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Zwei Rondo  作者: グゴム
三章 喪心の銀ギルド
34/121

3. ある来客

3



  次の日。放課後の会議室で、月末に開かれる桜実高校文化祭についての委員会が開かれていた。

 2年1組代表としてそれに参加していた和人かずと莉世りせは、無事に第一希望通りクレープ喫茶の開催権をゲットし、ホクホク顔で部屋を後にしたところだった。


「やったね。柳楽なぎら君じゃんけんつよーい」

「じゃんけんに強いもなにも無いだろ。偶然だ」


 莉世りせの予想通り、喫茶店希望のクラスは他にもいた。しかし食べ物別で分ければ良い思っていた彼女の思惑は外れ、喫茶店は種類問わず1クラスしか許されなかった。

 その事実が判明したときの2人の慌てようはひどかったのだが、とにかく喫茶店開催権をかけて、一発じゃんけん勝負を行う運びとなった。そして幸いにも、莉世りせに押し出される形で出た和人かずとが勝利したのだ。


「でもよかったー。まさか商品変えても、喫茶店ダメだったなんてね。第一希望、負けてたらマズかったよ」

「まあな。お化け屋敷は嫌だ。めんどくさい」


 2人は放課後の廊下を自分達の教室に向けて歩いていた。長身の和人かずとに対し、莉世りせはその胸の辺りまでしか無い。ブレザーを着崩して、のろのろとやる気なさげに歩く和人かずとの前を、白のカッターシャツに華やかな赤色のリボンをつけた莉世りせが跳ねるように歩いていた。


「それじゃ次は準備だねー。来週のHRにみんなには話すとして、それまでに段取りを決めないと」

「基本的には給仕が女子で、裏方が男子でいいんじゃねーの。希望聞いてローテ組んで、部活組には適当に宣伝用の旗でも持たせればいい。あぁ、会場の準備案が先か」

「クレープを作る練習もしないと。柳楽なぎら君、作ったこと無いんでしょ?」

「あぁ。つーか料理自体やったことない」

「それじゃあまずいよー。給仕は私が仕切るとしても、裏方は柳楽なぎら君に仕切ってもらわないとなんだから」


 和人かずとがぼりぼりと髪を掻き、面倒くさそうに眉をひそめる。


「じゃあなんだ。作り方を調べて、試しとけばいいのか?」

「ううん。メニューも決めないといけないし、一度作ってみようよ」

「別にいいけど、それならみんなでやったほうが効率がいいだろ」

「一回試しておいた方が、スムーズに説明できるって」

「……まあな」


 和人かずとはすぐに自分の考えを引っ込めてしまう。彼は文化祭の様な興味の湧かないイベントに、わざわざ自分の主張を押し通すつもりなど無かった。


「それじゃあ、いつ試す?」

「早い方が良いよねー。今日――はちょっとだめだ。用事がある」

「ナインスオンラインか?」

「うん。前に知り合った子と遊ぶ予定なの。その子、プレイできる時間が限られてるから、早く帰らないと一緒にできなくなっちゃう」

「ふーん」


 和人かずとが興味なさげな声で相槌を打つ。

 そうこうしているうちに2人は自分達の教室に辿り着いた。すでにクラスメイトは誰もおらず、和人かずと莉世りせ、それと数人の机の上に荷物が置かれているだけだ。彼女は自分の机に歩み寄りながら話を続ける。


「それじゃあ明日の放課後、帰りに材料買って一度作ってみようよ。場所は私の家は遠いから、柳楽なぎら君の家でどう?」

「俺んち?」


 和人かずとの家は学校から自転車で15分程度だ。駅からだと歩いて10分程の距離である。一方、莉世りせは電車通学である為、家に行くとなれば和人(かずと)が電車で往復することになってしまう。

