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Zwei Rondo  作者: グゴム
三章 喪心の銀ギルド
36/121

5. 失敗

5


「ん。どうかした?」

「う、ううん。なんでもないよ」


 声をかけてきたユウに対して苦笑いでごまかすと、リゼは慌ててパネルを操作し始めた。


(そうか……さっきギルドホームに行ったから――)


 いつもならユウ達のギルドであるグリフィンズのギルド章を付けっぱなしにしているのだが、先程トリニティのギルドホームに行く為に、ギルド章を付け替えた。それを付け直すこと無くここまで来ていたことを、忘れてしまっていたのだ。

 装備していたギルド章がトリニティの物だった為、グリフィンズではなくトリニティとしての参加申し込みとなってしまった。その事実に気が付いたリゼの顔から、一気に血の気が引いた。


『絶対にトリニティ名義で出るなよ』


 先日ウドゥンが警告していた言葉が鮮明に思い出され、彼女の心臓はバクバクと高鳴った。慣れない選択肢を操作し、参加キャンセルの項目を探す。しかしそれは一向に見つからなかった。

 リゼが悪戦苦闘しながらパネルを操作していると、やがて冒険者ギルドに居た一人のプレイヤーが声を上げた。


「あれ? なんだこのギルド」

「どうした?」

「いや、聞いたことのないギルドがリストアップされてるぞ。誰だ、このギルドの奴」


 声を上げた男のパネルを別の男が覗き込む。それは先ほどユウに話しかけてきた、オーンブルのドカティだった。表示されたギルド名を確認するなり、彼の精悍な顔がみるみると驚愕の色を帯びていく。


「ギルドランク[9]……《ナインスギルド》だと?」

「はあ? そんなギルドがある訳が――」

「いや……やっぱりトリニティか」

「えぇ!?」


 トリニティという言葉に反応し、リゼは思わず声を上げて振り向いてしまった。それがあまりに必死な表情だった為、ドカティがいぶかしむ。


「リゼ? なぜ君が……」

「あ、えっと……」


 彼女は目を見開いたまま、おろおろと目を泳がせてしまう。すぐに失敗してしまったことに気がついたが、どう言い訳をすべきなのか全く思いつかなかった

 少し異様な雰囲気を察して、他のプレイヤー達もリゼに目線を向け始めた。そしてそれは隣にいたユウも同じだった。


「リゼ?」


 ユウがリゼの方をみると、手元にあるパネルの表示が目に入る。そこにはインベイジョンについての説明書きと共に、彼女の所属するギルドが記されていた。


「所属ギルド・トリニティ……それってウドゥンの――」

「えっと、これは……」

「やっぱりリゼ、君か。ちょっと話を――」

「あ、あ、違うんです。ごめんなさい!」


 リゼはユウと近づいてくるドカティから逃げ出した。多くのプレイヤー達にぶつかりながら必死に入り口までたどり着くと、冒険者ギルドから飛び出してしまった。

 そのまま彼女はウドゥンの工房を目指し、32番街の大通りを走り抜けた。




 トントトトン――


 リゼは工房にたどり着くと急いでドアをノックしたが、返事が無かった。


「あ、そうか。ギルドホームだ」


 慌てて踵を返し、隣の酒場に駆け込む。するとマスターのセウイチがニヤニヤ顔で出迎えた。


「やあリゼ。随分慌てているね」

「え、えっと」

「さっきウドゥンが顔を出してね。リゼが来たらトリニティのギルドホームに来るようにって言い残していったよ」


 その言葉を聞いて、リゼは頭をガンと殴られたような気分がした。

 自分がトリニティに所属していることを秘密にしろと命令していたウドゥン自身が、セウイチにそれをばらしてしまっている。それはつまり――


「なんだか、今回のインベイジョンは大変なことになりそうだね」


 セウイチは楽しそうにそう言った。もう既にウドゥンには、トリニティがインベイジョンに参加してしまったことが知られているのだ。


「あ……あの――」

「あー、早く行ったほうが良いと思うよ。待ってるだろうからね」

「は、はい……」


 ニヤニヤと皮肉っぽい笑顔を崩さないセウイチの横をすり抜け、リゼはトリニティのギルドホームへと向かった。





 酒場から入ると、ギルドホームのラウンジに出る。そこには大きな円形テーブルと共に、今は4つの椅子があった。そのうちの一つ――ダークブラウンの椅子に、彼は肘を突き、脚を組んで座っていた。

 ゲーム内時刻が夜だったもことあり、ギルドホームは薄暗い。あまりの静けさに眼を凝らさなければ、そこにプレイヤーがいるとは分からないほどだ。

 しかしリゼはラウンジに入るなりその姿を認め、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい!」

「……」


 ウドゥンは無言のままだった。それでもリゼは頭を下げ続けた為、ラウンジに沈黙が続いた。

 やがて彼は低い声で聞いてくる。


「なんで、参加することになってんだ?」

「それは……間違えちゃって」

「間違えた? なにをだ」


 怒気をはらんだその質問に対し、リゼは隠す事無く事情を説明した。

 先程ギルドホームに来る際にギルド章を付け替えていた。そのことを忘れて、そのまま冒険者ギルドに行ってしまった。そして説明書きをよく読まずに、参加の選択肢に同意してしまった――

