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Zwei Rondo  作者: グゴム
三章 喪心の銀ギルド
32/121

1. 噂

三章『喪心(そうしん)の銀ギルド』


1


「このサーバーで最強のギルドってどこなんだ?」


 アルザスサーバーのプレイヤーの一人が、同じテーブルに座る仲間に問いかける。

 1番街の大通りに設置された屋外食堂は、平日ながら現実時刻が夜であるため混み合っており、テーブルでは多くのプレイヤー達が黄金色の飲料の注がれた木製ジョッキを片手に談笑していた。


「最強のギルド? そりゃあ戦闘ギルドなら『クリムゾンフレア』に決まってんだろ」

「【戦乙女ヴァルキリー】に【破壊者ブレイカー】、【朱雀】に【小悪魔(ピクシー)】【林檎飴バトルキャンディー】。有名所だけでもこれだけいる。勝てる気がしねーぜ」

「しかし、クリムゾンフレアは協調性が無いからなー。ついこの前やっと8thリージョンに到達したばっかだし、総合力ならやっぱ『インペリアルブルー』の方が上じゃね?」

「A級トーナメントもチームマッチじゃあインペリアルブルーの独壇場だからな。あいつらの連携はやばい」


 テーブルは二つのトップギルドの優位性を議論する雰囲気になった。しかし一人のプレイヤーが、周囲に聞かれることを恐れるように小声で言う。


「やばさって点じゃあ『雪月花』の連中もやばいぜ。あいつら、特にリーダーのシャオは完全に狂ってやがる」

「最近新しい凄腕も入ったっていう噂も聞いたな。目立ってるよな雪月花の奴ら。そういや『ノーマッド』はどうした?」


 続けて出たギルド名に、男達は一様に顔をしかめた。


「最近噂を聞かないな。できれば永久に聞きたくない」

「ぎゃはは! あいつらが大人しくするタマか? どうせまた悪巧みを考えてんだろ」

「それっぽいよなー。ま、あいつらは最強じゃなくて、最悪だからな」

「まあそれでも、雪月花やノーマッドは色物だからな。最強のギルドっていやぁ、クリムゾンフレアかインペリアルブルーが鉄板だろ」

「まあな」


 その時、黙って聞いていた男の一人が、皮肉っぽい笑みを浮かべながら発言した。


「ふふふ。お前ら、分かってないな」

「なんだよ。もったいぶりやがって」


 聞き返された男は笑みをさらに深くする。そして小さく手を広げ、得意げに語り出した。


「最強のギルドと言われれば、古参なら思いつく対象はただ一つ(ユニーク)だ。稼動時ローンチからたった半年で《ナインスギルド》の称号を手に入れ、三人しかメンバーがいないにもかかわらず、全サーバー合同で行われるS級トーナメントをソロ・チーム共に完全制覇してしまった伝説のギルド――」



 ウドゥンは目の前に置いた薄紫色のジュースに口をつけた。アークと呼ばれる植物アイテムを原料としたそれの、いつまでも喉に引っかかる甘さに、彼は整った眉をひそめてしまう。

 しかし飲み込んで少し時間が経過すると、すぐにまた口に含みたくなる中毒性が発揮され、彼はまたグラスを傾けてしまっていた。


 アルザスサーバー・1番街。数人しか入れない小さな食堂だった。NPC(Non Players Character)が経営するこの店舗には基本的にあまり人が寄り付かない。値段が高いことと、レパートリーが単調であることが理由だ。

 ウドゥン自身も普段はあまりこの店を利用しない。しかし今日はあるフレンド達をこの場所に呼び出していた。

 待ち時間の間、彼は【聞き耳】スキルを駆使して大通りで話される噂に耳を傾けていたが、まだ"例の噂"は広がっていないようだ。しかしすぐに、現役でないギルドなど存在自体あまり知られていないのだろうと思い直した。


「――!」

「……――」


 そうして一人カウンターに座っていると、外から聞き覚えのある声が【聞き耳】スキルにより聞こえてきた。なにやら出会い頭に言い合っている様だが、いつものことなので大して突っ込む気にもならない。

