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Zwei Rondo  作者: グゴム
三章 喪心の銀ギルド
39/121

8. プラクティスマッチ

8


「あれ、なんだか片付いてない?」

「えっと、最近ちょっとずつ片付けさせてもらったんです。迷惑でしたか?」

「え? いやいや、全然。すごく助かるよー」


 ギルドホームに入ると、セウイチはまず乱雑だったラウンジが片付いている事に驚いていた。あまりの散らかり具合を見かねたリゼが、暇を見つけてはギルドホームの整頓をしていた為だが、そんな些細なことに彼はとても嬉しげだ。


「やっぱり女の子がギルドにいると違うよねー」

「え……と。リズさんは――」

「あれは女じゃない」


 セウイチははっきりとそう言った。ウドゥンは確かに女だと言っていた気がする。リゼは不思議に思ったが、口にするのはやめておいた。


(リズさん、一体どんな人なんだろう……)


 そんなことを考えながらセウイチの後ろを歩いていると、彼はラウンジの端にある棚の前で立ち止まった。そこにはロングソードやレイピアなど、様々な種類の武器が乱雑に放置されていた。

 セウイチが武器棚を物色しながら言う。


「リゼの武器は、確かエストックだっけ」

「はい」

「じゃあ、これかな」


 セウイチはそういって取り出したのは、美しい光沢を放つ銀のエストックだった。自身の背ほどもある長い刀身を持つそれを取り出すと、無造作に肩に担いで振り返る。

 リゼはその姿に、少し見とれてしまった。すらりとした長身のセウイチには、長大な両手剣が良く似合う。

 

「付いてきて」


 セウイチについてラウンジから廊下を抜けると、裏口から庭に出る。彼は陽気な青空の下、湖畔の傍に広がる芝生の上で振り返った。


「それじゃあ、やろうか」

「えっと……」


 リゼが首をかしげる。ここまで来ても、セウイチが何をしようとしているのか分からなかったからだ。


「あれ、もしかして決闘デュエルシステムは知らない?」

「はい。ごめんなさい」


 縮こまるリゼを、セウイチが「いいよいいよ」と笑いながら慰めていた。

 決闘デュエルシステムは、通常は不死イモータル属性が付与されるエリアで1on1のPvPを行なうことが出来るシステムである。普通は『野良試合』と呼ばれる街中でPvPをするときに用いられるシステムであるが、ギルド員同士の訓練・遊びの為にギルドホームで使われることも多かった。


決闘デュエルシステムには本当に死亡(デッド)するデスマッチと、死亡(デッド)しないプラクティスマッチがあるけど、今回はプラクティスのほうでやるだけだから大丈夫」

「セウさんと戦うんですか?」

「そうだよ」

「どうして?」


 リゼが戸惑いながら聞くと、セウイチはニコニコと笑いながら答えた。

 

「さっき言ったよね。ウドゥンはリゼ――君の才能を認めたからトリニティに入れたって」

「えっと……はい」


 実際、才能といわれてもリゼにはぴんとこない。全く心当たりが無かったからだ。彼女は現実世界で武道の心得も無ければ、特にゲームが得意なわけでもない。ただの女子高生である自分に何の才能があるというのか、リゼは不思議でたまらなかった。


「その才能ってのを見せて欲しいってところかな。もしも俺に勝てたら、インベイジョンに参加してあげるよ」

「え!?」


 驚くリゼの目の前にメッセージが表示される。


『セウイチからプラクティスマッチを申し込まれました。

  受諾する

  拒否する』


 リゼはその選択肢をじっと見つめ、次にセウイチに顔を向ける。彼は無造作にエストックを担ぎながら柔和に微笑んでいた。

 リゼは彼の強さはおろか、戦っている姿すら見たことが無い。しかしキャスカの話を聞く限り、目の前にいるプレイヤーは自分よりも圧倒的に格上だ。伝説のギルドトリニティの戦闘員にして【殺戮兵器キリングウェポン】とあだ名される戦闘プレイヤーに、PvPを挑んで勝てるとは思えない。

 だが一方で、今の彼女には負けて失うものなど何もなかった。それならば答えは簡単だった。


「やります」


 リゼは力強く答え、選択肢の『受諾する』の項目をタッチした。


『プラクティスマッチを開始します。制限時間は10分。バトルフィールドは両者の中間地点から半径10mとします。カウントダウン開始……10……9……』


 合成音声によるカウントダウンが始まったのを聞いて、リゼは慌ててパネルを操作しエストックを取り出す。鋼製のエストックを祈るように両手で握ると、鋭い目線をセウイチに向けた。