 最後に冒険者ギルドで騒ぎになってしまったことを説明し、リゼは再び謝った。


「だから、ごめんなさい。たぶんユウや他の人たちにばれちゃった……私がトリニティに所属してること」

「……ったく。最悪だな」

「ごめんなさい……」


 リゼはもじもじと手を握りながら、今にも泣き出しそうな声で何度も謝る。ウドゥンはその姿から視線を外すと、舌打ちをし、不機嫌そうに息を吐いていた。

 不満をまき散らすような彼の態度に怖気づきながら、リゼがぼそぼそと消え入るように質問する。


「あの……インベイジョンって、参加キャンセルは出来ないの? 私、すぐにキャンセルの項目を探したんだけど、見つからなくて」

「基本的にインベイジョンは参加キャンセルは出来ない。というか参加申し込みしても、本番に出たくなければ出なければ良いだけだからな」

「それじゃあ――」


 参加しなくても良いというウドゥンの言葉に、リゼは少し表情を明るくした。しかしその希望はすぐにかき消される。


「ただそれは普通のギルドなら――って話だ。トリニティは違う。このギルドは特別なんだよ」

「あ……それなんだけど。ドカティさんが《ナインスギルド》って言ってた……」

「……トリニティのギルドランクは[9]だ。そしてインベイジョンは『参加するギルドの中で最高ランク』に合わせて、敵軍勢の強さが変化する」

「えっと、ということは……」

「今回のインベイジョン、32番街は最高難易度"ランク9"の敵軍勢に襲われるってことだ。その難易度は俺達がインベイジョンに参加しなくても変更は無い。つまり、もうどうしようもないんだよ」

「そんな……」


 この『参加するギルドの中で最高ランク』に合わせた敵が現れるという仕様――ウドゥンがインベイジョンに参加しないように注意をしていた理由はこれだった。

 ギルドランクは攻略したリージョンランクに応じて決定される。当然高ランクのリージョンほど攻略が難しいため、それに応じて所属する戦闘プレイヤーの質が高く人数も多くなる。それらのギルドにも歯応えのある戦いを提供する為、インベイジョンでは参加する高ランクギルドに合わせて、敵軍勢の強さを決定する仕様になっていた。


 しかし、この仕様は現在のトリニティにとっては絶望的な仕様だった。トリニティは過去9thリージョンまで行ったことがある《ナインスギルド》だが、現在残っているメンバーはウドゥンと初心者のリゼだけなのだ。

 トリニティは明らかにギルドランクと実戦力がバランスを取れていない、異常なギルドだった。


「でもでも、ウドゥンはトリニティのメンバーだったんでしょ。ウドゥンも一緒に戦えば――」

「……まさかとは思うがお前、まだ俺が強いと思ってんのか?」

「え……っと。私、ウドゥンが本気で戦ってるところ、見たこと無いし」


 リゼの言葉に、ウドゥンは椅子からずり落ちそうになってしまう。彼は頭を抱えると搾り出すように言った。


「……俺は本当に弱いからな。前にガルガンも言ってただろうが」

「あっ……」


『お前は、本当に弱いからな!』


 蒼色の全身鎧を身に纏った、大岩のような男の声が思い出される。インペリアルブルーのガルガンが言っていたことは、言葉通りの意味だった。


「弱いからこそ、こうして通りの皆に迷惑をかけないよう、インベイジョンに参加しないようにしてたんだ。俺一人が参加してどうにかなるレベルなら普通に参加してる」

「そっか……」


 消沈するリゼを横目に、ウドゥンは大きく息を吐いた後、ゆっくりと立ち上がった。うなだれる彼女の横をすり抜け、酒場へと繋がる入り口へと向かう。


「ウドゥン。どこに行くの?」

「……ちょっと色々とやることが出来たんだよ。お前のお陰でな」

「何か、私に手伝えることは――」

「無い」


 強い口調で断言され、リゼはびくりと体を震わせる。ここまでなんとか我慢していた涙が、不意にこぼれかけてしまった。

 ウドゥンは振り返らずに言う。


「……あぁ。暇なら工房のアイテムをギルドホームに運び入れといてくれ。もし負けたら通りにある工房がダメージを喰らって、アイテム消失ロストする可能性があるからな」

「……わかった。やってみる」

「工房にはギルドホームから入れるように設定しておく」

「うん。ウドゥン、ごめんなさい」


 ウドゥンはそれには答えず、ギルドホームを出て行った。リゼは入り口のドアが閉じる音を聞いた途端、ぺたりと床に座り込んでしまった。


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