 そうしてしばらく待っていると、蒼色の金属鎧を身に纏った岩の様な大男と、ぼさぼさの赤毛をした長身痩躯な男が並んで酒場に入ってきた。


「よう! ウドゥン。今そこでヴォルに会ってな! がはは」


 入ってくるなり騒ぎ立てる大男――ガルガンに対し、隣のヴォルが迷惑そうに言う。


「うるせぇガルガン、がなるな。ったく、なんなんだよウドゥン。こっちはインベイジョンの準備で忙しいってのに」

「突然呼び出して悪かった。ちょっと、頼みごとがあってな」

「そのようだが、貴様が……というのは珍しいな」


 ガルガンがドカリと椅子に腰をかけながら言う。ウドゥンの横で、ヴォルもカウンター席に座って肘を突いた。


「あぁ。そのインベイジョンに関係するんだが――」


 ウドゥンが言いかけると、クリムゾンフレアのNo.3――【破壊者ブレイカー】ヴォルがニヤニヤと笑い出した。


「くはは! まあ、だいたいの事情は聞いてるぜ。お前、今回のインベイジョンに参加するんだって?」


 その言葉にウドゥンは苦虫を噛み潰したように口をつぐんだ。横目で見ると、ガルガンも神妙な面持ちでいる。

 彼らは既に、こうして呼び出された用件を見抜いてるようだった。


「まあな」

「……ガウスの奴が報告してきた情報は本当だったのか。『トリニティ』が活動を再開した、と」

「別に、隠していたわけじゃ――」

「嘘つけ。なーにがトリニティは死んでいるだ。吹きやがって」


 ヴォルが皮肉っぽく言うと、ウドゥンは再び溜息をついた。


「こんなに早くバレるのは想定外だったんだが……まあ、丁度良い機会なのかもしれない。とりあえず話を聞いてくれ」


 そう前置きをして、ウドゥンは事情を説明する。続けてアルザスサーバーを代表するトップギルドの幹部である2人に向け、ある提案をした。


 その提案を、インペリアルブルーのギルドリーダーであるガルガンは間を置かずに同意する。


「よかろう。貴様には世話になっているしな。了解した」

「助かるぜ、旦那」

「気にするな。俺とお前の仲だろうが! がははは!」


 手を叩いて豪快に笑うガルガン。そのバカでかい声を、カウンター席に腰掛けたヴォルは耳を塞いで凌いでいた。

 やがてそのヴォルが愚痴るように言う。


「お前と話すといつも思うんだが、なーんかうまく使われてる気になるんだよな」

「別に、そっちにとっても悪い話じゃない。むしろファナなんかは飛んで喜ぶだろうよ」

「くはは! それはちがいねぇ」


 ウドゥンの答えに、ヴォルが声を上げて笑う。そしてニヤついたまま沈黙すると、やがて何か含むような表情で聞いてきた。


「どちらにせよ、こっちが終わり次第だな。結構かかるが持つのか?」

「さあな。実際にやってみないとわからない。なにせ初の"ランク9"だからな」

「それなら保険でアクライを貸してやるよ。好きに使え」


 猫でも貸すかのように、ヴォルはクリムゾンフレアの上位ランカーの名前を出した。ウドゥンはその予想外な返しに少し驚いたが、すぐに「そいつは助かる」と言って頭を下げた。


「今度のインベイジョンは、中々楽しめそうだな」


 ガルガンの大声が、三人しかいない食堂に響いていた。





 話は一日前、水曜日の夕方まで遡る。


 終わりのHRが始まる直前、帰る準備を整えていた柳楽なぎら和人かずとに、背後から声をかける女子がいた。


柳楽(なぎら)君、ちょっといいかな」

「……?」


 明るい声に振り向くと、そこにはクラスメイトの望月もちづき莉世りせが立っていた。

 最近何かとナインスオンライン(ゲーム)内で話す事の多い莉世りせだったが、和人かずとは学校内であまり彼女と話さないようにしていた。というのも、いつも1人で机に向かいパネルをいじくり続ける自分と、友達も多く明るい性格の莉世りせが一緒にいては、どう考えても不自然だと和人かずとが考えていたからだった。

 それには先日、クラスメイトの角谷かどたにに邪推されたことも影響していた。


 現実世界の莉世りせはゲーム内と同じ栗色の髪だが、髪型は大きく違って、長く伸ばしたストレートに前髪をまとめる小さな髪留めを付けている。瞳は黒く、伸びたまつ毛と丸っこい頬のラインに幼さの雰囲気は感じるものの、全体的に顔立ちは整っていた。