 確かにどちらかの家で作ると言う話になれば、和人かずとの家の方が楽そうだった。


「いいけど……ウチには夕方、誰もいないぞ。親が共働きだからな」

「ちょうどいいや、台所空いてるってことじゃん。あ、使わせてもらっても大丈夫かな?」

「そりゃ問題ないと思うが……そういう意味じゃ――」

「じゃあ、よろしくお願いします!」


 それとなく危惧させようとしてみたのだが、失敗に終った。どうやらこの女子にとって、男子の家に一人で来ることなど特段気にすることではないらしい。

 和人かずとが大きくため息を吐いた。


「……わかったよ」

「ありがとう! それじゃあ私、急いで帰らなきゃだから」

「はいはい」


 そう言って、莉世りせは紺色のスクールバックを抱えパタパタと走り去っていった。





「……で、なんでここに来るんだよ」

「え、だって私、工房持ってないし」

「ここは俺の工房だ……」


 ウドゥンがナインスオンラインにログインし、隣のセウイチの酒場で革細工クエストの受注を終えて工房に戻ると、すぐ特徴的なリズムでノックが鳴らされた。先程学校で別れたばかりのリゼがやって来たのだ。

 それだけでウドゥンにとっては面倒な話なのに、今回は見知らぬ少女までもが一緒だった。


「あ、あの。ごめんなさい、突然押しかけてしまって……」


 隣にいた少女――エレアが頭を下げる。黄緑色のウェーブがかった長髪に、今にも泣き出しそう潤んだ瞳。頼りなく垂れた目じりのせいか、人見知りする雰囲気をありありと感じさせる少女だった。

 身につけている装備はレース生地の白ワンピース、足下には白リボンがあしらわれたハイソックスと同色の木底ブーツを履き、頭には小さな麦わら帽子が乗っかっていた。どれ一つ取っても、ウドゥンにはあまり見たことが無い装備だった。


「えー、いいでしょ? ウドゥン」

「でも……」


 笑顔で手を引くリゼに対し、エレアはちらちらとウドゥンの様子を窺いなかなか工房に入ってこようとしない。まるで虎か熊を前にした小動物のように、仏頂面の工房主を警戒していた。

 やがて警戒し続ける彼女の様子に、ウドゥンが面倒になって言い捨てる。


「別に好きにしろ。あんまし騒いでくれるなよ」

「やった! ほらエレア、早くやろうよ。ログインできるの8時までなんだから」

「あ、はい。えっと、ありがとうございます。ウドゥンさん」


 2人は工房に入ると、もはやリゼの私室のようになっている裁縫用の作業台がある一画で、なにやら作業を始めてしまった。時おりきゃーきゃーと声を上げながら【裁縫】スキルを使用しているところを見るに、どうやら低ランクの裁縫装備品に飾り付けをして楽しんでいるようだ。

 そんなことをしても性能は良くならないのにと首を傾げながら、ウドゥンは無言で【革細工】のクエストをこなしていた。


「あ、猫だ」


 しばらくして、エレアが声を上げた。リゼの使い魔――黒猫のクーネが、いつの間にか作業中の2人の足元に姿を現していた。


「あ、この猫クーネって言うんだ。黒猫のクーネ――私の使い魔だよー」

「へぇー。可愛いですね」


 クーネはリゼの使い魔となって以来、リゼが設定したエリアの中を自由に移動しながら生活している。

 工房やグリフィンズのギルドホームなどにも出没するようだが、クーネが特に気に入っていたのはトリニティのギルドホームだった。理由はいつも誰もいないから落ち着くのだろうと、ウドゥンは考えている。

 やがて擦り寄ってきたクーネを、エレアが指であやし喉を撫でる。クーネはゴロゴロと気持ちよさそうに喉を鳴らし、鍵しっぽを振り回して気持ちよさげに目を閉じていた。


「……あれ?」


 エレアが曲がった鍵しっぽを見て、ふと声を漏らす。リゼが隣にしゃがみ込みながら聞いた。


「どうしたの?」

「いえ……この猫、どこかで見たことがあるような……」


 エレアが首をかしげる。しばらくじいっとクーネを見つめると、やがて思い出したように手を打った。


「そうか。この猫、私がゲームを始めた日に見かけたんだ」

「あー。クーネはついこの間まで野良猫だったの。ウドゥンが捕まえてきてくれたんだよ」


 リゼの説明を聞き、エレアは納得したように頷く。


「そうなのですか。なんだか可愛い服装の人に、喉を撫でられて気持ちよさそうにしていました。そうです、こんな曲がったしっぽをしていました」

「可愛いよねー、このしっぽ」


 クーネの尻尾は乙の字のようにうねうねと折れ曲がっている。急に曲がっているのではなく、滑らかに曲線を描いており、それをいつも左右に振り回している姿はとても愛嬌があった。