「あはは! その格好、キャスカの奴にそっくりだねー」


 セウイチもまた嬉しそうにエストックを構える。リゼとは構えが異なり、両手剣であるはずのエストックを闘牛士のように片手で持ち、軽々と突き出していた。


『……3……2……1……バトルスタート――』


 まず勢いよく飛び出したのはセウイチだった。一息で距離を詰め、目にも留まらぬ速度で突きを放つ。


「わあ!」


 予想外の速攻に慌てて身をよじるリゼ。しかしセウイチはニヤニヤと笑いながら、今度は突き出した刃を横なぎに振るった。


 ガキン――


 エストック同士がぶつかって金属音が鳴り響く。セウイチの強烈な横なぎを、リゼは素早い反応で持ち手を激突させガードしていた。


「へぇ」

「やぁ!」


 セウイチが嬉しそうに声を上げる。その隙を逃さず、リゼが彼の頭部を狙ってエストックを突き出した。しかしセウイチはその突きを、首を少しずらすだけの最小動作で回避してみせた。

 セウイチが軽くリゼを蹴飛ばして、距離をとる。


「くっ……」


 崩された体勢を慌てて立て直すと、リゼは再び祈るようにエストックを構える。セウイチはその姿を嬉しそうな表情で見つめていた。


「なるほど。さすがにキャスカ仕込みだね。基本が良くわかってる。それなら、次は本気で行くよ」


 セウイチは無造作に歩み寄る。リゼは警戒し、いつでも反撃できるように切っ先を向けて待ち構えた。


「はあ!」


 セウイチが掛け声と共に、右手一本で持ったエストックを突き出し突進する。リゼはその攻撃を受け流そうと自身の剣を立てた。

 ――キイン! と音を上げてぶつかり合う刃同士。続けてリゼの受け流しが始まったその瞬間、セウイチは次の行動を起こしていた。瞬時にエストックを引き戻し、再び突き出したのだ。

 トリックの始動を示す赤い光が見えなかったので、特にトリックを使ったわけではない。しかし信じられないほどに高速で突き出された連続突きは、リゼが受けてきた攻撃の中で最も素早い連続攻撃だった。


「っく――」


 リゼが慌ててガードしようと、エストックを軌道上――頭を打ち抜くコースを塞ぐように置く。それはぎりぎりの所で間に合い、致命傷を防ぐ事に成功した。


「もう一回!」


 セウイチは叫んだ。再びエストックを引き戻すと、今度は真横から力任せにエストックを振り回してきたのだ。

 見た事も無い非トリックの連続攻撃――初めて体験するトッププレイヤーの猛攻を、リゼは必死に耐え忍んでいた。


「やあ!」


 先程の二発に比べ軌道が読みやすいその攻撃をジャストガードしようと、リゼはセウイチの横なぎにエストックの切先を叩き込んだ。

 ――ガキンと派手な音を立て、セウイチのエストックが弾き戻される。そのまま反動で、彼は背を向ける形になった。リゼが勝機と見て、トリック【サイドワインダー】を発動させようとする。


「まだだよ」


 セウイチが肩越しにニヤリと笑う。派手に弾き飛ばしたように見えたエストックが、弾かれた反動を利用しコマのように一回転して襲ってきたのだ。


「っく」


 信じられないような剣捌きに感心する余裕もなく、リゼは防御を余儀なくされる。トリックをキャンセル。同時に最短距離でセウイチのエストックの軌道に、自身のエストックを置いた。


 ――キン! 


 リゼの非凡な反応が、セウイチの四連撃を受け止めた――


「う……あぁ」


 何が起きたのかわからなかった。しかしいつの間にか視線が上方に向かい、目の前には青空が広がっている。同時に体の自由がきかないことから、尋常ではない衝撃をくらったと直感した。

 リゼは何とか体を動かそうとするも、システムによる硬直ペナルティがそれを許さない。やがて彼女の目の前に笑顔のセウイチが現れた。

 彼はガクガクと身体を強直させるリゼの前に立つと、彼女が手放したエストックを拾い上げ、それを突き出した。鋭く尖った切先がリゼの無防備な胸元を抉り、残りの体力を削りきってしまった。


『プラクティスマッチを終了します。勝者セウイチ。試合時間1:24』


 メッセージを表すパネルが表示され、合成音が響いた。同時に敗北して地面に転がっていたリゼが勢いよく立ち上がる。


「すごい! 何が起きたの!?」


 開口一番、とても嬉しそうに叫んだリゼを見て、セウイチはポカンとしてしまう。しかしやがてゲラゲラと笑い出した。


「あはは! 今のは蹴りだよ。見えなかったでしょ」


 最後のバックブローの様な形での斬撃――あの時セウイチは、ガードされる直前にエストックから手を離していた。そして真横から襲い掛かる刃に意識を集中しているリゼに、視界外である斜め下から後ろ回し蹴りを放ったのだ。