 和人かずとは少し神経質そうに眉間にしわをよせながら、ぶっきらぼうに返事をする。


「なんだよ」

「確認なんだけど、明日の放課後に委員会があるって覚えてる?」

「イインカイ?」


 聞き慣れない固有名詞に、和人かずとは目を丸くした。莉世りせがあきれた様子でため息をつく。


「やっぱり忘れてたんだ。文化祭実行委員会。柳楽なぎら君は実行委員でしょ」

「……あぁ」


 莉世りせの言葉に、和人かずとはぼんやりとした記憶を思い出した。

 現在のクラスになった直後、最初のLHRでクラスの何人かが各委員に任命された。その際、和人かずとは帰宅部という理由だけで何かの委員に付くように強制され、仕方なく文化祭実行委員になっていたのだ。

 

「そういえば文化祭、今月の終わりだったっけ……」

「そうそう。今日中に出し物決めないと、明日の委員会に間に合わなくなっちゃうよ」


 莉世りせは少しあせった様子で言う。

 桜実高校の文化祭ではクラス単位で出し物をすることになっている。基本的に準備に時間のかからない食べ物系が人気で、去年も和人かずとが居たクラスでは焼きそばの出店をしていた。

 1年生は出店で小規模な出し物をすれば良いだけなのだが、2年生は各教室でそれなりに大掛かりな出し物をしなければならない。その出し物を決める会議が今週の木曜、即ち明日に迫っていたのだ。

 和人かずとはすっかり失念していたことをごまかす様に、ぽりぽりと頬をかいた。


「確かに……やべーな何も考えてねーや。ってか望月、よくそんなこと覚えてたな」

「え、まさか……」


 感心した様子で言う和人かずとに、莉世りせは少しショックを受けたように眉をひそめた。そして言いづらそうにしつつ続ける。


「私、柳楽なぎら君と同じ文化祭実行委員なんだけど……」

「え?」

「今までの委員会とか、クラスの人にやりたいものを聞く作業とか、全部私がやってたんだけど……」

「……えーっと」


 ようやく和人かずとは事態を把握した。彼はいつも授業が終わると、誰にも目をくれず飛ぶように帰宅する。莉世りせは仕方なく、1人で作業を進めていたようだ。


「それは悪いことをしたな」

「別にー。そこまで大変じゃなかったけど」


 少しすねたように唇を尖らせる莉世りせ。怒っているのかと思いきや、少し違うようだった。不満げな言葉を上げてはいるが、薄っすらと顔を赤らめながら視線を外している。

 和人かずとがそんな莉世りせの様子に違和感を覚えていると、彼女は意を決したしたように「うん」と頷き、机に手を突いた。そこにはA4のルーズリーフにメモ書きされた、幾つかの出し物名が並んでいた。


「とにかく、一応候補は決まってるから、今日の放課後に出し物を決めようよ」

「あー……了解」

「それじゃ、帰りにどっかカフェにでも寄って決めてこう!」

「いや、教室で決めて帰ればいいだろ。さっさと決めて帰りた……いし……」


 和人かずとの言葉が尻すぼみに消えていく。莉世りせがジト目になって、和人かずとを見つめていた。


「前の委員会、柳楽なぎら君が先に帰るから私1人で出たんだけど」

「それは、悪かった……」

「男子の意見は柳楽なぎら君に集めてもらいたかったのに、結局私が女子のと一緒に集めたんだけど」

「……」


 委員会の日時はおろか、文化祭の存在自体を完全に忘れていた和人かずとは、後ろめたさから黙りこんでしまう。

 結構な頻度でゲーム内で会っているんだから、もっと早く連絡できただろうにと、莉世りせを追及する手も考えたが、言葉にするのはやめておいた。今それを言っても、話がこじれるだけな気がしたからだ。

 実際に委員会をすっぽかしてしまっている。和人かずとはその貸しをチャラにするためにも、この場は莉世りせに従っておくことを選択した。


「……わかったよ。麓のショッピングモールでいいか?」

「うん! やった」


 ぱっと明るい声を上げる莉世りせ。手を合わせ、嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「あ、先生来た。それじゃ、またすぐ後にね」

「あぁ」


 HRにやってきた担任を見て、莉世りせは自分の席へと戻って行った。

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