 そんなクーネを愛でる2人の会話に突然、影を潜めて【革細工】の作業を続けていたウドゥンが割って入った。


「エレア……だったっけ」

「え――あ、はい!」


 エレアがばね仕掛けの人形のように立ち上がる。低く不機嫌そうに聞こえるウドゥンの声に、過剰気味に驚いていた。


「いや……そこまでかしこまらなくて良いんだが」

「あ、はい……ごめんなさい」

「もー。ウドゥンが仏頂面で話すからだよ。笑顔笑顔」

「……うるせぇ」


 ウドゥンが髪をがしがしと掻き毟った後、エレアに向かって喋り出した。


「いま、クーネを見かけたって言ったよな。その時プレイヤーが喉を撫でてたとも」

「……はい。たぶん」

「どんな奴だった?」

「えっ……その人がですか?」

「そうだ」


 エレアは、質問の意図が分からず困惑する。しかし視線を宙に浮かべると、すぐに思い出したようで、舌も滑らかに喋り出した。


「えっと、顔はオペラ座の怪人がつけてそうな白い仮面をつけてて、良く分かりませんでした」

「仮面……?」

「はい。服装ですが、胸元があいた黒の長袖ワンピースに、ショートの編み上げコルセットを締めてました。スカート部分はアシンメトリーで後方に向かって長くなってて、裾にはフリルがついていました。足元は黒のストッキングをガーターで吊ってて、靴は厚底のヒールのストラップシューズで……あ、それと首にはフリルのついたチョーカーをしてました。頭は良く見えなかったんですが、アップヘアにショール付きのヘアアクセを斜めにつけていたと思います」

「えーと……」


 ウドゥンが少し困ったように頬を掻く。

 服装のことになると、エレアからは思った以上に多くの答えが返ってきた。しかし彼には言葉の意味が半分ほどしか分からなかったのだ。

 かろうじて分かったのは、黒っぽい装備と白い仮面をつけているということだけだった。


「まあいいや。そこでそいつ、何してた?」

「普通にクーネと戯れているようでした」

「それじゃあ、クーネをあやした後はどうしていた?」

「えっと、私は通りからほんの少しの間眺めていただけですぐに歩き出しましたので、その後までは……」

「わからないか」


 ウドゥンの言葉が途切れる。二人のやり取りに、リゼも不思議そうに立ち上がった。


「エレアはいつからナインスオンラインをやってるんだ?」


 その質問にはなぜか、リゼが手を上げて答える。


「一ヶ月くらい前からだよー。私より先輩なの。でもプレイ時間が取れないから大変なんだよね」

「はい」

「正確にはいつからだ?」

「えっと……5月のゴールデンウィークに始めました。学校と習いごとが忙しいので、息抜きになにかゲームがしたくて」

「そうか」


 ウドゥンは再び黙りこんだ。彼の反応が無くなったのを見て、リゼがエレアの腕を引っ張る。


「ウドゥン。聞きたいことはそれだけ?」

「ん。あぁ……」

「じゃあエレア、続きやろうよ!」

「はい」



 その後一時間ほど2人で【裁縫】作業をした後、エレアはログアウトする時間となり帰っていった。

 残ったリゼがパネルを開いて時間を確認しながら、作業台で【革細工】の作業を再開していたウドゥンに向かって愚痴るように言った。


「エレアって毎日習い事ばっかりだし、8時に家族で晩餐した後はもうゲームしちゃいけないんだって。ご飯じゃなくて晩餐だよ? 私そんな言葉初めて聞いたもん。すっごいお嬢様みたい」

「それでよくこのゲームをしようと思ったよな。変わってる」

「でもすっごい良いコなんだから。気が利いて優しいし、服の知識もすごいしねー!」

「ふーん」


 ウドゥンは興味なさげに相槌を打つ。その視線はなぜか、工房の一画で丸くなっていたクーネに注がれていた。

 そして彼は突然立ち上がり、強い口調で言った。


「ちょっと、ギルドホームに行くぞ。クーネを連れて来い」

「え? あ、ちょっと待ってよ」


 突然の行動にあっけにとられるリゼを置いて、ウドゥンは工房奥にある階段を下り始めていた。


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