 それは彼女の無防備な下あごにヒットし、ダメージと共に大きな硬直を与えることとなった。

 リゼはその説明を聞いて、嬉しそうに言う。


「そっか! くやしーな。全部ガードしきったと思ったのに」

「いやいや。正直4発目まで防がれるとは思ってなかったよ。蹴りまで避けられてたら危なかったし」

「次は防ぐよ!」


 力強く言うリゼに、セウイチは嬉しそうに目を細めた。


「ウドゥンが認めるわけだ。その反応の良さ、リゼは《親和》持ちなのかもね」


 その言葉に、リゼがきょとんとして聞き返す。


「《親和》?」

「うん。まあそれはいいや。それで俺の勝ちだったんだけど、どうしよっか」

「あ……」


 リゼは今のPvPの意味を思い出した。彼女が勝てば、セウイチはインベイジョンに参加してくれるはずだったのだ。

 しかし結果はリゼの敗北――そのことに気が付いて、彼女は表情を暗くした。


「……やっぱり。駄目ですか?」

「ま、約束は約束だからね。でも」


 セウイチが弾き飛ばされていた自分のエストックを拾い上げる。それを肩に担ぎながら、彼は少し皮肉っぽい笑顔を向けてきた。


「俺としてはリゼのことが分かってよかったかな。ウドゥンの奴、女を連れ込んだだけじゃなかったんだな」

「えっと……女?」

「だって、リアルの知り合い――しかもクラスメイトの女子を突然ギルドに入れるなんて、普通に考えれば色恋沙汰じゃん」


 セウイチが言うと、リゼは顔を真っ赤にして身振りした。


「そんな、私、えっと……」

「しかもリゼはリズの奴に良く似ているしね」

「に、似てる?」

「うん。ってか、ようやくアイツも恋愛する気になったのかと思ったら、なんだ本当に原石を見つけてきたのか。納得したようなつまらないような……」

「あの……セウさん?」


 ぺちゃくちゃと呟くセウイチに、リゼは戸惑いきっていた。


「まあとにかく、あいつがリゼをトリニティに入れた理由は分かったよ。でも、それと今回のインベイジョンは別問題だ」

「あ……やっぱり、そうですよね」


 結論まで聞いて、リゼは肩を落としてしまう。それを見てセウイチはある提案をしてきた。


「リゼ。冒険者ギルドに行ってみるといい」

「えっと……32番街の、ですか?」

「そうそう」


 リゼが「どうして?」と続けて聞くと、セウイチはなぜかとぼけるように肩をすくめる。


「本当は俺のところなんかに来るより、先にそっちに行くべきだったんだけどね」

「……?」


 リゼが意味が分からないといった表情を浮かべる。そんな彼女を安心させるように、セウイチは微笑みながら言った。


「大丈夫、行ってみればわかるよ。たぶんウドゥンの奴がいるから」

「え、本当!? あ……」


 リゼは一瞬嬉しげな笑顔をみせたが、すぐにしぼんでしまっていた。彼を怒らせてしまったことを思い出したからだ。

 そんなリゼの様子をみて、セウイチは見透かしたようにフォローした。


「心配しないで。ウドゥンはああ見えて、結構優しい奴だよ」

「えっと……はい」


 リゼがこくりと頷く。いつも無愛想な受け答えしかしてくれないが、ウドゥンがとても優しい性格であることは、誰よりも彼女自身が良く知っていた。


「それにウドゥンは少し変わってるけど、あいつのやることに間違いはあまり無いから、まあ大丈夫だよ」

「あ……」


 続けてセウイチが言った言葉に、リゼはハッとした。

 あの無表情とぶっきらぼうな言葉の裏で、ウドゥンがいつも色々と考えながら行動していることは、リゼにも何となくわかっていた。全てを見通しているように力強く断言するし、ゲーム内のことを聞けば何でもすぐに答えてくれるからだ。

 ウドゥンのやることに間違いはあまり無い――彼女にはその言葉が、不思議と当たり前に聞こえた。

 

「……冒険者ギルドに行ってみます」

「うん。頑張ってね」

「はい。ありがとう、セウさん」


 リゼは礼を言うと、ギルドホームの入り口に駆け出した。途中振り返ると、セウイチは笑顔で手を振ってくれていた。

 それに手を振り返して応え、彼女はトリニティのギルドホームを後にした。

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