸を引いたように細い目、そして短い金髪が印象的な男だ。タキシードに似た服を着込んだその男は、イギリス紳士を彷彿とさせる格好である。
彼はセウイチというこの酒場を経営するマスターで、皆からはセウと呼ばれていた。
「大学のほうはどうだ?」
「結構楽しいぜ。まあ早速、自主休講にする授業が出始めたけど! あはは!」
自分で言っておいて、大笑いをするセウイチ。ウドゥンは呆れながら、彼と対面するカウンター席に座った。
ウドゥンはセウイチとゲーム内で知り合った後、リアルでも知り合うことになった。というのも、同じ桜実高校の先輩だったからだ。
去年まで、ウドゥンと同じ桜実高校に通っていたセウイチだったが、今年の春に卒業し、今は大学生となっている。ウドゥンにしてみれば、一足早く自由にナインスオンラインをプレイする立場をゲットした、うらやましい先輩だった。
「あんまりサボんなよ。セリスに怒られるぞ」
「大丈夫だよ。それより、何の用だよ」
「こんなしみったれた酒場に来る用事なんかひとつだろ。【革細工】のクエストを受注しに来たんだよ」
「しみったれた言うな、まったく」
セウイチはブツブツと言いつつも、パネルを操作していくつかの依頼書――羊皮紙で作成されたクエスト内容が記述するアイテムを取り出した。
クエストの"依頼"と"報酬の受け取り"については、今日ウドゥンが学校でやっていた様に、携帯パネルを用いて何時何処でも可能である。しかしクエストの"受注"だけは、酒場のマスターから紹介されるか、もしくは酒場に張り出されている掲示板から受注しなければならなかった。
「今あるのは、これくらいだな」
「【ビープシープのなめし皮】×12、【タイガーブーツ】、【サンドリザードの皮袋】×6、【うさぎのペンダント】――結構多いな」
「期日は三日だな。全部受注しとくぜ」
「ああ。頼む」
適当に返事をしながら、ウドゥンはパネルを開いた。依頼品のレシピとそれに必要な素材を確認する為だ。
当然ながら依頼品をすべて製作するには手持ちの素材だけでは足りなかった。それはつまり、ウドゥンは露天バザーか革素材を扱うユーザー店舗に買いにいくか、もしくは素材の納品をクエスト依頼にして誰かがそれをこなすの待つかしなければならないということだ。
とにかくいずれかの方法で期日までに素材を用意し、依頼品を製作して納品することが、ウドゥンの受注した【革細工】クエストの概要だった。
「受注完了っと。これから1番街に行って買い物か?」
「そうだな。在庫が全然足りないから――」
セウイチとの会話を中断するように、酒場の中にキラキラと光る魔法陣が現れた。その場所でゲームをログアウトしたプレイヤーが、ログインしてゲーム内に現れるときのエフェクトだ。
ウドゥンはカウンターに座りながら、何の気なしにそのプレイヤーのログイン場面を眺めていた。するとその魔法陣から現れたプレイヤーは、昨日見た栗色の髪の少女だったのだ。
「おかえり」
セウイチがすぐに声をかける。少女はその言葉にきょとんとしていたが、すぐ意味に気がついて、笑顔で「ただいま」と答えていた。そして同時に、セウイチの目の前に座るウドゥンの姿に気がつく。ウドゥンはとっさに目を逸らしたが、遅かった。
「あ!」
少女が指を差して息を呑むと、すぐに元気よく駆け寄ってきた。
「あの! 昨日はありがとうございました」
「あぁ……」
くりくりとした青色の瞳を輝かせ、少女は礼を言った。対照的にウドゥンはカウンターに肘をついたまま、内心「どうして、コイツがここに……」と嘆いていた。
よくよく考えれば、少女がセウイチの酒場で友達と待ち合わせしていたということは、友達がセウイチの酒場の利用者だということだろうし、それはそのまま少女がセウイチの酒場の利用者になる可能性が高いことを意味していた。
ウドゥンは今更ながらその事に気がついて小さくうなだれた。そんな二人のやり取りを見ていたセウイチが、興味深げに質問する。
「なんだウドゥン。知り合いだったのか?」
「ちょっと……な。昨日迷子ってたこいつをここまで案内したんだよ」
「お前が初心者を……? 珍しい。そういう趣味か?」
そう言って、ニヤニヤとした表情で少女を見つめるセウイチ。その値踏みするような視線に、少女は少し顔を赤くしていた。しかしウドゥンはすぐに「ちげーよ」と否定する。
「あの、ウドゥンさんって言うんですか?」
「……そうだな」
興味深々に聞いてくる少女に対し、ウドゥンはぶっきらぼうに答える。できればこれ以上関わりたくないので、どうやったら逃げ出せるかと必死に頭を働かせながらの返答だ。しかし、少女はお構い無しに続けた。
「私、リゼっていいます。よろしくお願いします!」
「……」
(なにをよろしくお願いされるのか……)
そんな心の声を、ウドゥンは何とか飲み込んで答える。
「まぁ……よろしくな」
そんな初心者にたじたじな様子を、セウイチが笑いをこらえながら見つめている。ウドゥンはそれに気がつくと、一発手刀をかまし不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
「リゼは誰か待ってるの?」
殴られた箇所をさすりながらセウイチが聞くと、リゼは元気よく答えた。
「はい。今日は学校の人と一緒に狩りに行くことになって」
「確か昨日からプレイし始めたんだよね。それじゃ初戦闘か。頑張ってね」
「はい。すっごいわくわくしています!」
その会話を背中で聞きながら、ウドゥンはふと思った。
(学校の人と一緒に狩りか。どこかで聞いたような話だな。なんだっけ、確か学校で角谷のやつが――)
「ちーす」
「セウさん、久しぶり」
「やっほーセウー」
その時、酒場の扉が開いてプレイヤーが入ってきた。茶髪で中背の優男と、金髪で筋骨隆々な大男。そして青色の巻き毛をした少女の三人組だった。
ウドゥンは、その三人のプレイヤーを知っていた。
「いらっしゃい。ユウ、ルリ、クラウド――グリフィンズで狩りかい?」
セウイチが柔和な笑顔で聞くと、ルリと呼ばれた少女が答える。
「そうだよ。学校の子と待ち合わせで……って、いたいた。リゼー」
「ルリちゃん!」
ルリはカウンターの傍にいたリゼを見つけると、声を上げて手を振った。それを見てリゼが駆け寄り、二人は手を取り合って再会を喜んでいる。
ウドゥンはこのルリとも面識があったが、今はそれどころでは無かった。今入ってきてた三人組の内、後ろの二人は学校のクラスメイトの角谷と牧だったのだ。それはつまり――
「あれ。そこにいるの、ウドゥンじゃん」
「ほんとだ」
角谷と牧の素っ頓狂な声。カウンターに体を向け、何とか四人の視界に入らないように身を小さくしていたウドゥンだったが、やはり見つかってしまった。
「え、皆知ってるの?」
「知ってるも何も、そいつ柳楽だよ」
角谷が小さくなるウドゥンを指差しながら、小声で言った。それを聞いてリゼの笑顔が、みるみる驚きの表情へと変わっていった。
「ええぇぇぇ! 柳楽君!?」
リゼの悲鳴にも似た驚きの声が、セウイチの酒場に響き渡った。